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21 壊滅災害の歴史です。

◆お知らせ◆

前々から考えていたことと、ご指摘があったことから、本小説のタイトルを変更いたしました。

ご了承下さい。

 周囲の自衛官が絶句する中、竜はその頸をのっそりと、玲音達のもとへと伸ばしてきた。


 玲音は咄嗟に立ち上がり――そこで、どういう敬礼をすべきか迷って固まる。

 事前に聞いていた情報で、この竜が特別な存在であること、事によると竜騎国の王より上の立場であるが、その代わり過度の干渉を自ら禁じていることなどを事前情報として聞いている。が、果たしてその立場をどのくらいのレベルなのか、判断する材料がなく、自衛隊と政府においても、その対応は「臨機応変に」というお手上げとイコールな結論しか出すことが出来なかった。


 結局、迷った末に「失礼にはなるまい」という判断で挙手の敬礼。

 その様子に、紅竜は牙を剥き出しにした。怒ったのかと思ったが、脳に響いてくる音声がそれを否定する。


『は・は・は……そう硬くなる必要はありませぬ。我は、此度の会談においては、飽くまで見届け役。空気だとでも思って下さればよいのです』


 いや、こんな存在感のある空気はない。


 と、内心でツッコミを入れる玲音だが、さて、ここで念信テレパスというものの概念を少し説明する必要がある。

 マナフロア・リーデルバイトに曰く、「念信というのは、心と心が繋がるものではなく、魔力というパスを通じて声を届けるだけの魔術である」とのことだ。

 そのため、超能力者の出てくる漫画などでよくある、「勝手に心の声が漏れ出してしまう」「勝手に心を読んでしまう」ということは基本的にない。そもそも、魔力による回線を予め開いておく必要があるため、それらを開設していない人間の声が漏れることは理論上あり得ないのである。回線を開きっぱなしにしていれば、その限りではないらしいが(所謂、「独り言を漏らしてしまった状態」というのはあるらしい)。


 尚、今し方、天竜ガルフォギウスが玲音達に対して行った念信は、それとは違うもので、空間に満ちている魔力そのものを媒介として「周囲の生物全員の魔力」に呼びかけているものになる。

 もっと分かりやすく言うと、通常の念信は「無線による連絡」であり、基本的にマンツーマンでしか聞こえないが、ガルフォギウスの行ったそれは「拡声器で呼びかけた連絡」なのである。その証拠に、自衛官や政府関係者が、耳を抑えたりしておろおろしている。この念信は、全員に聞こえたということだ。


 これは、地球人類もまた、魔力を持っていることの証明にもなっているのだが、それに関してはまたの機会に説明する。


 一つだけ補足するなら、この念信は飽くまで「言語化された思考を音声に変換して、脳の聴覚を司る一次聴覚野に、鼓膜を介さず直接送信している」だけであり、言葉の通じない相手には、やはり通じない、何を言っているのか分からないというものだ。

 ということは、この天竜は、わざわざ日本語を学んできたということである。


 以上を踏まえ、この巨大な竜が日本語勉強してきたのか、という妙な感慨を玲音は抱いた。日本語の教科書を巨体の前にちまっと置いて勉強している姿を妄想して心が少し和むが、とりあえず、大人の対応として姿勢を正し、挨拶をする。


「申し遅れました。百里基地航空自衛隊・中部航空方面隊第七航空団・対<通路>特別編成飛行隊、鷲巣玲音二等空尉であります」


 美也もそれに倣うのを見て、紅竜は目を伏せる形で目礼。


『これは失敬を。我は天竜ガルフォギウスと申します。図体故、このような形の礼となることを先にお詫びしたい』

「いいえ、どうかお気になさらず。――あの、私は普通に喋っても、聞こえますでしょうか?」

『ええ、問題御座いません。竜族の聴覚は、人族のそれに比べて遜色ありません。ただ、我らの喉は細かな言葉を発するようには出来ておりませぬ故、我は念信にてお話することをお許し頂きたい』

「はい。それで、えーと、私達にどのような御用向きでしょうか?」

『ああ、いや、今し方、ニホン政府の方々とお話を終えたところでありまして、手透きになりましたものですから、ジエイタイという軍隊をちと見てみたく思い、こちらにお邪魔したのですが……そこで知己の声が聞こえたものですから、つい、お声を』

「ガルフォギウス翁、もう良いのですか?」

『うむ。森人達と同じく、まずはヒューム同士で話し合いを終えてから、という段取りになった。後はこの敷地から出ぬ代わりに、好きにして良いと許可を頂いておる』


 エルフの少女が竜に見せる親愛の表情に、「ああ、今、目の前にファンタジーが広がっているんだなあ」と言いたげな美也を、とりあえず玲音は放置し、


「えーと、すいません。ガルフォギウス様、殿? えーと……」

『普通に呼び捨てにして頂いて結構……と言いたいのですが、それでは貴方方も困りましょう。殿、付けでお願いいたします。そちらのほうが、聞き心地が良い』

「では、ガルフォギウス殿。先ほどのお話なのですが、すいません、私達は一介の兵士に過ぎませんので、あまり重要な情報を、個人の判断で遣り取りするわけには参りません」


 玲音は正直に告げる。ただし、


「かといって、積極的な情報交換を妨げるつもりもありません。ので、上官を同席させてもよろしいでしょうか?」

『おお、無論ですとも。いや、重ね重ね失敬を。竜族は奔放に過ぎるところがありましてな。たびたび人族に無礼を働くものがおりまして。いや、老骨がこれでは無理もないことで、お恥ずかしい限りです』

「いえ、そんな。――というわけで、霞空将補。総隊司令殿ぉー」


 些か上官に対するものとしてはぞんざいな呼びかけをすると、壁に寄り掛かってじっとこちらを観察していたおっかない顔の女傑が、つかつかと歩いてきた。


「私を呼ばずに話を続けたらどうしようかと思った」

「まあ、この場で一番階級高いのって、空将補ですよね? なんで、お願いします」

「フムン。まあいいだろう。お前らに好き勝手、間違った日本を伝えられても困る」


 玲音は美也を横目で見る。ばれてやしないだろうな。


 とりあえずの了解を得て、同席が決定。

 そこで、マナフロアも提案する。


「ということは、私達も、ヒュームの代表者を交えたほうがよいですね、翁」

『そうさな……』


 ガルフォギウスは頷くと、先ほどと同じようにその場の全員に対して呼びかける。ただし、今度は異世界の言語で、だ。マナフロアによると内容はやはり、この中で最も階級の高い人間を呼ぶものであり――

 結果、歩み寄ってきたのは、ぎょろりとした目つきの、小柄な男。玲音は、先ほど、最初に豚汁を食べた男だ、と思い出す。


「王立衆軍・最外壁砦第一陸戦防衛大隊隊長、ギュエス・ディルムッド陸戦大尉であります」

「航空自衛隊・航空総隊司令、霞志乃かすみ・しの空将補であります。どうぞよろしく」


 高官同士の挨拶が済むと、ディルムッドと名乗る暗い目をした大尉は、少し思案するそぶりを見せ、


「空将補、というのは、将軍とは違うのですか?」

「海外や貴方方の軍隊で言うところの、少将もしくは准将に相当する階級とお考え下さい。組織の都合で生まれた階級です」

「成る程。まあいずれにしても、僕にとっては雲の上の存在です」


 軽口に、空将補がにやりとする。


「ということは、二等空尉、三等空尉というのは……」

「はい、それぞれが中尉、少尉に相当します。空将、空尉という言い方は、空軍所属であることを示しています」

「分かりました。――しかし、お三方とも女性とは。ジエイタイには女性が多いのですか?」

「いえ、皆無ではありませんが、それほど多くもありません。今の階級にいる私がイレギュラーで、この二人はそのおまけで生まれたようなものです。要職に就いているのはほとんど男性です」

「よろしいのですか? このような話を独占してしまって」

「独占するわけではありませんし、この場にいない上官や政治家が悪い、と私は判断します。後で報告書を出せば問題ないかと」

「成る程、違いありませんね。まあ、僕は飽くまでも尉官です。どちらにせよ、政治的な発言力は全くないとお考えください。それこそ、空気とでも」


 ディルムッドは苦笑した。


 尚、自衛隊のことを説明しても、異世界の人間――というか、日本以外の人間には「軍隊と何が違うの?」と言われるのが明白であるため、この場においては「軍隊である」と説明している。


 これは別に異例でも何でもなく、ソマリアに海賊対策として派遣された海上自衛隊などは、通行する不明船舶に警告等を発する際、「Japan Maritime Self-Defense Force(海上自衛隊)」ではなく「Japan Navy(日本海軍)」と名乗っている。どっかの市民団体が聞いたら発狂しそうだが。


 一応、自衛隊は、「ジエイタイ」という固有名詞として扱ってくれるよう(無論、別のものである、ということだけは説明した)頼み、翻訳されている。この辺りの齟齬は、いずれ何らかの形で摺り合わせる必要があるだろう。


『最初に宣言しておきましょう。これは政治家ではない者の間で交わされる会話であり、ニホンが民主主義国家であり、ジエイタイが文民統制シヴィリアン・コントロールの軍隊(この辺りが翻訳の限界だと玲音は感じた)であることを鑑みて、この場における会話は、一切の政治的な拘束力を持たぬことをお約束します。故に、ここで話された如何なる話も、言質として認められることはなく、これに何らかの形で違反した場合、即刻、それぞれの国において、違約として協議いたします。逆に違反せぬ限り、ここで交わされる会話は全て私的なものであることを、我、天竜ガルフォギウスの名において認め、誓約するものとします。無論、得た情報そのものを利用することは、存分に為されるが良いでしょう』


「竜族は何ものにも縛られませんが、己の言葉にだけは縛られます。翁が宣言した以上、これは絶対であると受け取って下さって結構です」


 マナフロアの補足を受け、霞空将補、ディルムッド大尉の双方が同意することで話がやっと始まった。


「で。ずいぶん遠回りしちゃいましたけど。エルフがヒュームに、<通路>を開く技術を伝えたとのことでしたけど」


 豚汁が一通りなくなったところで、今度は玄米茶が全員に振る舞われた。緑茶でも良かったが、味噌味の後にはこういう素朴な味のほうが美味しく感じる。それに、緑茶は意外と癖があるため、口に合わない人がいるかもしれないという配慮もあった。

 プラスティックのカップホルダーに入った紙コップからそれを啜り、マナフロアが答える。


「はい、事の起こりは、邪神竜が私達の世界に現れるようになった500年前なのですが……」

「と、いうより、もう少し大局的な説明をお聞きしたい。そもそも<空門>とは何なのか。どういった経緯で我々の世界に繋がれたのか。そして、邪神竜とは何なのか。その辺りを含めて」


 霞空将補が追加で注文。


「分かりました。少々長いお話となりますが……」



 マナフロアの話を要約すると、以下のようになる。



 初めて邪神竜が現れたのは500年前。



 『第一の災厄』と呼ばれる。


 それ以前の歴史には全く登場せず、その係累すら存在しなかった。全く突然の出現であり、天竜達に曰く、「明らかにこの世界の生物ではない」というものであった。

 500年前の災害は、当然ながら対策も何も取ることの出来なかった人類にとり、甚大な損害となった。人口は当時の60%が死滅し、文明が明確に後退したという。


 その災害の傷も癒えぬ100年後、今から400年前。


 『第二の災厄』、または『終末戦争』の勃発である。


 その100年の間、人類は邪神竜の災厄の根源を探し続けていたが、なにぶん、全人口の6割が死滅した世界でそれを為すことは極めて難しいことであった。

 それでも、災害の波及状況などを検証し、災厄の中心点を割り出すことには成功。


 それが『最果て山脈』の最奥、現在でいうところの『最外壁領』である。


 だが、特定は出来たものの、災厄に対応しうる兵力を結集するには至らず、人類は他種族との共同戦線を張ることを決定。無論、この邪神竜災厄はエルフやドラゴンに対しても壊滅的な被害を与えており、それ以前は領土争い、種族争い等で角突き合わせていた他種族同士を、団結させるには十分な理由であった。

 およそ世界の総勢と言える全戦力、天竜さえも含めたその戦力と邪神竜が、ぶつかりあったのが『終末戦争』であった。


 それは未だに語り継がれるほどの地獄の戦争であり、彼らはその戦力のほとんどを失い、世界の頂点に君臨する天竜ですら、ほとんどが死に絶えた。今では当時を知る天竜は僅か2柱しか残っていないという。


 それでも勝利した。

 手痛い勝利でもあったが、世界への被害は最小限に抑えられ、彼らは英雄となった。


 しかし、数十年後、それらの名声は絶望に塗り潰される。

 最果て山脈に邪神竜の幼生体の存在が確認されたのだ。


 世界は知る。これに終わりがないことを。


 当時、最も早くに復興していた魔導帝国オルダンディアは、ただちに最果て山脈を取り囲むように最外壁砦を建設。


 だが、再び全世界の戦力を集結させようにも、かつての大損害は彼らの心を大いに萎縮させ、戦う気持ちを奪い去っていた。事実、復興の最中にあった国の中には、『第二の災厄』の損害によって崩壊し、吸収されていったものもある。

 なおかつ、勝ったとしても、得られるものは何もない。


 ただでさえ個体数が少なく繁殖力の弱いエルフは、その傾向が特に顕著であった。


 世界は、再び一つになることはなかった。


 エルフ族は再びの戦いを徹底的に避けるため、研究を重ねてある大魔術を開発した。

 それが<空門ゲート>の開門術式であり、邪神竜をそこにおびき寄せるための数々の術式であった。


「最初の“開通”は300年前です」



 『第三の災厄』。


 予想通り、100年周期で邪神竜の災厄は襲ってきた。


「当時は実験的な要素ということもあり、非常に大変だったようです」


 <空門>は無事開いた。

 だが、開いた瞬間から、<空門>は凄まじい勢いで、周囲のものを吸い込み、飲み込み始めたのだそうだ。


 木々が抜け、大地が捲れ、術式を担当していたエルフやヒュームも数多くが飲み込まれた。

 だが、邪神竜もまた、そのほぼ全てが<空門>に吸い込まれ、300年前の災厄は、邪神竜のそれの中では最も被害の少ないものとなった。


 話を聞いていた玲音は、


(宇宙空間か質量の大きい惑星にでも繋がっちゃったんだろうな……)


 と、こっそり考える。


「被害は皆無ではありませんでしたが、奇跡的なほどに世界は無傷でした」


 世界には楽観と希望が戻ってきた。


 そして慢心もまた。


 エルフ達はその時の失敗を元に、開門術式をさらに研鑽することに力を注いだ。また、もうその総数を危険領域にまで減らしていた彼らは、前線に出ることを徹底的に避け、術式を人間族ヒュームに伝授し、発展があればそれも伝播・普及した。

 もう全戦力を最外壁に注がなくて良いと分かった人族各国は、国の復興を、発展を、拡大を望み始めた。


 その間の100年は、希望と慢心の時代と呼ばれる。

 各国が、平和を取り戻した世界で、それぞれの思惑を取り戻し、自国の利益を追求するために他国を害し、土地を開拓して他種族と諍いを起こす。

 国力が回復していないが故に大規模な戦争こそ起きなかったものの、人族(ヒューム、エルフ、ドワーフを一括りにしてこう呼称するのだそうだ)が実に200年ぶりに、己の利益のためだけに他人と殺し合う平和な時代。


 エルフである彼女は、多少の皮肉を交えて、その100年をそう評した。


 そしてその100年の初期、最外壁領の統治に変化が訪れる。


 第三の災厄の段階で、<空門>を開くことで生じるリスクを理解した当時の最外壁領の統治国、魔導帝国オルダンディアは、最外壁領を含んだ国土の一部を本国から独立させ、皇帝を後見人として、独自に王権を樹立する。

 もちろん、壊滅災害の監視と防衛、そして責任を押しつけるためだけの、帝国の傀儡国家だった。


 これが後の竜騎国、ヴァルデハイレンである。


「――少し話は逸れますが、よろしいでしょうか?」


 手を挙げたのは、霞空将補である。


「どうぞ、何でしょうか」


 話の腰を折られても気を害した様子はなく、マナフロア。


「オルダンディアと言いましたか。ヴァルデハイレンの母体となったその国家が、何故わざわざ、災厄の中心近くを統治していたのですか? 普通、そういう場所は忌避されるものだと思うのですが」

「資源ですよ」


 答えたのはディルムッドだった。彼は玄米茶を美味そうに飲みながら、


「魔導技術が急速に発展していた当時、魔導物質として非常に高い有用性を持つ金属である、真金オリハルコン真銀ミスリルの需要が爆発的に高まっていました。これらは金銀を素材として精製される金属です。そして、最果て山脈付近には、潤沢な銀鉱山があった――」

「成る程。……しかし、それを手放したわけですか?」

「帝国は現在、竜騎国から税として……というより、調物ちょうもつとしてですが、銀を関税なしで輸入しています。単に責任を切り離しただけの属国扱いというわけです。ああ、いや、これは僕個人の感想ですね。友好国ですよ、無論」


 フン、と鼻を鳴らして、空将補。言わずもがなというわけだ。ディルムッド大尉は、そんな霞総隊司令の顔をじっと見て、それから面白そうににやりと笑った。


「独立させたのは、帝国が諸外国との諍いに集中するためだったという説が最も有力ですね。“とりあえず”世界を守るための国家を用意し、細かいところはそこに任せ、自分は内政に奔走する。無責任ですが、合理的なやり方です」

「……続けてよろしいでしょうか?」


 先刻より、若干機嫌の悪そうなマナフロアの声。話を遮られても怒らなかった彼女がそうなったのは、多分、ディルムッド大尉が説明を横から掻っ攫ったからだ。

 短い付き合いだが、玲音は彼女が戦闘員であると同時に研究者であり、この手の説明をすると止まらなくなるのを知っている。


 ともあれ、気づいているのかいないのか、空将補と大尉の「失礼、どうぞ」の言葉と共に、歴史講義は続く。


「それでも、ヴァルデハイレンは自らに課せられた役目を全うするため、次の災厄に備えて多くの準備をしました」


 初代国王、ジグムント一世は――彼はまた、最外壁領を帝国から切り離すべきだと主張した派閥の筆頭でもあったのだが――災厄への対応のため、銀鉱山から得た資金によって王立図書館を設立、魔導技術の発展と、空戦・陸戦魔導師勢力の拡大に努めた。各国に呼びかけ、志ある魔導の才能のある者達による研究機関も設立。後の図書館麾下のシンクタンク、司書会である。

 また、各地の竜族に使者を送り、盟約を締結。世界初となる竜騎団を設立し、空戦力を確保した。


 帝国は初期こそ、各国に対する言い訳が成立するために黙認していたものの、100年の猶予の間に急速に勢力を増していくヴァルデハイレンに、徐々に危機感を強めていくのだが……


「待った。少し待って下さい。話が逸れていませんか?」


 玲音は思わず待ったを掛ける。上司を差し置いての発言だったが、空将補も少し体を動かしていたことから、同じ気持ちだったのだろうと思う。


「ああ……ごめんなさい」


 はっとしたようにマナフロアが俯く。


「すみません、私の悪癖で……無関係ではありませんが、ここで帝国と竜騎国の確執の歴史を講ずるべきではありませんでした」


 しゅんとするその様子に思わず笑いが零れる。笑ったのは三人。霞空将補とディルムッド大尉はにこりともしなかった。


「ええと、それで、今から100年前の災厄が発生します」



 『第四の災厄』。


 再び<空門>は開かれた。


 だが、今度<門>の向こうにあったのは――燃え盛る炎熱地獄であった。


 最外壁領の森が発火する程の熱量。

 砦の外からも、空が赤熱する、それは壮絶な炎熱であったと記録されている。

 それが<空門>いっぱいに広がっていたのだ。


 当然、如何に邪神竜と言えど、そんなものに好き好んで近づいたりはしない。

 図書館の魔導師達が必死に誘導の術式を用い、それでも半数は<空門>の炎熱に送り込むことに成功した。


 しかし、残りの半数は、それまでと同じように全世界へと広がろうとした。


 それを多大な犠牲を払いながらも、最小限にまで食い止めたのが、ヴァルデハイレンの軍隊だった。

 それまで育成してきた魔導師、そして何よりも竜騎の力によって、邪神竜のおよそ5割を撃墜することに成功。残りの邪神竜は幾つかの集落を襲ったが、最終的には各国の軍隊によって討ち果たされた。


 ただし、竜騎国の損耗率は実に5割を上回った。


「国軍としてはもはや壊滅状態です」


 竜達もその多くが命を落とし、天竜の中にはそれを憂い、人類との盟約を見直すことを示唆するものもいた。幸いにして、世界の危機という他人事ではない脅威が相手であるため、その提案は為されることはなかったが。


 人類の戦力は100年の間にある程度揃えることも出来た。最悪、他国から徴兵することも出来る――様々な問題が発生するが。

 現在、再編は既に完了し、装備も100年前より発達している。そして、過去二度の失敗を繰り返さぬために、災厄の発生に先んじて開門術式が使用された。いわば“試し”である。


 その結果として繋がったのが、


「ここ、チキュウであり、そしてニホンなのです」


 ――長い講釈が終わり、沈黙が降りた。


 マナフロアは決まりの悪そうな顔で俯く。

 自衛官の表情は、一様に硬いものだったからだ。玲音も眉間に皺が寄っているのを自覚する。


『無理もあるまい』


 吐息と共に声を漏らすガルフォギウス――といっても、この竜の鼻息で、近くに積んであった紙コップの山が吹っ飛んだが――と、こちらを興味深げに観察するディルムッド大尉。その口の端に笑みが浮かんでいるのを見て、あ、こいつ性格悪いだろうなと玲音は思う。


「まず、よろしいでしょうか」


 挙手はやはり、霞空将補からである。慎重に、言葉を選ぶようにして。


「今回の“開通”は、過去の失敗を繰り返さないための“試し”であると仰られましたね? では、ここ地球で良しとされた理由、そして、放逐先を他の世界に変える事は出来ないのか。それを教えて頂けますか」

「もう一つあります」


 玲音は重ねて質問する。責めているような印象を与えることになるが、それでも聞いておかなくては気が済まないことではあったのだ。


「災厄の中心点は分かったと仰いましたね? それで、最外壁砦とやらが作られたと。――では、邪神竜(実際に口に出すと、中二病臭くて恥ずかしい単語だと思った)が“生まれる前に”、巣を焼き払う等して根絶することは出来なかったのですか?」


 マナフロアはこれらの質問を予測していたようだ。深く息を吸い、しっかりとこちらの目を見た。


「そのご質問には、失礼ながらレイン……中尉のものからお答えしたいと思います」

「良いのですか? かなり突っ込んだ質問です。上層部の許可を取らずとも?」


 試すような空将補の言葉に、


「はい。ここまでの情報は全て開示することが、事前の協議で決定していました」

「成る程」


 マナフロアはどちらかというと、この事実を知られることで、日本に、もしくは玲音達に嫌われることを怖れているように見えた。玲音は、他人に限っては国家と個人を切り離して考えるタイプなので、安心させてやりたいと思うが、ここで余計なことを言っても意味はないだろうと思い、せめて誠実さを顔に出して話を聞く姿勢を作る。


「まず、邪神竜の巣、またはそれに相当する棲息地ですが……“それらしき場所”は、最外壁領の奥部に見つかりましたが、“邪神竜の卵”等に相当するものは、一切発見されませんでした」

「どういうことです?」

「それ以前にも何度か、幼生体や早生個体――未熟なまま生まれてきた、脆弱な個体のことですが――それが発見され、対処は行われました。しかし、卵などの状態で発見されたことは、一度もありません。最果て山脈は今や危険区域であり、全てが踏破・調査されたわけではありませんが……幾つかの目撃証言や、魔力反応等から推測するに、」


 ここで一つ息を吸い、


「邪神竜は、孵化するまで、実世界に存在しないものと考えられています」

「………」


 玲音は聞かされた言葉を静かに反芻する。ここで嘘を言う意味はないだろう。事は彼らの生存に関わる問題だ。それが解決していない理由を、彼らがそう考えるならば、文句をつける意味はない。老人達……もとい、政治家達がどう考えるかは別の問題だが、それは考える必要もない。


「言葉の意味を完全に理解出来たわけではありませんが」


 霞空将補は、言葉の割りに苛立ちも不可解さも、不信感も感じさせない、淡々とした口調で確認する。


「現状、鷲巣二尉の提案した作戦は、実行不可能、もしくは効果が見込めないという認識でよろしいでしょうか」


 空将補らしい、と玲音は思う。余計なことは考えず、実行可能であるのかどうかだけを確認する。それ以外のことはいずれ、日本からも調査団等が派遣されて検証されることになるだろう。

 ついでに言うと、今の単語を非オタクが解釈するとこうなるんだな、と思い、実世界とか言う単語をすんなり受け容れる自分に気づいて一人で凹んだ。


 ともあれ、背景などに気を取られず、現状だけを精確に認識し、IFを一切排除して対策を考える……霞空将補を現在の地位まで押し上げた要因として挙げられる、これは大きな能力だろう。

 逆に言えば、だからこそ、政治家や官僚達の、政治や選挙を意識した発言に真っ向から対立する要因にもなっているのだが。

 司令という役職に就くまでは、そういうことはなかったという。現状を聞かされ、即座に提案を行う優秀な作戦立案能力だけが目立っていた。が、判断を行うポジションになってから、上層部との対立が激化した。彼女は恐らく、これ以上の出世は現時点では望めないだろうし、何かのミスが起きれば即座に総隊司令の任を解かれる、危うい立場にいる。


「はい。もし、ニホンの皆様のご協力を頂くことで、新たな事実が判明したなら、それに応じた対策も検討できるでしょう。私はそれを期待しています」

「それは、先ほどガルフォギウス殿が仰った通り、お約束致しかねます。私はただのいち自衛官に過ぎない。どうするかは上が判断します。無論、上が私に提案を望めば、何か考えますが」


 その場合、責任を取らされるのも彼女自身だろうが。

 自覚しているであろう空将補は、そんな立場など何ほどのものかと言わんばかりのポーカー・フェイスで続きを促す。


「そのことは、現状置きましょう。では次に私の質問ですが」

「はい。――先ほども申し上げました通り、今回の“開門”は飽くまで“試し”の予定でした」


 マナフロアは硬い表情のまま続ける。


「最初は誰もが驚きました。かつて繋げた異世界は、何もかもを吸い込む<虚無>の世界、そして何もかもを焼き尽くす<炎熱>の世界でしたから。今回、開門術式を使用した折には、多くの防御策が練られていました。しかし、予想に反して<空門>周辺には何の変化も起きず、実に穏便に術式は完成し、<空門>が開かれたのです」


 そして地球と繋がり、


「幾つかの事前協議を得た後、天竜フヴェルミゲル殿が――貴方方が最初に接触した、あの天竜です――自ら提案し、偵察を敢行されました。その先に広がっていた光景は、我々の文明を遥かに超える貴方方の世界と、そして天竜さえも容易く傷つける、あの“灰鷹”の存在です」


 玲音は顔を顰めた。その言葉の先が想像できてしまった。恐らく空将補は、もっと早い段階で、もしかしたら質問をした段階でこれを予測していたのだろうか?


「竜騎国は悩みました。明らかに高度な知識を持つ文明との接触。そして、そこにこれから壊滅災害を放逐することの是非。議論は紛糾しました。何事もなく<空門>を閉じ、別の――それこそ<虚無>の世界に再び<空門>を開くことも検討されました。しかし、議会が最終的に出した結論は、」


 ここで、痛みを堪えるような表情を浮かべるマナフロア。

 彼女が口にしたのは、確かに痛みと傷を伴う、身勝手な異世界の理屈だった。




「この世界の文明ならば、邪神竜を迎撃することが出来る。――力を貸してもらえれば、それに越したことはない、というものでした」




 沈黙が降りた。


 それは重々しい沈黙であり、玲音の目には、霞空将補が静かに、しかし猛烈な勢いで思考を巡らせる姿が映っている。


 言葉を吐き出してから、悄然と俯いているマナフロア。相変わらずこちらを観察するようなディルムッド大尉。表情は分からないが、全てを見届けようとしている天竜ガルフォギウス。

 隣の美也が浮かべている表情が、ディルムッドと同質のものであることに気づいてうんざりしたりもするが。


 ともあれ、どうしたものかな、と思う。一介の自衛官が考えても仕方ない話なのだが。


 今の会話を聞いていたのは、自分達だけではあるまい。

 周囲の自衛官の中にも、こっそり聞き耳を立てていたものはいたはずだ。後で厳重な箝口令が敷かれるだろう。政治家達に同じ話がされているだろうとはいえ、自衛官の口から万が一にも世間に漏れては、いかにも拙い話だ。



 何せ、要約して言えば、「自分達ではどうにも出来ない災害を異世界に押しつけようとしたら、すごい技術を持った国があったから助けてもらおうとしている」ということになる。



 どう考えても、好意的に受け取る地球人はいまい。

GAXファフニール使用感……


空転の短さと火力の高さから、遭遇戦に最も向いたガトリングと言える。

ただし非常に重いので、HGなどの重量脚でないと積載が厳しい。

また、中距離では横ブレが激しく、近づいて被弾するよりは、しゃがみ2でしっかり撃ったほうが撃破率は高い気がする。

インファイトでは非常に高い戦闘性能を発揮してくれるのだが、A上位戦となると軽量機はあっという間に重量機のロックを振り切るため、高いエイムスキルが求められる。

逆に言うと、動きの悪い軽量機や、防御を想定していない狙撃機は一瞬で溶ける。

冷却性能もチップが要らないくらい優秀なため、フルHGなら実弾速射3をつけて火力を底上げするのも手だろう。

もっとも、それだけ上げても、ダイナソナに慣れた人には不満のある火力だが(恐竜が異常なだけとも言う)。

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