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14 騒ぎの原因だって混乱してる。

 往々にしてあることだが、二つの陣営においてトラブルが起きた際、起こされた側が慌てるのは当然のこととして、起こした側も相当に混乱しているものである。


 具体的には。


 通路に飛び込んできた彼女――そう、彼女だ――も、唐突に目の前に現れた奇妙な模様の体を持つ、空飛ぶ“何か”や、その背後に聳え立つ白や黒の“塔”の群れに、明晰と謳われるその頭脳が真っ白になるのを感じていた。


 彼女は高速で飛行していたため、それらの光景は一瞬で過ぎ去ったが、今度待ち構えていたのは塔の群れで構成された谷だった。


 慌てて飛翔杖の操作盤をなぞり、体を傾けて谷間を駆ける。

 全身を包む風の繭がぎゅるりとその回転数を上げ、左に15度ほど旋回。


 幸いなことに“塔”は下に見える道沿いに屹立しており、それほど急制動をかけずとも何とか谷間を飛ぶことは出来そうだ。


 が、強風にシーツが叩かれる音――それを、何十倍にも大きくしたような音がして、彼女は恐る恐る振り返った。


 そこには――


 凄まじい勢いでこちらに近づけてくる、奇怪な形の、円盤を頭につけたまだら模様の何か。


「き、」


 しかも背後から襲い来る、それの起こす烈風が、彼女を包む風の繭を激しく揺さぶる。


「っきゃあああああああああああああああああああああああ!」


 完全に悲鳴を上げながら速度を上げる。


 怖い。これは怖い。


 風の繭の回転数が上がることでトルクが生まれ、一瞬体が傾く。慌てて杖にしがみつきながら疾走。ここで慌ててトルクを修正しようとすると、かえって制御不能になる恐れがあるからだ。魔導師の墜落死の原因の大半はこれである。

 トルクに任せて一回転したところで、冷静に立て直す。もちろんその間も頻繁に操作盤をいじり、巧みに塔の隙間を抜ける。


 が、背後から来る謎の飛行物体は、その巨体に見合わぬ速度と小回りで徐々に彼女との距離を詰めてくるのだ。

 しかも目が慣れてくると、頭の上にあった円盤は、何かが高速回転しているために円に見えたものなのだと知れる。あれ、絶対追いつかれたら首吹っ飛ぶって。


 真っ青になって飛翔していると、不意に開けたところに出た。視界に太陽が入り、一瞬目を瞬かせる。


 谷底には黒色をした、川のようなものが方々に走り、鉛色の塔の群れが自分を見下ろしている。

 そんな光景に目眩を覚えながら、開けた場所に出たならと、落ちていた高度を上げる。


 すると。


 何かを鋭く切り裂くような――凄まじい音が鳴り響き――次の瞬間。

 陽光を遮り、灰色の影が頭上を烈風と共に過ぎ去った。


 そして、直後。


 腹の底まで響いてくるような、雷鳴が長く、長く続くような、轟音。

 思わず耳を塞ぎたくなるのを歯を食い縛って堪えながら、彼女はその、上昇していく翼あるものを見送った。

 きらり、と陽光を弾いたその姿はまさに、


「――灰色の、鷹……」


 確かに、と。


 混乱する頭の中の片隅、冷静な部分が分析する。

 確かに王の言う通り、あの速度は、騎乗竜のそれを遙かに上回る。

 あの灰鷹なら……“あれ”に対抗することが出来るかもしれない。


   *   *   *


「っぶねー! ケルベロス1、現場に到着! っていうか声掛ける前にアンノンの進路妨害しちゃいました、すいません!」


 スクランブルから駆けつけ、前任のガーゴイル隊とバトン・タッチしたばかりのケルベロス1こと、鷲巣玲音は急上昇のGをかけて大きなループを描き、最頂点に達したところで上昇角を緩め、息を吐き出すと共に報告。

 返答は陸自のヘリパイからだ。


『いや、よくやってくれた。いきなりの上昇についていけなかった。取り逃すところだった』

「そう言って貰えるとありがたいです。ケルベロス2、ついてきてる?」

『はいよ、相棒。いきなりアフター・バーナー吹かすなら何事かと思ったわよ』

「いやー、ほら、あの子が、機首っつーか、あれ、“箒”? あれを上に向けるのが見えて、あ、こりゃ上昇するな、と思って咄嗟に」

『あの距離で見えてたの……? あんた視力2.0だよね』

「視力検査って2.0までしか計れないらしいよ」

『つまり原始人並みと』

「うるせー。ていうかアンタのほうが視力上でしょ」

『ケルベロス隊、無駄口が多いぞ。空自の恥を晒すな、馬鹿娘共』


 CCPに詰めているであろう、霞空将補からお叱りの言葉。

 マスクの中で舌を出しながら、背面飛行で都内の様子を伺う。


 ちょうど、“箒に跨った魔女”が、ビルの谷間で3機のヘリに囲まれ、その速度を落とすところだった。


   *   *   *


 冷静になって考えてみれば。


 自分は特使としてここに派遣されてきたのだ。


 灰色の鷹の轟音のおかげで頭が冷えた。

 抵抗の意思がないことを示すために、杖を縦にして地面に降り立つ。

 烈風の中、スカートを抑えながら四方を見渡すと、回転する刃を背負った生物の1体から、次々と斑模様の服を着た男たちが駆け寄ってくる。


 残りの2体はその場で滞空していたが、ややするとそれらは飛び去る。

 その、四角く透明な目の中に人影を見つけて、またも常識がくらりとよろめくのを感じたが何とか堪える。


 兵士たちは手に手に、黒光りする金属製の、棒状のものを抱えているが、あれは杖だろうか。

 飛翔杖や魔導杖のようにも見えるが、それよりももっと複雑な機構を有しているようにも感じる。

 というか、あれがすべて魔導杖だとしたら、この世界、もしくはこの国は、どれだけの魔導師を保有しているというのか。かつ、良くも悪くも個性的でプライドも野心も高い魔導師をここまで統率しているこの部隊は総力はどれほどのものなのか。


 とまれ、それらを捧げ持った彼らは彼女を取り囲み、しかしそれ以上近づいては来ない。杖をこちらに向けないところを見ると、少なくとも野蛮な国家ではないということか。


 そう、彼らは異世界の兵士たちだ。


 さすがに時代錯誤な金属鎧ではない。ということは術式を掛けた呪錬服だろうか。だがそうなると、頭に被った丸い兜の説明がつかない。あの手の服は、頭まで保護術式が覆うものだが。


 いくばくか落ち着いて、そんな観察をする。


 異世界との交流はこれが初めてではない。しかしここまで高度な文明を築き上げている世界は、記録にない。人間ヒュームと同じ姿をしているのも初めてだ。それだけに今回、特使として派遣された意味の重さを感じずにはいられない。

 事によると、自分たちの世界よりも高度な文明。


 それがここだ。


 兵士たちは皆、こちらを取り囲んで、微動だにしない。それはよく訓練されているという証だ。もしかしたら彼らに意思などなく、兵隊アリのように集合意識しか持たないのかも知れないと疑うが、目に宿る知性と好奇心の光がそれを否定する。彼らは高い意識を持った存在だ。となると、ここまで高度な統率が取れる軍隊というのは、どれだけの文明の上に成り立っているか。考えるだけでも論文がひとつ出来そうだ。

 いけないと思いつつも、魔導師の好奇心が疼く


 と、そんなことを考えている間に、状況が動いた。

 彼女を取り囲む兵士たちがざっと二つに割れ、その間から、屈強な躰を持つ、壮年の男性が現れたのだ。


 他の兵士とは明らかに違う雰囲気と、一目置かれているらしき空気に中てられ、こちらも自然と背筋を伸ばす。

 よく見ると周囲の人間もみな同じように、顔が扁平で髪は黒。肌は日焼けしているようだが、それを差し引いても自分たちより色素が濃い。目の前に来た、将らしき男性はさらに眉が太く、眉間にしわが寄っている。

 特使として来たとはいえ、自分は彼らの領土に無断で踏み込んできた存在だ。

 この将の判断如何によっては、ここで処断されることも十分にあり得る。

 そのための備えはいくつか用意してあるものの、風の眷属たる自分が地面に降りている状態では、実力の半分も出せはしない。


 ここが正念場だ。


 悟られないように唾を飲み込み、飛翔杖を天に向け、抵抗の意志がないことを示す。その動きにぴくりと兵士たちが反応するが、まだ自制している。何という練度か。


「申します!」


 イニシアティブを取られる前にと、高らかに声を挙げる。


「王立図書館司書会所属、ならびに魔導師連合嘱託魔術師、マナフロア・リーデルバイト! 竜騎国ヴァルデハイレン国王、ジグムント16世の命により、特使としてここに派遣されて参りました! 指導者の方にお目通り願いたい!」


 ひと息に捲し立ててから、周囲を見渡す。

 兵士たちは皆、互いに顔を見合わせ、困惑しているようだ。

 エルフダ……

 エルフダ……

 カワイイ……

 といった、よくわからない囁き声が風に乗って届く。

 目の前の壮年の男も、居心地悪そうに身じろぎする。

 もしかして言葉足らずだったかと思い、再度息を吸い、声を張り上げる。


「この国、または都市、部隊の指揮官、いずれでも構いません! お目通りを!」


 しかし困惑の度合いはますます増したようだ。今度は囁き交わす声まで聞こえてきた。

 そこでふと、彼女はその可能性に思い当たった。

 まさか。


「あー」


 将らしき男が、考え考え、それでも何とか口を開く。

 半ば、彼女の予想した通りの答えだった。


「ニホンゴ、ハナセマスカ?」


 どうしよう。何言ってんのかさっぱりわかんない。


   *   *   *


 当然と言えば当然のことだが。

 日本には、異世界の言語を自動翻訳してくれる便利な機械もこんにゃくもまだないし、彼女の世界にもまた、便利な呪符なんてものはないのである。

 異世界とのゲートを開いたのは初めてではないとはいえ、そもそも言語を解し社会を構築している世界と遭遇したのはこれが初めてなのだ。


 さて、いよいよ異世界との交流を開始しよう。

 まずは言語の問題の解決からだ。

うおー。

新しい仕事に慣れるのは大変ですよ。

しかも付き合い酒はきついですよ。

ともあれ、秘密保護法案が可決されたり、特定アジアを発端に空がきな臭くなってきたりとちょっと目の離せない昨今の日本、皆様いかがお過ごしでしょうか。


遅くなって申し訳ありません。何だかんだでそこまで遅く帰ってるわけではないのですが、気持ちに余裕がないのか、はたまた別の要因か、なかなか筆が進みませんでした。

遅筆ながらも何とか進めていきますので、おつきあい頂けたなら幸いです。





E-4は強敵でしたね(台無しのひと言)



20140121

明けましておめでとうございます。加筆しました。

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