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05 過激なこと言う輩がいたって、日本はやっぱり平和です。

 “ドラゴンらしきもの”――仮称・アンノンの鼻先を掠めるように飛ぶ。


 すると、驚いたアンノンが進行方向を変える。


 鷲巣はその間に大きく旋回。

 背後に回ったところで操縦桿を中立、それから、やや前に倒して機首下げ。

 アンロード機動。速度を稼ぐ。


 ワイバーン2こと、“バステト”黒坂美也くろさか・みやが、同じようにアンノンの前を遮って、進行方向を調整。


 この繰り返しで、アンノンの行く先を海へと向けさせるのだ。


 と、アンノンが堪りかねたのか、下降に転じる。

 これを予測していた鷲巣は、即座にアフター・バーナーに点火。


 どん、と胸を衝かれるような急加速。

 デパートビルの谷間に入るか入らないかのところで追いつき、アンノンの真下を音速マッハで潜り抜けた。


 丸いキャノピィ越し、鋭い鈎爪や下顎を見上げる。


 腹は爬虫類のような形状。

 よく見ると、翼は前肢と一体になっているようだ。


 それらを一瞬で、戦闘機乗り(ファイター・パイロット)ならではの動体視力で観察しながら通り過ぎる。


 速度を活かしてループに入れると、衝撃波に煽られてアンノンが高度を上げるのを確認。

 音速を超えたことで、地上にはF100-IHI-100エンジンの爆音が響き渡っていることだろう。

 真下にあったビルは、窓くらい割れたかもしれないがこの際仕方あるまい。


 何せCCPの命令でこっちは動いている。

 霞空将補が、自分で下した命令をしらばっくれて、部下になすりつけるような人物でないことは知っている。

 そのことはとりあえず頭から締め出して、さらにアンノンを追い立てる。


 一瞬だけロールして見た地上から、ちかちかと光。

 多分、マスコミかアマチュア・カメラマンがフラッシュを焚いているのだろう。


 そんなことしないで逃げてほしいのが正直なところだが。

 そもそも<通路>が出現した時点で、その半径何キロからかは退避させておくべきだったんじゃないだろうか?

 と、思ったのはフライトが終わった後のことで、この時点の鷲巣は飛ぶこと以外は考えられない、「パイロットの6割頭」状態だ。どんなベテランでも、高機動を行いながら、後始末のことまで考えるのは難しい。



      *



 ちなみに地上では、鷲巣機がアフター・バーナー点火した瞬間に、運悪く背後にあった有名格安衣料ブランドの看板が吹っ飛び、対岸のビル(アジア系貿易会社)の窓に突っ込んだ。

 奇跡的に軽傷者しか出なかったがビルのオーナーには悲劇である。


 一方、マスコミはドラゴンをF-15が追い回すという非現実的な光景にどうコメントしていいか分からず、しかしカメラは回っているので、とりあえず「首都上空で自衛隊機が空中戦をしています! なんて恐ろしいことでしょう!」と叫んでみたが、後で「恐ろしいのはドラゴンのほうだろ!」という視聴者からのツッコミへの対応に苦慮することになる。

 ちなみに訓練された視聴者はマスコミ本社にではなく、そのスポンサーに苦情の電話を入れていたため、いつもの「都合の悪いことは無視する」という手段は通用しなかった。

 スポンサーはユーザからの苦情を無視できず、マスコミはスポンサー様からの質問を無視できない。


 一番喜んだのは、<通路>の対空監視が開始されることを知ってから初夏のビルの上で汗だくになりながら張り込んでいた飛行機オタクで、空中戦が開始された途端に


「キターーーーーーーーーー!」


 と叫んでF-15に熱烈なラブ・コール。

 カメラを連続撮影モードにしながら


「ミサイル撃って! ミサイル!」


 とかすごい無責任なこと叫んでいたのだが、やっぱり日本は平和だった。



      *



 といっても、空中戦らしきものを演じていたのはものの数分。

 アンノンが海へと鼻先を向けてくれたら、あとはひたすら追い立てるだけだ。

 そうすれば、あっという間に首都圏を飛び去り東に向けて飛行。

 程なくして、


「ワイバーンよりCCP。アンノンが海に出た!」


 ドラゴンらしきもの――仮称・アンノンが、千葉県を飛び越えて太平洋上に飛び出した途端、安堵の吐息が自制していても漏れた。


 途中、成田上空を抜けた時には、民間機が割り込んでこないか冷や冷やしたが、通過が一瞬だったため、無理を言って進行ルート上から全飛行機を避退させていたらしい。

 上司が優秀だったことに感謝しながら、通信のスイッチをオン。

 アンノンの監視をバステトに命じてから、


「CCP、指示を求む」

『すまん、今、検討中だ。少し待ってくれ』

「はあ?」


 思わず返して、しまった、と舌を出す。


「いや、ディスリガード(今のなし)、すいません。でも何かするなら急いでください。こういうのって、相手が慣れてきたらどうしようもない」

『分かってる。すまん、今、立て込んでるんだ。とりあえず、今後の対策のために写真撮影をしてくれ』


 こっちも立て込んでるんだけど、とは流石に言わない。

 多分、政治屋連中の横槍が入ったのだろうと推測し、


「了解。ワイバーン1、写真撮影を実行する。ワイバーン2、援護を頼む」

『コピー』


 ポケットから予め用意しておいたデジカメを取り出す。


 国籍不明機などに対してのスクランブルでは、こうして写真を撮ることで、


「おいィ、お前の国の航空機が俺んとこの領空侵犯したんだが?」


 と言うための証拠にするのだが、大抵の場合、


 「あ、そうなんですかすいません。でも事故だから許してね♪」と流されるか、

 「どうしたらここがお前らの領空だって証拠だよ!」と逆ギレされる場合がほとんどである。

 が、これを怠ると今度は「証拠もないのにそんなことを言うなんて日本の軍国主義の復活だ!」と言われるのが目に見えているのである。


 そんな理由から自衛隊パイロットが常備しているニコン製のデジカメを構え、


「出来るだけ詳細なほうがいいよね。……ワイバーン1、これより写真撮影を実行する」


 記録に残るように声に出してから、ぱしゃりと一枚。


 よく見るとドラゴンの顔は、意外とユーモラスだ。


 獰猛な印象はなく、丸っこい目はいっそ可愛らしい。

 顔の作りこそゴツいが、それはイグアナのような攻撃的なものではなく、カバやサイを連想せずにはいられない。

 ただ、眼球だけは縦に切れた、爬虫類のそれだった。


 顔を2、3枚撮影すると、今度は失速ギリギリまで減速する。

 アンノンがF-15を追い抜いていくのを、前から連続撮影。


 尻尾を除いても、全長はイーグルより長い。

 全身が鱗に覆われている。

 色は緑。

 草木の色だ。

 肉体の動きに合わせて蠢いている様を見ると、ミサイルや機関砲が通用しない相手ではなさそうだ……と、思える。


 一度、長い尻尾まで撮影し終えてから、わずかに増速。

 翼のところを、特に念入りに撮影。

 10枚ほど撮影すると、背面飛行に入れて下降。

 アンノンをやり過ごしたところで再び上昇に転じ、近づきながらシャッタを切る。


 やはり爪は鋭い。

 あと、ちょっと躊躇してから股間も撮影。

 雄か雌かは結構重要な情報なのである。


「くそ、何でイーグル乗って爬虫類のコカーン撮影してんの、あたし……」


 思わずそんな愚痴も漏れるが。

 外周を一回りして得た印象としては――

 どうにも、凶暴なドラゴンではない、という感じだった。


「CCP、一通り写真撮影が終わった。そろそろ結論は出た?」

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