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06 初等訓練

 ディパーチャ。


 失速。


 墜落状態。


 機首が下を向く。


 翼が、プロペラが風を掴む。


 立て直し。


 鮮やかな手並み。流石に訓練教官はやることが違う。


 上昇、反転、インメルマン・ターン。


 高度を素早く取り戻す。


 そして再び、錐揉み失速。


 あれは危険なんじゃないかと思うが、やはり難なく立て直しが行われる。


 よくもまあ空間識失調ヴァーティゴに陥らないものだと感心しながらも、私もそれくらいやれるよなあ、と思い直す。


 傍目からはそのプロペラ機は、くるくると独楽のように自由に、軽々と飛んでいるように見える。

 だが機内はもう地獄絵図の有様だろう。パイロットはともかく、同乗者は目を回すどころの騒ぎではない。もはや上も下も分からない状態になっていてもおかしくない。


 たいへんだなあ、と他人事として受け止める。


 さて。


 彼らが着陸するまで暇なので、飛竜という存在、そして空戦魔導士というものについて、鷲巣玲音わしず・れいんは思考する。


 この世界のドラゴンは、空を飛ぶものとそうでないものに大きく分類される。後者はそのまま地竜ドラゴン(小さいものはパピー)と呼ばれる。稀に泳竜サーペントと呼ばれる種類のものが確認されるが、極めて希少な種であるため除外する(日本でいうとリュウグウノツカイくらいにはレアらしい。そのため異世界からやってきた竜ではないかという伝説もあるとか)。


 地竜については今は論じないとして、飛竜ワイバーンは大きく分けて軽飛竜ラーマローキ重飛竜ウルローキに分類される。ちなみにこれらの呼称は、複数の専門家によって為されたものなのだが、細かな分類に関してはかなり趣味が反映されているのがよく分かる。


 そして全く個別の種として、それぞれが単一種である天龍グレート・ドラゴン。これはもう生ける伝説だ。千年単位で生きる存在というと、地球上では樹木の類しか見当たらない。


 飛竜という存在は大きく分けて二つ。当然のようにその中にも細かな分類が存在するのだが、日本人がひとまず覚えておけばいいのはその辺りであるという。


 竜というのは基本的に臆病で無害であるとされる。日本人のイメージするドラゴンは大抵が肉食だが、この世界の竜もやはり肉食ではある。が、肉食=獰猛かというとそうでもなく、軽飛竜の大半は魚などの水生生物を主食とし、大型の獣は襲わないのだそうだ。重飛竜は群れを成して狩りをする習慣があるが、その巨体に比して小食で、かつ雑食だという。動きそのものは鈍重なのがその理由だそうで……


 ともあれ。


 飛竜というのは、前述の通り、決して好戦的な種ではない。寧ろ臆病な生き物であり、これらを戦力として利用するようになるまでには、それなりの時間が掛かるのだという。加えて天龍との盟約の問題があるため、あまりに非道な作戦などには参加させることが出来ない。だがそうすると、今度は航空戦力が落ちてしまうというのが、かつて問題視されたのだという。どういう場合に問題視されたのかは、子供でも想像がつく。


 空戦魔導士は、その問題を解決する手ために生み出された存在である。


 飛竜を参考とした流体力学を利用し、流体に干渉する飛行術式を開発。加えて専門的な訓練を受けた魔導士達を配備することで、航空戦力として実用化まで漕ぎ着けた。歴史はそれなりに長いのだが、軍に採用されたのは割と最近なのだという。


 だが元々が、「飛竜の代替戦力」として用意された存在であるため、火力と耐久力、信頼性などが常々問題視されていた。一人の魔導士が持てる魔力(またはその、個性によるばらつき)と、維持出来る術式の数には限界があるのだ。では二人を飛翔杖フライト・ブルームに乗せて飛ばせばいいかというと、今度は余計なエネルギーが必要となるため、別の問題が浮上する。この辺りは、地球における飛行機の歴史に通じるものがある。


 そして、ここに来て「異世界の戦闘機」、それも段階を飛ばして第四世代ジェット戦闘機だ。あまつさえ、F-22にその座を譲ったものの(これも開発中止で微妙だけど!)、未だ現役最高峰の元「世界最強の戦闘機」、F-15イーグルである。


 空戦魔導士の価値にとどめを刺した――と、竜騎国の誰もが判断した。

 実際、既に全ての空戦魔導士は戦線から外され、偵察すらも滞空時間の長い軽竜騎ライト・ドラグーンにお株を奪われている。


 はてさて、彼らの心中たるや、如何なるものか。


 そんなことを考える視線の先、着陸したT-7練習機からまろび出てくるフライト・スーツの人影。

 そのまま地面に突っ伏すと、もう吐き出すものも残っていないだろうに、滑走路に向かって激しく嘔吐く。


「おげろぼろぼろろろげろるらららら」

「第二部始まってから今までのシリアス、全部ぶち壊す台詞よねこれ」

「今の発言は聞かなかったことにしてあげるから、行くわよ」


 隣の美也を突いて練習機に歩き出す。二人とも整備班から借りたツナギを着て、モップとバケツを両手に提げている。出てきた練習機のパイロットに挨拶をしてから機体に向かう。

 と。


「うぐぐ……何なのあの動き……飛翔杖フライト・ブルームに乗ってる時より振れるじゃない……」


 地に這いつくばっていた女性の空戦魔導士が息も絶え絶えに呻く。


「モーメントそのものはホウキのほうが小さいから、あっちのほうが酔いやすいはずなんですけどねえ……」


 何の気なしに応じると、空戦魔導士は恨めしげな目を向けてくる。そんな顔されても。あと口、拭いて下さい。


「箒言うな。成る程……アレは自分でぶん回してるから、自分で無意識に制御かけてるのね……他人にコントロール握られるのがこんなに怖いとは思わなかったわ……」


 モップで肩を叩きながら、頷く玲音。


「あー。それはあるかもしれませんね。何しろ制御不能ディバーチャに陥ったところから立て直さないといけないんで、その辺はイロハのイ……もとい最初の最初に、がっつり叩き込まれるんですよ」


 とはいえ、空間識失調に陥ることはベテランのパイロットですらあるのだから、空を飛ぶという行為はつくづく気狂い沙汰だと思う。


「でもこれクリアしないと、何も話にならないですよ」

「絶対、負けないわよ……」


 ふらふらと立ち上がる魔導士を苦笑交じりに見送る。愚痴は零せど弱音は吐かず。立派なものだ。


「ミリアム魔導士、すぐにデブリ始めますから、着替えだけしてきてください」

「了解……」


 パイロットと魔導士が建物に消えるのを見送ってから、玲音は先に入っていた美也に続いて機内に入る。


「あー、流石に学んでるねえ。“お好み焼き”、ほとんど液体だけだわ」

「何も食べてないのも駄目なんだけど」

「それはないっしょ。今は空戦魔導士の食事は管理されてるし」

「ああ、ゼリー飲料とかにしたのかしらね」

「多分ね。そもそも食べてなかったら意識保たないっしょ。本人もそれは分かってるだろうし」


 ぶつくさ言い合いながら、コンソールにぶちまけられた“お好み焼き”を洗い流していく。


 初等訓練。


 現在、前線から完全に下げられた空戦魔導士を、再戦力化するための計画の一環。

 戦力化とは具体的にどんな内容なのか、訓練教官にしか知らされていないので、玲音達は知らない。が、こうしてレシプロプロペラ機による飛行適性の確認や、それに伴っての勉強会などが開催されているのを見れば、何を目的としているかは明白だった。

 既に初等訓練を多くの魔導士がパスしている。母国での仕事が溜まっている魔導士がようやく、予定を空けて訓練に参加し始めて、間もなくほぼ全ての空戦魔導士の適性振り分けが完了する見込みだ。だから、


「――“お好み焼き”掃除ももうじき終わりねー」


 新たに飛び立っていく別のT-7のエンジン音。それを聞きながら、ため息混じりに呟く。


 初等訓練は当然、玲音達も航空学生の時分に通過しているわけだが、最も過酷なのは意図的に錐揉み落下、つまり墜落状態の体験だ。

 上下左右さっぱり分からなくなる、あの脳髄から振り回される感覚。地面に降り立っても、地面そのものが揺れているあの感覚。まあ今でも、激しい戦闘機動をした後にはたまに感じるのだけれど。


 イーグル・ドライバーとなった今では良い思い出だが、真面目に汗と涙とゲロと鼻水に塗れながら通過した記憶だ。


 あのミリアムという女性も、実戦経験豊富な魔導士だったと聞いている。それが他国の初等訓練に参加させられているのだから、その胸中は推して知るべし、と言ったところか。

 それでも文句も言わずに訓練に参加しているんは、本国からの通達の効果もあるだろうが、やはり自分達が戦力とし十分ではないことには、自覚的だったのだろうと思う。

 まあ、根性もあるし、まだ数回のフライトのはずだが、既に慣れ始めているところを見ると、やはりぺーぺーの航空学生よりは慣れるのは早いかもしれない。


 コンソールは美也に任せて、モップで床を手早く掃除する。機械の間に入ったのは、流石に整備班任せだ。


 本来、清掃全般が整備班の仕事なのだが、玲音と美也は先日の無断外泊がばれため(ゲームセンターに行っていた)、懲罰として練習機の掃除を命じられている。ここ、最外壁領は最前線であるため、パイロットを軽々しく飛行停止処分にすることが出来ない。結果としてこういう誰もがやりたがらない仕事を任されることになるのだ。

 二人とも、航空学生時代にさんざんお好み焼きを量産していたので、こういう作業には慣れっこである。


 と、玲音のポケット内で振動発生。携帯を取り出す。玲音はガラケー派である。


「お、メール」

「置いてこいよ携帯……」


 ちなみに最外壁領、〈空門ゲート〉は、地球と携帯電話が通じる。地球側と異世界側、両方の〈空門〉前に基地局としての機能を備えた気球レーダを浮かべて、回線が通じるようにしたのだ。これによって、異世界側にいても概ねのネットワーク・インフラが使用可能になっている。まあ、地球の真っ当な回線に比べるとやはり重いし(主要回線は防衛に回されている)、〈空門〉内を巨大な飛行体が通過すると結構な頻度で切れるのだが。なお、気球レーダはレイセオン製のアレである。


「マナからだ」

「お、妹ちゃん」

「妹言うな」

「何て?」

「日本での訓練、順調だって報告。あと、これから開発団に向かうって」

「訓練に開発に、忙しいねー。写真も付いてんじゃん。すげえ元気そう」


 写真には、グレー塗装のT-4を背景に、にっこり笑う飛行服姿の金髪エルフの姿。顔色も問題なさそうだが、それより恐ろしいのはこのエルフ、既に携帯電話を使いこなしているところであろう。自撮りポーズもばっちり決まっている。


「つーかよく撮影許可降りたなオイ。いいのこれ?」

「後ろに明らかに教官っぽいのが笑顔で映り込んでいる件」

「デレッデレじゃねーか!」

やっぱ乗らないと盛り上がりがないんで。


パソコンは定期的に中を掃除してたんですが、冷却ファンのブレードまではあまりしっかりやってなかったんですよね。こないだ2連続で青画面吐いたのはそれが原因なのかなあと疑いつつ、ウェットティッシュやブラシ、スプレーを駆使して徹底的に掃除。

こういう作業が好きなんだなーと思いつつ。


ハガード・ヴァリは割とマジで最近マイブーム。至近距離で決めると気持ちいいぜ。


益体もないなホントこの後書き! すいません、リアル事情はあんま書けないんで……

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