12 事件は現場で起きています。
零戦が空を奪われた日も過ぎ去り――
夏も終わりに近い8月某日。
やはり前触れもなくそれは起きた。
その日、鷲巣玲音は相棒の黒坂美也と共に、<通路>周辺のパトロール飛行を行うローテーションに組み込まれ、現在飛行中の編隊が帰還するまでの時間を待機室でのんびり過ごしていた。美也は私物のライトノベルを読み、玲音はぬるいポカリスエットをちびちび飲みながら、エアコンの効いた室内で、何となくつけっぱなしだったテレビをぼんやり眺めている。
液晶の、無闇にでかい画面の中では、やはり<通路>の話題で持ちきり。
話題は移ろいやすいものとはいえ、現在進行形で未だ解決の兆しも見えない<通路>問題は、世間の目を惹きつけて止まない。
女子アナの尻を触っても追放されない無敵の大御所芸能人が、<通路>からドラゴンが飛び出してきたことについてコメントしている。曰く、
『もう日本は駄目でしょ』
(勝手に終わりにされてもなー。そのためにあたしら頑張ってるのになー)
そんなことを思って苦笑い。
周囲の司会者やゲストが、毎晩六本木のバーで飲んで、酒が残った状態で毎朝出演しているその大御所様を苦笑混じりにやんわり諫めているが、睨まれたら干されるのは確実なので誰も強くは止められない。結果として、事情もよく知らない老人が滔々と偉そうに論とすら呼べない持論を語ることになる。
『だってこの不景気なのに、変なのが東京上空に出来ちゃって。ねえ? そこから何か竜とか出てきちゃって。もう誰も日本に来てくれないでしょ。ねえ? 輸出入とかも駄目になっちゃうでしょ。もう駄目でしょ日本』
そうならないために必死になっている人々がたくさんいるのに、息子が犯罪起こしても念仏唱えただけで職場復帰した老人の繰り言を聞いていると、何やら真面目に日本を防衛するのが虚しくなってきてしまう。
自衛官がそんなことではいかんいかん、と思い、仕方ないのでチャンネルを替えるが、何だがどこのメディアも同じように悲観論ばかり。
ケーブルテレビの個別チャンネルでもなければ、真面目に<通路>について話し合っている番組などどこにもない。『討論』と銘打っている番組ほどそんな感じだ。
唯一、古参のジャーナリストが主催する、土曜深夜から朝までやっている討論番組だけは比較的まともな議論が飛び交っているのだが、玲音は原則、規則正しい生活を心掛けているため、残念ながら見ていない。上司が撮り溜めしているらしく、その話題を朝礼などで取り上げるため、又聞きで内容だけは知っているが。
と。
そんな中、低予算のローカルチャンネルのひとつが目に止まる。
映っているのは何の変哲もない――なくなってきた、というべきか、スカイツリー上空に浮かぶ<通路>の様子。どうやら24時間体制で通路を撮影して、何かないかを常時記録している番組らしい。退屈ではあるが、意味のないことを喋り合うよりは建設的な試みだと玲音は感心。もっとも、当然、自衛隊も同じことをしているのだが。民間が独自にやることには大いに意味があるだろう。
ぽっかりと開いた『空の穴』周辺を、時折陸自のヘリと、空自のイーグルが横切る。
数十分後には自分もこれに映るのかあ、と何とも言えない感慨に耽ってみたりもする。
――と、
「……!?」
不意に眉を寄せた。
画質があまり綺麗ではないが、<通路>に変化が現れた気がしたのだ。
穴の内側が渦を巻くように――そう、まるであの日のような光景。
「美也!」
「おうっ!?」
文庫本から慌てて目を離す相棒に、無言で画面を指差すと、固定式らしきカメラを操作していた人間も気づいたらしい。倍率を上げて<通路>が大写しになる。
陸自のヘリ、ブラックホークが、<通路>脇、通り道を塞がない位置でホバリングを開始。その場にいて<通路>を見ていた全員が異変に気づいたようだ。
『あっ、えー、何やら<通路>に動きがあったみたいで、えーと、すいません、スタジオ、誰かいませんか、えーと、すいません、とりあえず、撮ります』
カメラマンの呂律の回らない声がくぐもって聞こえる。
次の瞬間、<通路>のど真ん中を突き破るようにして、“それ”が飛び出してきた。
玲音は猛禽のように目を見開き、その一瞬を見逃さなかった。
それは、
「前より小さい……あれって……」
「に、人間!?」
同時、待機室に発進を命じるベルがけたたましく響き渡った。
短めのを少しずつ更新していったほうがいいのかなーと思いながら、試行錯誤でちょびっとずつ更新です。
追記:敷波は俺の秘書。