15 人は第一印象が9割です。
いかなる場合においても挨拶とは基本である。
例えば現代社会において、世界各国、各地の民族が何らかの習慣を持つ場合、歴史や記録を繙くことでそれらの起源を探ることが出来る場合は多い(もちろん、未だに発生不詳の物は数多い)。
例えば握手。
これは全世界的に見て、非常にポピュラーな挨拶の手段であり、形式的な信頼の証明となる行為である。だがそうなるに至った経緯は非常に生臭くもあり、平たく言えば世界の強者の習慣が、結果として世界に拡散することになったと言えなくもない。
くどいようだが、例え話をしよう。
ここに、地球人類に非常に酷似した外見、体格、身体構造を持つ人間がいたとする。
人類の身体構造というのは、出鱈目や偶然によって出来たものではなく、地球の重力をはじめとした様々な環境から、生き抜くために最適な体型を選択し、淘汰し、今日まで進化してきた成果である。
そのため、異世界から同じ体格や身体構造を持つ人類が来訪してきた場合、彼らの進化過程は概ね、地球人類のそれと、詳細は違えど本質は同じものであり、またその世界の環境も地球のそれに酷似しているものと判断しても、さして間違った推測ではない。
が、ほんの一部違うとなると果たしてどう解釈すればよいものか。
「へーいへい、エルフ耳だぜ……悪かねぇぜ」
ゲスい声を出す相棒の脇腹に肘を入れて、玲音は自分の胸を手のひらで示して名乗る。
「美也、ちょっと黙ってて。――初めまして、マナフロア・リーデルバイト、さん。私は、航空自衛隊の鷲巣玲音二等空尉といいます」
「鷲巣二尉、単に名前を言っただけのほうが相手によく伝わります。階級はこの場合、意味がありません」
両者の間に控えていた翻訳担当の自衛官が補足する。
「あ、はい。――私は、鷲巣、玲音です。あなたは、私を、玲音と呼んでください」
口語の最大の欠点は、状況によっては主述を抜かしてしまっても、会話が成立してしまう“慣れ”の部分である。
そのため、異世界からの来訪者――マナフロア・リーデルバイトに対して、玲音は日本語を覚えたての外国人のように、お手本のような口調で話す必要があった。
「はじめまして、レイン、さん。わたしは、マナフロア・リーデルバイトです。おあいできて、うれしいです」
イントネイションに関して若干の不安定さはあるものの、全く間違ったところのない日本語だ。
玲音は感心したように目をぱちくり。
ここで「日本語お上手ですね」とはもちろん言わないが。
そしてそのまま、まじまじと相手の姿を見つめる。
身長は160センチに満たないだろう。小柄だ。
金髪で、横の房を両方三つ編みにしている。
服装は、この世界に来た時のものを着ている。着替えは用意してきたらしい。それは長期滞在を見越していたということだ。
ゆったりしているように見えて、外套の内側は、意外と動きやすそうに、布地は少なめで、体にフィットしている。
その体のラインはまだ少女と呼べる、未発達なものなのだが。
そこで、玲音は相手の顔を改めて見遣る。
わずかに猫目の、小動物を思わせる顔。小さな鼻と口がバランスよく配置されていて、可愛らしいという第一印象を誰もが抱くだろう。
無表情の中にも緊張の色を滲ませて、こちらの顔をじっと見ている。
だが、少し横に目を移せば、そこにあるのは、長く尖った耳。
そう、美也が言ったように、ファンタジー小説のエルフのような耳である。ディー○リットである。山○弘である。
と、視線に気づいたのか、照れたような上目遣いで、マナフロアが自分の耳に触れる。ぴくりと耳が上下。思わず可愛いと思ってしまう。
「わたしのみみが、きになりますか?」
「あー。申し訳ありません」
「きにしないでください。ニホンにきてから、おおくのひとがおなじはんのうをわたしにみせます」
そうだろうなあ、と思う。
日本のサブカルチャーにおいて、エルフはもう既に古典とすら言えるレベルで浸透しているジャンルだ。
ゲルマン神話に起源を持ち、『指輪物語』によってその名を世界中に知られ、日本に到着したら『ロードス島戦記』によって、そのイメージを確固たるものにした(日本限定)。
日本人であればまず真っ先に思い浮かべる、金髪、白い肌、長い耳。――まあ、金髪白人というイメージは、日本人の白人への憧れから来ているという説もあるが。
ちなみに玲音は褐色肌のダークエルフも好きだったりする。
イメージそのままのエルフが目の前に現れれば、誰しも驚くというものだ。
「このせかいには、エルフはいないとききました。わたしは、あなたたちがめずらしいとおもうのも、とうぜんだとおもいます」
「はい、いません。とても驚いています」
取りなすようなマナフロアの言葉に頷いて、ふと気づく。
「エルフって、あなたも言うんですね」
「?」
小首を栗鼠のように傾げるマナフロアに、漠然とした日本語だったと反省し、再度訊く。
「あなたの世界において、エルフ、とはどういう発音をしますか?」
今度は正しく伝わったらしい。
ひとつ頷くと、彼女は言った。
「わたしたちのせかいで、エルフとは、」
と、一綴りの流麗な発音を口にした。
「――と、はつおんします」
「なるほど。分かりました」
深々と頷いてから、半目で横の翻訳担当官に尋ねる。
「『エルフ(elf)』と全然、発音も音数も違うじゃないですか! 誰ですか、この翻訳したの!」
担当官は二人いたが、二人とも思い切り目を逸らした。代わりに言い訳するように片方が、
「官民で翻訳をした結果ですよ……いやほら、われわれの共通概念に可能な限り当てはめたほうが理解しやすいでしょ?」
「本音は?」
「せっかく本物のエルフが目の前にいるんだし……」
「やっぱりか! ――やっぱりか!」
大事なことなので二度言った。
「グッジョブ!」
親指を立てたのは美也である。翻訳官二人が同じサムズアップで応えるのに、玲音は眉間を抑えた。
きょとんとしているマナフロアに気づいて、
「あー。気にしないでください」
返ってきたのは、母国語と思しき短く曖昧な返答。多分、「は、はあ」とでも言ったのだろう。
「それで、まあ。――えーと、本題です」
咳払いして、態度を改める。
「あなたは、私たちに会いたいと言いました。そして、イーグル……灰色の鷹を見たいとも言いました。どうしてですか?」
「はい」
マナフロア・リーデルバイトもまた、表情をどこか穏やかだったものから引き締め、まっすぐに玲音を見つめてきた。
「わたしたちは、あのたかのちからを、ひつようとしています。あなたたちにも、このけいこくは、ひつようです」
ひとつひとつ、この言葉だけは間違えまいという気概を感じるほど、力の籠もった、噛んで含めるような発音だった。
「あのゲートから、せかいのはめつがはじまります」
亀更新で申し訳ありません。
人生がうまくいってないみたいで……
でもまあ、負けませんよ。
でもそろそろ何か報われたいです。
とりあえず敷波とケッコンするまで、経験点はあと2万ちょい。これを当面のご褒美と思って頑張ります。