12.Quod Erat Demonstrandum
Q.E.D. 証明完了。数学で証明の末尾に付けるアレです。
隣に並んで校舎内を歩いていて気が付いたことがある。
「あそこ、メイド喫茶だって。あぁ、ほんとにメイド服、着てる。可愛い。あっちは何、ダーツ? あれ、お化け屋敷なんかもある。結構、本格的なのね」
それは、擦違う人たちの視線。呼びこみの生徒や遊びに来ている人達の表情。視界に映る色とりどりの感情の乱反射。
ふわふわと独特な浮遊感を伴う場の高揚感に、地震のα波の如く、自分の心までが同調する。柄にもなくはしゃいでいる。そんな自覚がある。みっともないと思わないでもなかったが、それ以上に、ここを支配する空気に感染していた。
耳に入ってくるのは、女の子達の悲鳴とも歓声とも嬌声とも取れる噂話の切れ端。それは、隣を歩く生徒のここでの立ち位置みたいなものを想像させるには十分だった。
少し上にある横顔を流し見る。
ヒールのある靴を履いていれば、自分の目線は彼の肩口だ。憧憬とも取れる視線を一身に浴びても、慣れているのか、自分が興味を持つもの以外は無関心なのか、顔色一つ変えはしない。
「何?」
見ていることに気が付いたのか、こちらに顔が向く。
真っ直ぐに通った鼻梁。鋭さのある切れ長な目元には、意志の強さがよく表れている。
この子は何というか眼力のある子だ。その真っ直ぐな視線に射抜かれると、息をするのを忘れてしまいそうになる。どちらかと言えば、余り表情の豊かな方では無い為、ややもすると冷酷で近寄りがたい印象を持たれてしまいがちだ。
だが、近頃は、柔らかい表情をするようになった。
基本的には他人の感情の機微に敏い、優しい子だ。ただ、その表現の仕方が、人よりは若干不器用なだけで。そのアンバランスさを知ってしまうと、彼の一挙手一投足から、もう目が離せなくなる。
「ひょっとして、キミってば、かなりモテモテ?」
余り触れられたくない話題であったのか、浬は嫌そうに眉を顰めた。
だが、何かに気が付いたのか直ぐに表情を元に戻して、こちらを見下ろした。
「妬いてんの?」
鬼の首を取ったような、にやりと人の悪い笑みを口の端に浮かべる。
それに対して曖昧な苦笑を浮かべた。
「んー? どちらかと言えば、客観的事実をそのまま言葉にしてみただけ、かな?」
「ふーん?」
私の返答はどうやら面白くなかったらしい。
「まぁ、気にならないって言ったら嘘になるんだろうけど。それよりも私としては、嬉しい、かな?」
「ウレシイ?」
意味が伝わらなかったのか、少し怪訝そうにこちらを見た。
「そう。だって、そういう子たちは、要するに、キミのいいところにちゃんと気が付いて、分かっているってことでしょ? ちゃんと見てくれているんだって思えば、やっぱり、嬉しいことに違いないもの。共感って感じかしらね。まぁ、中にはね、外見だけを見て、キミのそのクールっぽく見える冷たい感じがいいっていう子もいるかもしれないけれど……」
素の状態の浬を知る自分にしてみれば、そのズレた表現は少し可笑しかった。
「サユルさん、それ、すげぇ恥ずかしいこと言ってるって自覚ある?」
天井を見上げてから、浬はわしわしと自分の髪を掻き乱した。
「ぇええ? 私としては思ったことを正直に述べただけだけど?」
そう反論するとこちらを横に流し見た。
「なら、正直すぎ。……まぁ、俺としては、その……嬉しいけど」
掻き上げた手を首の後ろに持って行って、聞こえるか聞こえないかの音量でポツリと呟く。
鼻の頭を掻いているのは、恐らく、照れ隠しの仕草なのだろう。
それが何だか微笑ましくて私は目を細めた。