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08 やっぱブルーは最高です。

 ともあれ、海に追い出す時よりは格段に楽に、ドラゴンを陸に戻すことは出来た。


 太平洋で増槽を捨ててから、千葉県上空を過ぎたあたりで、玲音はそわそわと、レーダと周辺を見回し始める。

 その挙動が機体にも出たのか、苦笑混じりに美也から通信。


『ピクシー。そんなに楽しみ?』

「あったりまえでしょー。あたしにとっちゃ空自に入った一番のきっかけだよ? 憧れないほうがどうかしてる」

『まあね。――あ、来たっぽいよ』

「マジで!?」


 がっとレーダを食い入るように見つめる。


 確かに光点を5つ、前方をサーチするJ/APR-4が捉えていた。


 即座にIFF質問装置が送信。

 が、返答なし。


 それも当然だ。

 彼らのそれは戦闘用ではない。


 玲音の視力が機影を捉える。

 5機による変則的なファン・ブレイク・ターンからドラゴンにヘッドオンで接近。、一散、花が咲くように別方向にブレイク。


 擦れ違う瞬間見えたのは、白地に鮮烈な青のライン。

 イルカにも似た流麗な機体フォルム。


 川崎重工製・T-4中等練習機。


 そしてこのカラーリングは勿論、日本で唯一の……


「――ブルーインパルス!」


 快哉を叫ぶ玲音。

 その声は少女のように弾んでいた。


 一度散開したT-4は緩い円を描きながら、ドラゴンの横にぴたりと着く。

 失速限界速度がF-15より低いため、危なげなく速度を合わせて、その両脇をブロックするように飛んでいる。


「さっすが!」


 思わず賞賛の声が漏れる。

 あまり一般には知られていないことだが、ブルーインパルスのメンバーに選ばれるためには非常に厳しい適性が要求され、各部隊のパイロットの中でも選り抜きしかなることは出来ない。

 20代でブルーに選ばれることはかなり難しく、肉体的にも技術的にも、最も脂の乗った30代のベテランが多い。


 はっきり言って、その腕は玲音たちより遙かに上である。


『ブルーインパルス1よりCCPへ。ワイバーン及びアンノンと合流した。指示を請う。――久しぶりだな、ピクシー。彼氏は出来たか?』


 聞き覚えのある男の声が通信から飛び出し、思わず目を瞬かせる。


「教官!? ――マークですか!」


 無線通信なので、慌ててTACネームで呼び直す。

 最初に配属された部隊での教官(既婚者)だ。


「ブルーに入ったって話は聞いてましたよ、おめでとうございます!」

『おう、ありがとよ。お前さんも那覇から百里移ったんだってな。いきなり沖縄に飛ばされた時は、正直気の毒に思ったもんだが』

「あっちはあっちで過ごしやすいところでしたよー。あたし、寒いの嫌いですし」

『ヘイ、お二方、旧交を温めるのはいいけど』


 思わず話し込んでしまったところで、CCPからのお叱りより早く、美也がフォローを入れてくれた。


『そろそろスカイツリーが見えてくるよ。打ち合わせなんてろくに出来ないけど、やること決めないとまずくないスか』

『それもそうだ。作戦としては簡単だ。俺たちブルーが、あの<円環>までの“通路”を作る。お前さんたちはそのお膳立てをしてくれればいい』

「種目は?」

『ローリング・コンバット・ピッチ』

「了解。じゃあ真っ正面に追い込みます」

『それで頼む。――じゃ、先行する。首尾は任せたぜ!』


 軽くキャノピィ越しに手で合図。

 飛び去るT-4の機体の脇腹に、


『頑張ろう、東北』


 の文字が光って見えた。




 幸いにしてその日は快晴。

 なおかつ無風に近い好天。

 夏が近いこともあって、気温はかなり上昇。

 都心はスーツの上着を脱がないと汗ばむほど。


 が、そんな気候も何のその。

 降って湧いたブルーインパルスの出動に、飛行機オタクと、自衛隊に否定的でない人々は、空を見上げて歓声を上げた。


 時ならぬ航空ショー。

 しかもゲストはドラゴン。


 誰だって喜ぶだろう。

 ただし、実際にやってるほうは(たぶん)どっちも必死なわけだが。




 都民1300万人という、前代未聞の観衆の前、<通路>から飛び出してきた怪物が再びその姿を現す。

 カメラがこぞって空を向き、F-15のキャノピィから地上を見ると、反射光がそこかしこに煌めいているのが見えた。


(これが全部、地対空ミサイルだったら、あたし死んでるな……)


 そう考えると衝動的にレーザー誘導爆弾を落とすなりARM(対レーダ・ミサイル)を叩き込んでやりたくなったが、もちろんF-15Jにはそんなものは搭載されていない。

 都心の街並みが目に入ると、1秒も掛からずに東京スカイツリーをタリホ(視認)。


『――それじゃ始めよう。準備はいいか?』


 先行していたブルーインパルスがフォーメーションを組み始める。

 玲音たちの役目は指定された位置までアンノンを誘導することだ。


『ねえ、ピクシー』

「あん?」


 唐突に美也バステトに呼びかけられ、思わず素の声が出る。


『なんかさ、アンノンの速度がさっきより落ちてる気がするんだけど』

「……あ、やっぱ、あんたもそう思う?」

『こちらCCP。何か聞き捨てならないこと言わなかったか』

「あーいや、測定してないから体感でなんですけど、何かアンノンがその、速度も落ちて、あと、動きにキレがないと言うか……」

『おい、それって』

「ええ、ぶっちゃけ疲れ始めてる感じがします」

『ピクシーが弾当てたからじゃね?』

「バステトうるさいぞ」

『なんてこった。急かしたくはないが急いだほうが良さそうだ』

『こちらブルーインパルス1。なあに、1発で決めてやりますよ』

『そう願おう。失敗すると、まだ避難も済んでない都心にアンノンを着陸させねばならなくなる。各員の働きに期待する』


 総隊司令の容赦ないプレッシャーに、さすがのブルーインパルスの面々も、


『り、了解』

『やってやりますよ!』


 緊張した声を聞きながら、これが学生とかなら逆効果なのだろうけど、と玲音は思う。

 プロフェッショナルでありエリートである自分たちには、ちょうどいい発破だ。

 いい感じに気合いが入るのを感じる。


 現在の総隊司令、霞空将補は、防大卒とはいえ、元パイロット。

 しかもその腕前は相当なものだったと聞く。

 パイロットの心理は知り尽くしていることだろう。


 そうこうしている間に、T-4がフォーメーションについた。


『いつでも行ける。――誘いこめ!』

「了……解ッ!」


 都心であることを忘れてアフター・バーナー点火。

 胸を叩かれるような衝撃と共に加速。

 衝撃波を伴ってドラゴンを左から追い抜き、即座に上昇、ループに入れる。

 ドラゴンの背中が慌てて進路を変える。

 その鼻先を、今度は美也のイーグルが駆け抜けた。


 それでぴたりと進路が合う。


「――今!」

『おうよ!』


 チャンスは一度。


 掛け声と共に、ブルーインパルス5機がローリングを開始。

 同時にスモークが焚かれ、空に溶けるような青い機体の背後に真っ白な軌跡を描き出す。

 完全に統制された動きで、5機が緩やかな渦巻きを形成していく。


 ため息が出るほどの素晴らしい操縦技術。


 ローリング・コンバット・ピッチ。


 それを、普段の演技より長く続けた変則型だ。

 普段と違うマニューバをしているのに、全く乱れが感じられない。


「すごい」


 思わず声が零れる。


 作り出されるのは、<円環>までの“通路”。


 渦状のそれは、ドラゴンの目の前から<円環>まで、渦巻き状の通路となって、異世界からの迷子を導いていた。


 <円環>直前でT-4はスモークを切って散開。

 地上では盛大な拍手が起こっていたが、まだ状況は続いている。


 美也の切迫した声。


『アンノン、上昇! ――ピクシー!』


 ドラゴンが、渦の中に入るのを嫌ってか、上昇しようとしたらしい。

 らしい、というのは、玲音は丁度ドラゴンの真上にポジショニングしたところで、状況が見えなかったのだ。


 だが相棒の声に反応し、今、ドラゴンが真下にいるという自分の空間把握能力を信じて、スロットル親指位置にある、ピン型スイッチを弾いた。


「素直に入れやゴルァァァァァァッ!!!!」


 裂帛の気合いと共に、イーグルの腹から光の塊が散布された。


 熱源欺瞞装置フレア


 強烈なマグネシウム光に、テフロンやアンモニウムも混じって臭いも相当なそれに、ドラゴンは驚き、高度を下げ、そして――


『よし、入った!』


 快哉。

 目の前に<円環>が迫っていて、慌てて玲音は上昇。再びループ。


 背面飛行の状態で、一瞬だけドラゴンが、スモークの隙間から見えた。


 上を――こっちを見ていたようだったのは、果たして気のせいかどうか。


 やがて風と、飛行機の気流に流されて、スモークが消えた後には。



 何も残っていなかった。



 ただ、空間にぽっかりと空いた<円環>だけが、一週間前と同じ姿を東京上空にさらけ出しているだけ。


『消えた……』

『やった、のか……』


 レーダを照射。

 一帯の空域をスキャンして、自衛隊機以外に何も飛行体が存在しないことを確認。

 今更のように、マスクの酸素吸入量が増えていたことに気づく。

 意識して大きく息を吐く。


「……ワイバーンよりCCP。アンノンがレーダから消失。恐らく、<円環>に戻っていったものと推測される」

『こちらCCP。確かか?』


 総隊司令の冷徹な声も、不思議とハイになった気分を落ち着けてくれた。


「コピー」

『CCP了解。代わりの偵察飛行隊を送る。ワイバーン及びブルーインパルスは帰投せよ。ご苦労だった。いい仕事だ』


 憎らしいほど落ち着いた、しかし確かな賞賛を籠めた言葉に、全員の緊張が解けるのを確かに感じた。


「ワイバーン了解。――RTB」


 機体を翻す。

 今頃、地上ではどんな反応が起きているだろう?


 きっと飛行機オタクは万歳三唱だろう。

 マスコミはどうだろう? 褒めるだろうか、貶すだろうか。


 まあどうでもいい。

 早く地上に降りて休みたい、と、空を飛ぶのが大好きな玲音ですらそう思う程度には疲れていた。


 だから、


『ねえ、ピクシー』

「あん?」


 相棒のその不意打ちには敵わなかった。


『行っちゃったね、ドラゴン』

「は?」

『<円環>の理に導かれて』



 呼吸困難になるほど笑わされた。

たいへんお待たせしました。

今回は勢い重視で、あまり細々とした蘊蓄はなしです。

というか蘊蓄ばっかでも嫌ですしね!


そういえば、こないだブルーインパルスにバードストライクがありましたね。

ダメージ軽くて、パイロットにも怪我なくて何よりです。


ひと区切りつきましたが、まだ続きますよん。

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