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06

 白い陶器の壺がちゃぷりと泉につけられて、氷の温度の水をくみ上げた。

 蓋をして封をする。

 ゆらゆらと揺れる大人の手のひら大の丸い葉は特殊な手袋をはめた弟子の手が一枚一枚持ち上げては根元を鋏で切って、やはり陶器の器へ丁寧に納められる。

 普段の麻袋ではいけないのだと聞いた。

 青睡蓮はこの環境下で凍らない水の中で生きている魔法植物であり、根から葉の先にいたるまで自らは凍らないまま氷結の魔法に覆われていると。

 魔法障壁を施している入れ物に入れてぴっちり蓋をしなければ、荷物は全部凍り付いてしまう、らしい。

 「この手袋越しでも冷たいです」

 陶器の箱一杯に葉を入れ終えて蓋をすると、弟子は溜息のように呟いて手袋を付け替えた。

 採取時にはめていた物は、このような魔法植物を採取する時の為にイルニアが魔法障壁を施したものらしい。布に何かの効果を付与するのは難しいと聞くが、イルニアにとってはそうでもないのか。

 イルニアは黙って小さな袋を手渡した。

 「うわ、ありがとうございます」

 弟子はそれを受け取ると両掌で包むように持った。

 イルニアはその外側から弟子の手をやはり両手で包んだ。

 「ああ、あったかいです」

 どうやら魔法で暖めているらしい。

 弟子のどこか力の抜けたような声。当たり前だが余程冷たかったらしい。

 「これで師匠の目的は達したわけですが、この後どうするんです?」

 尋ねられ、騎士は軽く頷いた。

 「暫くここに留まる」

 「え、本気ですか」

 弟子は目を見開いた。

 「このまま帰るわけにもいかん。食料が持つまでは待ってみる事にする」

 「ええと……僕たちは……」

 「悪いが採取は専門家の方が良いと思う」

 要するに、付き合え、という事だった。

 弟子はかろうじて溜息を堪えた。



 青睡蓮の平地は、殆ど吹雪く事がなく、その上だけ晴れ間が覗くような場所ではある。

 少し離れた場所にテントを張った。

 寸前に登った氷壁の下は魔獣がうろついていたが、そういう物の影もなく。

 静かに凪いだ場所だった。

 騎士はわざわざ崖下へ降りて魔獣を狩り、そこで解体までしてくる。

 竜の洞窟でも使用した黒い皿の上で火を起こし、肉を焼く。

 「食料が持つまでって、このままじゃいつまでも食料は尽きないんじゃ……」

 弟子は言い、イルニアは苦笑いする。

 「肉だけではね。持ち込んだピクルスや調味料なんかは補充出来ないから安心おし」

 「はあ……」

 とはいえ、師匠の愛用する鞄は容量拡張だの重量軽減だのありったけの付与がつけられていて、中には新鮮な野菜や卵が沢山入っているのだ。

 騎士がそれを知っているかどうかは判らないが。

 「ユプシロン卿の背負ってる袋も付与つきだよ」

 考えていることを見透かされたようにイルニアが苦笑しながら言った。

 「野菜と調味料沢山入ってます?」

 そっと尋ねてみる。

 「どうだろうねえ。そんなに気の利いた男じゃない気もするが、野営に慣れた男でもあるし」

 小首を傾げながら崖の方を見やる。騎士は現在食料調達中だ。

 「最初の話し合いで食料は個別に用意する事になっている。少なくともこちらの物が余ったからって延長はないよ」

 「それ、結局騎士殿次第って事じゃありませんか」

 「そういうことだね」

 弟子は唇を尖らせたがそれ以上そのことについて言及するのはやめたようだった。

 「ま、君寒さにはある程度耐性があるだろう?」

 師匠に問われて頷いた。

 「普通の人よりは耐えられると思いますよ」

 色素の薄い少年の外見は、北方の生まれを思わせる。そもそも最初にイルニアが少年を見つけたのは冬のさなかだった。雪の積もった山道にぼろぼろの服装で倒れていたのだ。どれだけそうしていたのかは判らないが、酷く衰弱していた他は、外傷はあったが凍傷はなく、風邪の一つも引いていなかった。

 「でも、暖かいお風呂に入りたいとは思いますよ」

 愚痴っぽく言うとまた師匠に笑われた。

 「そりゃ私もだ。ユプシロン卿にお願いしてみるか?子供らしくねだってみたらどうだろう。君の外見ならいけるだろう」

 言われて顔をしかめる。

 「勘弁してくださいよ」

 その気になればそれくらいの事幾らでもやってみせられるが、騎士にそれが通用するとも思えない。

 「いずれにせよ騎士殿次第という事だよ。まあ、テントの中でお湯出してあげるから」

 後半はこっそり声を潜めて言われた。

 弟子は崖の方を見やったが、騎士の気配はない。

 それでも用心するに越したことはない。

 「ありがとうございます。でもまだ大丈夫ですよ」

 「そうかい?ま、別段我々にノルマは無いんだ。のんびり待てばいいさ」

 「そうですね。薬屋の方のお客さんもめったにないし」

 「気楽でいいだろ?」

 「もうちょっと商売っ気があってもいいと思いますよ」

 「そのうちな」



 商売っ気が無いと言われながらも、イルニアはテントの中で小物を作り始めた。

 露店で出す為のポーチや、ポプリやサシェの為の小袋等。

 魔法で生み出した灯りで手元を照らしながら器用についついと針を動かす。

 薬に比べると小売価格は雲泥の差だと愚痴りつつ、弟子は目の覚めるような青の糸で編み物を始めた。

 糸を青に染めたのはイルニアだった。

 魔の森の奥に実る黒い果実「暗糖」の種から採れる色素を染料に調合し、驚くほど鮮やかな青を取り出して見せた。

 時々見かけるそれを食べるばかりだった弟子は驚いたものだ。

 皆知っている事なのかと尋ねると、「多分誰も知らないと思う」とイルニアはさらりと答えた。

 どこでどうやって得た知識なのか問うが、イルニアは答えない。

 ただ、この青い糸で作った小物はよく売れた。

 これほど発色の良い青は滅多にないからだろう。

 あまり大量に採れるものでもないので、勢い単価も高くなる。

 弟子は喜んで帽子や手袋を編んだ。それらの売り上げは殆ど丸ごと弟子の懐に入ることになっているからだ。

 「君器用だよねえ」

 弟子がすいすい編んで作りだすそれらはとてもよくできていた。

 最初露店で売り出すよう勧めたのもイルニアだった。

 「編み物は好きですから。でも師匠のように縫い物は得意なわけでもないので、器用ってわけではないと思います」

 真っすぐ縫うだけなら人並みにこなせはするが。

 「私も器用なわけじゃないよ。縫い物はしなきゃいけなかったから覚えただけだし」

 そう言ってイルニアも首を振る。

 「それなら僕だって必要だから覚えただけで」

 「そうかい……。とはいえ、私も裁縫が好きというわけではないんだよね。やるなら編み物の方が楽しいし」

 「あれ、そうなんですか」

 「そうだよ」

 言いながらも二人の手は結構なスピードで動いている。

 師匠はどんどん作品を並べて行き、弟子はどんどん編み目を増やしていた。

 そうしていると、外から騎士の帰ってきた気配がして、弟子は手を止めた。

 テントの入り口を開けて声をかける。

 「おかえりなさい。獲物いました?」

 「ああ。冬兎と冬鹿だ」

 「大猟ですねえ」

 そう言いながら出て行く。

 実際、こんな環境でよく獲物が見つかるものだと思う。通常の冬山ならありえない。

 「ああ、今日も解体済みですか。ありがとうございます」

 肉を切りだしてある事に弟子は礼を述べた。

 騎士は大抵崖下で血抜きと解体を済ませてくる。調理は殆ど弟子がするので手間が減って楽なのだ。

 「食事の支度は殆どそちらに任せているからな」

 当然の事だと言いたげだった。

 野営に慣れた男の気遣いだった。

 「ちなみに調味料って潤沢ですか?」

 「塩だけなら。香辛料はほどほどという所だ」

 「そうですか」

 「どうした?」

 「いえ、ここの滞在って食料よりは調味料が尽きるまでかなと思ったもので」

 弟子は正直だった。

 「まあ、そうだな……」

 騎士も面食らったようだが否定はしなかった。

 戦のような切羽詰まった状況でもない。

 その程度の事で良いとは思っているのだろう。

 王の意向とはいえ。

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