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008

 精米機とか自販機とかの横に道がある。といっても,この道はついに二車線あるのか怪しい道で,中央の白線とかもない。よって完全に路地だ。

 しかし,そこから坂を登っていけば中学校に辿り着ける気がした。道の方向的に,恐らく。

 住宅地のなかを迷うと――特に同じような建物が並ぶ集合住宅地なんかでは――他に目立つ目印がないため,なかなか大変だ。だから,よく知りもしない住宅地に進入するというのは,結構おっかない。

 まぁ,この場合,坂を登れば中学校。下れば元の道――と思えばそんなに迷わないだろうけれど。


 そして,わたしは坂を登り,本当に,急勾配な坂を登り,なんだってこんなところを登らなければならないんだと思いながら,坂を恨むように上り,恨めしや――と登り,呪い,ようやく学校に着いた。

 3月でまだ結構寒いのに,この時ばかりはマフラーを解き,アップルティーを一気飲みした。あぁ,せっかく当たったのだから,あの時もう一本何か選んでいればよかった――と今更悔やむ。


「不幸だ……」


 恥ずかしげもなく,独りぼやく。

 空っぽのペットボトルを持ったまま,校門を探す。学校の前と言っても,そこは学校の周囲を囲む背の高いネットの前で,運動場の前で,校門が何処にあるのかは,未だ見つけられていない。


「まさか,この坂……」


 校門らしい場所はすぐに見つかったのだけれど,わたしはそれを否定しながら,探す。運動場を囲うネットに,門扉らしい場所があったのだけれど,それは長らく閉め切り――という然をしていた。

 だから,この坂の上なんだろう。

 学校までの急勾配よりさらに急勾配。

 滑り止めのためか,丸マークの凹みがいくつもある白い道。

 この学校に通うのかと思うと,父を恨みたくなる。


「まぁ,今日は登らないでおこう」


 どうせこれから毎日のように登ることになるだろうし。

 わたしは,坂を見て,そんなふうに切り返した。運動場には野球部らしき生徒が,掛け声をしながら走っている。部活動は絶対しなければならない――とかそういう校風でないことも祈りつつ,学校から去っていく。


 来た道を戻りながら,そう言えばいまは何時くらいだろうと,時計を探す。

 折角だから学校の時計くらい見ておけばよかった――と悔やみつつも,まぁそこまで気になることでもないな――とあっさり忘れることにした。


 最近の女子中学生なのだし,携帯やらスマートフォンくらい持っていてもおかしくないのだろう。でも,わたしはそういうものがいま必要なのかわからないので,持っていない。クラスメイトのする,既読がどうとかの会話の意味もよくわからない上に,なんだか馬鹿みたいに聞こえていた。

 いや,まぁ,さすがに既読スルーの意味くらい,なんとなく把握しているのだけれど。それは,実感という意味で,わたしはよくわかっていない。

 話しかけていた相手が上の空だった――とはきっと違うと思うし。


 まず,メールからして,わたしは使ったことがないのだ。

 長電話もしない。

 そういう必要もあまりない。

 第一,わたしたちは毎日学校で会うじゃないか。都会っ子のわたしだけれど,比較的ミーハー(この言葉は死語かも知れない)なわたしだけれど,その必要性が,魅力がわからないわたしには,携帯もスマホも持つ資格が無いような気がするのだ。


 ただまぁ,時計を持つように,携帯を持つ――という時代なので,携帯を携帯していないわたしは,勿論時計を持つ習慣もない。出掛けでは友人に聴けば返ってくるし,必要も不便もなかったし。

 久々に,ひとりで出掛けて,携帯の必要性に気づけたような気が――あぁ,わたしに必要なのは時計だけれど。


 ちなみに,父も母も,携帯を複数携帯している。父はスマホとガラケーの2台持ちだし,死んだあの母に限って言えば,男の数だけ携帯していたらしい。それは,母がわたしに教えたくだらない教えの中の,いわば最低な教えの一つだけれど,


「男の数だけ携帯を携帯しなさい。携帯の数だけ男を携帯しなさい」


 とか,そういう,人生でも数少ない母との会話で出た言葉の一つだった。

 わたしは,だから,携帯というものを拒絶しているのかもしれない。


 坂を下りきったところで,あの交差点に着いた。

 精米機と自販機。

 そこにひとり,女の子がいて。その娘が,妙に気にかかったけれど,わたしはそれを視界から外した。何か見てはならない気がしたのだ。

 けれど,その一瞬で見た情報の中に,納得できる事があった。

 彼女は恐らく財布を持っていない。

 鞄は持っていない上に,あの服装ではポケットがなさそうだ。ポケットがない冬の服なんて,実はなかなか見つからないと思うのだけれど,彼女の来ている服の場合,それはすぐに判断できる。なぜなら,彼女の服のポケットは全て赤い糸で縫い合わされていて,最早ポケットとしての機能を失っているからだ。


 その彼女の手元には,わたしが敬遠したキャップ付き缶のブラックコーヒーがある。恐らく,お金もないのに自販機のボタンを適当に押したのだろう。だから,少し残念そうにしていた。


 適当に押したら,その自販機は当たりが出ていて。

 そのまま放置されていて。

 適当に押したブラックコーヒーが出てきた。

 なんて,ツイていない少女だ。

 折角,無料で手に入れたというのに,真夏のおしるこほどに――女子中学生には飲みたくない飲み物を無料で手にしてしまったわけだ。


 ――そんなところだろう。

 わたしは,咄嗟にそんな少女を見て,知らんぷりをした。

 原因の一端にわたしが絡んでいるのだ。彼女をあんな風に落胆させた一端がわたしにある。

 罪悪感というより,無関係を装いたかった。見ていないし,知らない。わたしは関係ない。

 そう装っていないと,安心できなかった。


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