04
細い指先がそれを差し出してくる。
小さな飾り箱に入った黒い石の帯飾り。
青い瞳の少女が微笑む。
「ご迷惑でしたら、捨ててくださって構いません」
そんな事を言う。
「迷惑なはずがない」
騎士は箱を受け取ると中身を取り出した。
銀の地金に伏せこみではめ込まれたファセットカットの黒曜石は剣帯飾りだった。
吊り下げる形ではなく、帯に巻きつけて固定するタイプのそれは邪魔にもならず騎士の服装にも似合っていた。
目の前で着けて見せると少女は微笑んだ。
「お似合いです」
飾り紐は少女が手ずから編んだと言う。
礼を言うとまた微笑む。
「時間が沢山ありましたので」
少女は当時の王太子の側近であった侯爵令息の婚約者だったが、突然一方的に婚約を破棄され、当時王太子たちと親しくしていた庶民の少女を虐げたとのかどで西の辺境伯家へ嫁げと王都を追い出された。
この少女だけでなく、王太子の側近全員が同じ理由でそれぞれの婚約者を王都から追放し、それぞれを勝手に地方の貴族へ「王命だ」と婚姻させようとした。
勿論突然そんな理不尽を言われても各地方の貴族家も簡単に受け入れられるわけもない。
西の辺境伯は妻を亡くして十年間ずっと独身を通していた。
突然連れてこられた少女と婚姻などできるわけもなく、王都の様子を聞かされて暫く滞在すると良いと客人として扱った。
庶民の少女が表立って現れてから一年、婚約者に裏切られ続け、心身ともに限界だった少女は熱を出して寝込み、療養する事になった。
そうしているうちに、庶民の少女は王宮に入り込み、王太子のみならず、国王にまで手を伸ばした。
国王は若い頃から好色で知られていたが、王妃に続き側妃を何人か後宮へ入れてだいぶ落ち着いたと言われていたのだったが。
王も王太子もその取り巻きも、少女の掌の上で踊った。
ねだられるまま贅沢な品を次々と与え、後宮ではなく王都の街中に贅沢な屋敷を買い与えた。
だがいつまでもそんなものが通るはずがない。
まずは呆れた王妃が少女の身元を調べ上げた。
そして、恐ろしい事実が発覚した。
少女は国王が昔、王都で見かけて無理やり乱暴し打ち捨てた女の子供だと。
しかも乱暴したのは王だけでなく、その側近も一緒になって。
女は精神を病み、少女を産んで後亡くなった。
少女は隣国の孤児院で育てられた。
王家か上級貴族かの血を引いている事は間違いなく、国内では命の危険があると思われた、女の両親のせめてもの心遣いだった。
孤児院は貧しく、見目の良い子供は優先的に金を持った男に買われていくような所だった。
少女は美しい金髪と青い瞳を持ち、見るからにわけありであり、孤児院としても簡単には動かせず、珍しく長くとどまっていたが、ある日上級貴族に引き取られた。
少女はそこで密偵としてありとあらゆる訓練を受ける。
貴族然とした孤児の少女の利用価値は高いと見られたのだった。
そして少女は魔法を発現する。
貴族然としている、ではなく、確実にいずれかの貴族家の縁者と思われた。
引き取った上級貴族も少女の身元を調べはしたのだろうが、国内にそれと該当する血筋がなく、外国の血統であればさして気にする事もないと考えたのか。
少女は隣国で密偵としてそれなりの働きをしていたが、後に出奔する。
そして、生まれ故郷の国へ戻り、街へ降りてきた王太子へ接近した。
少女の手練手管は隣国の諜報機関仕込みであり、その上発現した魔法は密偵にふさわしい魅了だった。
王族とは思えぬ程に精神魔法への用心が緩かった王太子と周辺、そして元来好色な国王は少女の掌の上で易々と転がされた。
王太子や側近の婚約者たちだけでなく、王妃側妃までも排除されるのは時間の問題であり、そして王妃は何の因果か諜報を専門とする家門の出だった。
少女より年季が入っており、実家と連携を取って、精神魔法を防ぐ魔法道具を使用し、少女を追い詰めるのに時間はかからなかった。
骨抜きにされた国王と王太子はそれぞれ「病気療養」として幽閉し、少しでも魅了の影響下にあると思われる者達は全て王妃実家の用意した「病院」へ強制入院させ、少女は厳重に魔法障壁で固められた地下牢へ閉じ込められた。
王妃は国王代理として国政を行いながら(もとより丸投げ状態ではあった)、実家とまともな臣たちと次代の王の選定を行い(王太子以外に王子が存在しない状態だった)、そして問題の少女の処分をどうするか話し合った。
新たに王として立てられた王甥の三男は「まずは父親の血を確認してみるのはどうか」と提案した。
今更それが判った所で何がどうなるというのかという意見もあったが、新王は「もし王家の血が明らかになれば、国王は自分の娘と、王太子は自分のきょうだいと関係を持ったことになる。処分の良い理由になるのではないか」と言った。
無駄に生かしておく意味があるのか、と。
王太子の実母である元王妃にとっては無体な一言でもあったが、元王妃は「それもよろしいでしょう」と言った。
少女の事件の動機はそもそも、己を劣悪な環境へ落としたこの国への復讐だったらしく。
原因の大元は国王が側近と起こした事件であり、その事に対する処罰は行われてしかるべきではないかとも。
貴族が庶民を嬲って罪に問われない、という前例をあまりにも残し過ぎたが故の現状であろうと。
そして、新王は「血族確認の方法に当てがある」と言って、一人の魔女を呼び寄せたのだった。
一方、理不尽な婚約破棄にさらされた少女たちの実家は国王失脚後それぞれ迎えを出し、少女たちを速やかに保護していた。
西の辺境伯家へ送られた少女は体調が戻らないとの理由で移動が出来ず、そして、王家が新たに婚約者としてどうかと紹介したのがゲオルギア・ユプシロンだった。
一度面通ししてみてはどうかと騎士は西の辺境へ行かされた。
王家としても相手は上級貴族の娘であり責任をとらねばならず、要はご機嫌伺いの面もあった。
王家の失態の責任を何故自分が、と思いつつも騎士は王家の命令には逆らえず、西へ赴き、そして少女と見合いをした。
少女の家は侯爵家であり、伯爵家三男の騎士と釣り合いが取れていない事もなかったが、騎士自身の身分は男爵である。自らの功績でそこまで爵位を上げてきたわけだが、少女と婚姻が成立するのであれば子爵位へ陞爵させるという確約があった。
騎士は別段陞爵に興味があるわけではなく、男爵程度で丁度いいとさえ思っていたし、そこまでして結婚がしたいわけでもなかった。
が、少女の青い瞳は美しく、騎士は見惚れた。
一年の間にあまりに色々な経験をし過ぎた少女はある種の諦念さえ浮かべ、静かに微笑んだ。
お互いに、正直な話をして。
婚約が成った。




