Act 1. 始まりの時
東京都 足立区立 夜守高等学校の放課後、体育館…。
新体操部の中で、ひときわ目立つ少女がいた。
それが、夜守高・新体操部のエース、羽衣由神(17)だ。
リボンを持ち、足で踏み切って宙を舞ったかと思えば、
音もなく平均台に着陸し、リボンを宙に放り投げ、落ちて来る
間に平均台の上で二、三回転すると、平均台の上を飛んで
リボンを受け、空宙回転しながら見事にリボンを操り、
そして着地した。
「あ、またやってる!」
「由神の一番使い慣れた技だもの。あのリボンと平均台の
絶妙なコラボは並外れたものがあるわ!」
由神の友人、双子の凛と梓砂が言っていた。
その横で親友でありマネージャーの風見鳥那乎
(17)が、沢山のタオルを腕に抱えて立っていた。
「はーい、じゃあ休憩ね」
と副部長が言うと、「はーい!」と後輩達は威勢のいい返事をした。
「(…この子達、こういう時は凄く元気なのよね…)」
部長はやれやれといった表情で、それぞれに散って休憩を取る
後輩達を見ていた。
「はい。おつかれー」
そう言いながら、那乎がすっとタオルを差し出した。
「あ、ありがと那乎」
由神は笑顔で受け取った。
ドドドドド……その音に気付いた由神は、音の正体を知ると、
(…ゲッやば…逃げろっっ!!)
と考えながら、そそくさと逃げ出した。
ドドドという音はどんどん大きくなり、その内何人もの
人が走って行った。
「ナオミ先輩〜」
「待って下さいよ〜っ!」
そんな言葉を残し、由神おっかけ団は通り過ぎて行った。
だがよく見てみると、当の本人は、何と二階の手すりに
座っているのだった。由神は溜息をつきながら、
(あ〜あ……新体操楽しむのはいいんだけど、必ずいつも
こうなるのよね…………)
と思っていた。
帰り道。由神は大きな溜息をつきながら、とぼとぼと歩いていた。
(「この大会に出たら、貴方きっと優勝すると思うの…」か……
でも、あのおっかけ団がなぁ……)
先輩の言葉を思い出しながら、由神は考えていた。由神の
頭の中では、優勝のシーンと、その後おっかけ団に追いかけられて
いるシーンが浮かんでいた。
「あ〜っ、やめやめっ!!」
そんな風に浮かんだシーンを追い払うと、ある考えが浮かんできた。
「そうだ!!敦姉にでも聞いてみよっと!」
由神は浮いた足取りで帰っていった。
ここで彼女の家族構成を教えておこう。何故ここでかというと、
彼女の家系は普通の人間とはちょっと特殊な家系なので、
後々頭がこんがらがらない様にする為である。
由神の両親は現在存在しない。由神が三歳の時に離婚したのだ。
当時七歳の長女・敦子、五歳の次女・陽、そして三女の由神は、
三人とも、母・薙紗堵に引き取られたのだ。
ここまでは普通と同じ様な展開である。だが、ここからが普通の人間と
全く違うのだ。
陽が十歳になる頃、薙紗堵は由神達に、自分が魔法使いの家系の
生まれだという事を話し、三人にも魔法使いの血が流れていると言う。
三人の中で一番魔力の強い陽は法人、一番弱い敦子は
使人、丁度中間の由神は法使人という名称が
ついている事も知る。薙紗堵はそれぞれにそれぞれの魔法を教えた。
――何故か、由神にはある注意を言い聞かせていたが。
敦子には魔法で作る薬の作り方を、陽には占いから魔術まで、由神には
注意をしながら精霊の操り方や人形の知識などを教えていた。
その母・薙紗堵も、かなり無理をしていたのか、四年前に病死して以来、
三人だけで暮らしてきた。
敦子は元々とても頭が良く、陽や由神の教師役も果たしながら、高校を突破し、
大学にトップで入学して、三年生にして初の博士号をとった。陽は高校卒業後、
薙紗堵の後を継いで魔法使いとなり、魔法界に住む薙紗堵の親戚と会話したり、
新しい魔法陣を創り出して召喚魔法を研究している。…時々失敗して、家の中で
急速に樹木が育つ事があるが。
そして、現在に至るのである。今もこうやって、それぞれ色々な方面で能力を
発揮している。
「ただいま――っ」
由神はルンルン気分で明るく帰って来た。だが、靴を脱ごうとした時、由神は
ある事に気がついた。
「(…あれ?二人共靴がない…って事は…)まぁ―たはなれで篭ってるな〜こりゃ」
由神は呆れた様な表情で、本家から離れたはなれへと向かった。
三人の家は、大きな土地の中にあり、その上にはなれも建っている。
敦子と陽は、生活の殆どをこのはなれで実験をしたり、新しい魔術を研究したり
しているのだ。
但し、ここで問題が一つ浮上した。陽の部屋は一階、由神の部屋は三階、
敦子の部屋は二階にある。……つまり、陽が魔術で失敗すれば、二人の部屋では
下から枝が突き出して来るのだ。しかも予測不可能で、かなりいい迷惑になるのである。
…その代わり、数秒前に地響きが起こる。この地響きも半端ではない。
この地響きと急速な樹木の生長は、敦子と由神にとってストレスや苛立ち以外の
何でもなかった。
はなれの二階、敦子の部屋の前に来た由神だが、一瞬入るのに戸惑った。
敦子が部屋に篭る理由の殆どは、何やら科学分子の実験やら新薬の開発やらが
主だからである。もしそれが、妙な化学反応を起こせばどうなるのかは目に見えている。
だが、ここでいつまでも突っ立っている訳にはいかない。
「…敦姉?(あつねえ、と読んで下さい)いる?」
取り敢えず、部屋の扉をノックしてみたが、中からは全く反応が返って来ない。
「(…あれ?確かに靴は玄関にあったし……もしかして…敦姉、また二日徹夜して
実験中に寝てる?)」
由神はそっと部屋の扉を開けた。そして次の瞬間。敦子の部屋中に、耳をも
つんざく様な爆発音が響いた。
爆煙の中で、ゲホゴホコホ、ケホと咳くのは、由神の姉、敦子(21)である。
だが、由神も少なからず爆発の衝撃を受けていた。
「ね…姉さん!?」
「あ、由神。おかえり…」
扉の入り口で、両手で口を押さえながら咳く由神に気付いたのか、敦子は白衣を羽織り
中身のない試験管を持ち、少し顔をすすで汚したままの表情で、軽く咳きながら答えた。
「…ったく。また実験やってて、途中で寝ちゃったんでしょ?」
由神は呆れた様な顔をして言った。敦子は少し頭を掻くと、
「まあね。いやぁ〜…おとといに風邪の症状を起こすウィルスの分析、昨日は分析した
データを参考にして、新種のウィルスのワクチンとか、そのウィルスに効く
薬の調合とかやってて、この二日全然寝てないんだよねぇ……」
そう言う敦子に、由神は更に呆れて何か言おうとした、その時。
突然部屋の下の辺りから、普段とは桁外れの地響きが沸き起こった。
由神は青い顔で、信じたくないという思いを込めながら、
「姉さん…コレ……」
と、出来るだけ明るく言うと、敦子は苛立ちの表情で大雑把に頭を掻いた。
その額には怒りの象徴が現れていた。
「あいつっ……失敗したわねっ!!」
敦子はそう叫ぶと、そっと部屋中を見回した。魔術が失敗した時の枝は、たとえ
根は一階にあってもどこから来るのか、全く見当がつかないのである。
「姉さん、今回は下だっ!早く部屋から出て!!」
由神が言った途端、大きな枝が一本、先に大きな音をたてて床を突き破って来た。
「わ゛っっ!!分かった…」
敦子は真っ青な顔で階段辺りに避難した。
由神は新体操をうまく活用して、独自の体術を編み出している。そのお陰で
応戦出来るのだが、敦子と陽はそういった武術を全く心得ていない。
……つまり、必然的に由神が樹木の枝と一人で戦う事になるのである。
由神は攻撃態勢を整え、次々と生えて来る枝と対戦していた。
「ったくもう!!だてに新体操…やってないんだからねっ!!(あ〜もう、
むかつくっ!!!)」
そう言いながら、完全に枝を全て折ると、由神の怒りの矛先は陽に向かった。
「姉さんってば!一体何度失敗すれば気がすむのよ!!」
由神は大きな音を立てながら、まるで怪獣の様な怒り顔をしたまま階段を思い切り
駆け降りて行った。敦子はというと、二階の階段前で気絶していた。
どうやら、自分の目の前に枝が急に刺さった事と、疲労と眠気でこうなったらしい。
由神は一階にある陽の部屋の扉を思いっきり開けた。もの凄い形相でいたが、
部屋の中の光景を見た途端、目が点になった。
陽は枝に吊るされた状態で、後ろに突き刺さった枝をどうにかしようと
している所だった。そんな陽は由神に気付いたらしく、
「あ、ちょうど良かった!由神、これ外してくれない?」
と、能天気に話し掛けた。由神は少し呆れ顔になりながらも、一足飛びで枝に登り、
「…じゃあ、いくよ!」
と言うと、思い切って枝を根元から折った。陽に引っ掛かっていた枝が取れ、
陽は見事に着地した。陽は戦闘は出来ないが、着地だけはうまく出来るのだ。
「あ〜あ、つっかれた…?(何か嫌な予感……)」
怒りのオーラを振り撒いている由神に気付いた陽は、自然と悪寒を感じていた。
「じゃあ改めて………姉さんっ!!何で必ず失敗すんの!?私はともかく、
敦姉なんか驚いて気絶しちゃったわよ!!」
爆発した怒りに陽は対抗する術もなく、ただ青い顔をしたまま由神に圧されていた。
「それに…分かってるの!?今まで姉さんが失敗したのは、全部私が処理してんのよ!!」
そう。上にも書いたが、敦子と陽は武術に長けておらず、樹木と闘うのは由神のみ
である。したがって、陽が失敗する度に由神は樹木と闘って来ているのだ。
陽は、突然樹の杖を召喚すると、光で魔法陣を描き始めた。しかも、由神を中心に。
「それじゃいくよ〜。タイム、ネコード、シーヤー、フュア!!」
陽が何やら呪文を唱えると、魔法陣が描かれている辺りが爆発した。爆煙がおさまると、
由神は何と藍色の猫に変わっていた。
「に――っ!に―にぃ―――っ!!(人間語訳:姉さん!元に戻せ――っ!!)」
「落ち着くまでそーしてな。ふーん。今日は藍色か。昨日は白だったっけ?」
ネコ語で叫ぶ由神に、陽は能天気な顔でサラリと言ってのけた。
―…そして、次の瞬間。
「よ…陽〜〜〜〜〜……」
背後に恐ろしい気配と声を感じた陽はビクッとして振り向いた。案の定、
そこには真っ赤な炎を背負って拳を作り、怒りに溢れる敦子の姿があった。
普段は優しい敦子だが、こうなってしまうとかなり恐ろしいのである。
「あんた…またやったわね〜〜〜〜〜♯」
怒りのメーターがMAXに達したのを知ると、陽の表情は瞬時に真っ青になった。
はなれから陽の悲鳴が響いている時、はなれの傍に植えてある木から、
スタッと軽快な音がして、フード付きのマントを纏った人が飛び降りてきた。
その人は立ち去る時、そっと呟いた。
「―…やっと見つけた………最後の飛跳者…――」
翌日の日曜日、由神が部屋から下りて来ると、陽は長い杖を構え、魔法陣の
中心で何かをしていた。敦子は人差し指を口に当て、『静かに』という合図を送った。
しばらくすると魔法陣が消え、陽は複雑な顔で言った。
「ちょっと占いしてたんだけど……由神、あんた一体何したの?」
「…え?」
突然の陽の言葉に、由神は少し間の抜けた返事を返した。
だが、陽はそんな事など気にせずに、やはり深刻な、複雑な表情で、
「今までにない暗示が出てるんだ……まぁ、心当たりないならいいけどさ…」
「ところで私は?」
「敦姉?今日は順調だってさ」
二人の話は全く耳に入らないご様子。陽の言葉に、由神は考え込んでしまっていた。
「(今までにない暗示?一体どういう―…?姉さんの占いは必ず当たるんだけど…
全く心当たりないんだよな〜……)」
そんな事を考えながら、由神は散歩に出かけた。
―…まさかこれで、しばらく二人の姉と会えなくなるとは、この時思ってもいなかった…―
+−+ あとがき +−+
…お待たせ(?)致しました。
莟のオリジナル、連載モノです!
私の事を知らない方が多いと思いますが、
興味を持って頂けた方、宜しければ
お付き合い下さい。