たった一つの真実
魔術師団との訓練と、戦闘。
それらに追われる日々の中で、私たちはいつの間にか「学生」であることを忘れていた。
――私たちは、まだ高校生。
当たり前のはずの学園の授業は、当然のように私たちを待ってはくれない。
戦場に出ていた間も、世界は何事もなかったかのように進み続けていた。
その遅れをようやく取り戻せたのは、春休みに差しかかる頃だった。
季節はじりじりと暑さを増し、肌にまとわりつく風に少しだけ不快さが混じる。
この世界に来て、気づけばもうすぐ1年。
……感慨深い、なんて言葉で済ませていいのかは分からないけれど。
「アキナ、用ってのは何だ?」
背後から、低く太い中年の声がかかった。
振り返ると、そこにはヴァイス教官が立っている。
「あ、ヴァイス教官……。
六将軍との戦闘のあと、私の判断ミスで仲間を危険に晒してしまって……」
自分で言葉にした瞬間、胸の奥がひりついた。
「聞いている。
各将軍の部隊の動きまで、頭が回らなかったんだろう」
責める口調ではない。
だからこそ、逃げ場がなかった。
「はい……。結果的には、グラウ=ノクティス将軍が場を収めてくれて……」
「なるほどな」
ヴァイス教官は腕を組み、短く唸った。
「自分にはリーダーシップに似た何かが足りなかった。
それを自覚した、という顔だな」
「……はい」
数秒の沈黙のあと、教官は踵を返した。
振り返ったその視線は、明確に「ついてこい」と告げていた。
辿り着いたのは、薬草学の研究室だった。
「入るぞ、狸爺」
許可もなく扉を開けると、
薬草特有の匂いと、色とりどりの実験煙が流れ出してくる。
壁一面を埋め尽くす本棚。
中には、この国の言語ですらない文字で書かれた書物も混じっていた。
「いつも言っておるだろうが!勝手に入るでない!」
奥から怒鳴り声が飛んでくる。
「……ん?そちらのお嬢さんは?」
「初めまして。アキナです」
「おお、噂の勇者の子か。
なるほど……何も聞かされておらんようだな」
そう言って笑ったのは、白髪の好々爺といった風貌の老人だった。
「薬草学を教えているミーク・ルダスだ。
ルダス博士でいい」
……狸爺?
見た目はどう見ても、温厚そうなおじいさんなのに。
「アキナ、見た目に騙されるな。
この狸爺は、そうやって学生を篭絡してきた」
「ほほほ。随分と言うようになったの」
どうやら、この2人には長い付き合いがあるらしい。
「あの……私、この間の戦闘で……」
「なるほどなるほど」
私の言葉を遮り、ルダス博士はゆっくりと頷いた。
「これ以上、君が説明する必要はない。
代わりに一つ、話をしてあげよう」
博士は、まるでこちらの心を見透かしたような目で続ける。
「――昔々、ある王国に、待望の王女が生まれた」
活発で、冒険を好む王女。
ある日、魔族に言われた言葉。
――お前の周りの騎士は、全員がお前を慕っているわけではない。
怒りながらも、胸に残る違和感。
そして、婚姻前最後の冒険で襲われた魔族の大軍。
騎士は一人、また一人と去り、
最後に残った騎士は、幼少期から共に育った6人だけだった。
「なぜ残ってくれたの?」
そう問う王女に、6人は答える。
――立場は違えど、あなたは我々の友ですから。
そして、婚姻の儀のために立つ王女はその6人の騎士に囲まれ、安心して祖国を離れたという。
「……どうして」
気づけば、私は呟いていた。
「たったの6人なのに……
どうして王女様は、そんなに安心していたんですか?」
ルダス博士は、穏やかに微笑んだ。
「君がこの話の本当の意味を理解したとき、
その答えは自然と見えるよ」
研究室を出ると、
気づけば足は中庭へ向かっていた。
――そこに、先客がいた。
「……スカーレット」
「アキナさん……」
最後に顔を合わせたのは、六将軍と相対したあの日以来。
「ここに来たら、会える気がしてましたの。アキナさん、この場所お好きでしたでしょ?」
「……うん。でも、ここを好きになったのは……スカーレットが好きだって言ったから」
「あら……そうでしたの?……嬉しいですわ」
沈黙。
先に声を出せば、何かが壊れてしまいそうで。
「あのね、スカーレット。
私……あなたのこと、何も知らなかった。ごめんなさい」
「謝るのは、私の方です……」
短い沈黙のあと、彼女は続けた。
「許されないと思います。
それでも……このまま、支えてもよろしいですか?」
――ああ。
その瞬間、分かった。
王女が安心していた理由。
一番大切なものは、数じゃない。
「スカーレット。あなたは、ずっと私の友達で……仲間だから」
気づいたら、泣いていた。
怖くて言えなかった、たった一つの真実。
ずっと心のどこかで抱えていた違和感。
二人で抱きしめ合い、声もなく泣いた。
他の学生から見れば、異様だっただろう。
それでも、この時間は――必要だった。
おかえり、スカーレット。




