006
エンミとわたしのことを語る上で,まず抑えておかなければいけない事がある。それはわたしのことだ。
わたしが何者であるのか。そういう話をまず,した方がいい。
産まれたのはエンミと出会う13年前。その3月のことだ。
苗字は茂木。名前は嫌いだから言わない。けれど,苗字と響きは大して変わらない。
母は物心つく前には別の男のところに行っていたし,わたしには父しかいない。
父は,他に女を作ることはなく。そして,真面目な人だった。――だからこそ,あんな女に引っかかるのだと,子供ながら思う。
父は真面目だが,寡黙という訳ではない。
冗談も言うし,娘がいるというのに,下ネタも好む。夏場,家ではトランクス一丁で歩き回るし,お風呂を一緒に入りたがる。お風呂は4年生のときには拒絶している。
一人娘のわたしは,父の家業を継ぐこととなる。
父は,あんな母をすごく愛していて――未だに愛していて,だから他の女なんか見ようとも思わず,わたしの家族が増える心配はなかった。
家業は本来,男子が継ぐもので,代々そうやってきたのだけれど,そういう理由があって,わたしが継ぐことになった。そのことは,随分前――女が父から離れる頃には決まっていた。
家業は気功術というものに関連している。
気功。
気で人を倒すとか,そういう,かめはめ波的なものをとりあえず想像していてもらえば良い。(目で見えるほどの気功波を撃つというのは,不可能に近いのだけれど)
そんな気功術を使って何をするのか――といえば,便利屋のようなことをしている。裏稼業――のさらに裏。裏の裏は表なのだから,正確には闇のさらに深いところ。そういう業界で働くのだ。
果たして,そんなものが現代日本に於いて,必要性が如何程のものかは――とにかく。しかし,現代のような,複雑に人が絡みあった世の中でこそ――複雑に文化が入り組んだ現代にこそ,必要になるとも思える。
まぁ,わたしはいまのところ一人前とは程遠いので,大したことは言えないけれど。
そういう,気功師であるわたしが,一体なんだってこんな長閑な町に転校したのか――と言われれば,逃げてきたのだ。
父とわたし。たった二人の一家は,逃げてきた。
3月20日の深夜27時。だから21日の午前3時。
その日が,はじまり。
きっとこの物語のスタート地点だろう。だから,本来,この物語は,そこから語られるべきだった。これまでの閑話は休題――どころか,なかったものにするべきだった。
兎にも角にも。
3月21日。
春分の日。