表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/42

05 ガマ蛙と異世界の狐狸

たいへん永らくお待たせ致しました。

「してやられた、というのが本音ではありますね」

「はてさて、何のことでっしゃろ」


 カネダ総理の発音は、相当に訛りの強いものらしく、正直聞き取りづらい。だがクレーマンはそれをおくびにも出さず、穏やかな微笑だけを向けた。


「アメリカ、そしてチャイナにおける魔導技術企業ソーサリィ・カンパニーの進出失敗……ここに日本の影響がなかったとは言わせませんよ」

「それは心外ですなあ。我々は、貴方方の国の言語を最初に翻訳し、地球進出への足がかりをお手伝いしたというに」


 悪びれることなく扇子をぱたぱたと振るガマガエルに、この野郎、という思いを内心抱きつつも、


「アメリカがここまで強固な宗教国家であることを教えて頂ければ、まだ投資を控えることも出来たのですが」


 半目になって告げると、カネダはからからと笑った。


「いやあ、それ自体はお伝えしましたがな。しゃあけど、魔導技術に対して、アメさんの保守派がここまでの拒否反応を起こすとは、予想外でした」

「それも、日本の協力による翻訳……『体系化された、科学に拠らず人工的に“奇跡”を起こす技術』という『魔導』の『翻訳』があったからこそではありませんか?」

「いやいや、我々科学の世界に生きる人間にとって、魔導とはそうとしか表現しようのないものではありますよって。まあ、このような事態になった以上、翻訳をやり直すなどの協力はもちろん惜しみません」


 ぬけぬけと。

 クレーマンは舌打ちを堪えた。


 アメリカの保守派が拒否反応を示した最大の理由は、翻訳にある“奇跡”の文言だ。


 アメリカの主要な宗教であるキリスト教において、“奇跡”というのは『神か、それに祝福された聖人』にのみ許されたものであり、それを技術体系化して使用している魔導国家に対して、この翻訳では反感を覚えるのは当然の帰結であった。


 無論、事前にアメリカという国家に対するリサーチは行われ、それは日本の協力下のもののみならず、竜騎国独自のものも同様であった。しかし竜騎国は日本という国をサンプルに、この世界の宗教基準を考えて進出を決定したため、『宗教の重み』にズレが生じたのだ。


 実のところ、竜騎国は国家として若いこともあり、技術が十分に発達してから建国されたため、元の世界においても宗教色が相当に薄いところはあった。しかしその竜騎国からしても、日本の宗教観というのは非常に奇異に映るものであり、そしてそれが、地球においてはもはや異端か異常と称すべきほどのものであるということを、認識するのが甘かった結果とは言える。


 カネダ総理の口ぶりを見れば、意図したというほどではないにせよ、予想の範疇であったことは分かる。恐らくは「日本をもっと利用して商売をしろ」というサインなのであろう。実際、チャイナにおいても『魔導は人心を惑わす』として忌避される傾向を感じていると、報告を受けている。あちらにはあちらで唯物論が幅を利かせており、魔導という“まじない”を頭から否定して掛かっているのは間違いなかった(もっとも、かの国の非公式な使者が「内密に技術を購入したい」と打診してきてもいるのだが)。


 いずれにせよ、アメリカは非常に民衆の力の強い国家であり、かつ――これは多くの知識人に指摘されているように、あまり日本人には実感のないことなのだが――相当に保守的な宗教大国でもある。今でもアメリカ人の大半は「世界は神が創った」と信じているし、宗教団体の持つ得票数は、絶対に無視し得ない影響力をこれからも保持し続けるであろう。だからこそ、アメリカ合衆国大統領は、就任の際に聖書に手を置き、神に誓いを立てるのだ。

 にも関わらず、日本人の異端さというか、特異さというか、異常さとでも言うべきか、その独特に緩慢な宗教観とのギャップに見事にしてやられたのが、現在の竜騎国の立ち位置である。


 チャイナのように奇跡も魔法も全て否定するでもなく、アメリカのように奇跡は神の特権とするでもなく、「そんなものもあるかもしれない」というあやふやな宗教観、世界観。これは特異だ。


「アメリカの保守派や宗教家からは、『神をも畏れぬ異端者』という非難を受けたそうです。脅迫文めいたものも受け取ったそうです。現地では身の危険を感じたこともあるそうですよ」


 何だかんだと言ったところで、キリスト教原理主義とて、他の宗教の過激派に劣らぬほどの苛烈さを持っているのだ。先進していく時代に宗教が追いつけなくなった時に発生する齟齬である。


「まあまあそれは……まあ、お気の毒でしたなあ。お怪我がないようなのは何よりですわ。――で、本日のご用件は何でっしゃろか」



   *   *



「とまあ、周辺国の竜騎国への対応は概ねこんな感じですね。どこも兵隊は出したがらず、金だけ出して、あとはジエイタイに何とかしてもらえばいいだろうという案配で」

「呑気だよね。〈空門〉だって、いつ、何の拍子で止まるかも分からない代物だっていうのに」

「百年って人間にとっては長いスパンですからね。国民の大半は既に世代交代、発言権を持つ人間は、既に邪神竜の脅威を知らない。まあ、それは私もなんですが」

「何のために歴史が記録されているのやら。知識とは体感するものではなく、ることで数字上の損益を客観的に分析することなんだよ。感情や善悪が介在していいものじゃあない」


 男はそう言いながら、日本からの輸入品である米に関する資料を、興味深そうに閲覧している。一方で、それから作られた「握り飯」を、頬張る。読書と会話と食事を同時にこなすという行儀の悪さだが、不思議と下品さはない。上品さもないが。


 全てを作業として行っている雰囲気が、そう思わせるのかもしれない。


 三十前後といった風情の人間の男だ。ゆったりとした衣服で包まれているため余計に小柄に思える体躯と、国家の大事を話しているとは思えない柔和な表情から、もう少し若く見られることも多い。

 彼は飽くまでも気楽に告げる。


「まあ政治家が動きづらいのは分かるよ。国家が安定すると政治家の発言力は相対的に低下するから。逆に言えば市井の民衆の発言力は上昇するよね。その辺、ニホンという国は随分とおおらかだ。正直、羨望を覚えるほどにね。でもまあ、竜騎国も百年前に比べれば、王家や貴族の発言力も低下した。政治家達はさぞかし窮屈だろう」


 紙の束を机に置くと、腕組み。癖なのか、年の割に様になっている仕草だった。


「だからこそ、僕らのような末端の商人にも仕事が回るようになるんだけどね。大口の仕事は大企業に任せればいい。僕らは小間使いさ、国家や国民の。でも小さな仕事を大量に請ければ、結局は大金を動かすことに繋がる。まあ、好機と言えば好機だね、うん」

「前向きですね」

「楽しいだけさ」


 男はにっこり笑う。そうするとますます子供じみて見えるのだ。


「国家が閉塞しているように思えるのは、大企業の動きが小さいからだ。本当にやばいときこそ企業は大きく激しく動く。大局がどう転ぶか分からないから、てんやわんやだ。そっちのほうが、リスクが大きい状態だと、なかなか気づく人はいないね。まあリターンも当然大きいけど。成功すればね」

「失敗しましたね、魔導企業ソーサリィ・カンパニー。異世界側に進出しようとして、大きく躓きました」

「だから大規模投資は早いと思ったんだけどね。でもまあ、これで大企業もいよいよ動けない。大筋の道は即席だけど整ったから、彼らはもう十分、役目を果たしたんだ。ここはひとつ、ニホンに花を持たせながら、僕らが儲けることにしようと思っている」


 今まで大企業は儲けすぎだったと暗に告げながら、男はさらに笑う。


「大半の人は、大企業の失敗から国家、ひいては世界の危機が加速していると感じるだろう。でも企業は賢明だ。最初に一番重要な路線をきちんと敷いてくれた。それさえ潰れなければ、あとは小さな流れを集めて大きなものに出来る」

「ウェルク殿は、これを機に出世していくおつもりですか?」

「そうだとも言えるし、そうでないとも言える」


 ウェルクと呼ばれた男は肩を竦める。


「出世なんて、僕にとっては所詮、手段だよ。手に入れた金も立場も、次のステップに向かうための道具でしかない。使えない役職なんて、何の役にも立たないからね。社長のポストを手に入れたところで、その先にあるのが金儲けだけなら意味がないんだよ。他の役職に就いた方が、よほど儲けられる。呆れるほど気づかない連中が多いけど」

「オクタン社やエルドリッジ社の社長が聞かれたら、どのような顔をするでしょうね」

「どうだろうなあ。案外、同意するかもよ? 彼らは彼らで、自分達の目的のために社長になったんだろうし」

「誰もが貴方のように、物事を割り切っているわけではありません」

「うん。たまにね、僕はその辺を忘れて大失敗するんだ。今回も気をつけないとね」


 平然と嘯き、彼は別の資料を取り上げる。


「さて、クレーマンが差し出してきたこの悪巧みを、僕はどこまで利用しようかな。何もかもあいつの思惑通りというのもつまらないけど、きっと僕がそう考えることも予想しているだろうし」

「楽しそうですね」

「楽しいさ、競い合える相手がいるというのはね。自分だけが一人勝ちしたんじゃあ、流れがそこで止まってしまうからね」


 出し抜くつもりだとさらりと答え、ウェルクは言葉通りに楽しそうな顔で、計画書を捲る。


「竜騎国だけじゃない。世界に対する根本的な改革。行き詰まっていた世界を、危機を圧力として急変させるわけだ。一大事業だ」

「正直な話、私は今回の案には賛成しかねる部分がありますが……世界災厄を前にして、このようなことをしている余裕があるのかと」

「僕も〈空門〉が開くまではそう思っていたよ。でも現実として〈空門〉はニホンと繋がった。ならばそれに応じた危機管理リスク・マネジメントが必要じゃないかい? 危機とは好機なんだよ、何度も言うけど。このままではいずれ邪神竜によって世界は滅びた。それが今回か、百年後か、二百年後かは分からないけど。百年後に何かのブレイクスルーが起きて解決した可能性もあるけど、今、ブレイクスルーが起きたなら、今を起点にして先のことを考えるべきなんだよ」

「先……未来、ですか」


 対面する文官が思慮深い顔をしたので、ウェルクは苦笑してみせる。


「『世界が終わるかもしれないから、目先のことだけ考えよう』っていうのは、ニホンでいう末法思想という奴だね。僕らの国でもたまに流行するけれど。本当に危機に対して希望を持って対処しようと思うなら、『終わった後』のことも考えないと。金をけちれという意味じゃない。終わった後に生き残った世界が壊死しては、生き残った意味もないからね。世界というのは僕達が思っているより、呆れるほどに鈍感で強靭な生き物だ。だから本当の崩落さえ防いでしまえば、僕達は先に行くことが出来る」

「それでは意味がない、と考える人もいるようですが」

「考えるだけなら自由だよ。でもそれを僕に強制してほしくはないな。僕はもっと楽しくやっていきたいのさ。――さて」


 すっかり冷めた茶を一息に飲み干すと、ウェルクは立ち上がる。話し相手もまた、時間が来たことを悟ってそれに倣う。彼は軍服を正すと、律儀な敬礼を寄越す。ウェルクは何度目かの微笑。


「委細は了解。僕としては商売の種が増えるのに越したことはないからね。差し当たってはニホンに行くための手続が最優先というところかな。いや、僕が行く必要はないか。あっちはクレーマンの担当だ」


 ゆったりとした上着を翻し、ウェルク・アーバインは微笑しながら、客人と共に室外への扉を抜ける。


「本来なら世界はもっとゆっくりと改革されていくべきだ。でもせっかくの動乱、それも人間同士じゃないから分かりやすい動乱だ。解決の手助けと一緒に一儲けしてやる」



   *   *



「改革……ですか」

「日本、ひいては地球がそうであるように」


 まだ若い外交官は、軽い手振りを交えて続ける。


「我々の世界もまた、客観的に見て非常に非効率的な部分を抱えています。それを今、せめて竜騎国内だけでも、この時を機会に是正したい。そのための協力を日本にして頂きたいのです」

「はあ」


 カネダ総理は気のない表情で頷く。だがクレーマンは見誤らない。その目の鋭さを。滑稽なほどに真剣な目。短い付き合いで分かったが、この男は最終的に自分がいかに儲けるのか、それこそが最大の興味なのだ。商売の話と聞いて、立場上身を乗り出すことは出来ないが、話はそれこそ全身全霊で聞いているのだろう。


「まあ、分かってらっしゃるとは思いますけど。うちら日本は『内政干渉』を行うわけにはいかんのですわ。そちらの国が勝手に改革をなさるんはええですが、それを日本に協力しろ言うんは……」

「もちろん、これは政府としてのあなた方に協力をして頂く要請ではありません。『国家全体としての日本』に対する要請……というより、『商談』と受け取って頂いて結構です」

「結構です言われましても。万が一こちらの干渉が外部――これは日本国内も含めての外部ですが――に漏れた場合、糾弾を受けるのは竜騎国やのうて、私ら日本政府なんですわ」


 飽くまでとぼけた口調を崩さない総理に対して、クレーマンも微笑を維持する。良い流れだと、そう感じる。


「それにまあ、そないなことをしとる場合ちゃいますやろ?」


 よくもまあ、いけしゃあしゃあと。

 流石に笑みが少し引き攣るのを自覚しながらも、何とか自制して続ける。


「ええ、ですから、日本政府に直接の動きを要請することは致しません。ただ、日本国内でこのような動きをすることを、事前に通知しておくのが『筋』だと判断いたしました」


 わずかに総理が渋い顔をする。考えていることは察しがつく。何故自分一人に内密に話さなかったのか、というところだろう。


 これが総理一人に話したのならば、うまみは全てカネダ総理が持っていくことになる。それ自体は構わないが、『商談』全体としての動きが鈍ってしまう可能性があった。クレーマンの属する派閥はそれを嫌ったのだ。


 そして日本政府には内密で、各所に話を通した場合、非公式勢力として排される危険がある。それは絶対に避けねばならない。


 結果として、クレーマンが申し出たのは、日本政府による黙認となる。事前にこちらのプランを話すことで、日本政府からの非公式の承認と、各種要人による便宜を求める。それも個別にだ。


 公人としてのカネダ総理は、前述の理由はもちろんのこと、この場で提案が為されたことで、日本政府が無関係でいられなくなったことに対しての苦々しい思いもあっただろう。

 が、カードは開示した。後はあちらの反応次第となる。とはいえ、無碍には出来ない。その確信があった。理由は、


「――そのお話、竜騎国の『何処』が源流になってるか、お聞きしてもよろしいですか」


 副総理が油断のない目つきで告げる。

 クレーマンは自信を持った口調で、その名を告げた。

 日本の閣僚達に驚きの色が広がる。ある意味当然であるが、しかし意外には違いないだろう。彼らも既に竜騎国の内部事情を相当把握してきている。後はどう出るかだ。


「すぐに返答せなあきまへんか」


 初めて、面白そうな顔を見せて、ガマガエルが問い掛ける。

 クレーマンは地球の生物、狐に似ていると言われる目を更に細めて応じた。


「協力の申し出はレスポンスの早い者に優先権があります。ご承知のことかと存じますが」


 折しも日が傾き、会議室に色づいた陽光が差し込む。カネダの目が不相応に光った。

更新停止中も、ずっと観に来てくださった皆様、本当にありがとうございます!

ちょっとずつですけど、書き進めて参ります。

まあ、何でエタったのかは、察しておられる方も多いと思います。そのうち活動報告にでも、どういう行動を相手が取ったのかとか、全部書いてやろうかなと思います。友達いないとこうなるんだなあと。

まあそれはともかく。

アクションは次あたりからやりたい(やるとは言ってない)ので、これからもよろしくおねがいいたします。

書ききると言ったのは、本気なんやで。


それもしてもハガード・ヴァリを杖39腕で撃つと、インファイトでめっちゃ強くなりますねー。


平行してこちらも書いております。もしよろしければ。

http://ncode.syosetu.com/n5143cm/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ