お嬢様とのカルチャーショック
翌朝、日の出前に目を覚ました。
ミナが「縁起担ぎに日の出を見よう」と言い出したのだ。
「おはよう……。うぅ、まだ夜は少し冷えるね」
「おはようございます、アキナさん」
「ア! キ! ナ!」
「はいはい、アキナ。これで満足?」
「今はそれで許してあげる」
後ろから、心底迷惑そうな声が飛んでくる。
「朝から元気だなぁ、お前ら……眠い」
「ルーカス、おはよう」
「……おはよう」
「そろそろ日の出だぜ」
東の空が、じわじわとオレンジ色に滲んでいく。
夜が後ずさりし、朝が一歩前に出る――
まるで、太陽と月が静かに交代していく儀式みたいだ。
「綺麗だねぇ」
「本当に……アキナさんたちと一緒に見られて、よかったですわ」
「スカーレット?」
「まだ慣れませんの。許してくださいませ。ね?」
「仕方ないなぁ」
平和だ。
全員で日の出を眺めていると、このあと命懸けの戦いが待っているなんて、嘘みたいに思えてくる。
「綺麗だけどよ……もうすぐ魔王戦かぁ」
「ほんと、お前の空気の読めなさは見事だよ、オーディン」
「本当に、愚弟が失礼しました」
「まぁまぁ。それがオーディンらしいっていうかさ」
「アキナ? それ、フォローになってねぇぞ」
あれ?
……ごめん。でも事実だし。
「行きますか」
こういう時のティントは、本当に助かる。
余計なことを言わず、空気だけを前に進めてくれる。
「うん、行こう」
一度寮に戻り、身支度を整える。
日の出から三時間後、全員が玄関前に再集合した。
「みんな、準備はいい?」
一人ずつと目を合わせる。
真正面から力強く見返してくるダークとティア。
軽く笑って茶化すオーディンとルーカス。
少し目を逸らしながらも、気持ちは伝えてくるミナとスカーレット。
そして――最初から最後まで、視線をまったく合わせてくれないティント。
うん、いつも通りだ。
今日は昼近い出立だから、見送りは家族だけ。
「気を付けて行ってくるんだよ」
「はい、父さん」
短くて、それでも温かい。
ダークとラークのこのやり取りが、私は一番好きかもしれない。
荒野を進む。
いつもと違うのは、ヘレナがジェラス・ハウンドを召喚してくれたことだ。
予想外のショートカット。
正直、ありがたすぎる。
六将軍との戦いの帰りと同じく、五日後。
私たちは魔王遺跡城のふもとに辿り着いた。
「ここでステイだよ、ジェラス・ハウンド」
「ワン!」
さすが、魔王軍の中で育っただけはある。
スカーレットは、完全に彼らの信頼を得ていた。
今回の目的は、魔王を仲間にすることだけじゃない。
各階層の状態確認も含まれている。
スカーレットがいるおかげで、それも驚くほどスムーズだった。
各階層の部隊長とも顔見知りらしい。
……今後も、パイプ役は任せていいかも。
そんなことを考えながら、少しずつ上へ登る。
「こちらが、私が管理していた第七階層ですわ」
「え? スカーレット、魔王直下の階層を?」
「ええ。将軍方と実力は、あまり変わりませんので」
「……さらっと言うことじゃないよね」
「それより、お腹空きません? 奥にキッチンがありますの」
え?
キッチン???
ここ、敵の本拠地だよね?
料理する場所、必要ある?
……あ、いや。
スカーレットにとっては、実家みたいなもの……なのか?
「できましたわ。特製スープとチキンのソテーです。味見も済ませましたので」
黄金色に輝くオニオンスープ。
照りのある焼き目がついたチキン。
……いや、美味しそうすぎない?
「いただきます!」
恐る恐る一口。
――なにこれ。普通に、いや、普通以上に美味しい。
手が止まらなかった。
気づけば、皿は綺麗になっている。
「お腹いっぱいになると、余計に眠くなるよね」
「今日は一日中走ったし、日の出も見たし」
「でしたら、ここで野営にしましょうか」
「うん、そうしよう」
「では、ベッドとお風呂を用意してまいりますわ」
調子が狂う。
ここが魔王遺跡城だという感覚が、どんどん薄れていく。
代わりに、金持ちの友達の家に泊まりに来ているような錯覚が残る。
「過去一豪華な野営ですね、アキナ様」
「うん……ほんとに」
いつもの野営用の風呂は、即席で、やっと立てる程度の浴槽だ。
それが今は、足を伸ばしても余裕がある。
しかも蛇口付きで、自動でお湯が出る。
意味が分からない。
学園より快適って、どういうこと?
「準備できましたわ」
「……うん」
全員、就寝準備を整える。
“簡易”と聞いて油断していたけど――
「え、スカーレット? 簡易ベッドって言ってたよね?」
「はい、簡易ですわ」
「いやいや! 学園の寮と同じじゃん!」
「そうですの? 私、学園では別の物を使っていましたから……」
……もう、何も言うまい。
さすが、お嬢様。




