03 やあ 著 夏の花 『浜朴(ハマボウ)』
会社の夏季休暇を利用して、由布子はほぼ二十年ぶりに訪れた海岸に佇んでいた。
父の故郷であり、かつては祖母が暮らしていた鄙びた漁村だ。
潮が足元ひたひたの場所まで満ちていた。
遠くでばしゃんとボラが跳ねる。
体を横にして自らを海面に叩きつけるような動作だ。
七月の日射しを避けて満開のハマボウの木陰に入り、日傘を畳んだ。
変わっていないと由布子はひとり想う。
穏やかに岩を洗う波も、熱気を孕んだ潮風も、澄んだ海底に柔らかな曲線で刻まれた波の跡も昔のままだ。
違うのはハマボウの木と由布子が二十年分の年輪を重ねたこと位。
祖母に連れられて海水浴に来ると、いつもこの木の下でお弁当を食べたものだ。
海苔で巻いた三角のおにぎりと砂糖と醤油で濃いめに味をつけた卵焼き。
それらは紛れもなく由布子にとって夏休みの味であった。
ハマボウはその朝咲いたばかりの花が夕方を待たずにしおれてしまう。
花がしおれたら海から上がる、それが夏毎に交わされた祖母との約束であった。
祖母と最後に泳ぎに来たのは小学校3年生の時。
その日は履いていたビーチサンダルを満ち潮にさらわれてしまい、バス停からほど近い店でゴム草履を買って貰ったこともあって、ひときわはっきりと記憶に残っていた。
新しいゴム草履は思いがけないほど柔らかく足に馴染んだ。
色は濃い青。
由布子はすぐにそれが男児用のゴム草履だと気付いたが口には出さなかった。
祖母も同じことを感じたに違いない。
「女の子が履くんやから赤いのはないんかのう」
そう顔を曇らせた祖母を励ますように、由布子は青い色のほうが好きだからと笑ってみせたのであった。
当時、由布子は土曜の午後と日曜日、それに長期休暇のほとんどを祖母の元で過ごしていた。
両親は由布子がまだ就学前に離婚し、由布子とその姉ふたりの親権を得た父は一年も経たぬうちに再婚した。
相手は父よりひとまわりも若い女性であった。
由布子は休みの度に祖母の家へ預けられることで、自分の居場所がないような気持ちにしばしば苛まれた。
大人になってからは自分の感じ方にも問題があったのだとわかるのだが、当時は漠然とした不安の中で、必要以上にいい子を装うことで心の安定を保とうとしていた。
祖母の家は居心地がよかったけれど、休日しか過ごしてはいけないところ。
父とその連れあい、姉たちと住む自宅は、出来れば自分がいないほうがいいと思われているところ。
子ども心にそう信じ込んでいた。
そしてあながち、それは間違いでもなかったと由布子はかたく眼を閉じる。
透明になりたい。
子ども時代はそう思うことで置かれている現実からしばし離れては、空想の世界で遊んだ。
誰の目にも映らない自分なら、どこにでもいることが許されるから。
たくさんの言葉を持たない年齢は自分の姿があやふやのまま生きていなければいけないから厄介だ。
色とりどりの気持ちのつぶつぶが、水面に漂うプラスチックの玉のように揺れていた。
耐水性の感情の断片を常に持て余していた幼い日の自分。
ゴム草履を買って貰った日を境に、その後、二度と祖母と会うことはなかった。
義母との折り合いが悪く心のバランスを崩した思春期の長姉に右腕と肋骨を二本折る怪我をさせられ、由布子は児童相談所へ保護されたからだ。
児童養護施設に移され、同じような境遇の子どもたちとの集団生活を続ける間に祖母は亡くなり、父や姉たちともそのまま疎遠になった。
もうずっと昔のことだ。
由布子は立ち上がり、大輪のハイビスカスのようなハマボウの花を見上げた。
秋になるとハマボウの実はぱっくりと開いて、小さな種子をぽろぽろとこぼす。
台風の強風に煽られて海へと吹き飛ばされた実は海面に浮かんだまま開き、その種子は波間を漂いながら、思いおもいの場所へと散らばっていく。
そして辿り着いた岸辺に根を張り、大きな木となって黄色い原色の花を咲かすのだ。
この木は潮風の当たらないところでは育たないと、祖母から聞かされたことがあった。
海水に揉まれた種子からちゃんと芽を出す強い木だとも・・・。
由布子は目を凝らして沖のほうを眺めた。
空は青く、海はもっと青かった。
了




