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01 カウントダウン

だからこれコメディじゃねえっつってんだろ!!!!!(自戒)

 竜騎国上空4000フィート。

 空の空隙に波紋が走る。


 余りにも巨大な質量がゲートを転移してくる際、高い音の共鳴現象が起こることが、この一年の間に判明した。

 また、それに伴う、いくつかの現象も。


 三十八トン前後の巨大なそれは、丸いノーズをゲートから覗かせたかと思うと、そのままするりと、轟音と共にその全長を表す。


 全身は白く塗りつぶされ、のっぺらな印象。

 両翼に一発ずつのエンジンがぶら下がっており、尾翼の位置は高く、その様子は、尾鰭を掲げた鯨のようを、日本人なら連想しただろう。

 竜騎国に海はないが、水棲生物を連想する者は多いという。


 と、その白い鯨に変化があった。


 ぴしりと、その表面に亀裂が走ったかと思うと、薄氷が砕けるように、白い表面の皮が音もなく剥がれ飛んでいく。


 表れるのは迷彩。


 C-1輸送機を覆っていたその皮膜は、エンジンにまで及んでいたというのに、まるで飛行に支障は来さないらしい。またコクピットの視界も別段遮られているわけではなく、これは外側からのみ観測できるということが分かっている。

 大質量の物体が通過する時にのみ、この皮膜が張り付く現象が見られる。原因は不明だが、恐らく〈ゲート〉を潜る際、通過する物質の情報が欠落しないようにこの現象が生じるのではないか、というのが、図書館の魔導士達の、一先ずの見解である。護衛としてついてきたF-15Jイーグルにはこの現象は一切生じておらず、そのため、C-1は最外壁砦の兵士達から『白鯨』の相性で親しまれている。なお、前述した通り竜騎国の人間の大半は鯨を知らないが、慰安用の娯楽として日本から持ち込んだ海洋ムービーで見知ることとなった。


 ともあれ、C-1輸送機二機は無事に〈ゲート〉を通過。


 護衛のF-15のドライバー、谷原一等空尉は、レーダに映る二機の機影を確認。IFFによる送受信が行われ、それが味方であることを確認。

 呼吸一つ挟んで、谷原一尉が視認タリホ。ECONで一旦、目の前をローパスしていくのは、同じF-15。ただし、各部に差異が見られる。


 ステルス性を捨てて機動性に特化すべく付け加えられた先尾翼カナード、二次元推力偏向ノズル。また、第四・第五世代戦闘機ならば常識とも言える、ノズルを覆うように設置される尾翼も、より機動性を重視したフォルムに変更されている。そして機体の随所に設けられたCCV用の小さな補助翼。多くは、大枚を支払ってボーイング社からライセンス生産を譲り受けた、実験機F-15S/MTDの特徴を引き継いでいる。

 見た目の差異は機体形状だけではない。機体上面、青灰色の機体のペイントには、さらに追加で複雑な紋様がいくつか描かれている。何より特徴的なのは、出迎えに来た二機とも、その主翼の右が、血のような真紅に塗られている。


 航空自衛隊・最外壁領駐屯部隊航空打撃群ゲートキーパー・リーダーズの部隊塗装だ。


 mF-15J、通称『ミスティック・イーグル』。


 異世界の魔導技術を限定的に取り入れ、ステルス性より機動性を重視したモデル。二〇一二年に開始されたF-15の近代化改修――FBWやグラス・コクピットの導入、機体のCCV化に、操縦系統のHOTAS化――に合わせ、今回の事態を考慮に入れたどさくさで予算を更に投入、改修を待っていたF-15に割り込みをかける形で更なる技術を搭載した、現行におけるF-15シリーズの最新モデル。いや、ガラパゴス・モデルと呼ぶべきか。

 より速度を、より機動性を、より火力を追求し、そして表面的なものに限るが魔導技術を追加したそれは、もはや第一世代から連綿と続くジェット戦闘機の系譜から外れた存在と呼べる。現に、ステルス性能を追求していた関係各社は、時代に逆行するようなこの改造案に頭を抱え、当然の如く機体価格は――技術そのものは旧来のものを使用しているにも関わらず――高騰した。費用の大半は海外からの支援金で賄われたという。だが地球においては既存の技術ということもあり、当初予定していた価格よりは、これでも安くなったのだ。まあ高いことに変わりはなく、まだわずか六機しかロールアウトしていない。


 ともあれ、《ミスティック・イーグル》はこちらに併走、翼を振り、敬礼。こちらも答礼すると、通信が入る。


『護衛任務、ご苦労様でした。ここからは《リーダーズ》が引き継ぎます』


 男の声で通信が入る。まだ若い。二十代だろうか。


 対〈ゲート〉特殊対応班は、異世界との協定が確定した後、解体・再編され、二種類に分けられることになった。

 地球に残り、〈ゲート〉を抜けてきた災厄に対処する《ゲートキーパー・センチネルズ》。谷原はこちらの所属となる。番兵センチネルというわけだ。

 そして、異世界側に駐屯し、積極的に災厄に対応する《ゲートキーパー・リーダーズ》。邪神竜対策の最前線を担う、世界の槍。先導隊リーダーズ。最初はストライカー、アタッカー等の名称が考案されたが、野党や、連立与党の保守派が「他国を侵略する意図に捉えられかねない」と主張したため、様々な紆余曲折を経て先導隊などという、たいへんに主旨の曖昧な部隊名を賜ったのだ。


 その性質上、竜騎国側との協定には、「最悪の場合は〈ゲート〉の封鎖も考慮する」という一文が付記されているため、異世界側に派遣される《リーダーズ》の戦闘要員には、妻子のある者は現在、含まれていない。最新機体に乗っているドライバーが若いのは、そういった事情もあるからだった。谷原には今年一六歳になる娘と妻がいる。そのため《リーダーズ》に志願しても、弾かれることになった。


「了解。確かに任務を引き継ぎました。あとはよろしく頼む」

『こちらこそ。――地球をよろしく』


 地球をよろしく、か。


 谷原は苦い思いで苦笑する。


 無論、自衛隊の地球での任務は、これまでと何一つ変わっていない。首都圏は徐々に人が戻り始めているため、《センチネル》はどちらかと言えば地対空装備が中心となる。成田および百里に配属された邀撃隊も、退官間際のパイロット達が多く、脂の乗った二十代から三十代のパイロットはほとんど、通常任務に復帰・従事している。


 大陸からの国籍不明機に対するスクランブル回数は、〈ゲート〉開通以来、未だに記録更新中。自衛隊基地には今日も市民団体が平日朝からデモを実行。国際世論は、〈ゲート〉を日本が引き受けるとなった途端、関心をなくすか、利権を寄越せと叫ぶかのどちらかに分かれた。

 そんな地球をよろしくと言われても、異世界の空で竜を相手に戦える彼らのほうが、よほど自由で自然な存在に、退官を意識する年齢となった谷原には感じられるのだった。



   *   *   *



 F-15の二個編隊によるいつもの偵察飛行から、哨戒中のE-2Cに同乗した索敵魔導士による空間歪曲観測の報を受け、邀撃任務に移行したのが十五時二十四分。


 レーダが邪神竜四体を確認。大きさからして軽飛龍ラーマローキ級早生個体であることを確認。程なくして接敵エンゲージ

 F-15、射程距離に入り次第、直ちにミサイル合計八発を発射。二体の撃墜に成功。しかし残りの二体は被弾しながらも回避。竜息ブレスによる反撃が行われるが、既にブレイクして避退行動を取っていたイーグルには当たらず。邪神竜、超音速飛行によってすぐさま対面交差。F-15、これに対して、二機ずつに分かれて対応。片方の編隊に食いついたところを、残りのミサイルで撃墜に成功。


 以上が一時間前に行われた戦闘の概要となる。一見して一方的な勝利を収めたように見えるが……


 最外壁砦内に設えられた、《リーダーズ》統合司令本部作戦会議にて、霞空将補は吐息と共に締め括る。


「――このように、初撃のミサイルによる、邪神竜の撃墜率が明らかに低下している」


 石造りの会議室に、最新のシャープ製大型ディスプレイや、コンピュータ、蛍光灯やサーキュレーターなどが無造作に設置されている様は、明らかにミスマッチではあったが、ここに着任して皆一年となる。もう慣れっこだ。


「先日の戦闘において、RF-4が着弾の瞬間を撮影することに成功している。その際の映像の解析結果がこれだ」


 傍らの自衛官に合図すると、高空から撮影された空中戦の様子が映し出されている。

 ミサイルの噴射煙、爆発の閃光と衝撃、そして邪神竜と分かる影が確認できるが、その着弾の爆炎が、邪神竜の直前において、まるで見えない壁に遮られたかのようにシャットアウトされているのが確認出来た。


 その場にいる自衛官、そして竜騎国の将校達も、事前の報告から予測していたため動揺はなかったものの、難しい呻きが漏れるのは致し方のないところか。


「索敵魔導士によれば、その際に高出力の魔力反応を感知しているとのことだ。詳しいレポートは手元を参照して頂きたい。また、この――まあ、断言してしまっていいだろう、障壁を展開する際、邪神竜の速度が低下している。恐らく空気抵抗によるものと推測される」


 邪神竜が魔術を使うというのは、決して目新しい情報ではない。そもそも厳密に言ってしまえば、竜息もまた魔術の一つであるのだという。内蔵する器官からあのような火炎球を作り出すことは不可能だからだ。しかし魔術を使用するには当然、それ相応の知能が必要となる。体躯の大きな重飛龍ウルローキはともかく、軽飛龍で竜息を使えるものはかなり限られてくる。だが邪神竜はそのほぼ全てが、竜息や魔力障壁を使用することが出来る。


 一方で、魔力障壁という魔術は決して万能の盾ではない。形状はまっすぐな板状、湾曲状、円状といったようにバリエーション豊富に展開出来、もちろん全身を球状に覆ってしまうことも可能だが、これらは「あらゆるものを遮断する」魔術であり、また擬似物質として存在するが故に、物理法則というこの世の絶対的ルールの影響を色濃く受ける。実のところ魔術は科学と同じで、質力保存の法則すら裏切ることが出来ないのが実情なのだ。

 ために、邪神竜の展開した障壁は、飛行体の目の前に巨大な空気抵抗の塊を作ることになり、飛行に支障を来すというわけだ。撮影された画像を見る限り、円錐状にして、ある程度空気抵抗を減らしているようだが、邪神竜の持つ本来のフォルム、そして何より飛行のためのエネルギーを発生させている翼までも覆ってしまうわけだから、どうしてもその飛行には乱れが生じる。

 おまけに、完全に防げるわけではない。どうも人間と同じく障壁の強度には個体差があるらしく、ミサイルがそのまま貫通、障壁内で爆発している様子も観測される。障壁は穴が開いたものの、そのまま維持されているため、内部での爆発はチャンキー・サルサ効果を誘発。障壁内のドラゴンは、単純にミサイルが直撃した時よりも酷い有様になって墜落している。原形を留めていない。


「だが、いずれにしても、こちらの攻撃を邪神竜が学習し、対策を立て始めているのは事実だ。早生個体でこれなのだから、もう出現がカウントダウンに入っているらしい成体には、初撃のミサイルが通用しないなんていう事態にもなりかねない。速急に対策を練る必要がある」

「下手にイーグルを投入したのが、拙かったかも知れませんね」


 陸自情報科の戸倉一佐が嘯く。無論、本心ではあるまい。眼鏡を掛けた理知的な容貌に浮かぶ、試すような笑みがそれを証明している。だから霞空将補もそれに悪意のない笑みで応じる。


「出さない選択肢はなかったからな。だが確かに初戦は圧倒しすぎたかもしれん。もう少し苦戦しているフリをすべきだったかな」


 異世界駐屯初期、投入されたイーグルは、一ヶ月に一体現れるかどうか、という頻度の邪神竜を、ミサイルによって一方的に撃墜してきた。そのあまりのワンサイドぶりに、防衛省は一時期、予算の削減を迫られたほどだ。だが、その議論が収まらぬうちに、邪神竜側に変化が訪れた。


 まずは出現数の増大。ただ、これは邪神竜災害が近づくにつれて毎回見られた兆候であるため、一概に自衛隊の存在が影響しているとは言えない。


 続いて、編隊行動の模倣が確認される。ばらばらに飛んでいた竜が、幾つかの“塊”に分かれて飛ぶようになった。だが、これは自衛隊にとっては寧ろ好都合で、例えば二体の邪神竜の編隊であれば、二体の隙間にセミアクティブ・ミサイルを誘導し、そこで信管を強制作動させることで同時撃墜するなどの真似が出来た。


 しかし、その後、編隊行動の有効性を、徐々に邪神竜側が自分達のやり方で活用し始めた。

 最初は散発的に、しかし徐々に順応する個体が増大し、現在では明確に撃墜率の低下に繋がっている。


 邪神竜に学習能力があり、そして学習を活かし、対応する冗長性を有している。


 それが日本政府に、地球に伝わると、防衛費増大に対する批判の声は雲散霧消した。その代わり、「日本が手を出したことで災厄の危険度が増大している」という声が出てくるようになったのだが。霞空将補にしてみれば、「他のプランがあったなら、何故黙っていた?」のひと言である。


「まあ、今のところ、邪神竜は“防御”に意識を割いているように感じる。それならばやりようはある。各自、既に対策案を考えているとは思うし、いくつか受け取ったものもあるが、改めて命令として、速急に対策案を提出してもらいたい」


 無論、フレアやチャフを模倣した対抗策にシフトしていく可能性もあるが、それは今は想像するしかない話だ。

 幾つかの情報交換や打ち合わせが行われ、他に質問はないかと問いかけたところ、竜騎国図書館の魔導士が挙手。発言を促すと、彼は苦い顔をして言った。


「空戦魔導士達が、再参戦の嘆願書を国王に提出しています。希望人数も前回より増えています。彼らの意志は望ましいことなのですが、いかんせん……」


 なんとまあ。


 霞空将補は微笑した。


 なんと贅沢な悩みであろうか。


 世界の危機に際して、自ら志願し、戦いたいと告げる者達に、戦うなと説得することになろうとは。


 しかしそれもやむを得ないことなのだ。

 戦闘機がこの戦いに投入されることにより、邪神竜と地球を含めた人類側の戦闘は、一気にその火力と速度を増した。

 竜騎隊ドラグーンはその性質上、まだまだ活躍の場が多いが、空戦魔導士は生身かつ飛行制御と攻撃魔術の制御を交互に行うその脆弱さ故に、早々に戦場から駆逐される憂き目に遭っている。音速で飛ぶ戦闘機の横で、数々の魔術で身体を保護して辛うじて空を飛んでいる彼らは、足手まといの事故因子でしかなかったのだ。

 一度は竜の背中に魔導士を乗せてはどうかという提案をしたのだが、飛竜は背中で魔力反応が発生することを極めて嫌うらしい。代案はあるにはある。しかし霞空将補の返答はにべもなかった。


「彼らに関しては、返答を先延ばしにして頂きたい。まだ正式な受け答えをする準備が出来ていない」

「分かりました。彼らにはそのように伝えます」

「ただ、お気持ちはたいへん心強く思っている、と」

「必ずお伝えします」


 力強く頷く魔導士に、ふと苦いアイロニカルを覚える。


 日本の官僚や国民相手に上手くいかなかった自衛隊が、この異世界で、初めて対等に共闘し、協力し合える相手と出会えたのではないだろうか。

 そう考えると、自衛隊の居場所は地球にはなかったのではないかという、極論が胸に浮かんでしまうのだ。それが間違いであることは分かっていても。


 この孤独感は、決して癒えまい。


 霞空将補はそう思い、無表情のまま解散を命じた。

というわけで始まりました、第二部。

第一部の後半ほどのペースでは投稿できないとは思いますが、まあ、ゆるゆるやっていきます。

魔術の設定については、ある程度固めてはいるんですが、物理的に矛盾があったとしても「魔法なんで」で許して頂けるとうれしいです。


会社がいつでも労働者に好き勝手やれると思ったら大間違いだぜ。

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