03 首都上空を飛ぶのはさぞ気持ちいいでしょう。
高度3000フィートから見下ろす東京は、陳腐な表現だが、まるでミニチュアの街。
普段はさっさと通過しろと言われるところだが、今回は任務だ。
街の様子をつぶさに観察することが出来る。
霞ヶ浦を越えてはるばるやってきた東京は、この神様の視点から見れば、何一つ変わらない日常を謳歌しているようだった。
『まさか東京上空をイーグルで旋回することになるなんてねー』
「無駄口叩かないの、バステト。もうすぐスカイツリーだよ」
はしゃぐ僚友を窘めながら、スカイツリーと、その上方の円環を軸に、緩やかな旋回運動を開始。
円環は完全に二次元の形状だった。
そこだけ空に空いた穴のように、内部で雲が、水に浮いた油のように渦巻いている。
まだ何のアプローチも仕掛けていないが、果たしてこれが、ネット掲示板で言われているように穴なのか、壁なのか。
ミサイルの一発でも叩き込んでやりたいところだが、もし壁だったらヤバイことになるので我慢しておく。
『あー見て見て、ピクシー。ほらあれ』
僚機が機体を傾けて、コクピット内で指差す。
『左翼のデモ隊がこっちに向かって横断幕掲げてる。「東京の空を飛ぶな!」だってー。私たちに言っても仕方ないのにねえ、命令で飛んでるんだから。ばっかでー』
げらげら笑う。
『あ、あっちのビルにはマスコミがカメラ持って構えてる。高所恐怖症には務まらないねー。ご苦労様なことで』
「それを言うなら、あっちのビルにいるのはアマチュアカメラ集団か? 全く、何が起きるのか分からないっていうのに、日本人は呑気な民族だ」
『いやまったく』
偵察といっても、現段階で出来ることはたかが知れている。
偉い学者先生様たちが今、国会と連携して対策を練っているわけだが、遠からず何らかのアプローチが仕掛けられることだろう。
今はただ、こうして周囲をのんびり旋回しつつ、東京の風景を眺めることしか出来ない。
旋回を6度も終えた頃。
ふと、何ということもなく、円環に目を遣った。
それは予感とでも言うべきものだったのかもしれない。
玲音が視線を向けた先。
円環の中心、不規則なフラクタルを描いていた暗雲が、ある種の規則性を持ち始めていたのだ。
「こちらワイバーン1。監視対象に変化あり」
『こちらCCP(中央指揮所)。具体的には?』
「これは、何て言うか……渦?」
言葉通り雲は渦を巻き、中心に向けて流れ込むような動きを見せていた。
旋回パターンを変更。
いつでも離脱できるように少し距離を取る。
そして、それが正解だった。
次の瞬間、“それ”が飛び出してきたのだ。
「!? ――ブレイク!」
機体を即座に反転させ、今し方、飛び抜けた玲音の動体視力が見たものを追う。
まさか。
信じられないと思うが、しかし。
というかもう少し円環に接近していたら、衝突していた。
やばかったと思いながら、機首を巡らせて、“それ”が行ったと思しき方面を向くと。
――いた。
蒼穹にぽっかりと浮かぶ、それ。
巨大な翼。
長い尻尾。
そのシルエットはまさに、
「ドラゴン……」
『は?』
「CCP! 監視対象から生物らしきものが飛び出してきた! 形状は――ドラゴン! 竜だ!」