私、この世界でもやっぱり特別で違う存在みたい。
スカーレットと別れた私は、鼻歌を歌いたい気分で石畳の道を歩いていた。
胸がふわふわする。こんな感覚、この世界に来てから初めてだ。
「アキナ様? ご機嫌ですね。そんなに街が楽しかったですか?」
横で歩くティアが、少しだけ呆れたように、けれど嬉しそうに笑う。
「んー、もちろん街も楽しかったけど……それより、“友達になれるかも”って思った子に出会えたから」
「……ドレイン嬢、ですか?」
「そう。すごく優しそうだったじゃない? 同じ学年だって言ってたし、仲良くできたらいいなぁ」
ティアの表情が一瞬だけ陰った。
普段の温和な微笑みがほんの刹那、冷たい何かに変わった気がして、私は思わず首をかしげる。
「どうかした?」
「いえ……ただ、その……。アキナ様は、出会う人をすぐ信じてしまうので。それが心配なのです」
まるで姉が妹を諭すような声。
いつも以上に“守ろう”という気持ちが滲んでいた。
その時だった。空気が変わる。
風が止む。街の喧騒が遠のく。
背筋にぞわりと寒気が走った。
……え、何これ。急に寒い……。
――ドオオォォォン!!!
爆発音が街を揺らした。
商店のガラスが震え、悲鳴があがる。
「な、なに……!?」
「魔力暴走です! ほら、あの少年を!」
ティアの声が強張る。
視線の先では、少年が暴走魔力の渦に飲まれていた。
魔力は獣のように唸り、周囲を破壊しかけている。
ティアが手を伸ばすよりも早く、私は駆けだしていた。
「アキナ様!? ダメです、危険すぎます!」
止める声が聞こえた気がしたが、足は止まらなかった。
苦しそうな表情。泣き叫ぶ声。
助けたい――それだけだった。
しかし、近づくほどに魔力の暴風は激しくなる。
肌が刺すように痛い。
「大丈夫! 私が……絶対に助けるから! 落ち着いて!」
叫んだ瞬間。
胸の奥がざわりと波を立てた。
――そして、声が響いた。
微弱波
透明な光が足元から立ち昇り、少年を包みこんだ。
光は柔らかく、あたたかく、冬の陽だまりのようだった。
「な、なんだ……魔力が……消えて……」
「嘘だろ、暴走が止まっていく……!」
暴れていた魔力が、すーっと静まっていく。
少年は涙を流しながら、私の手を掴んだ。
「ありがとう……お姉ちゃん……」
「よかった……無事で……」
そこへティアが追いつく。
その顔色は蒼白で、目は信じられないものを見るように震えていた。
「アキナ様……今の……アキナ様が?」
「え、あれって……私?」
「透明の光……そんな……あり得ません。あれは……“無色属性”の……」
ティアは唇を噛みしめると、私の手を強く握った。
「アキナ様。今すぐ王城に戻ります。危険です……あなたが……」
“知られてはいけない”
そのニュアンスがはっきりと感じ取れた。
***
王城の門前には王女直属魔術師団が待ち構えていた。
まるで私を捕えるかのように、鋭い視線が向く。
「先ほどの現象……無色属性の適性を確認してもよろしいか?」
「レイヴン団長! アキナ様はまだ正式な検査も……!」
ティアが声を荒げる姿は珍しかった。
私を庇うように一歩前に出て、まるで敵から守るように立ちはだかる。
「アキナ様に乱暴は許しません。王女殿下にも報告しますよ」
レイヴンは肩をすくめたが、その目は真剣だ。
魔術師団に案内され、記録水晶の解析結果を見せられる。
そこに映るデータは――
“アキナに近づくほど、感情魔力がゼロに収束する”
「領域型……しかも、完全な感情抑制……」
「バカな……伝承にしかないはずだ……」
ざわめく魔術師たち。
私はただ、震えていた。
そんな私に、ティアはそっと手を重ねた。
「アキナ様。怖がらなくていいのです。私は……何があっても味方です」
その声音は優しくて、強かった。
“守る”という想いが、まっすぐ伝わってきた。
***
一方そのころ、魔術学園。
スカーレット・ドレインは静かに学園長室の扉を開いた。
昼間の可愛らしい笑みは欠片もない。
「……見つけましたわ。“無色”の力を持つ子を」
学園長は、渋い顔で頷く。
「予定より早かったな」
「ええ。でもあの子は……“鍵”ですわ。この世界を変えるための」
その瞳は紅玉のように妖しく輝き、
まるで人間のものとは思えないほど深い闇を宿していた。
「“あの方”も動きだすでしょうね」
「だろう。スカーレット、引き続き監視を」
「ええ、喜んで」
スカーレットはにっこり微笑んだ。
その笑みは、人を惑わせる魔性の光を帯びていた。
***
夜。
私は眠れず、窓の外を眺めている。
風が揺らす木々の隙間に――“真紅の光”が立っていた。
スカーレット。
昼間の朗らかな表情とは違う。
今の彼女は、まるで別人。
冷たい。
静かで、底の見えない瞳。
(……スカーレット。どうしてここに……?)
その視線はまっすぐに、王城の私の部屋を見つめていた。
まるで――「あなたを迎えに来た」と言わんばかりに。
私はまだ知らない。
私の力が、
スカーレットの“目的”と、
ティアの“本気の保護”と、
そして――世界の運命そのものを揺らすことを。




