004
そしたらその娘は,わたしの膝の上に座った。
「えっと……」
わたし,超焦る。焦るうえに,ビビるし,鼻孔を擽る女の子のフレグランスに恍惚とする。
髪の毛に吸い込まれそう。この娘がもし,妖怪口女だとかで,後頭部に素敵な口をお持ちの,超絶危険人物(人かどうかは怪しいところだけれど)だったとしても,わたし,後悔しない! 後頭部に吸い込まれてもいい!
とは思いつつも,しかしながら,そんな問題ではなくて。
「どうして,膝の上に……?」
わたしが訊くと,その娘はわたしの方に振り返り,きょとんとした顔で小首を傾げた。
まるで何が可怪しいの?と訊かれているようだ。何もかもが可怪しいって言うのに。だからこそ,なにが可怪しいのか説明するのは困難そうだけれど。
とにかく。
わたしは,それ以上抵抗することができなかった。何しろ彼女の髪の毛の触れ心地は最高で,この小さな女の子を膝に座らせて,抱っこするように授業をうけるのは,それはそれで悪くないと思えたのもある。
だから,下手に抵抗せずそのまま一時間,わたしは授業をうけた。
そして,チャイムが鳴り,休み時間。
「あなたは,何?」
わたしは膝に彼女を乗せたまま訊いた。
「あなたこそ何故,私が視えるの?」
そしたら,おかしなことを訊き返された。
わたしは黙る。
確かに,その通りなのだ。
別におかしなことを訊いているわけではない。普遍的にはおかしな文言だったけれど,状況的に当たり前のことを彼女は訊いている。
――普通,視えない筈の私を何故,あなたには視えるの?
つまり,そういうことを彼女は訊いている。
それには当然,答えがあるのだけれど。
「いまは言えない」
わたしは,そう答えた。
それから彼女は「……そう」と言って黙りこくってしまった。
黙っているけれど,勿論わたしの膝の上。
どうしたものか。
そう言えばわたしは彼女の名前すら知らない。名前も知らない娘を膝に乗せている,と考えると異様さが増してしまう気がする。すでに充分,異様という自覚はあるけれど。
「ねぇ,名前はなんていうの?」
黙っている彼女に,名前を訊く。
「人形魘魅」
すると彼女は――エンミは,机に開かれたままのノートにやけに画数の多い名前を書いた。
『魘魅』という字面は,一見すると漢字ではなく,絵にさえ見えた。書いていると言うより,描いているようにといったほうがしっくり来る。
対して『人形』という苗字は,シンプル過ぎる。
ただ。
魘魅という言葉の意味はわからないけれど――
人形という言葉はよく分かっていて言うけれど――
――彼女を表すのに最適な言葉だと思えた。