彼方
「お、タロー久々やなぁ…え?…は?…はぁぁぁ!!??彼方がしんだぁぁあ!?あほなことぬかせぇ!…はぁ?彼方はしんでもしなんわ!タローのぼけぇっ!」
携帯を壊さんばかりに閉じ、睨みつけるように空を見上げた。
雲一つない空は、目に痛かった。
「ありえん…」
「いやぁーみつ君や、ほんまやねん。まじ、しんでもうてん…ごめんやで」
振り向けば、ちょっと透けて空に浮いてる、苦笑気味の彼方がいた。
「…彼方ぁぁぁあ!?」
「あ、みつ君、見えるんや!はぁーい!彼方だよぉー」
「うぜぇぇ!?彼方だ、これ彼方だよ!?え、なに、え、ドッキリ!?」
「みつ君、ひどぉーい!あなたの彼方だよ!」
「きめぇぇ!!彼方だ!え、彼方、し」
「うん、しんじゃったよ!」
「かぁるっ」
俺は驚いた!
彼方はいつも通りだ!
「まじか!」
「空飛べるぜ!」
「浮いてるだけやん!」
「ぴゅーってここまできたんやで!」
「なんでや!」
「しらん!」
俺は絶望した。
彼方は爆笑した。
ってか、まわりの目が痛い…
ここ外やん…他から見たら独り言全開…
とりあえず、早歩きで近くの公園に向かう。
その間、彼方は頭上からずっとふらふらしながら俺の名前を呼び続ける。
「みつ君ーみっつくーんーみつーみーっつ!!!!!!!!」
「うっさいわ、ぼけぇぇ!!!!ちょっとは、だまれやぁぁあ!!」
たまらず彼方を睨みつける。
ちょっと奥まったところのベンチに腰かけると、彼方が苦笑しながら俺の前にたった。
やっぱり、足はちょっと浮いてた。
「彼方、しいんは?」
「みつ君、怒らへん?」
「なにしたんや……」
「他人助けてスーパーヒーロー」
「スーパーヒーローは生きてかえってくんねん、あほ」
「打ち所悪かってんて」
「ドジ」
「ははは」
困ったように笑う彼方。
いつも通りの彼方。
足元には、あるはずの影がない。
一瞬、呼吸の仕方を忘れた。
苦しくて、苦しくて、ゆっくり、ゆっくり、息を、ことさら、ゆっくりとすってはいて、呼吸する。
「みつ君ー?」
「…彼方」
「生きてね」
「…わかっとるわ」
ふわりと頭に暖かい空気が触れた。
彼方の手だ。
形のなくなった彼方の、俺をいつも励ましてくれた、手だ。
「彼方…」
俺は彼方の目を見る。
近いのに、遠い、彼方の、まっすぐな目。
「また、おいていくんやな」
彼方の目が揺らぐ。
知ってた、覚えてた、忘れるものか、それは魂に刻まれてる、これは呪い。
「また会えるって」
困ったように微笑む彼方は、また一人で、彼方にかえる。
俺を待たずに。
「次は、みつ君の子供がえぇな…」
俺は、ただ彼方を見つめる。
別れは言わない。
またきっと会えるから。
彼方も、言わない。
ただ微笑む。
霞んでいく彼方を俺はただ見守る。
彼方は小さく手を振ると空を見上げた。
キラキラ、光りが舞う。
ああ、
いってしまった。
「彼方…彼方のあほ…」
彼方が、また彼方にいってしまった。
俺はただ茫然と彼方がいた、そこを見つめていた。
気づいたら、あたりが暗闇に沈みきっていた。
俺は静かに携帯をとりだし、迷わず電話をする。
「タ、うわ!ごめんって!あ?タローちゃん、なんて、優しい子っ…あ、ごめん、ごめんって、彼方…うん…今から会いに行く、うん…あぁ黒…大丈夫、黒やから…うん、タロー…ありがとう…きしょいいうな!おぉーうん、またあとでな」
ゆっくりとベンチから立ち上がる。
彼方は、もういない。
公園を背に走り出す。
彼方がどこかで笑ってる気がした。