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34.Lost in Wild Turkey4)


 なんだかんだ言って、楽しい雰囲気の中、ゲームは進行していった。

 一度始まって集中してしまえば、事前にあれだけ悩んだことはすっかりとどこかへ飛んで行ってしまった。

 初めはぎこちない空気が流れていたように思えたブースも、徐々に盛り上がりを見せてくる。

 隣のブースにいる市川君や同じレーンにいるもう一人の男の子(高田君というらしい)が、ムードメーカー的役割を果たしてくれていた。

 さり気ない気遣いから、彼らが実に繊細で細やかな神経の持ち主であることが分かった。私は声に出さずとも心の中で、彼らに感謝をした。 


 ゲームが終盤に差し掛かり、喉の渇きを覚えた。どうやら、歳がいも無くはしゃぎ過ぎたらしい。

「飲み物買ってくるけど、何か欲しいものある?」

 隣で高田君の投球を見ていた女の子二人に声を掛けると、

「あ、あたし達もちょうど喉渇いてたんで」

 三人で少し離れた自動販売機に向かうことになった。

 その前に、他の子たちのリクエストを聞くのを忘れてはいけない。

「キミは何がいい?」

「沙由流さん、何にすんの?」

 ベンチに軽く凭れかかって長い足を組んでいる浬に振ると、逆に問い返された。

 私はいつも飲んでいるスポーツ飲料水の名を挙げた。

「じゃぁ、それ半分ちょうだい。どうせ全部飲みきんないでしょ」

 さも当り前のように口にする。


 確かに、500のペットボトルは、量的に持て余す。

 それをこれまで伝えたことはなかったのだが、そうだとしたら、浬の観察眼の鋭さに驚かされずにはいられない。

「了解。あ、高田君は何がいい?」

 投げ終えてブースへ戻ってきた高田君は、眼鏡のフレームに手を掛けていた。

 黒縁の眼鏡は、最近流行りの少し変わった細めのデザインで、お洒落なものだ。

 それを取ると、だいぶ顔の印象は変わっていた。やはり眼鏡にインパクトがある所為だろうか。まず、目が行くのは黒い流線形の縁取りで、顔の印象はどうしても二の次になる。眼鏡自体は、彼の持つ雰囲気によく似合っているのだが、それを取り払った素の状態だと何というか作り物のインテリっぽさが抜けて、彼の持つ爽やかさが余計に強調されるようだった。恐らく、そちらの方が素なのだろう。

「何ですか?」

 細い一重の目を一段と糸のように細めて、高田君はにこやかな笑みを作った。

 語り口は穏やかで、言葉遣いは丁寧だ。

「飲み物を買ってこようと思って。何がいいかしら?」

「じゃぁ、お茶を」

「指定の銘柄があったりする? 緑茶、それともウーロン茶? 冷たいのでいいのよね?」

 ついつい癖で畳みかけるように細部まで確認を入れる私に、高田君は小さく笑いを零した。

「冷えていれば、何でもいいですよ?」

「ごめんなさいね。つい癖で」

 苦笑された理由は直ぐに見当がついた。外してしまったかと思う。

 染み付いた習慣というものは恐ろしい。

 職場では、日々の仕事の上でもそうだが、それ以外にも結構拘りがあってうるさい人間が多い所為か、小さなことに至るまで、細かい確認を要するのだ。ごく自然に同じような対応を取っていた。私自身の性分も多分にはあるが。

 こういう所で、交わるはずのなかった境界を実感する。

「冷たいお茶ね」

 誤魔化すように笑って、私は鞄の中から財布を取り出した。

 自動販売機で、お茶とポカリを買った。

 同じレーンにいた女の子二人組は先に着いていて、すでにそれぞれ好みのジュースを手にしている。

「あれ、二本でいいんですか?」

 私が手にしているペットボトルの数を見て、一人の子が何とはなしに訊いてきた。中々に目敏い。

 茶色がかった柔らかい髪が肩下で揺れる。可愛らしい感じのする子だ。

「ええ。大丈夫」

 私は微笑んで、早速、自分の分を開けて喉を潤した。


「橘さんて、渡良瀬君のおねぇさんなんですか?」

 少し躊躇いがちに、それでも興味深々といった風にその子が訊いた。

 結婚を経て苗字が変わった姉という設定でも想像しているのだろうか。それとも親戚か。

 外見上、私と浬の間に類似点は見当たらないはずなのだが。

 少なからずは気になっているのだろうが、どんな関係なのだと直球で来ないところに彼女たちの遠慮が幾ばくか見え隠れする。

「あ、でも。渡良瀬ってお兄さんが一人って言ってなかったっけ?」

 もう一人の長い黒髪を後ろで一つに束ねた子が、そんなことを言い出した。こちらは快活そうな感じだ。

 私は、誤魔化すように小さく笑った。

 浬が何といっているか分からない以上、曖昧に濁すしかない。あまり迂闊なことは言えないだろう。そんな気がした。

「当たらずとも遠からず?」

 煙に巻くような台詞に二人が顔を見交わした。目くばせをし合って、声のトーンを一つ落とす。

「もしかして、秘密なんですか?」

 余計に好奇心に満ちた視線が突き刺さる。

 無駄にキラリと光る目は、瞳孔が散大している証拠だ。

 拙い。逆に変に刺激をしてしまったか。

 だが、残念ながら期待されるようなことは何もないのだ。

「秘密にするようなことなんてないわよ?」

「えぇ? そうなんですかぁ?」

 苦笑を滲ませながら微笑めば、実に残念そうな声を出されてしまった。その勘違いが別の笑いの小波を寄せてくる。


 しかしまぁ、このまま下手に質問攻めに遭うのは頂けないと思っていると、私がいたブースで、浬と高田君が二人してこちらを見ているのに気が付いた。それを言い訳に、これ幸いに話題を逸らす。

「あら、なんか、向こうで呼んでるみたいよ?」

 私がレーンを指示せば、

「あ、いけない。次、私だったんだ」

「先に戻ってますね」

 二人は弾かれたように後方を見て、嬉々として戻って行った。

 その変わり身の早さに一安心。やれやれ。


 こうして少し離れて見てみると、小さな人間関係の縮図、気持ちの勢力図みたいなものが薄らと見えてくる。賑やかな子、大人しい子。世話を焼く子に焼かれる子。あの子は人望があるとか。あの子は一目置かれているとか。人目を引く目立つ子というものも何処にでもいる訳だ。

 そして、この位の年頃の子たちが相手に向ける好意は随分とストレートだ。

 むず痒くなる程に真っ直ぐで、ある意味、あからさまで、傍で見ている者の方が、妙な気恥かしさや居心地の悪さを感じずにはいられないような。それはそれで微笑ましいことに違いはないのだが、居た堪れなくなる気がするのは何故なのだろう。

 ここにいる私の立場は実に曖昧で微妙だ。一参加者の知り合い。それもごく日の浅い。それが妥当な所だろう。想像するほど深い繋がりはないのだ。ちょうどこの位置とレーンぐらいの距離。遠く向こう岸を眩しそうに目を細めて眺めやる。そんな距離が似合っている。

 それにしても、浬はどういう積りで私をこんな所に引っ張り込んだのだろう。

 今更ながらに疑問に思う。こんなに大勢いたのでは、一人が欠けても問題など無さそうであるのに。

 てっきり五六人のグループを思い描いていた私の予想は見事に裏切られた。

 今日の勉強会を反故にした埋め合わせの積りなのだろうか。そんなことに気を使う事など必要ないのに。私は私でそれなりにやることは見つかる。時間を持て余すような事などきっとないだろう。


 そんなことをつらつらと考えている時だった。

 ガコンとすぐ後ろで音がして、振り返ると、

「ボーリング、上手いんですね」

 出てきた飲み物を手に、市川君が隣に並んでいた。顔には、柔らかい笑みを浮かべている。軽い運動の所為か薄らと額に汗を滲ませて、それでも実に穏やか、且つ爽やかな空気を発している、

 不思議と雰囲気のある子だ。大人びた感じはあるが、一言で言うならば【陽】。【陰】の気を思わせる浬とは真逆のタイプだ。だから、二人は上手くいっているのかもしれない。


 彼は実に気配りの上手な子だった。実にうまく場の空気みたいなものを読む。そしてさり気なく、それに溶け込んだり、場合にはそれを変えてみたりと目に見えない形で操作をするのだ。占いに使われる水甕に手をすっと差し入れるように。控えめでも、そういうさり気なさは見ていて分かるものだ。

 また、気を使わせてしまっているのだろうか。ひっそりと微笑んでみる。

「そんな事無いわよ。今日は、偶々調子がいいみたいなだけ。それよりキミ達の方がよっぽど上手よね」

「力にものを言わせてるって感じですけど」

 控えめな微笑み。

「それでもコントロールが良くなくちゃ、あんなに高いスコアにはならないわよ?」

 スピード感溢れる力のある投球は若さ故なのか。弾かれるピンの音は、それこそ豪快に響き渡って小気味よい位だ。

 二人で戻りながら、モニター画面を注視する。

 男の子達は、皆上手いらしく、スコアは軽く百を超えている。

 私もこの調子でいけば、百二十に届くかもしれない。

 いつもは百前後をうろうろしているのだ。それに比べれば、明らかに今日は出来過ぎな程だ。

 クラスメイトの女の子達は、男の子達の手前、遠慮をしているのか、投げ方も大人しめ。確かにひらひらのスカートでは余り大きな動きは出来ない。カラフルなピンクやイエローのボールが遠目にもよく映えた。

「沙由流さんの番」

「あ、もう?」

 戻ってきた私に浬が画面を差しつつ促した。

 開いた手に飲みかけのボトルを手渡して、投球台に向かった。


 濃紺のボールを探す。隣のボールと混じらないように、ボール表面に刻まれた数字を確認する。“M0075”これだ。

 ベルトコンベヤーで戻ってきたボールはワックスが付いて滑った。傍にある備え付けのタオルで指の当たる部分をさっと拭う。指を穴に差し込んで、はまり具合を見てみる。そろそろ手が疲れてきたのか、指に覚えのある疲労感が滲む。

「あ……」

「ん?」

 すぐ脇から声がして振り向くと、隣のレーンの男の子が私の手元を見ていた。ボールが違っていただろうか。でも、番号は確認済みだ。

 どうしたのかと思っていると、

「11?」

 ポツリとその子が呟いた。思わず漏れてしまったというような感じだ。別に深い意味は無さそうだ。

 私は内心、苦笑する。

 11ポンド。約5キロだ。重いと言えば重いが、これでずっと投げていたのだから、投げられないことはない。流石に疲れては来たが。


 その子の疑問文の意味合いは、『女の子が普通に投げるには重いんじゃないですか』という所だろうか。

 はて、私はどういうリアクションを求められているのだろうか。

 其の一:凄い?と聞いてみる

 其の二:何事もなかったようにスル―する

 其の三:恥じらいを見せつつ、誤魔化すように笑ってみる

 其の四:意味深に目くばせする(勿論、内緒ねと)

 さて、私が取るべきカードは?


 目を瞬かせていると、

「ん?沙由流さん、どうかした?」

「別に?」

 動きが止まった私に気が付いてか、ブースでポカリを飲んでいた浬がやってくる。

 私が渡した時はまだラベルの上辺りにあったペットボトルの水平線が、一気に下のあたりで揺れていた。

「幾つので投げてんの?」

「11ポンド」

 手にしたボールを重さの表示が見えるように抱える。

 浬はじっと濃紺のボールと私を見比べるように視線を行ったり来たりさせた。

 浬ならば、私がずっとこのボールを使っていたのを知っているだろうに。何が言いたいのだろうか。

「なぁに?」

 妙に真剣な眼差しが可笑しくて笑うと、浬はひょいと片方の眉を上げて、投球台に残る他の女の子達が使うカラフルなボールを一瞥したかと思うと低く呟いた。

「意外に腕っ節、強いんだ」 

「そういうことは、心の内に留めておくものよ?」

 さり気なく微笑んで、空いている片方の手でトンと心臓のあたりを叩く。

 怪力だと思ったに違いない。

「今すぐここで手を滑らせてあげようか?」

「いえ、結構です。つい、心の声が」

 白々しい口元に手を伸ばして、すぐ上の頬を抓る。

「痛てぇ」

「あら、つい、手が」

 ふふふふふと微笑んで、ふと事の発端を作った隣の子と目があうと、実に微妙な顔をされてしまった。

 ぱっと手を放して、居たたまれない気分を紛らわすように、浬が手にしているボトルの青いラベルを指し示す。

「それ、一口残しておいてね」

「はいはい」

 変化した空気に浬は肩を竦めた。


 赤くなっていないはずの頬を摩りながら、浬はブースへ戻って行った。それを見届けてから、最終ラウンドの投球をするべく立ち位置を調整する。

 このレーンでは私が最後だった。

 外部の雑音を意図的にシャットダウンする。

 最初の一投目はいい具合に力が抜けて、滑るようにピンを弾いて行った。やや右に中心がずれて外側の一本が残るが、二投目スペアにすることが出来た。


 そして最後の三投目。投げたボールは再び真っ直ぐに伸びていった。

 真ん中に当たる。

 小気味よい音と共に全てのピンがゆっくりと倒れていった。

 ストライク。

 思わず頭上の画面を見上げる。表示は130up!


 初の自己新記録達成、自分的快挙に私は満面の笑みで後ろを振り返った。

 浬はぐいと親指を上げて拳を突き出していた。

 それに私も笑って返す。

「うわぁ、俺、負けたわ」

 そんな声もちらほらと聞こえて、再び大笑いをした。

 浬のスコアは168。上出来だと思うのだが、本人的にはやや不満が残るらしい。


 私はとても晴れやかな気分でボーリングを終えたのだった。


ボーリングの翌日は必ずあちこちが筋肉痛になります。掌とか、こんなところにも筋肉があるのだと思うと少し不思議です。

長くなりましたが、ボーリングのお話はこれで終了です。

お付き合い頂きありがとうございました。

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