8.カレイドスコープ
その頃、もう一人の主人公、橘 沙由流は……。
カフェ・オレを待つ間、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
射しこむ日差しには、そこかしこに秋の気配が色濃く漂っている。ここからは中庭を挟んで校門の方がよく見えた。並んだ白いテントに客足も歓声も絶えない。
不意に震えた携帯に気が付いて取り出した。会社には休日返上で出勤している同僚がいる。彼らから何かあったら連絡をするかもしれないと言われていたことが頭の片隅にあった。
案の定、電話だ。周囲に素早く目を走らせて、フリップを開く。
「はい」
「あぁ、すみません。秋本です。橘さん。今、お時間大丈夫ですか?」
心底申し訳なさそうな相手の顔が浮かんで、相変わらずだと苦笑した。
「お疲れ様。大丈夫ですよ。どうかしたんですか?」
律儀で生真面目な同僚が電話を寄越す位だ。それなりの緊急事態といったところなのだろう。すぐさま用件を尋ねる。
「あの、書類を探していてですね。どうしても見つからないんですよ。この間の会議の時の資料なんですけれど」
「PDRFの調査のですか? 会議資料のファイルにはあったはずですけど」
「ええ。探したんですが、ファイルには入って無くてですね」
「結構容量があったやつですよね。部長のデスク、あ、いや、脇の棚の所に置いてないかしら? 確かこの間、抜き出して見てた気がするんですけど…そのままになっているかも」
「ちょっと見てみますね。待ってて下さい」
自分のUSBにコピーを残してあったのを思い出して、念のためとして鞄の中に入れていた小さなPCを取り出し、電源を入れた。
USBも入れておいてよかった。まさか、こんな所で使う羽目になるとは思いもしなかったが。
立ちあがった画面を見ながら該当するファイルを探し出す。メールを入れる準備をした。
無機質なスピーカー越しには、唸り声を上げながらガサゴソとデスクを漁る音がする。
他人の領域は勝手が分からない。よりによって整理整頓の得意でない部長の所だ。ぱっと見てみつからないのであれば時間と労力の無駄だろう。
「もしもし、秋本さん? 見つからないようでしたら、私コピーがあるので、今メールで送りますけど、どうします?」
「ほんとですか? 助かります。すいません。お手数を掛けて」
「いいですよ。この位。お安いご用です」
電話を首に挟んでカタカタとキーボードを打つ。ファイルを添付して送信した。
「今、送りましたから、確認してみてください」
「了解です」
少しして、相手にメールが届いたようだった。
「あー、はいはい」
「探しものは、それでよかったかしら?」
「ばっちりです。ありがとうございます」
「よかった。それじゃ、仕事、頑張って下さいね」
「はい。すいませんでした。おやすみのところ」
「ああ、そんなに気にしなくても大丈夫ですよ」
「いや……だって、もしかしなくとも、デート中だったんじゃないんですか?」
突然の話題転換に苦笑を返す。きっと向こうにはこちら側の喧騒が漏れているのだろう。
「ふふふ、そういうことにしておきましょうか」
「え? ほんとですか?」
カマをかけたのは向こうの方なのにかなり驚かれた。ちょっと心外だ。
「それじゃぁ」
そう言って終了ボタンを押す。
これで暫くは大丈夫だろうと安堵の溜息をついた。
情報の社外持ち出しは基本、禁止されてる場合が多いですが、ここは目をつむって。カレイドスコープとは万華鏡のことです。