28.手に負えない病
主人公、沙由流視点。
「沙由流さんさ、ミニスカート、穿かないよね」
唐突に隣から漏れた呟きに、私は仰け反りそうになった。
「どうしたの、急に」
そう口にして、少し前を行く若い女の子達が、太ももを惜しげもなく晒して歩いているのに気が付いた。
ああ、この子も男の子なんだ。
今更だけれども、そんなことを思い知らされる瞬間だ。
「なるほど…ね」
笑いを堪えるように隣を見上げれば、浬はバツが悪そうに視線を横にずらした。
「で、どうなの?」
「何が?」
「だから、ミニスカート」
「あのねぇ。キミはどういう答えを求めているのかな?」
苦笑気味に隣を見上げれば、至って真面目な顔つきにぶつかった。
「勿論、沙由流さんが、ああいうのを持ってて、穿かないのかってことだけど?」
淡々と紡がれた言葉に、私は驚きに目を見開いた。
時々、浬は心臓に悪いことを平気で口にする。これは世代の違いだろうか。それとも性差からくる違いだろうか。
「無理、無理。この年でそんなことしたら公害もいい所だわ。世間様に申し訳が立たないわよ」
「何それ。そこまで言う?」
私の反応が過剰に思えたのか、浬が可笑しそうに笑った。
人の気も知らないで。
「笑い事じゃないわよ」
私は少し情けない風に眉を下げた。
オシャレ命。寒さ知らずのハイティーンじゃあるまいし。
私と同世代の女性なら、確実にそう口を揃えることだろう。躊躇いもなく足を出せるのは、そして、それが許されるのは、十代から精々二十歳までだ。それは世間的な暗黙の了解事項である。私はそこに楯突く程の主義も堂々と胸を張って歩けるような肉体も持ち合わせてはいないし、何より、そういうことを気にしない訳にはいかない性格だった。
「俺、見てみたいな。絶対、似合うと思う」
思わせぶりな声のトーンで浬がこちらを流し見る。
「何を根拠にそんなこと言ってるのかな?」
いつも甘い顔を見せているからと言っても、譲れない一線は確実にあるのだ。叩きあう軽口が、冗談の域を抜けそうになる。
「何って、沙由流さん、脚、綺麗じゃん。実際に見てる俺が…」
「ストップ」
雲行きが怪しくなりそうな会話を慌てて遮った。公共の場で大っぴらに口にするような話題ではない。
焦る私を余所に、浬は余裕綽々という感じに口の端を吊り上げた。
何かを企んでいるような人の悪い笑み。そんなニヒルな表情さえも彼の身に纏う空気によく似合っていると思う私は、豆腐の角にでも頭を打った方がいいのかもしれない。
「ふーん」
意図してか、それとも無意識か。かなりの間を開けてから、浬は前を向いたままそう口にした。
「まぁ……いいけど」
ついと空いている方の手を取って指を絡めて来た。そのままくいと軽く引かれて、不意に縮んだ距離に歩幅を大きく取って調整する。お互い歩く速度と歩幅がかなり違うので、どちらかが意識していないと上手くはいかない。いつもの如く、歩調を緩めたのは浬の方だった。
暫くして前にいた若い女の子達の集団を追い越した。
無言で歩き続けながら、ちらりと流し見た横顔は、やけに機嫌が良さそうだ。
「何か…企んでる?」
「まさか」
すぐさま答えが返ってくる辺り、かなり怪しい。その予感は、当たった。