19 そして使節団、到来です。
さて。
日本政府としても、もちろん一人だけの女性からの証言から、このような話を信じるつもりは流石になかった。
ために、特使マナフロア・リーデルバイトを通じた彼女の本国への要求は、主に以下の通りになる。
1.竜騎国ヴァルデハイレンは、可能な限り早期に、少なくとも大使クラスの地位と権力を持った人物を中心にした大規模な使節団を結成し、日本国を訪問、政府間交渉を行うこと。
2.その際に、両国は互いの意思疎通を可能にしておく必要があるが、今回、能動的に日本に接触してきた竜騎国側に、その責任があるものとし、互いの意思が通じうる環境を整えることを要求するものとする。
3.1および2の条件を成立させるための協力を、日本政府は惜しまない。
このため、鷲巣玲音達を通じて世界の危機を報せた後、マナフロアはそのまま用意された研究室に籠もり、日本の学者達と共に半ば強行軍で互いの言語の翻訳を進めた。
それから2ヶ月程の間、日本は世界からの嘲笑に耐えながら、懸命に各国と調整を図った。
日本だけで異世界と交渉を行うための下拵えだ。
この交渉先は、日本から災厄が飛散した場合に優先的に(最初はもちろん日本なのだが)被害を受けると予想される国々、つまり太平洋を囲むアジア・東南アジア諸国、ロシア、南北米大陸、オーストラリア等である。もちろんそれ以外の国にもフォローをしながらであったため、外務省は史上稀に見る忙しさで夜もろくに眠れないほどであったという。
何故、多国間協議ではなく、日本単独での異世界への交渉としたか。
答えは今現在において、問題が日本国内に終始しているからである。
飛来する飛行物体は領空内で対処できることを証明してみせたため、今のところ対処能力に疑問を持たれない下地が整っている。
日本側としても、異世界という未知の領域――そこには無論、多くの資源や技術(特に魔導技術)がある――に優先的に交渉できる権利を捨て去る気はなかったため、それらの事実を各国に周知させ、足止めしておく必要があるのだ。
「世界の危機だというのに国益を考えるのか」と思われるかもしれないが、危機が収束した後のことを考えれば、少しでも有利なポジションを確保しておきたいと考えるのは当然である。
「世界の危機を止める」ことが前提なのは無論のことだが、「止めること」が前提であるならば「止めた先のこと」を考えるのもまた必定なのだ。未来のことを考えず直近の危機の排除だけを考えるならば、国家でなくとも出来る。国益を考えない政府など無用の長物である。
日本にとって幸いなことに、ほとんどの国は、「日本の妄言」を積極的に信じることを危険視していたため――異世界の資源はたいへんに魅力的だったが――、とりあえずの方向性として「静観する」ということを選んだ。
ちなみにお隣の二国は「日本が軍事力を強化するための荒唐無稽な虚言だ」と一笑し、さらに「アジアの安全を脅かす危険な兆候である」として非難声明を出した。要は日本が交渉権を独占することへの、せめてもの嫌がらせだ。ちなみに、そのうちのとある一国は「日本への無慈悲な制裁」の名目で、一発数百~数千億円(推定)の弾道ミサイルを日本海に三本ほど捨てた。まあ向こうも必死なんですよ多分。
問題はアメリカだった。
「嘘かホントか知らないが世界の危機らしい」→「世界を救う」→「俺ヒーロー!!!!!」の図式は世界の警察のプライドをいたく刺激したらしく、日米安全保障条約を名目に、執拗に交渉への参加を主張してきたが、「今のところ喫緊の脅威じゃないので、もっときちんと確認してからお返事します」と日本お得意の先延ばし戦法で何とか凌いでいる状態である。
日本国内も大変なものだった。
つい先日までマナフロア女史を「可愛い異世界の特使」として囃し立て、毎日のように特集していた大手マスコミは、手のひらを返したように彼女を「妄想に取り付かれた魔女」と報道し、それに無理矢理こじつける形で現政権へのネガティブ・キャンペーンを展開。おかげでマナフロアの身の回りの世話を任されている部署は、彼女にこれらの情報を渡すかどうかで、彼らの良心によって悩む羽目に陥った。具体的な描写は避けるが、それほど酷い扱いだった。最終的には彼女自身の「そう言われることは想定していました」のひと言で、情報を止めることなく渡すことになったが。
ちなみに彼女はコンピュータの使い方を知らないため、自身が某巨大掲示板で話題になっていることや、イラスト投稿サイトでここ数ヶ月、ランキング上位を独占していることまではさすがに知ることはなかった。動画サイトでとうとうMMD(○iku○ikuDance)のモデルまで作られて勝手に踊っていたが、世の中知らないほうがいいこともある。
このため古賀政権の支持率は急落の一途を辿ったが、当の内閣は定例記者会見で進捗具合など最低限の報告をする以外は「緊急事態かつ多忙を極めているため」、マスメディアを出来る限り避ける方向に舵を切った。下手なことを言って更に心証を悪化させ、政権交代を起こすわけにはいかなかったのだ。
これには保身以外にも理由がある。
竜騎国ヴァルデハイレンが王政であり、かつ異世界においてはそれが普通であることは、特使からの情報で周知されていた。民主主義国家というものが、かつては存在したが今はないということも分かっていた。
そのため、少なくとも実際に異世界と交渉を開始するまでは、国の代表の顔を変えるわけにはいかないという事情があった。
考えて頂きたい。王政が当たり前の世界で、ある日交渉の必要が生じて他国を訪ねてみたら、先回とは全く違う顔ぶれが王宮に並んでいたとする。それは、誰だってその国に対する信頼より、警戒感が先立つ。
両世界とも通信手段が発達しているため、今ではそこまで極端なことは起こらないものの、やはり初めて交渉する相手にそのような隙は、日本の国益から見て絶対に作るわけにはいかなかったのである。
諸々の取り決めを済ませ、マナフロアが一旦、異世界へと戻ることになったのは、『世界の危機公表』から2ヶ月後、秋も深まる10月のことだった。
秋空の中、再び<通路>へと飛び去っていく麗しき魔法使いへの人々の目は、冷たいものと残念がるものとで完全に別れていた。
なお、懸念の一つであった彼女の検疫は、その同意の下で済まされ、問題がなかったことを付記しておく。
彼女が元の世界への手土産として渡されたのは、諸々の情報と要求内容。そして、次の会合日時を記した、日本の風景写真がプリントされたカレンダー。職人の手による精巧で優美な置き時計。予備として、軍でも使われる頑丈な腕時計。そして、日本の技術と文化を端的に表す象徴としての、名匠の手からなる日本刀一振りであった。
奇遇なのか、それとも何らかの意味があるのか、異世界と日本の時間単位は、読み方こそ違えど、全く同一であることが分かっていた。そのために時計を渡されたのである。
つまり、地球と異世界の惑星は、質量や体積、公転周期などのいずれか、或いはいずれもがほぼ同じであるということになる。
そして、その共通した時間軸による、三ヶ月のインターバルを置き。
年が明け、骨の髄まで寒風染み込む1月某日。
異世界、竜騎国ヴァルデハイレンの本使節団が、<通路>より来日した。
* * *
先遣役は当然、マナフロア・リーデルバイトが務めることになった。
彼女が先行して<空門>を抜け、日本政府に来訪を報せる。
<通路>拡大の際には地上から一斉に光が瞬いた。マナフロアは予め、このことを伝えているため、使節団に過度の動揺はなかった。竜達は居心地悪げに身じろぎをしたが。
それまで天竜がぎりぎり通れるほどの幅しかなかった<空門>が広がるところを目の当たりにした人々の驚きは如何ほどのものだろうか。
まず、空戦魔導師隊の最小単位である四人編隊が先陣を切る。いつもの漆黒の外套ではなく、青地に銀の刺繍を施した礼装に身を包み、旧い魔導師の伝統的な象徴である三角帽を被っている。
次に、磨き上げられた鞍や装飾に身を包んだ軽飛竜が四騎。竜騎もまた、機動性より見栄えを重視した胸鎧を着込み、背中に弩、左腰に騎士の儀礼剣たる細剣を提げて騎乗している。
使節団の中核を形成する重飛龍六騎には、騎手の他に八人の衆軍達が同乗し、地上での護衛任務に備える。衆兵の装備はディオスの樹の弓に銀細工を施したものと、鋭剣を腰に着けている。細剣は騎士の象徴であるため、衆兵には帯刀が許されていない。ただし、寒いと聞かされていたため、騎士も衆兵も、典礼用の外套を身につけている。竜騎団は白、衆軍は灰色である。
そして、三角陣を形成した使節団の中心、どの飛龍よりも巨大な体躯を持つ、紅鱗の竜。
竜騎国と契約する三柱の天竜の一柱。
“炎鱗”ガルフォギウス。
知性ある竜の中でも特に大きな躯と、見る者全てを威圧するその体色とは裏腹に、性格は非常に穏健であり、深い見識と探究心を兼ね備えた、恐らく天竜の中では最も今回の任務に適した存在であるだろう。
盟約する竜騎は王立竜騎団第三竜騎団を率いるアルデバラン中将。
その後ろに、特命全権大使として、外務省所属にして、竜王ジグムントの腹心、ギイル公爵が同乗している。
如何にも武人然とした中将の後ろでは目立たないが、実はそれなりの長身であるその老人。上空の強風の中でも背筋を伸ばしたる様は矍鑠そのもの、興味深げに地上を見つめる瞳には少年のような生気が満ちている。
『ほう、ほう。これほど高い建築物は魔導帝国にもあらなんだ。どうかね、中将』
『は。正に異界と呼ぶべき、驚嘆の眺めであります』
ギイルは飄然とした態度で笑うと、ひょいと白髯の顔を上空に向ける。
轟音。
太陽を遮る二つの影。
くるくると軽快に舞いながら、それは使節団の横、威圧を感じさせない位置でぴたりと併走。
ほう、と唸りながら、ギイル公爵。轟音に顔をしかめながら、念信でアルデバランに問いかける。
『あれが噂の灰鷹かね、中将』
『で、ありましょうな。フヴェルミゲル殿が手傷を負わされたという。俄には信じがたくありますが、今の動きの鋭さ、少なくとも侮れるものでないのは確かであります。魔導師マナフロアの言によれば、この世界でも最強の一角であると』
『成る程……それをこの国が保有しておるわけか』
熱心に細部を見つめていると、鷹の頭部、透明な硝子の内部にいる人影が、四指でこめかみを擦った。
『これはこれは。――話には聞いておったが、我が国の敬礼と同じであるのだな』
答礼しながらも、驚きの声。中将もまた、敬礼を返してから頷く。
『は。面白き偶然にあります』
『お主は詰まらぬ男よのう』
心底がっかりしたような声に、しかし中将は小揺るぎもしない。このご老体が、この手の冗談を好むことはよく知っていた。帝国の奸臣や、不帰順族の呪い師どもと長年に渡り交渉を続けてきた百戦錬磨、海千山千の外交官は、言葉ひとつ取っても捉え所がなく、問われるままに答えればいつの間にやら本音を洗いざらい吐かされ、それに気づいて青ざめた顔を見ては、聞いておらぬと愉快げに笑う悪癖はとみに有名である。生真面目に応えることこそが一番安全であることは、竜騎国の城内ではよく知られていたが、それでも被害者は一向に減らない。
優速にて追い抜いていく灰鷹を見送る。入れ替わるように、幾分丸く愛らしさを感じさせる四騎の、鷹の同類と思しき青い鳥が飛来し、やおら色取り取りの煙を曳きながら、使節団が通るべき空の道を作り出して見せた。
『これは典雅。粋な演出よの。そしてニホンの空戦技術を、無礼にならぬように見せつけおった。愉快、愉快』
からからと笑う公爵に感づかれぬよう、アルデバラン中将は詰めていた息をそっと吐き出す。
天竜を傷つけたという噂、真実であろうと肌身で実感出来たからであった。
これより己らは、優位な力を持つニホンと交渉に入らねばならぬ身であることを悟り、緊張に身を震わせるのであった。
次の投稿は明日となります。
いろいろなご感想を頂き、本当に助かっています。ご批判もまた、精進の糧とさせて頂いております。自分とは違う視点からのご意見とは、本当に参考になるものでして。
もちろん、純粋に「面白い」という言葉を頂くともう嬉しい限りで、やる気になります。
いろいろ考えつく限りを書き連ねているので、当初の表題からかなり脱線しまくっていますが、それでも主軸は航空戦です。
かといってあまりに支離滅裂なものは書きたくないので、辻褄を強引に合わせつつですが……
辻褄を合わせると文章量って増えますね(笑)。
でも、書いてる瞬間が一番幸せ。