09 事後処理はどこでも大変で。
かたや、CCPでは一様に息を吐く面々と裏腹に、霞総隊司令が、先ほどまでいがみ合っていた上司2人と深刻な顔で話し合っていた。
「あれがどこかに通じる<通路>であると確定した以上、これからの対策を根本的に変えなくてはいけません」
「うむ、さすがにあんなことが起きたのでは、さすがの私も何かしなきゃなって気になる」
管理部長の言葉に殺意を覚えるが、何とか堪えて続ける。
「すぐさま対策会議を開くよう、上に具申してください。今日中にです。すぐに次が来ないと誰にも保証出来ない以上、1分1秒でも惜しい」
「わ、分かった、すぐに大臣閣下に連絡を!」
あたふたとCCPを出て行く管理部長に中指を立てていると、入れ違いに別の、今度は自衛官の制服を着た中年男性が入ってきた。
何故かその制服のジャケットは脱いで脇に抱えている。シャツも濡れて色が変わっていた。
「――幕僚長」
「すまん、都心の渋滞に巻き込まれて到着が遅れた。車は諦めて走ってきたんだがな」
言葉の通り、本当に徒歩で来たらしい。
「状況は聞いている。管理部長と今擦れ違ったが……苦労をかけたな」
「いえ、幕僚長がいても結果は同じだったでしょう。それよりも対策会議の骨子を即急に作成してください」
「国会で即座に通さねばならんからな。どさくさ紛れに別の案を通そうなどと考えず、直近の脅威である<円環>についての対策のみを即急に立案するように、官僚や議員達にも根回しも要るな。すぐ取りかかる。事後処理まで任せることになってしまうが」
「構いません。そのための総隊司令です」
「分かった。細かな状況と要望を纏めてくれ」
「では、司令室で細かい打ち合わせを」
引き継ぎをして部屋を辞する総隊司令と航空幕僚長を見送って、CCPの面々は顔を見合わせる。
「管理部長とかと態度が全然違うよね」
「あの二人、付き合ってるようにしか見えねえ」
「幕僚長、妻子持ちじゃん。ないない」
「でも司令、そういうの絶対気にしないタイプよね」
「独身だしなあ」
「好きになったら一途?」
「食らいついたら離れないっていうか」
「誰が上手いこと言えと。まあ元パイロットだしね。しかも凄かったらしいし」
「そもそも霞司令に物怖じしない人って、なかなかいないよ?」
「そういう意味でも怪しい」
「仕事しろよお前ら」
「はーい。あ、ワイバーンの指揮をCCPから百里タワーに譲渡しまーす」
『ワイバーン1、了解。どっちかってゆーと幕僚長のほうが惚れてる確率は高いと思いまーす』
「いいから、あとで総隊司令に殺されそうな噂話はやめてくれ……この通信記録されてるんだぞ」
「「「『あ。』」」」
* * *
百里基地に着陸したF-15。
疲れた様子で降りてくるパイロット二人を整備班の面々が迎える。
「お疲れさん」
「疲れましたよお」
美也が整備班長に甘えるようにすり寄る(年上好き)が、玲音に後頭部を鷲掴みにされて阻止。相手は所帯持ちだ。
整備士の沢城愛理は、愛くるしいと表現されるその顔に苦笑を浮かべて、二人に飲料水のペットボトルを渡す。
「サンクス」
「あとはこっちで引き継ぎますんで、団司令に報告行ってらっしゃーい」
「めんどくせェー」
唸る美也を尻目に、玲音は整備班長に、自機を示してみせた。
「あ、血液のサンプルとか、忘れずに取っておいてください、班長」
「おう」
「うあー、団司令、ドラゴンとかそんなこと言ってもぜってーピンと来ないって」
「まあねー。他の人から聞いてるならいいんだけど……」
愚痴りながら指揮所に向かう二人を見送ってから、牽引車でイーグルをエプロンに運ぶ。
その途中、機体の子細を眺めていた愛理はふと気づく。
「美也さんの機体に血が付いてるのは聞いてましたけど、玲音さんの機体の、この、垂直尾翼のとこの黒っぽいのって何でしょうかね」
「………」
整備班長は完全にエプロンに収まったイーグルの尾翼に、老齢を思わせない動きでするする登ると、それの臭いを嗅ぐ。
「……あー」
「何ですか、それ」
「フンだな」
「えっ」
「多分、例のドラゴンのフンだろ、これ」
「えー……」
「鷲巣には言うなよ。ドラゴン殺しに<円環>に突っ込むとか言い出しかねねえ」
「……まあ、言いませんけど。玲音、イーグルのこと嫁か何かと思ってますからね」
「こっちもサンプル取るから、何か容器持ってこい」
「りょうかーい」
足早に駆けていく孫くらいの年齢の彼女を見送って、もう一度垂直尾翼に目を遣った整備班長は、ふと眉をひそめる。
空自イーグルのシンボル・カラーでもあるグレーの制空迷彩塗料が、糞のついたことろだけ剥げて、本来の金属の色が覗いていた。
「酸性か……何食ってるかも分かりそうだな」
* * *
薄闇の中、蠢く複数の影がある。
「……我が盟友、フヴェルが傷を負って還ってきた」
低く、威厳のある声が不機嫌に、しかし明らかな安堵を滲ませて呟く。
「何と。陛下のフヴェル殿が傷を負わされたと?」
「左様。しかも話を聞けば、灰色に鈍く輝く大鷹に、光の槍で斬りつけられたと」
「何と」
驚きの声が再度響き渡る。
薄暗がり、蝋燭の明かりに照らされる室内は、豪奢でありながら派手さはなく、使い込まれた鎧兜、すぐにでも使えるよう磨かれた剣、槍、斧など、質実剛健かつ無骨な装飾に彩られている。
その部屋の主に相応しい、印象的なバリトンが続ける。
「それだけではない。白と青の鳩が群れで襲い掛かってきたそうだ。そしてその頭には、我らと同じ姿の人族が乗っていたそうだ」
「我ら以外に騎竜を行う一族がいると!?」
「……話を聞いていて、よくぞ生きて還ってくれたものだと思わずにはおれん」
「<ゲート>の向こう側には、そのような恐るべき国家があるのですか?」
「どれほどかは分からぬ。だが、<ゲート>の向こう側には、この城よりも遙かに高い塔が無数に立ち並び、そこに多くの民草が暮らしていたという。我が国よりも豊かなのかもしれぬな」
「100年前に<ゲート>を開いた時とは、まるで逆ですな」
「うむ……」
しばし、過去の大きな過ちを悔いるように沈黙が降りた。
が、それも長くはない。
「憂慮していた事態が的中してしまったようだ。こうなることを恐れておったから、貴族共には早まったことをするなと釘を刺したのだがな……」
「――僭越ながら、それならしかし、我らは何を気にする必要もないのではないでしょうか」
「ほう?」
「“あちら側”の人族に、フヴェル殿を撃退するほどの力があるならば……」
「確かにそうかも知れぬ。だが……余に、それをしろと? 己らの起こした不始末を、相手が強者であるからと、知らぬ存ぜぬで通せと?」
「は――失礼いたしました。平にご容赦を」
「まあ、よい。――或いはフヴェルを送ったのが逆効果であったやもしれぬ。幸い、<ゲート>の向こう側にいるのは、我らと同じ姿の人であったという。であれば、急ぎ使者を送るべきであろう」
「仰せのままに。では、誰を送りましょう」
「あれほどの高さに<ゲート>を開いたのだ。騎竜以外で通れる者など限られている。至急、<協会>に使者を飛ばせ。事は急を要するぞ」
「はっ」
たいへんお待たせいたしました!
しばらくサボってる間に、感想も頂き、あまつさえレビューまで書いて頂き……
本当にありがとうございます!
特にレビューを書いてくださったSky Aviation様、本当に光栄です。
おかげで書かなければ、という気持ちと書きたい、という気持ちが復活しました。
といってもまだ忙しいので、亀更新になるとは思いますが、書く気だけはありますので、最後までまったりおつきあいいただけたなら幸いです。
追伸:Sky Aviation様のイージスミサイル巡洋艦『やまと』、拝読させていただきましたが、私よりずっと面白く、しっかりとした構成に惹かれます。これはオススメです。読むべきです。