10 世の中、すぐには変わらずに。
さて。
唐突だが、それから3ヶ月間のことをおおまかに話そう。
当人達にとっては大騒動であったが、文章にしてみれば至極単純なものであるからだ。
まず、国会決議によって、<通路>近辺からの住民の避難が決定された。
墨田区一帯に避難勧告が出され、住民も企業も全て移動を余儀なくされる。
もっとも、某怪獣映画のようにみんなを急かして回ったわけではない。拙速に事を運べば世論とマスコミの反発を招くのは必至だったため、避難は飽くまでも緩やかに実施された。
古くからここに住んでいる住民や、本社ビルが避難指定区域内にある企業はめちゃくちゃ渋ったが、まあその辺の説得はお役所の仕事なので割愛する。
もちろん、これを決めるだけでも相当な悶着が国会であったのだが、防衛大臣の、
「いや、避難させないと今度こそ死人出ますよ?」
のひと言の前にはどうしようもなかった。
もっと面倒だったのは、隅田川沿いに87式自走高射機関砲を配備する案を通す時で、やっぱり某議員が二・二六事件云々と騒いだのだが、さすがに都民も頭上でドグファイトを展開された後では「ちょっと戦闘機だけでは心配ですね?」という声がネットを発端に各所で上がり、最終的には通ることとなった。
念のために、陸自が89式装甲戦闘車と87式偵察警戒車を中心とした地上部隊(当たり前だが、戦車は火力過剰と判断された)をスカイツリー周辺に展開しようという案もあったが、これはハト派議員の猛烈な反発に遭い、実現されなかった。
曰く、「首都に戦車を置くなんてとんでもない!」とのことだが、89式は戦車ではなく歩兵戦闘車(IFV、自衛隊だとFVとなる。テストに出ない)である。まあ普通は知らないのでつつくのは酷というものであろう。
住民の避難が完了した後、次に行われたのは、首都機能の一時的な移転である。
国会議員たちはさすがに世論を気にして、「議会だけは国会議事堂でやりましょう」という意見で一致したが、政治家の半数はこっそりと家族を都外に逃がし、週刊誌はそれをすっぱ抜いて大儲けしたと思ったが、出版社も首都から移転するために多大な費用を必要としたため、実質トントンだったりもした。ット上では「やっぱりマスコミが真っ先に逃げてんじゃねーかよ」とスレッドが立った。本社を移転しなかったのは、金銭の余裕がなかったのか最後のジャーナリストとしてのプライドなのか、小規模のローカルテレビやタブロイド紙だけだった。
だが避難区域外では、それほど引っ越しする人が多かったわけではない。「この辺りに、日本人のメンタリティがよく現れているといえよう」と、アメリカの学者がしたり顔で語っていた。
この結果、東京のど真ん中に巨大なスポット・ゾーンが誕生することになる。
自衛隊の他には、民間人が迷い込んだ場合に備えて警官隊が駐留し、マスコミの下請け企業が、その内部を取材するために、無人となるホテルと契約して泊まり込んでいる。
その他に<ゲート>周辺に常駐しているのは、政治家と、政府の許可を取って万が一の場合にも責任を追及しないと誓約した一部のボランティア団体のみである。
当然、為替市場では円が大量に売りに出されて円安となり、関係企業に大きなダメージを与えたが、すいませんこの辺作者がよく分かってないので割愛します。
外交も外交で大変だった。
何せこれがアメリカなら大統領が戦闘機に乗れば解決するかもしれないし、中国なら愛国青年が手榴弾でどうにかするかもしれないし、北朝鮮なら戦闘機に乗った兵士が「将軍様万歳!」と叫んで関係ないところに墜落しても話が終わるのだが、ここは日本である。
中朝2国は「日本の軍国主義を復活させるための自作自演だ」などという予想通りの反応をしてきたし、アメリカはアメリカで「ん? 俺ら首都に入れれば解決したるで? その代わりTPPとかいい感じに頼むよ、なあ?」とやっぱりいつも通りの交渉を持ちかけてきて外務省の頭を悩ませた。
日本と観光や輸入品以外で馴染みの薄い国々は、この異常事態をモニタの中でしか知ることが出来ないわけで、とりあえず日本への旅行は控えるというある意味当然の判断をするくらいしか具体的な行動は起こさなかった。
意外と言えば意外だし、当然と言えば当然なのだが、この場合一番厄介なのはロシアだった。恩着せがましい態度も、意味不明の糾弾もせず、かの国は黙々と偵察機の飛行数を増やし、さらに日本国内のスパイも動員してただひたすら情報収集に努めたのである。
目立った動きがあるなら、それに合わせて他の動きも非難出来るのだが、ロシアは裏工作にだけ動いて日本が文句を言い出しにくい雰囲気を漂わせていた。
国内の話だけで済まないのが苦しいところである。
一方、自衛隊は自衛隊で、想定される様々な事態に備えるべく訓練を重ねていたが、「再びドラゴンが来たらどうするか?」という課題に一向に国会が答えてくれないため、結局スモークで視界を遮って追い払うしかないという現状に何とかどうにか対応するために、暗中模索と訓練をひたすら重ねる日々である。
陸上自衛隊も例外ではなく、戦車が無理ならせめてとばかりに、多用途ヘリUH-60Jブラック・ホークを<通路>周辺に5機配備。M2重機関銃を搭載し、交替で偵察飛行を行うこととなった。停止している目標を監視するには、確かに戦闘機よりヘリのほうが有効である。
念を入れて、周辺基地及び都内のビル屋上のヘリポートには、攻撃ヘリAH-1Sコブラ及び偵察ヘリOH-1ニンジャを、対空ミサイルを装備した状態で配備。さすがに機体単価が世知辛い事情によって高騰しまくったAH-64Dアパッチ・ロングボウは、虎の子過ぎて首都圏上空の運用を陸自が嫌がった。
空自は、これまでのように高空・高速で敵機の背後を取る訓練を重視していたのに対して、<通路>からの来訪者に対抗するためには、低空・低速での機動をより重視した訓練を主眼に行わなければならないことが課題となっていた。
もちろん、この日本の大騒ぎを機に、お隣の大陸及び半島からこんにちはしてくる国籍不明機の数はうなぎ登りで、あまりの増え具合に外務大臣がツイッターで思わず「某国いい加減にしろ」と呟いてしまい、その某国の皆様は「言いがかりをつけるな!」といつも通り反日シュプレヒ・コールを展開していた。
で、そんな状況下で、まさか東京周辺の全飛行隊に対<通路>用の訓練を受けさせるわけにもいかず、専門の対処部隊が編成された。
対<通路>特別対応飛行班。
通称<ゲート・キーパーズ>の誕生である。
その中には、ドラゴンとの遭遇経験がある鷲巣玲音、黒坂美也の姿もあった。
と。
ここまで、部隊設立の経緯を説明した霞総隊司令が、投影機のスイッチを切って、ブリーフィング・ルームの灯りを点けたところで、居並ぶ<ゲート・キーパーズ>の面々を見渡す。
「とまあ、ここまでが、諸君がここに集められた理由なわけだが。――何か、質問は?」
全員の手が挙がった。
こうなることは予想していたので、霞司令は動じることなく、適当な一人に指揮棒を向けて発言を許可。
その対象は玲音であった。
とりあえず、鷲巣玲音はその場の全員の総意を口にした。
「あの、<ゲート・キーパーズ>って誰が考えた名称ですか?」
「私ではない。それでは不満か?」
「アッハイ」
それ以上聞くなと言わんばかりの目線に、引き下がらざるを得なかった。
「別に体操服着て特殊能力使えと言ってるわけじゃない」
「そのネタもう分かる人少ないですよ」
呟きの方に向けて、霞空将補はホワイトボードに置いてあったマジックを全力で投げつける。
椅子ごと隊員が倒れるのを無視して、
「われわれの任務は何も変わらん。国民を脅威から守る、それだけだ」
「しかし交戦規定も警告も通用しない相手ですからね……せめて海に撃墜していいとかなら、安心できるんですが」
「国会で検討中だ」
「<ゲート>が出来てから1ヶ月。いつ次の来訪者が来るかも分からないんですよ。司令は参事官に、次の事態が起きる前に対策を出すよう約束させたんじゃないんですか」
「政治屋の事情までは知らんし、手出しも出来んよ。我々は飽くまでも自衛官として、出来ることをするだけだ」
不服そうに着席する玲音。
「一応、技研(防衛省技術研究本部)が、対空用の非殺傷兵器を急ピッチで開発中だ。モノが安いし、構想そのものは単純だから、あと少ししたらお披露目出来るそうだ」
別の手が挙がる。
「それの使用には、制限はかからないので?」
「国会で検討中だ」
ルーム内にため息が満ちた。
士気が落ちきる前に、霞総隊司令が続ける。
「まあ、この3日とおかずにドラゴンが侵入してこなかった幸運を天に感謝しよう。それに、アレが首都上空を飛んでマスコミに姿を晒してくれたおかげで、今度は私たちが何もしないほうが無能、という風潮が、ネットを中心に広がりつつある。この状況なら、いざ事あらば政治屋を説得する自信はある。諸君らは何も心配せず、訓練に励んでくれ」
し、失踪しないでゲスよ?
せめて金か時間、どっちかのある仕事に就きたい……
20130721 少し修正入れました。ご意見くださった方、ありがとうございます!