11 それでもやることやらないと。
「――では、あらためて状況を整理しよう」
霞総隊司令は再びパソコンを操作。スクリーンに東京の地図を表示させる。
「現在、首都上空にある異世界・もしくは異星への<通路>。これについての調査は今のところ周辺偵察以上のことは判明していない。軍用UAV(無人偵察機)の使用も検討されたが、まあ、いつもの連中からの横槍が入って実現されなかった」
異世界への侵略に使う気だ、というのが向こうの主張だ。新しいが代わり映えのしない切り口ではある。
「結局、民生品のラジコンを、その手のスペシャリストに操縦してもらい、<通路>内への侵入を試みた。が、カメラなしの型を試験的に飛ばしてみたところ、2つの問題が判明した」
肩を竦める。
「ひとつは高度だ。4000フィートというのは、ラジコンが飛ぶにはやや力不足な場所で、エンジンを空自の整備班に強化させてみたが、翼面積がまるで足りなかった」
今は自前でもっと大きなラジコンを作ろうと画策しているようだが、多分それUAVになっちゃうので途中で上からストップが掛かるだろう。『民間が勝手に作ってそれを自衛隊に提供してくれる』ことに期待するしかない。
「でまあ、いろいろやって、とりあえず飛べるようにだけしてみたんだが、今度は別の問題が発覚。――<通路>内にはどうやら電波が届かないらしい」
再び肩を竦める。彼女の癖だ。
「陸自のヘリに乗ってもらい、<通路>直前からラジコンを飛行させ、を突入させた。すぐに戻るように操作させてみたが、一向に戻る気配がない。三度試したが、帰還したラジコンは一台もなし。ちなみに操縦者は、事前の試験で10回、目隠し状態での着陸を成功させた本物だ。操作ミスということはまずない」
すげー……と、<通路>事情よりもラジコン操縦技術のほうに感嘆の呟きが零れる。
「多分カメラを載せてもこっちにデータが届かないだろうな。軍用の、もっと強力なやつは試してみないと分からないが……或いはもっと単純に、<通路>内に乱気流が発生している可能性もある。まあいずれにせよ、少なくとも今のところ、巨額の税金を投入して育て上げた諸君を、高額な航空機に乗せて突入させる予定はないから安心してほしい」
身も蓋もない物言いだが、これが彼女なりの自衛隊員への評価だ。
当たり前だが人員の育成には多大な費用が掛かり、扱う兵器のシステムが高度に進化した現代においてはその金額は、20年前だの30年前だのとは比べものにならない。
それだけの金を掛けて育成した人員を簡単に消費するような人事を、自衛隊は、少なくとも霞空将補は許容しない。
ちなみに野党の某議員や評論家気取りの芸能人の一部が、「国民の血税を使ったUAVを跳ばすくらいなら、自衛隊員が自ら偵察に行くべきだ」と主張してネットで晒し者になった。第二次大戦末期の日本より損得勘定が出来てない。
「異世界ってのも見てみたいですけどね」
「あっちの世界は毒の空気かも知れんぞ」
隊員の軽口にこちらも笑って受け答え、
「とはいえ、飛来したアンノン……通称ドラゴンがこちらの世界で数十分活動していたことを考えれば、さほど環境に違いはないのかもしれん。……ま、<あちら側>に関しては、いずれ何かの形でアプローチは行う予定だ。有線式のラジコンとかな」
ふん、と鼻から息を抜く。何かを小馬鹿にするわけではないが、無意味に威圧的なのが彼女の特徴である。それを不快に見せないのは、四十路前後にして未だ保たれた美貌ゆえだろうか。
「ま、今出来る具体的なことから話そう。アンノンの巡航速度はおよそ160ノット強。生物としては十分に速いが、それでもイーグルの失速限界ギリギリだ」
「だいたい輸送機や、中ご……ディスリガード……国籍不明偵察機がトロトロ飛んでる時と同じくらいでした。体感で、ですけど」
鷲巣玲音の補足。経験者の言葉に、BRFルームのあちこちで「ふむ」という嘆息が漏れる。
「そのため、<ゲート・キーパーズ>には以後、特殊な訓練プログラムを受けてもらう。陸自のヘリ部隊とも連携し、低速域での機動に習熟。さらに新装備を導入次第、それらも利用した<通路>からの飛来物への対応を想定した訓練だ」
「低速か……イーグルではきつすぎやしませんか。軽いF-2のほうが……」
「市街地上空で単発エンジンのF-2を飛ばしたくない。かといってF-4を出すのはもっと怖いからな。正直、消去法だ」
「それもそうですな」
「はっきり言ってしまうが、市街地で小回りの利くヘリのほうが今回は主役になると思っている。高度が高度だから、空自にも出番があるだけで。だからわれわれの役目は、飛来物を海上に出さないように妨害することになる。だから、低速でのドグファイトなんていう、こないだみたいなことは基本的にないから安心していい」
考え込むように顎に手を当てる隊員たちを見回しながら続ける。
「まあ、基本方針として固まっているのは、結局、<通路>から飛び出してくる、仮称・ドラゴンを代表としたアンノンの捕獲、或いは<通路>への強制送還だ。後者は前のような曲芸は二度とやらせないと言質を取ってあるから安心してくれ。そして前者は――」
避難区域が円で記されたスクリーン上の地図に目を遣って、霞空将補は締めくくった。
「都心の摩天楼という檻の中にアンノンを押し込み、陸自の部隊が用意したネットなどを使用して捕獲を行う。それだけだ。捕獲したアンノンをどうするかは私たち自衛官の知ったことじゃない。偉い学者先生様に任せておけばいい」
こうして、<ゲート・キーパーズ>の基本方針が固まった。
だが事態の推移は思ったよりも早く――具体的には訓練もままならない、このBRFの翌日に動き出したのだ。
それも、誰もが妄想しつつも、想定していなかった形で、だ。
たいへんお待たせいたしました……! 転職と前職からの給料の低さに喘いでもー肉体的にも精神的にもスゴイヤバイでしたが何とか良い職に就けたので連載再開……! 仕事に慣れるまでは亀更新だとは思いますが、書ききりたいと思っておりますので最後までおつきあいいただけたなら幸いです!
追伸:更新停滞中もご感想をいただき、本当にありがとうございました! 書きたいという気持ちはあったのに、筆が進まない那珂、とても励みになりました!
追伸2:那珂ちゃんのファンやめます。