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 「所で最近王都へは?」


 マルティネがイルニアへ向き直って尋ねる。


 「行ってないよ。用もないしね」


 たまに王宮から手紙が来るがその程度だ。定期的に使者が来るので薬や香草茶は渡しているが。


 「少し、南の噂を聞いたものだから」


 マルティネはティーカップを持ちあげた。


 「イシュトリアの当主が交代するそうよ」


 イルニアは興味なさそうに湯気へ目をやる。


 「後継はグリュネバッハの次男だとか」


 イルニアは眉を寄せた。


 「遠縁と言えば遠縁だが」


 「そうね、むしろブランベルク家との縁が濃い家よね」


 ブランベルクは王太后エルダの実家である。


 グリュネバッハの当主はエルダの従弟であり、その妻がイシュトリア当主の又従姉妹だった。隣り合った領地であった為結ばれた婚姻だったが、どちらの家と関わりが深いかと言えば、明らかにブランベルクである。


 「王太后殿下の采配かね」


 イルニアは溜息をつきながら呆れたように言った。マルティネは微笑んだ。


 「そうかもしれないわね」


 王太后が未だに亡くなったイシュトリア家の長女、元王太子の婚約者を惜しんでいるのは周知の事実だった。


 ある時期からの王太子に対する教育よりも熱心に、手塩にかけて仕込んでいたのも知られている。


 才媛の誉れ高い少女の未来にどれほど期待していた事か。


 その少女を冷遇し、元王太子によって悪名高い辺境伯家へ追いやられた際、力のある家であるにも関わらず抗議もせず何の動きも見せなかったイシュトリア家は貴族社会でも眉を顰められ、遠巻きにされていたが、長女に対する扱いだけでなく、現夫人の散財による財政の傾きや当主の不正等よろしくない噂が次々に囁かれる中、結局はブランベルクが動いた、という事なのだろう。


 「ま、ブランベルクの手が入るならそう悪い事にもならないだろう」


 領地に関しては。


 「もともと豊かな領だものね」


 当主が多少愚かでも底上げ出来る程度の力はあった。


 だが今は、見過ごしてしまえば取り返しがつかなくなる程愚かな当主一家がその豊かさを食いつぶしかけている。


 王家とブランベルクはそう判断したのだろう。


 「当主一家は不正で捕縛されたそうよ」


 「へえ……」


 また関心をなくしたようにイルニアは視線をそらし、ユーシャと目が合った。


 ユーシャはにっこりと笑んで見せた。


 「師匠、あれをお忘れではないですか?」


 言われてイルニアは思い出したように容量を調節済みの鞄から一つの包みを出した。


 「マルティネ殿、これを差し上げるよ」


 そして包みを差し出した。


 「まあ、何かしら」


 マルティネが包みを解くと、中からクリーム色のショールが出てきた。


 「青染めの毛糸じゃなくて申し訳ないが」


 「あらまあ……」


 マルティネは大判の三角ショールをさっと肩にかけた。背中から腰まですっぽりと覆われる。


 「暖かいわ。それに素敵な模様編み……」


 胸元で両端を重ねてゆっくりと撫でる。


 「首回りや肩を冷やさないようにね」


 「嬉しいわ。ありがとう」


 「どうもあなたは魔獣討伐で暴れまわっていた若い頃の感覚が抜けないようだから」


 マルティネは溜息をついた。


 「そうねえ……」


 若い頃は本当に丈夫で病気知らずだったのだ。


 気管が弱ったのもまた、魔獣のせいだった。


 毒を被るのは避けられたが、気化したそれが混ざった空気を吸ってしまったのだ。


 小規模な氾濫の際で、助けが来るまで時間がかかり、見つかった時には細い呼吸が絶える寸前だった。命は助かったが、後遺症が残ってしまった。


 部下をかばった代償だった。


 後悔はしていないが、変化してしまった己の身体は未だに受け入れがたく感じている。


 「孫も止められなかったし」


 溜息に混じった微かな声。


 母親を魔獣の餌にした孫は、咎めだてる祖母を鼻で笑って祖母までをも魔獣の群れへ落し込んだ。


 孫は、母親の食われる様は見物していたが、祖母には関心がなかったらしく、そのまま配下を連れて森を去ったらしい。が、祖母は群れを殲滅した。


 剣を取り上げられていた為、全てを魔法でしのぎ切って。


 古参の部下たちが駆け付けた時は、息も絶え絶えではあったが魔獣の死骸の中で立っていた。


 そのそばで、魔法薬を差し出していたのがイルニアだった。


 「あの時もあなたに救われたわね……」


 マルティネは視線を彷徨わせ、イルニアは肩をすくめる。


 「たまたま近くにいただけだ。運が良かったね」


 「そうね。本当に運が良かったわ」


 しみじみと言った。


 イルニアの魔法薬は恐ろしい程よく効いた。傷は瞬く間に塞がった。苦しい呼吸もすぐに楽になった。後遺症までなくなったのかと勘違いしたくらいだ。


 だが、イルニアは、時間が経ってしまった後遺症は完治させることは難しいと宥めるように言った。軽減させることは可能だが、それも時間がかかると。


 しかし、マルティネはその言葉に光を見出した。


 何故なら、今までどの医者、どの薬師に診せても軽減すら不可能と言われてきたのだ。


 同時に、解毒の方法が手さぐりで、中途半端な治療しか出来ずにいた夫と息子に関しても光明が差したと思った。


 不審がる部下たちに「昔馴染みの薬師の弟子」だと紹介し、そのまま夫と息子の治療を依頼した。


 その日のうちに患者を診せた所、イルニアは解毒薬の調合に少し時間がかかると言い、その間、「気休め程度」ではあるがと鎮痛剤と「傷を洗う水」を置いて行った。


 その気休め程度の薬は予想外に効き、全身が毒に侵されているはずの男達は久しぶりに混濁した意識を取り戻し、未だ癒える様子もない毒を被った傷を処方された水で洗えば、少しの間だけでも瘴気が抜けた。


 その間に、孫の所業と辺境伯領の現状を伝える事も、今後の方針も立てられ、下準備も出来た。


 病み上がりの父親に簡単に抑えられ、孫は信じられないような顔をしていた。


 死んだと信じていた祖母の姿を見て更に目を見開いた。


 「あの程度、殲滅できなくてどうします」


 呆れたように言ってやると孫は顔色を変えた。


 家族の実力を侮っていたのだと漸く気が付いたのだった。

ここの所、謎の筋肉痛に襲われたり、全身から粉吹いたりしております。

薬の副作用なんでしょうか。よく判らんです。


見に来てくださってありがとうございます。

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