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16 門の向こうにも人類はいます。

 不思議なことにいかなるマスメディアにおいても、ほとんど報道されることのない事実がある。


 集団的自衛権についてのことだ。


 メディアにおいて、この問題の焦点は基本的に、「日本がアメリカをはじめとした海外の戦争に巻き込まれるのではないか」ということに終始し、それ以外の問題点については全くといって良いほど論じられない。

 確かにそのリスクはある。同盟を結ぶということは、同盟国が危機に陥った時に助けるという盟約を結ぶということと同義であり、国際的な信用を得ようと思うのなら、それは武力面においても例外ではないはずなのだが……あれ? これって集団的自衛権って当然のことじゃねと書いていて作者も思ったが、とりあえずそういうマクロな視点の話は、テレビやネット掲示板でさんざん為されているので、今回は置いておく。


 問題は、もっとミクロな視点においても、また存在する。


 これはニュースにもたびたび取り上げられるが、航空自衛隊による緊急発進スクランブルの回数は毎年、上昇する一方であり、つまり目的を不明として飛来する国籍不明機の数が増えていることも示している。特に2014年現在、中露からの国籍不明機へのスクランブル数は過去最高を記録している。

 目的が不明、ということは、日本国土に対する攻撃の可能性も否定できない、ということだ。

 だが、現行の集団的自衛権の解釈において、例えば通常2機編隊で行動する自衛隊のF-15が、国籍不明機からミサイル攻撃を受けた場合、正当防衛として攻撃がすぐに認められているのは、『攻撃された機体』だけとなる。例え相棒であっても、『自分が攻撃されなかった』のなら、もう1機の自衛隊機は、国籍不明機に対して反撃することは、内閣決定によって『反撃の許可が下りない限り』、決して許されないのだ。


 つまり。


 イラクの自衛隊派遣の際に、『アメリカ軍が攻撃を受けた時に、自衛隊はどうするか』という問題がさんざん議論されたが、それどころの騒ぎではなく。

 『同じ自衛隊の仲間が殺されても、自衛隊は実際に撃たれた隊員でなければ、反撃は許されない』のが、現状の集団的自衛権の解釈なのだ。


 何やらマクロな視点ばかりに囚われて、デモを起こしている方々もいる。

 確かにマクロな視点というのは大切だ。


 だがそれ以前に、仲間が、友人が殺されても、反撃を許されない現状が、果たして正常と言えるのだろうか?


 もっとも。


 例え上述の集団的自衛権が『仲間の攻撃に対する反撃』を認められたとしても。

 最初の一発で殺された人間の命は、戻ってこないのだが。



「というわけで、新たな脅威が判明したわけですが」

「しかし……これはどうにも国民を説得しづらいですよ」

「メディアも諸外国も、日本の妄言として扱うでしょうな」

「しかし、既に前例があります。それを盾に何とか説得できないでしょうか」

「だが現に、彼女(リーデルバイト女史)が嘘をついている可能性もある」

「いや、それを言い出したらきりがないですよ」


 内閣府の一室、顔を突き合わせた閣僚達が、申し合わせたように眉間を揉む。


 判明した新たな脅威。

 それは、<通路>から現れたドラゴンと魔女、その両方を前例としてもなお、説明するには些か以上の努力と勇気を必要とするものであった。

 古賀こが内閣総理大臣は、白髪をオールバックにした、厳格な顔に険しい表情を浮かべ、議論を制する。


「現状としては、ありのままを国民に伝えるしかないでしょう。嘘をついても隠しても仕方がありません。馬鹿にするならすれば良い。だが本当に彼女の言うことが事実であるのなら、“それ”に対する対策を考えねばならない。われわれ政府は、常に最悪の事態を想定しなければ。――特に、自衛隊がその最悪の事態に際してどのように動くのかを、です」


 ある施設の視察の際に、無意識にポケットに片手を突っ込んでしまった仕草から、“不良総理”とマスコミからしつこく呼ばれる彼は、続ける。


「引き続き異世界の言語の翻訳を進め、彼女を国際部隊の場で発言出来るようにすることが先決です。それに並行して、具体的な脅威を聴取、検証し、それに対応した自衛隊の対策案の作成を急いでください。それと――集団的自衛権の解釈を、今一度議題に乗せる必要があります。関係閣僚はそれらの準備を進めてください」


 当然のことながら、ちょっとした仕草をマスコミにあげつらわれる古賀首相は、自衛権や機密情報保護に関する法案の成立を進める、所謂タカ派である。


「可能ならば、彼女の国、または世界における他の人物、それもある程度の立場にある人物を召喚したいところです」

「異世界だけに召喚か……」

「いや、今そういうのいいですから、副総理」


 党の長老格でもある副総理にそう突っ込んでから、古賀首相は静かに、報告書を手に持った。


「それで、これは何と読むんだったか。新たな脅威、向こうの世界とこちらの世界を繋ぐことになったきっかけは――」



   *   *   *



 ヴァルデハイレンと呼ばれる都市、それを囲む城壁を越えてまっすぐ東、飛翔杖フライト・ブルームによる可能な限りの速度で約3時間――といったところか。実際には最低限とはいえ、何度かの休息と、魔力補充のための龍木(魔力を多量に含み、杖の溝穴スロットに差し込むことで稼働時間を延長したり、効果を増幅ブーストすることが出来る)の補給を挟んでここまで来た。追随してきた部下たちの疲労もかなり濃いが、あまりのんびりしてもいられない。

 最外壁の監視部隊からの報告が確かであるならば、休憩時間すら惜しいほどだ。

 事態はそれほどに深刻だった。


 星詠み(フォーチュン・テラー)達の予測と、それまでの“あれら”の活動の様子から、活性まではまだ数年の猶予があると予測されていた。過去500年の記録もまた、それを保証している。

 保証している――はずだった。


 だが。


「隊長、竜騎ドラグーン隊、到着しましたッ」

「遅い!」


 部下からの念信テレパスに、王立図書館司書会・一級空戦魔導師ミリアムは、思わず怒鳴るが、もちろんそちらに念信は使用していない。所属組織が違うとはいえ、竜騎隊のほうが国民的な知名度も人気も上であり、実質、立場は上であると言ってよい。悪態の後、冷静に部下に返答。

 下手なことを言えば――そして竜騎隊の騎士が阿呆であれば、国王なり官吏に何らかの悪意的な報告をされる可能性もある。


 王立司書会と王立騎士団との仲は決して良好とは言えない関係にある。前者は竜騎を、竜を操る才能があるだけの脳筋と思っているし、後者は空戦魔導師を、貧弱な体で空を飛ぶ羽虫程度にしか思っていない。更に言うと、もっと馬鹿らしくも根本的な問題が存在することも、忌々しくも事実だった。


 確かに空の主力は軽飛竜ラーマローキおよび重飛竜ウルローキだが、王と契約した天竜グレート・ドラゴン・フヴェルミゲルのような例外を除けば総じて知能は低く、臆病である。特に軽飛竜は、竜騎士の持つ連弩ポリボロスがなければ、ただ空を飛ぶだけの無害な肉食獣に過ぎない(竜が人間を食餌としない理由は、天竜との盟約によるものである。もっとも、竜にじゃれつかれて怪我をする人族は毎年いるのだが)。

 ともあれ、後背から合流してきた4騎のうち1騎の軽飛竜の上、赤く塗られた革鎧(気休め程度だが)を着込んだ壮年の騎士が、こちらに向かって合図を送る。


「竜騎団・第六騎士大隊のベルガー大尉だ。申し訳ない、竜を招集するのに手間取った」


 思った以上に殊勝な言葉に、喉元まで迫り上がっていた文句が引っ込む。

 ミリアムは一呼吸置いて気を落ち着け、いつもの冷静さを取り戻した。


「王立司書会・直属魔導師のミリアムです。はい、事情は承知しました。ご協力に感謝します」

「騎士の義務を果たしたまで……だが、ミリアム魔導師。少しばかりまずいことになったようだ」

「何がです?」


 言われずとも、その可能性は先刻より想定していた。


「最外壁の監視部隊からの連絡が途絶えている。まさかこの短時間で全滅したということはなかろうが」


 近づいて見れば、騎士の顔には戦で出来たと思しき疵痕が見られた。ここ数年で出来たものではない。となると、帝国との諍いではなく、恐らく早生個体との戦いに参加した経験のある竜騎だろう。この事態の意味も理解しているわけだ。寧ろ、その経験から最外壁部隊に志願した騎士かもしれない。

 その事実と、この人選をした竜騎国への安堵を得ながら、ミリアムは返信。


「とにかく、最外壁に向かいましょう。話はそれからです」


 杖のサドルに座り直し、ペダルを踏むと、更なる加速を行った。



 最外壁についたのは、それから程なくしてのことだ。

 その様子に思わず絶句する。

 数ヶ月前、特使としてマナフロアを派遣する際、ミリアムも同行し、ここを訪れていたのだが。


 最外壁砦は、見る影もなく破壊され、あちこちから未だに黒煙を上げていた。

 兵士たちがその修復をしているのを見てわずかな安堵を覚えるも、彼らの半数が未だに上空に向けて大弩バリスタを構えているのを見れば、嫌でも現状を把握できた。

 対応に出た砦の責任者は、見覚えのない小柄な男だった。お世辞にも美男子ではなく、またその瞳の暗さから好感を持つこともミリアムには出来なさそうだったが、しかしこの惨状の中で冷静さを保っているのが奇妙に印象に残った。


「最外壁砦監視部隊・斥候班班長のギュエス・ディルムッド中尉であります」


 ディルムッドと名乗る男は、こちらに敬意を見せず、かといって遅れたことに対する怒りも侮蔑も感じさせない態度で敬礼をした。

 飛竜を宥めていたベルガーが、戸惑ったような声を出す。


「斥候班? ディール伯爵は如何なされた」

「ディール大佐は戦死されましたよ」


 淡々と告げる男に、ベルガーは絶句し、ミリアムは印象を改める。


「あなたが指揮を執っているということですか?」

「ええ、そういうことになります。誰に言われたわけでもありませんが、まあ、僕が一番階級が高いようでしたので」

「成る程……それで、現状はどうなっていますか?」

「活性したのは2頭、うち1頭はこちらで仕留めましたが、もう1頭は、麓の森に降りていくのが確認されました」

「それで、もう1頭はこの砦を襲ったと……」


 とはいえ、空戦力なしであれを1頭葬り去っただけでも武勲と呼べるだろう。飛竜に限らず、竜族を長期間拘束することは、天竜との盟約により許されていない。竜が砦に常駐していることは、基本的にあり得ない。となれば、人間だけの力で、撃退を成し遂げたことになる。これは快挙だ。そう感心しての口ぶりだったが、ディルムッド中尉は皮肉っぽい笑みを浮かべた。


「いいえ、見向きもしませんでしたね。さっさともっと餌のある場所に向かおうとしたんでしょう。それを花火などを使ってこっちに呼び寄せたんです」


 当然と言えば当然だが、最外壁砦の役割はまさにそれであった。

 失念していた自分を恥じ、ミリアムは頭を下げる。


「大変失礼なことを申しました。貴方がたは自らを盾とし、臣民を守り抜かれたのですね」

「はい。いいえ、まだ事態は終わっていません」


 ミリアムの謝罪に返ってきた声には、既に皮肉の色はなかった。

 切り替えの早さに些か戸惑いつつも、同意を示す首肯。ショックから立ち直ったベルガーと共に、“もう1頭”の消えた森に目を遣る。


「恐らく、食餌のために降りたんでしょう。ですが、森の中を食い尽くして足りるとは思えませんね。この森の大型の獣は、500年の昔に喰い尽くされて絶滅していますから。いるのは兎だの栗鼠だの、小型の畜生だけです」


 さすがに斥候班らしく、森のことは知悉しているらしい。時間的猶予が大してないということも把握出来た。


「現在の砦の兵力は? 空戦魔導師はどのくらい残っていますか」

「面白い冗談だ」


 今度は、ディルムッドは笑わず、寧ろ詰まらなさそうに零した。


「空戦魔導師は既にいません。全部喰われるか墜落死しました」

「まさか……」

「事実です」

「10人はいたはずです」

「10人程度では抑えられないということも、分かっていたはずです。何度も王都に具申したはずですが」


 今度こそ愕然と立ち尽くすミリアムに、ディルムッドは口調を変えぬまま続ける。


「とはいえ、彼らが無駄死にだったわけでもない。寧ろいなければ今頃、砦は全滅だった。僕もとっくにあれの腹の中でしょう。運が良くて瓦礫の下かな。彼らはよく戦ってくれました」


 見ればディルムッドの軍服も、焦げたような痕、裂けたところ、さんざんな有様だった。最前線で指揮を執っていたということか。


「あれの死体はもう腐敗していますが、見ますか?」

「――いいえ、今は、いつ飽きて飛んでくるか分からないもう1頭の対処を優先します。既に兵が消耗しきっているのは分かりますが……ディルムッド中尉、ご協力を願えますか?」

「そいつは良かった。――はい、無論です。何せ、逃げたところで逃げ切れるものでもないですからね」


 初めて、ミリアムはこの男に興味を覚える。この惨状の中でこれほど冷静でいられるこの男が。

 だが、今はそれを詮索している余裕はない。


「あれが森を荒らしている間に、居場所を特定して頭を抑えることは可能でしょうか」

「既に斥候を放っています。間もなく連絡が来ると思いますが、失礼ながら今の空戦力では、撃墜は難しいかと」

「応援が来るまで、どのくらいですか? ベルガーどの」

「間近にいる竜だけを呼んでこの数だ。3時間は待たずばなるまい」

「そんな余裕はありませんね。――何か策を考えないと」


 王立司書会の次席である頭脳を回転させようとした矢先、ディルムッドが手袋に包まれた片手を挙げた。


「僭越ながら、――策があるにはあるのですが、よろしいでしょうか?」


 既に砦が壊滅状態で、戦える状況にはないはずだ。

 にも関わらず、戦意を喪わないどころか、逆襲の策を考えたと言う。


 本当にこの男、何者だ。


 まじまじと目を見張るミリアムとベルガーの前で、小柄な中尉はまたあの、皮肉っぽい笑いを浮かべた。




「あのくそったれの邪神竜じゃしんりゅうをぶっ殺したいのは、僕も同じですから」

冒頭部分に関してですが、今書かないともう書く機会はないだろうなと思い、入れました。いろいろな解釈をされている方もいらっしゃると思いますが、これもまた視点の一つということで。


さて、どうしようか迷いましたが、ここで異世界側の視点が入ります。

一つは、いい加減戦闘が書きたかったから。

もう一つは、異世界側が不透明なまま物語を続けることに限界を感じたからです。

あと、異世界側に特徴ある登場人物を出したかったんですね。

どうしてもこういうのは、ありきたりな登場人物になってしまうか、印象に残らない人物になってしまうものですから。


次回は異世界における空中戦になります。

勢いのあるうちに書きたいので、なるたけ早く更新します。


それと、文中のポリボロスは本来、大型の攻城兵器ですが、この小説においては中国の連弩と似たような手持ちの武器だと思ってください。いい名前が見つからなかったもので。




PS:私、敷波とケッコンしました。

PS2:空中戦やって満足したら、またコメディに戻ります。

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