短編連作/無題
むしゃくしゃして書いた後悔している。
【Moon】
月を見た。
「儚くも美しいと思わないか?」
そいつはにやりと笑いながら言った。
長い髪が風に揺れる。
「幻想、そう呼んでも差し支えない、月夜だと思わないか?」
「…………」
そいつの言葉は確かに正しい。作られた世界でも、作られた月でも、今、この瞬間は幻想のように美しい。
「ようやく、ここまでこれた」
感慨とも、失望ともつかない溜息をついたそいつはおぞましいほど美しい。その姿はまるで幻想の主。
「さぁ、約束の時は、きた」
ゆらり、ゆらりと着物の裾をはためかせながらそいつは笑った。
桜の花びらが風で舞い上がる。
それが合図だ。血が沸き立つような快感。殺し合うために意識がシフトする。
これは幻想なのだ。
願えばそこに生まれ、祈ればそこにある。
それは奇跡でも何でもない、そこにある事実。
そいつの右手にはいつの間にか赤い刀身に鋸の刃がある、奇怪な太刀が握られている。
「…………」
この手にはすでに両刃剣が握られている。それが自然であるように、それが本来あったかのように。
願えば、祈れば、これは起こりえる。
「さぁ、始めよう。素敵なお茶会にならんことを」
雲が月を隠し、その合図となる。
始まったのは何でもない、ただの命のやり取り。
作られた世界の作られた命を賭けた、ただそれだけの幻想。
【blossom】
その場所はさびしいところだった。
一面の白。そして一本の大きな赤い桜。
違和感しかないはずのその景色はなんだか懐かしかった。
空は漆黒。星すら見えない真の闇。
寒いはずなのにそこにいるボクは気にしている様子もない。ただ漠然と空を見上げている。誰かを待っているように桜の幹に背を預け白い息を吐きながらぼんやりとしている。
どこか遠くで鈴の音が鳴っている。
祭りなのだろうか?
鈴の音は規則正しく、何かを奏でるように鳴っている。その音は何故だか薄ら寒い何かを怯えている。
白い息はその音にあわせるようにして吐き出される。
目に何が映っているのか、ここからではわからない。
非日常、二人。
日常、一人。
そう夢だからだ。俺はボクをながめている。
何かの記憶か、それとも空想の産物か、そのどちらにしてもみていて気持ちのいいものではない。
嫌悪感も俺に抱かせる。
懐かしさと嫌悪感。
景色に懐かしさを、鈴の音とボクの姿に嫌悪を感じている。
そんな場面が突如暗転する。
「若、こんな場所にいましたか」
紅い着物を着た女がボクに話し掛けていた。
「うん」
ボクは虚ろな返事をする。目には彼女が映っていないようだ。
「若の心も限界なのでしょうか……」
彼女はそういいながらボクを優しく抱く。
「あっ」
ボクが驚いたように声をあげた。風が吹いて赤い桜の花が舞う。
あいかわらず鈴の音は鳴りつづけている。
桜の花には狂気が宿る。
そんな言葉が俺の脳裏をよぎった。
色が徐々に薄れていき再び暗転。
そしてそこで血の花が咲いた。
色が戻ってくるにつれて赤、赤、赤、一面の赤。
倒れているのはボクで、その手は血に濡れているように赤い。
倒れているのは彼女でその胸からは血が赤く滴っている。
何が起こったのかはわからない。ただ、白い大地の上に赤い花が咲いていた。
一面の赤。
その場所は赤色に彩られた一つの地獄だと俺は感じている。
―――なのに神々しい楽園のような思いも抱いている―――
夢。そして俺は目を覚ました。
悪夢なのか、それとも……。
【moon night】
「嗚呼、今宵も月は映えるの」
彼女はそっと息をつきながら、そう言葉を紡いだ。
長い鴉の濡れ羽のような髪が、風によってひろがる。その後ろから僕は付き従っている。
「のう、そうは思わぬか」
「はぁ、確かに綺麗ですが」
風流が分からぬか、そう彼女は笑った。
「いえ、貴女の方がきれいです故」
そう僕はまじめな顔をして言った。彼女はそれを聞いてからころと笑う。
「そうであったか。世辞でもうれしいものだな」
「はぁ」
「ふふ、さあ、そろそろ戻ろうか」
「御随意に」
「話がいのない奴だの」
少しすねたような声音。僕に彼女は何を求めているのだろうか。僕の主であり、僕の心をつかんではなさい彼女。どんな言葉を連ねたってそれを表すことはできない。
「……月は綺麗ですね」
「ん?」
ぽろっと出た言葉に怪訝そうに振り返る彼女。僕はもう一度言った。
「月は綺麗ですね」
「先ほども言っておったではないか。ふふ、ほんに分からぬ奴やの」
彼女はそういって笑ったように見えた。
「もし、もしだが」
いつの間にか靄がかかったような視界。嗚呼、これは夢だったか。これは記憶なのかそれとも想像なのかわからない。それでも彼女は言葉を紡ぐ。
「――が、全てに気付いたのなら、妾を――」
彼女の悲しそうな表情が胸を締め付ける。
「そう――が、妾をこの月夜で」
彼女は愛しそうに僕を抱いて耳元でささやいた。
「殺してくれ」と。
そこで全てが暗転した。
【code zero】
それが全てだった。
それが最後だった。
それが夢であった。
それが希望だった。
それが零に至る道筋。
「なんていう結末」
彼女は全てを見通した。
彼女は全てに絶望した。
「そんな結末をだれも望まない。彼女も彼も」
試行を繰り返すこと三度。全ては杞憂の泡となった。
ならば他にある道を見つければいい、ならば他の要素を足せばいい。
それが叶わぬと彼女は悟った。
全ては運命に帰結し、彼女と彼の物語は悲哀から始まる、と。
一つは、幻想と化した電脳世界で。
一つは、夢にされた冬桜の世界で。
一つは、遙か彼方の記憶の月夜で。
「認めない」
彼女は強く手を握りしめる。
「認めるわけには」
「それが運命だ。この子たちの」頭に響くのは冷静な自分の声。
「それでも」彼女は必死に言い募る。
「それでもとあがき続けても運命には逆らえまい」頭に響く冷静な声がせせら笑う。
残酷でもそれがこの物語の始まりにして終わり。そう、わかってはいる。
「【code zero】」
「分かっているならば時を」
「それでも、このシナリオは認めない」
最後の力を振り絞り、彼女はたった一つの光りを求めて埋没する。
「せいぜいあらがうがよい、神よ」
【story edit start】
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