ジャンル構造論Ⅰ 第一回講義《弟子取り追放》
やあ、お目覚めかな?
「んあ? ……は?」
やあやあ弟子くん。ようこそジャンル構造論の講義へ。
「いや、なに? というか、誰?」
おお、このウルトラスーパーデラックス美少女の師匠のことを忘れたとでも言うのかな?
「いや、どこぞのゲームみたいな修飾語をつけられても困るんですが。あと、美少女……?」
そのゲーム、割と古い気もするけど。
それから、美少女のどこに疑問を抱いたのかについてはあとから教えてもらうことにして。
「ひぇ」
さて、無為な話をしていたところで仕方がないからね。早速だが講義を始めていこう。
「いや、急に始められても困るというか。そもそもここがどこなのかとかあなたが誰なのかとか。姿すらハッキリ認識できてないのに」
まぁまぁ、いいじゃないかそんな些末なことは。
「いいのかなあ……」
それじゃあ、ジャンル構造論Ⅰの講義を始めていこうじゃないか。
「そもそも、ジャンル構造論ってのがなにで、弟子取り追放がなんなのかもよくわかってないんですが」
いい質問だね。
ここで言うジャンルというものは、いわゆるところの物語の類型のことを指す。
「いわゆる、恋愛ものとかミステリとか、そういう話ですよね」
そのとおり。ただ、物語が飽和する現代に於いて、ジャンルは更に細分化されている。
恋愛ひとつ取り上げてもラブコメであるとかハーレムであるとかNTRであるとか――、
「NTRは恋愛として認めたくないのですが」
……随分と過激な思想を持っているようだね。まあ、今の本旨じゃないからいいや。
ともかく、多種多様なジャンルがある中。物語を紡ぐ立場の人間はそれらの構造について理解を深めることが、より良い作品を作り上げるうえで大切になるだろうと。
まあ、有り体に言えばそういうものだよ。
「書き手にとっての話? 読み手にとっては必要ないんですか?」
知っていてもいいだろうが、別に知る必要はないかな。
一部特殊なジャンルはあるが。私は基本的に、読者が対象層である限り、読者側については配慮なく読めるべきだと思っているからね。
「なる、ほど? まあ、とりあえず了解しました」
理解が早いよう助かるよ。さすが弟子くんだ。
「ただ思考を放棄しただけな気もするんだけど」
ちなみに、ここからの話については完全に私の独断と偏見だ。
そのため、不要だと思うならば切り捨ててくれればいいし、必要なところだけ使いやすいように使ってくれて構わない。反対意見が出るのだって当然のことだろう。
「曲がりなりにも講義のくせにそれでいいんですか?」
いいとも。そもそも創作論とはそういうものだしね。
ああ、それから。先述のとおり独断と偏見であり、ついでにいうと下調べの類もしていない。
だから、どこかで誰かが同じような話をしているかもしれないし。同じ事柄についてを真反対の意見で語っているものもあるだろう。
間違えても、相手方に迷惑をかけたりしないように。
「……詰まるところが、あなたの怠慢ということでは?」
さて、随分と前置きが長くなってしまったな。
本題に辿り着くまでが冗長なのは物語としては致命的だからな。早速、第一回の講義、弟子取り追放について話していこう。
「コイツ、無理矢理話を切り替えやがった」
「というか、最初なのにシンプルなジャンルについて解説しないんですね。それこそ、さっきの例示に挙がっていたような恋愛みたいな」
シンプルというのは、返して言うと大枠ということでもある。同じジャンルの中でもその細分の中では性質が大きく変わるものもあるからね。
「なる、ほど?」
まあ、実際のところは気分だ。
「おい」
ということで、今回説明していくのは弟子取り追放。ちなみに、私が勝手に名前をつけて読んでいるだけだ。
なんなら、物語の展開としては追放をされてから弟子取りをしてるから、追放弟子取り、のほうが正しいかもしれない。
「じゃあなんで弟子取り追放って名前にしてるんですか」
そっちのほうが語呂がいいからだね。あくまで個人的な意見だが。
「……」
さて、まずは今回の議題ジャンル、弟子取り追放の概要から。
とはいっても、さっき軽く触れたとおりの内容ではあるんだがね。
「主人公がなんらかの事情で所属から追放。その追放先で偶然に出会った相手を弟子に取り、師匠として指導をしていく……みたいな話ですよね。数年前辺りからそこそこ見るようになってきたジャンルです」
そのとおり。まあ、有り体に言ってしまえば、追放ものと師弟ものの単純乗算ではあるんだが。なにぶんこのふたつは相性がいいのでね。
それぞれの強みと、組み合わさることによるシナジーについて、ひとつひとつ確認していくことにしよう。
まずは追放ものだ。物語の始動位置についてもここからだからね。
まあ、これの強みはいくつがある。
ひとつの大きな強みとしては、やはり主人公の最強性だろう。
「最強性?」
そう。今となっては露骨な俺TUEEEみたいなジャンルこそ減りはしたものの、それでも主人公が最強という要素は読者にとってインスタントに快感を与えることができる要素になっていてね。
それこそ、わかりやすい話で言うと、動画投稿サイトで何度繰り返されたかわからない最強だのなんだのといったサムネイルが目を惹き再生数を回すように、こと物語に於いても一定数の強さを持つ。
そして、それが追放ものとなるとひとしお。
「……普通の最強ものとなにか違うんです?」
ああ、違う。
極端な話、物語とは読者に快を与えるものだと思ってくれていい。例外はあるけどね。
その一方で、人や作品によって程度はそれぞれとはいえ、物語を読む上で出てくる要素として没入感というものがある。
そして、没入感を構成する要素のひとつが、主人公への共感性だ。返していうと、大なり小なりこそあれど、主人公に向けられた感情や評価の一部をそのまま読者が感じ取ることになると言っていい。
追放ものという系統の作品で表現される最強性の多くは『今までは評価されてこなかったけれど実は……』という系統のものだ。
これを自身の境遇と照らし合わせることで、自己肯定感を満たしてくれる、というわけだ。
「もう少しこう、言い方というか」
ちなみに、異世界転移や異世界転生における最強性も、起点こそ違えども似たようなものだ。
今回の本旨ではないから話さないが、なぜ流行ったのかということを考えると、実に空虚なものだと思わないかい?
「ノーコメントでお願いします」
実質答えているようなものだと思うけどね。
さて、話を戻そう。
追放ものでは、これに加えて追放した側が落ちぶれていくさまなどが描写され、その対比によっても効果的な演出が見込める。いわゆる、ざまぁというやつだね。
昨今の作品ではこれに沿わないものもあるが。……まあ、今回はテンプレートとして解釈をする。
これにより、追放してきた元仲間と主人公の優位関係が逆転。読者にとっての快がより増幅するというわけだ。
「なるほど。……でもそれだけなら、わざわざ師弟ものと組み合わせる必要性はなくないですか?」
そう。実際、追放もの単品でもジャンルとして成立しているように、わざわざ組み合わせなくても十分な強さを持っている。
しかし、今回わざわざこのふたつが組み合わさった弟子取り追放を取り上げたのは、先述したようにこのふたつにはシナジーがあるからだ。
では、師弟ものの特徴について説明をする……前に。先に、追放ものの弱みについてを説明していこう。
より正確には、追放ものというよりかは、主人公の最強性に付随する弱点にはなるのだが。
では、その弱みとはなにか。
それは、主人公が最強である、ということ。
最強という格そのものだ。
「いや、それはさっきまで言ってたことと矛盾しません? だって、主人公の最強性は強みなんでしょ?」
ああ、そのとおり。間違いなく強みだ。
だが、それと同時に。相当な弱みも抱えている。
自然と、かつ安易に取り扱われることの多い属性ではあるのだが。実は結構面倒くさい性質を有している。
なんせ、最強性――少々妥協したとしても、追放ものという性格上、どうしても付きまとう実力者という性質――を有している以上、下手に格を落とせない。
たとえば、交戦時に苦戦をしようものならば、それ自体が設定と矛盾することになる。
もちろん、苦戦ではなく無双を読み来ている読者もいる。……が、この手のジャンルはどうしても展開が一辺倒かつ平坦になりやすい。
「……だって、主人公が最強なのだから」
これを創意工夫で対処するというのもひとつの手ではあるし。ある意味ではそれが筆者の役目でもあるだろう。
しかし、その点を別のアプローチから解決する手段がある。
それこそが、弟子の存在だ。
追放された主人公が、もうひとりの主人公である弟子に指導をする。
序盤は、まだまだ未熟な弟子の苦戦の様子や、ピンチに最強の師匠が駆けつけて対処してくれたりする描写。中盤から終盤にかけて弟子の成長を描きつつ、肩は並べられなくとも、隣に立てるように在らんとする弟子の姿を描けば、成長の物語としても流れが綺麗に仕上がる。
最強性は師匠に。そして、展開の起伏や成長性を弟子に、と。
ふたりの主人公にそれぞれ役割を振り分けることで、最強という格を落とさずに展開の余地を生み出すことができるわけだ。
そして、この役割の分担は。さらなる効果を齎す。
それこそ、師弟ものの最大の強みといっても差し支えがない要素である、教師役と生徒役という区分だ。
「教師役と生徒役? さっきまでの師匠と弟子の
関係性とは違うんです?」
共通している部分もあるが、ここでは別物として扱う。
そうだな。たとえばなんだが……ペタンクという競技がある。そして、ペタンクの試合展開をひたすらに描写していくと……どうなると思う?
「いや、そもそもペタンクを知らないんですが。描写されたところでついていけなくなるだけでは?」
そう。ペタンクというものを知らない読者にとっては、ただただ試合展開を見せられたところで頭の上に疑問符を浮かべて終わりだ。
これを物語として成立させるためには、ペタンクという競技についてを物語中で説明する必要があるわけだが。
……では弟子くんよ、小説の地の文や漫画のコマ割りひとつを使ってペタンクのルールを説明されたら、読者はどう感じるだろうか。
「そりゃあ、説明的な展開だなあって思うんじゃないですかね。人によっちゃそこで関心が薄れるかも」
そう。説明をするのだから、説明的な展開を用意せざるを得ない。それは道理であるのだが、物語に於いてはかなり致命的。
なんせ、ただただ説明をしている間は物語が止まってしまうからだ。
だからこそ、筆者は可能な限り物語の展開を止めずに説明を組み込む必要がある。
そこで欲しいのが、生徒役――師弟ものにおける、弟子側の主人公だ。
生徒役である弟子は、教師である師匠から教えを受ける、という形でその世界観でのルールや法則などを習う。
主人公の勉強や訓練という物語のパートに、自然と説明を組み込むことができるわけだ。
そう。それこそ、今の私と弟子くんのようにね。
「……まさか、それを言うために最初の講義に弟子取り追放を持ってきたんじゃないでしょうね」
ははっ、さてどうだろうね。
余談はさておき、解説の方を続けていくよ。
もちろん、これも多用すると冗長な説明になってしまうことには注意が必要ではある。
しかし、適切に扱うことができれば。普通に地の文に書き込んだり、あるいは主人公の心理描写のみで表現するよりかは、物語の進行への阻害度が圧倒的に改善される。
まあ、当然のこととして。地の文や心理描写だけで、めちゃくちゃうまく表現をしている作品もある。
だが、それらと比べると、難易度がグッと下がるという、そういう話だね。
特に、今回取り上げている追放ものの最強主人公だと、知識の不足もあまり引き起こしたくはない。そういう意味でも生徒役である弟子は、最強という格を落とさずに済む重要な要素になるというわけだ。
「じゃあ逆に、師弟もの側が追放ものから得られるメリットってどんなものがあるんです?」
本当に、弟子くんは理想的な生徒役で助かるよ。
「……」
まあ、わかりやすいところでいうと、テンプレートへのタダ乗りだろう。
たとえば。師弟ものでの弟子の最初の状態というものはそれなりに説明がしやすい……というか、基本的には特段特徴もないすっぴん状態なので、この描写に苦労することはあまりない。
その一方で、師匠の実力の描写は中々に骨だ。
なんせ、師匠の側からすると自分の実力をわざわざ評価する必要がなく。弟子の側から見たとしても、圧倒的な力量差もあって、漠然とすごい以上の描写を入れ込みにくい。
しかし、そこに追放ものというジャンルのテンプレートを組み込むことにより、わざわざ説明せずとも主人公の最強性を保証することができ、かつ、元所属が落ちぶれていくさまなどから、主人公がいないことによる差を表現するなどで実力の描写を補強することもできる。
このあたりは、明確に確立されたジャンルの強みでもあるね。
ついでに、勝手に噛み付いてくる都合のいい敵も準備できる。
「ああ、そうか。落ちぶれた元所属が絡んできて、弟子が身につけた実力を描写する機会にもなるのか」
そのとおり。
ついでにいうと、これによっても先述していたざまぁの快をアシストすることができるわけだ。
他にも、師匠と弟子の間の実力区分などの説明にもついても、この元所属くんたちが落ちぶれていく間で説明もできる。
いやあ、なんて便利な子たちなんだろうね。
序盤中盤終盤、全てに於いて隙がなくずっと味がする。
「隙があったからこそ、優秀な主人公を追放するなんていう暴挙に至ったはずなんですけどね」
うまいこと言うじゃないか。
さて、ここまで弟子取り追放の強みやシナジーについて話してきたわけだが。少しばかり扱う上での注意点を話しておこう。
「ああ、やっぱりあるんですね。弱み」
もちろん。シナジーによってより昇華された面白みや弱みの打ち消しなどもある一方で。組み合わさったことによる弱みというものも明確にある。
そのひとつが、弟子側主人公の登場までのラグだ。
これに関しては、通常の追放ものでもしばしば起こりうることではある。
ただ、通常の追放ものでは登場までのラグが大きくなりやすい存在がヒロイン枠である一方、弟子取り追放で登場が遅れるのはもうひとりの主人公だ。
それも、師匠側を男性主人公とする場合、大抵の場合では少女――ヒロイン兼、もうひとりの主人公となる人物だ。
正直、みんな主に見に来てるのはこっちだろう。実際の書籍なんかでも表紙に大きく描かれやすいのはこっちだ。
「また大きく言い切りましたね。……いやまあ、実際そういうイメージはありますけど」
プロローグ部分で先出し登場させるという手もありはするが。これはこれで少しばかり扱いが難しいし。難点が別の難点にすり変わるだけだ。
といった要領で、弱点がないわけではない。
他にも、ただの最強ものほどではないが構成が単調化しやすいであるとかもあるし。
ただ、それらを踏まえたとしても。やはり、このふたつには組み合わせるだけのメリットがある。……と、私は思う。
実際、弟子くんが言ってくれたようにそれなりに見かけるジャンルだ。
もし興が乗ったならば、試してみるのも面白いだろう。
……さて、そろそろいい時間だし。今回の講義はこのあたりにしておこうか。
「時間って。そもそもそんな概念この空間にあったんですか」
いいんだよ。そういうことにしておけば。
コホン。最初にも言ったことではあるけど、この話は完全に私の独断と偏見に依るものだ。
だから、不要だと思うならば捨てて、必要なところだけ拾えばいい。反対意見も構わない。
質問があるなら、いつでも受けつけよう。私に答えられる範囲にはなるが、答えようじゃないか。
「じゃあ、聞きたいことがあるんですけど」
ほう。なんだい?
「どうやったらここから帰れるんですか」
さて、それじゃあ授業はここまでだ。
「おい」




