09
黒髪の母親は年若く、まだ少女と言っても通るような外見だった。
金髪の息子は三歳くらい。まだ可愛らしい時期ではあるが、青い瞳は聡明さを浮かべていた。
「まず二人は……血のつながりはあるが母子ではないね」
落ち着いてからイルニアが言うと、黒髪の母親はびくりと肩を震わせたが、まっすぐに顔を上げた。
「はい。私はヒルダ・ハイネンと申します」
イルニアは何かを思い出すように首をかしげた。
「ハイネンというと、ええと……今は男爵だったか」
「はい。現在は男爵家となりましたハイネン家の、わたくしは庶子になります」
イルニアは国王へ目をやった。
「ハイネン元伯爵家には確かに庶子だが貴族籍に入れられている娘がいたはずだ。名前もヒルダで間違いない」
ヒルダはスカートの端を持って王へ一礼した。
「お初にお目にかかります。ヒルダと申します」
きちんとした礼だった。
まともに教育されていた事は間違いないのだろう。
「で、ヒルダ嬢、なぜこんな事を?」
王は顔を上げるように言って肘掛けへ肘を置いて頬杖をついた。
国王の青い瞳が興味深げに向けられた。
「この子は、わたくしの甥になります」
金髪の子供の肩に手を置いて紹介すると、「エイデンと申します」と三歳の子供は幼い声で、しっかりと名乗った。
「ご存じのように、ハイネン家はあの事件によって男爵位へ降爵となりました。様々な話を伺うに、ハイネン家への処遇はまだましな方かと思いますが、困窮を余儀なくされ、私は元々疎まれていた為に、家を追い出されました」
子供の肩を抱き寄せ、「甥と一緒に」と続けた。
「この子は兄の子だと言ってある日連れてこられました」
そっと両耳を塞ごうと伸ばされた手を避けるように子供は叔母から離れた。
「僕は平気です。聞かない方が嫌だ」
三歳児がはっきりと拒否し、叔母は諦めたようにそっと手を引いた。
「連れてきたのは亡くなったエンジュ公爵でした」
「は……?」
ルドーが思わず声を出した。
「何故兄が……?」
ヒルダは一つ溜息をついた。
「母親が誰かとはおっしゃいませんでしたが、恐らく「あの方」だろうと思われます。或いは思わせるようにお振舞いでした」
その場にいた全員が絶句した。
「「あの方」はあの頃兄だけでなく王太子殿下や側近の方たちに囲まれておいででした。正直兄が父親というよりは、押し付けやすい所へ押し付けただけかと思われます。兄へ確認しようにも「あの方」のお屋敷から皆さま出てこられない時期でしたし、ハイネン家の両親は、立場的にエンジュ公爵に逆らう事も出来ません。金銭の授受があったのか他に何か条件があったのか、渋々受け入れたといった所ですが、省みることはなく、今回これ幸いとわたくしと一緒に追い出しました」
「あの女に子供がいたという話は聞いていないが……」
国王は呟いた。
「わたくしも確証があるわけではありません。ですがあの頃の色々な状況を考えるに、そうではないか、という話です」
ふむ、と国王は腕を組んだ。
「エンジュ公爵が突然亡くなり、何人かが忘れ形見ではないかと押しかけていると知りました。わたくしとしては、当時の事情を少しでも知りたかった事もあって今回名乗りを上げた次第です。あの頃あの方を取り巻いていた男性の中にエンジュ公爵がいらっしゃったとしても不思議ではないとも思いましたし」
それを聞いてルドーは深く溜息をついた。
兄の女癖は有名ではあった。
それ故、一時期ハイネン家へ出入りしていた事実を鑑み、年頃だったヒルダと、調べても今一つ出生が曖昧な幼い男児を除外せずにいたのだった。
「一体、何故兄がハイネン家へ子供を連れていくような事になったのか」
頭痛をこらえるような顔でルドーが呟く。
「まあ、調べてみようかね」
イルニアがもう一つ魔法薬入りのグラスを作って王へ差し出してきた。
騎士が前へ出て受け取る。
「ふむ、それもそうだな」
王はそう答えて手を差し出した。騎士がその手を取ろうとしたが、軽く押しのける。
「血の採取は魔女殿がいいよ。お前に頼んだら痛いだろう」
「しかし……」
騎士は戸惑うように言い淀む。
ごくわずかでも身体を損なうような事を王家の関係者でない人間に任せるような真似は騎士としてはさせられない。職務上ありえない事だった。
「お前は固くていけないよ」
笑ってぽんと騎士の腕を叩く。
「何事も専門家に任せるがいいのさ」
そう言って、イルニアに向かって手をさしのばした。
イルニアは手早く指先を弾き、騎士にグラスを持って来るよう促して血を一滴絞った。
「さて……」
王の魔力紋と、ルドーとエンジュ家嫡男の魔力紋、そして連れてこられた三歳児の魔力紋。
それらが魔女の一言によって起動されたようにちかちかと瞬きだした。
イルニアが口内で何か呟くたび、四者の魔力紋から特定の場所が解けて文字列となる。
その中の一部分を重ね合わせ、一致するものをピックアップする。
めまぐるしく宙を舞う文字列がおさまり、どれも短めではあるがいくつかのそれが重なり合っている。
「どういう事だ……?」
国王がそれらを眺めつつ問う。
イルニアは疲れたように溜息をついた。
「エンジュ家の水魔法の特色の一部、王家の特殊魔法の特色の一部、どちらも反応があるね」
「……ということは?」
「どちらとも血のつながりがあるという事だね。ただ、親子や叔父甥と言う程近いわけでもない」
「うん……?」
国王は首を傾げ、しげしげと三歳児を見る。
緩やかなウェーブを帯びた金色の髪、蒼玉の様な瞳。子供とは言え、白目の部分まで青みを帯びて見える。
繊細な容貌は、公爵と似ていない事もない。
「まあ、公爵家と王家にも血のつながりがあるしなあ……」
そう呟きながら子供の容貌に誰かの面影はないかと探るように見つめる。
「つまり結局この子は、公爵家とも王家ともつながりはあるが、誰の子であるかははっきりしない、という事ですか」
ルドーの呆れたような言葉に「そういうことだね」とイルニアは答えた。
「ま、君が最初懸念したように、公爵と親子関係があるかどうか、という話になると、恐らく可能性はほぼない」
「……そうか」
当初の目的は果たされたわけだが、果たして喜んでいいのかどうか判らない。
ルドーは複雑な顔をして子供を見た。
「事情は分からないが、我が家の血族に連なる事は判ったんだ。身の振り方を考える間だけでも我が家に滞在するか?君さえよければどこか縁戚の養子に入る世話をしてもいい」
人の好いルドーの言に国王が苦笑する。
「相変わらずだなあ。王家の血も入っているというなら、こちらが世話してもいいぞ」
「いえ、今こういった事に関わるのはあまりよろしくないです」
「そろそろ落ち着いては来たんだが」
「まだ油断はできません」
交代したばかりの年若い王を侮る輩はまだいる。
「そうだな……」
「有力貴族家から王妃を迎えられるとよろしいのですが……」
国王は答えず苦笑するのみ。
一連の事件で、元王太子や側近の婚約者であった女性たちは、それぞれが名誉も野心も捨て去ったように引っ込んでしまった。
新たな婚約を結んだ者も、殆ど社交界へは出てこず、本来であれば次代の社交界を牽引するはずだった花たちのいない王宮は随分と寂しい。
そんな中、新たに王妃として立てられる女性は簡単には現れず、様々な能力を鑑みても、かなり歳の離れた相手がちらほら候補に上がってはくるが様子見状態だった。
「イシュトリア公爵令嬢が生きておいでであれば……」
言いさして、ルドーは口をつぐんだ。
北の辺境伯領で殺された元王太子の婚約者は、王太子妃教育も早々に終えた秀才であり、各家庭教師も教える事がないと絶賛する優秀さだった。
現国王も即位が決まると同時に北へ迎えを出したが間に合わなかったと聞く。
「もういない者を惜しんでも仕方がない」
国王の言葉に、ルドーは失言を詫びた。
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