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04 E.Grey 著  夏の花 『公設秘書・少佐』

 東海道新幹線が開通する少し前の時代の話だ。

 蝉が鳴いている。

 窓が全開で、扇風機まわっているのだが、涼しく感じられない。

 私は三輪明菜。月ノ輪村役場総務課に勤務している。机を並べている女子職員たちは夏用のブラウスに灰色のチョッキとスカートを身にまとっている。私もそんな格好だ。

 たまに村長室に呼ばれることがある。こういうときはだいたい見当がつく。

「明菜ちゃん、明日、『少佐』がくる。弁当をつくってやってくれ」

 つくってやれなんて簡単にいうな。材料費くらいだせよ。

 月ノ輪村出身の国会議員が東京に住んでいる。センセイと村長は懇意で、困りごとがあるとよく陳情する。こういうときに代理で村に派遣されてくるのが、公設秘書の佐伯祐だ。どういうわけだか、村長以下・村民は、「少佐」と呼んでいる。

 佐伯がくると、きまって私は彼の道案内を託される。

 朝方、お弁当をつくった。

 先日、川魚漁が趣味の伯父が、投網でうなぎを何匹か獲っている。明け方、これをさばいて七輪・炭火をつかって蒲焼かばやきにする。腹側を火であぶり、重箱に納めて風呂敷に包み出勤した。

 昼近く、廃車寸前のボンネットバスが、土煙をあげて砂利道をやってきた。役場前停留所にバスが停まる。「少佐」が降りてきた。白いスーツに紐ネクタイ、パナマ帽を被って、私とおそろいみたいな四角い眼鏡をかけている。

「やあ、三輪君、相変わらずの仏頂面だな」

「人のことはいえませんよ、少佐」

「そんなことはない」

 そういって両の手の人差し指を口の両端にあてて吊り上げる。

 私も対抗した。

 昼近いので応接室に案内し、気合をいれてつくったお手製鰻弁当を与えてやる。どうだ、参ったか!

 ソファに腰掛けた佐伯は、弁当箱を開けるなり、敵視するように蒲焼をにらみつける。

「鰻の蒲焼ですけど、なにか?」 

「腹焼きしている……」

「腹焼き?」

「腹から焼くのは切腹を意味する。だから武家の町・お江戸の鰻は背中から焼くものなのだよ。このような下世話な焼き方は上方風でいかん」

「じゃあ、返してください」

 といいかけたとき、すでに、佐伯は弁当箱に箸を突っ込んでいた。

 いやな奴……。

 佐伯が弁当箱を空にしたころ、停年近い村の駐在さん・真田巡査が、ぎこぎこ、自転車のペダルをこいで役場にかけつけてきた。

夏用制服である白シャツ・黒ズボン。黄金意匠で飾った帽子、黒いベルトには拳銃を収めたポシェットと警棒が吊り下げられている。

 真田巡査もソファに腰掛けた。

 佐伯が事件の概要をきく。

「被害者は?」

「果樹園を営む三島家の一人娘・三島裕子といいます。二十六歳。一昨日、八月二十四日早朝・未明自室で何者かに紐のようなもので首を絞められ殺されています」

「容疑者は?」

「川崎麗子という同じ歳の幼馴染です。麗子は、前日、裕子の部屋を訪れ、口論になり部屋をでていった。昔からのつきあいなので口喧嘩くらいはたまにする。その晩は気にせず部屋にもいかなかった。そう証言したのは裕子の母親です。翌朝、いつもは朝食の準備を手伝いにくる娘がこないので、様子をみにきたところ、蒲団の上で仰向けに倒れている娘を発見したというわけです」

「目撃者は?」

「運送会社のトラック運転手徳島八郎と、自転車で納豆売りをしている木島吉兵で、犯行日時ごろ、二人は家の前の県道を通って不審者を目撃しています。徳島は細身で長い髪の女が屋敷の庭から県道にでてくるのをみたと証言し、木島は女が大股ぎみにして足早に歩き山森に消えたと証言しています」

「二人ははっきりとは女の顔をみていませんね?」

「未明でしたので……」

 巡査から話をきいていると、下りのバスが役場前に泊まった。停留所に降りてきたのは柄物の長袖シャツを着た青年だった。二階応接室の窓から、青年をみた佐伯は、興味深そうな顔をしている。

「彼は?」

 佐伯がきいたとき、真田巡査は煙草「憩」の箱から二本をだした。そのうちの一本を佐伯に勧めてマッチで火をつけてやり、燃え尽きる前に、自分の一本にも火をつけた。煙を吐き出してから巡査が答えた。

「花田竜平といいます」

「なるほど、花田竜平君ですね。憶えておきましょう」

「画家を目指して上京し、美大に通っていたのですが、才能がないんで実家に戻り、野良仕事を手伝っています。気の弱い人畜無害な奴です。まさか奴が犯人とでも?」

「さて、どうでしょうね……」

 巡査と私は佐伯を連れて、被害者・三島裕子の自宅を訪ねた。庭では鶏が目の前を、こっこ、と前を横切ってゆく。母親はショックでふせっている。制服警官が殺人現場である部屋が荒れないように警備していた。

 藁葺の母屋と瓦平屋の離れがあり、離れに被害者の部屋があった。

 中をみせてもらった。

 遺体はすでに検死医のところに回されている。巡査がいった通りだ。特に部屋が荒された様子はなく強盗や強姦を目的としたものではない。凶器である紐こそないのだが、遺体には首を絞めた跡があったそうだ。動かした形跡もないから、確かに部屋で殺されている。犯行時刻は、死後硬直と死斑の状態から割りだしたものだ。

 老巡査がニヤニヤしてきいてきた。

「明菜ちゃん、鰻弁当を『少佐』に差し入れしてやったんだって? 美味ってくれたかい?」

「え、どうしてそれを……」

「役場で村長とすれ違ったとき、いってたよ」

 ハメたな。そうやって外堀からじわじわ埋めてゆく魂胆はなんなんだ。いや、村長はただの田舎者だ。だがそれゆえに独身者をみかけるや否や縁談を振ってくるお節介焼きなのだ。

 縁側から庭をみると、炎天下で調査をする佐伯がみえた。スーツを着ているというのに、佐伯は地べたに腹ばいになったりして、犯人の足跡を捜しているようだった。それらしきものが被害者のいる離れ部屋から花壇にむかっているのをみつけ、巻尺で、サイズを測りだしていた。

 翌日、私と佐伯は役場から自転車を借り、巡査に案内で、村から数キロ離れた町にある県警支所にいった。そこに容疑者・川崎麗子が収監されている。到着した私たちは取調室に入った。

 麗子はロングヘアで細身の女性で、スタイルは悪くはないが、美女というより、十人並みというべき容姿だった。

 佐伯は、ハンカチで汗をふきふき麗子から話をききだした。

「麗子さん。親友が死ぬ直前、喧嘩はなさっていても、なにか彼女の秘密を隠している。庇ってますね? たしか昔、二人で一緒に東京の化粧品メーカーに就職し、一緒の部屋に住んでいたことがあるのだとか……。そろそろ話してくれませんか。隠していると貴女が犯人にされてしまいますよ」

「上京すると、器量よしだった裕子は、ある男の人から声をかけられて付き合うようになり同棲を始めました。しばらくしたら腕とかに痣ができてきて、逃げるように実家に帰っていった。殴られていたんですね」

「後を追うように麗子さんも故郷に帰った。そしたら裕子さんを追って男もやってきた。しかも相手は、貴女が高校生時代につきあっていた人物だった。画家志望の美大卒業生で上京していた村出身者の青年・花田竜平では?」

 麗子は、うなずいてから取調室の机に突っ伏し声をあげて泣いた。

「よかったよかった。東京のセンセイが、御親戚であられる貴女が容疑者にされているときいて、とても心配したんですよ」

 彼女の肩を叩いて新品のハンカチを渡して涙をふかせた。

 私が一瞬、むかっ、ときたのはなぜ?

川崎麗子の証言により、花田竜平が、警察によって即刻逮捕され、あっけなく解決された。

 事件は、別れ話の怨恨から、東京から追いかけてきた花田竜平が、三島裕子の部屋を襲って殺害したというものだった。東京で買ったロングヘアのカツラを被り、スカートをはいて、カモフラージュした上での計画的な犯行だった。幼馴染の川崎麗子がささいなことで口論して部屋をでていった。

 巡査が佐伯にきいた。

「少佐、どの時点で奴が犯人だったとわかったんですか?」

「ああ、このくそ暑いのに、奴が長袖シャツを着て役場前の停留所に降りたときですよ」

「長袖?」私は口を挟んだ。

 佐伯は、長袖シャツ姿どころか、スーツを羽織っている。人のことはいえまい。

「被害者は紐で首を絞められたとき、犯人の腕をもがきながら引っ掻く。奴の腕には決め手となる爪傷ができ、長袖で隠していた。それから奴は花壇で朝顔を踏みつぶした」

 警察は真犯人の靴底にへばりついた花びらを確認した。

「これにて一件落着」

 老巡査が、最近買ったテレビでみたという名奉行『大岡越前』のドラマを真似て、佐伯を褒めた。

 翌日、事件を解決した佐伯は早々に東京に戻らねばならねばならなかった。なんて忙しい人なんだ。

 役場前バス停で私は彼を見送った。

「三輪君、鰻弁当、ありがとな。美味かったよ」

 むかつく。はじめからいえよ、莫迦!

 ドアが閉まった。

 砂利道で埃を巻きあげながら、バスは、東にむかって走り去ってゆく。

    END

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