12 休日とは
異世界の最前線とはいっても、際限なく戦い続けていれば精神は磨耗するし、疲れもたまる。
戦士にも休暇は必要だ。
そんなわけで鷲巣玲音二等空尉は本日、久方ぶりの休日となる。それも三日間だ。様々な要因が重なり、一気に休暇を取らないといけなくなったのだ。
基本的に空自の業務が苦にならない玲音にとって、休みが少ないことはさしたる苦痛ではない。しかしここしばらく、突発的な遭遇戦やスクランブルが多かったため、疲労がたまっていることも自覚していた。
休日初日、どう過ごそうか考えながらオフィスをさまよっていたら、「休みの人間がうろつくな、ケツ触るぞ」と甲斐に言われたので、職場のパソコンで軍艦擬人化系ゲームのキラ付けを菩薩のような顔でやっていた美也の頭をひっぱたいてから、食堂までとぼとぼと歩いてきたのが今。
とりあえずコーヒーを頼んで、ぼけーっと過ごす。
玲音はいわゆるワーカ・ホリックの類なのである。
相棒は休みのたびに街に繰り出しては、現地入りした地球人のために用意された娯楽設備(要するにゲームセンターやカラオケなどだ)で過ごすし、休暇が重なれば玲音もそれにつきあう。DEROSともなればやはり美也につきあって地球に戻り、秋葉原に行ったり温泉に行ったりする。
他の同僚とは、そこまで親しい間柄ではない。任務中はしっかりコミュニケーションをとるし、冗談を言い合って笑ったりもするのだが、プライベートを一緒に過ごすのは美也くらいのものだ。
自分が人付き合いが苦手だという自覚もある。オタクというのは内向的なのだ。それがヒコーキオタクであっても。
しかし休暇のたびに持て余し気味になるのはどうしたものか。
とりあえず部屋に戻って、フライトの反省録を読み返そうかなとやはりワーカ・ホリックな結論にたどり着きそうになった時に、自分の目の前に誰かが座る気配を感じて視線を上げる。
霞団司令だった。
「あ、志乃さん」
「司令と呼べ、馬鹿が」
「私、休日なんで」
いい加減な態度の玲音に、ふん、と鼻を鳴らして、トンカツ定食を食べ始める空将補。相変わらずの健啖ぶりだなあと思う。玲音も人のことは言えないが。パイロットは体が資本なのだ。霞空将補も、未だウイング・マークを保持していたはず。異世界の空でも飛んでいるのだろうか?
自分はアイスコーヒーをちびちび飲む。
後々になって考えてみると、上司の前で休日とはいえ暇そうな姿を見せたのが間違いだったのかもしれない。
「暇か」
「まあ、暇です。仕事はしませんよ?」
「そんな酷なことは言わん。だが暇なら観光先を紹介してやろうか?」
「あるんですか、この辺に観光地」
「少し遠いな」
味噌汁を啜ってから、空将補。食べる手を止めている。彼女は特別な用事がない限り、食事はゆっくり摂ることにしているらしい。
「国家間戦争があるらしい。見学に行くか?」
「何言ってんですかこの司令」
「この世界の戦争は初めて見るだろう?」
「そりゃまあ、パイロットは陸自と違って基地に籠もりっぱなしですから」
「戦争についての講習は受けているだろう? まあ民間人として見学に行く限り、危険はほとんどないというし、ガイドという名の護衛もつけてやる。せっかくだから見てきたらどうだ」
笑いながらの霞空将補の言葉に、玲音はあからさまに嫌そうな顔をする。
「それって命令です?」
「休暇の部下にそんなことするか。そうだな、お前を空自に引き込んだ先輩からの、休み方のアドバイスだな」
「都合のいい……」
苦笑い。
霞空将補の意図は何となく玲音にも察しがつく。
彼女はその権限と責任に反して、手駒が圧倒的に不足している。市ヶ谷も協力してくれているとはいえ、彼女が自らに帰属する権限で動かせる諜報部隊はごくわずかなはず。使えるものは鷲でも使いたいのが本音だろう。
つまり調査をしてこいと、現地を目で見てこいということだ。
こんなことを内輪でやっているあたり、案外自衛隊も一枚岩じゃないのだなと、政治的思考からほど遠いところに位置する生物である玲音は呑気な感想を抱く。
一枚岩じゃないのは承知していたが、これほど生々しく身近に感じさせられると、いささかげんなりともする。
とはいえ、興味がないでもない。
異世界の戦争。
この世界の国家間戦闘は、選別された魔導師による対抗戦によって主な趨勢が決まる。規模は個人の決闘のようなものから、百人、最大で千人単位の集団戦まで様々。これらは基本的に政治によって決定される。
魔導師は衆民に比べて他国とトラブルを起こす確率が必然的に高いため、基本的には当事者同士で争うことが大半だが、力の弱いものがトラブルを起こした際の代わりに対抗戦(この世界では相対戦と言う)に参加するのが国家に所属する魔導師である。
最悪の場合、個人の喧嘩を国家が請け負うことにもなりかねないのだが、そのあたりは司法の出番である。
つまり、この世界の戦争とは高度に管理され制御された武力衝突の場であり、民間人を巻き込む泥沼の戦争というのは起きない仕組みになっているのだ。
そう。
五百年前から。
玲音はしばらく天井を見つめて考えながら、軽く首を傾げる。
「しかし地球の戦争とは違うとはいえ、仮にもいちおう戦闘地帯に行くんですよね? 護衛がいるからっつって、不安ではあります」
一応の抵抗だったのだが。
「ふむ。では九ミリを持って行っていい。武器科にも伝えておく」
おやおや、休暇のはずなのに拳銃の携帯を許されたぞ。これははめられたかな、と玲音は苦笑いを深くする。
「"休暇”なのだから特に強制はしないが、見に行くなら行き帰りのヘリと、さっき言った護衛をつけてやるぞ。どうする?」
「もういいですよ、仕事で」
「それではまずいのだ、いろいろな。休暇中の自衛官がどこに行ったかをメディアに追及されてもプライベートだと言い逃げできるが、任務で行くとなると話が違ってくる」
休暇中でも、軽率の誹りは免れないと思うのだが。
そこまでは損得勘定で利が得られると判断したのだろう。
「……代休とかないんですか」
「親戚が一人増えて死ぬくらいは見逃してやろう」
玲音は観念したように両手を挙げる。
「あーもう、分かりましたよ。せっかくの休暇だから、異世界の戦争とやらを遊覧してきますって」
「指定地区では祭りもあるらしい。せいぜい楽しんでこい。土産話を期待しているぞ」
「ヘリはどうやって手配するんです?」
「人員輸送の任務がある。お前はそれに便乗する形になるな」
「根回しのいいことで。何このブラック企業」
「公僕と社畜、どちらかましかという話なら、まあ命がかからん分、社畜のほうがマシだろう」
「最近の社畜は命がけですよ。アル中の上司に肝臓おかしくなるまで酒飲まされたり、外回りで信号待ちするたびに運転席で船漕ぐほどハードワークだったり、台風の日に営業の車に乗ってたらその営業が片手運転で電話しながら高速道路走ったり」
「まあ落ち着け」
差し出されたお茶を静かに飲んで一息。
「納得して命懸けてる分、公僕のがまだマシですね」
「ま、好き好んで軍隊にいるわけだしな」
「自衛隊は軍隊じゃないですよ」
「地球じゃないんだ、建前は要らん」
その物言いにますます苦笑が強まる。
最近彼女にはとみに、その傾向が強くなっている。
何となくだが、近日中により大きな変化が起きるのかもしれないなあ、と玲音は感じる。その時自分がどうなるかは、まあ分からないが。
少なくとも、最前線のパイロットの活動に支障を及ぼすことはなかろう。そこに関して、玲音は霞空将補に全幅の信頼を置いていた。
「それじゃ、そういう方向で進めていこう」
「そのトンカツ、どこの豚ですか?」
「多分鹿児島。でなければアメリカだろう」
「ふうん」
「食うか?」
「いいんです?」
「やらん」
けち、と笑う。
「しかし」
玲音はその笑みに苦味を混じえずにはいられない。
「もうすぐ世界災害が本格化して世界が滅ぶかもしれないっていうのに、管理されたものとはいえ、この時期に戦争ですか」
「異世界人とはいえ、よくも悪くも人間ということだ。その意味では実に共感が持てるじゃないか。――ともあれ、言うことはだいたいこれだけだが、例え休暇であっても、最優先任務は忘れるなよ、鷲巣二尉」
「生きて帰ること」
「なるたけ五体満足でな。貴様にはイーグル本体よりよほど税金がかかっているのを忘れるな」
「了解」
ここだけは地球と日本と自衛隊を切り離していないのだな、と玲音は評価した。
上下の関係はなく、誰もが誰もを試している。組織とはそういうものだと、彼女は認識していた。
弾切れまで連投します。といっても予定より書き進められませんでしたが!