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02

 少し昼寝をして、弟子に起こされた。



 「軽いお昼を準備しましたよ」


 カウンター裏の作業台には、スープとパンとサラダ、何種類かのジャムとバターが準備されていた。

 「朝食の様なメニューですが」

 「いや、充分だよ」

 フードを外したまま作業台の椅子に座って揃って食事を始めた。

 「その姿でその言葉づかいも、だいぶ違和感がなくなりました」

 不意の弟子の言葉に、店主イルニアもはた、と気づく。

 このところ「魔女」の姿でずっと過ごしていた為、言葉づかいも馴染みきってしまっていた。

 「むしろこの姿に違和感があるのでは?」

 見慣れないという意味で。

 弟子は軽く笑った。

 「どんな姿でも師匠は師匠ですので、見た目についてはさほど」



 弟子ユーシャはイルニアが森の奥、北山の中に入った所で保護した子供だった。

 傷だらけの上、息も絶え絶えで倒れていたのを見つけたのだ。

 連れ帰って手当し、回復した所でユーシャは弟子入りを願った。

 イルニアは一旦は難色を示したが、最終的には受け入れた。事情も敢えて尋ねなかった。



 店はイルニアが一人で生活する為に作ったものだったが、一人増えた為、一室増築した。

 魔法で。

 ユーシャは目を瞠った。



 以来、ユーシャは調薬と魔法をイルニアに学んでいる。



 お互い事情を抱えている事を認識し合いながら、尋ねることをせず静かに過ごしている。




 「師匠が休憩中に、訪問者があったようです」


 おや、と顔を上げる。

 薬の事で、朝市で接触してくる人間も少なければ、直接店まで訪ねてくる人間ももっと少ない。

 むしろ店の場所を知っていて、迷わず辿り着ける人物は数人しかいない。


 「侍従殿が来たのかい?」

 「いえ、騎士殿のようです」


 イルニアは顔をしかめた。

 先の問題で望みもしない国王との接点が出来た。

 色々な事情があり、国王だけには直接店へ接近できるようにセキュリティを変更した。

 正確には、国王と侍従と騎士の三人。

 国王が身軽にこんな所へ来ることはほぼなく、使いとして仕方なく侍従と騎士を受け入れることとしたのだ。

 以来、傷薬や頭痛薬や胃薬等、王宮で侍医に依頼すれば良いような物まで求めて侍従を使わすようになった。

 静かに暮らしたいイルニアにしてみれば迷惑な話ではあった。


 とはいえ、騎士が来るのは珍しい。


 「騎士殿一人かい?」

 「そのようです」


 騎士は国王の護衛である。単独での来訪は想定していなかった。何の用なのか予想もつかないが、嫌な予感がした。


 「食事の後、鍵を外しますか?」


 弟子の問いにあまり答えたくなくスープを口に運ぶ。良く出汁の出た旨味の深いスープだった。


 「師匠?」

 「休みにしてしまおうか」


 来客に応えたくないのがあからさまだった。

 店に直接来られるように設定はしても、常にイルニアがいるとは限らない。その際は鍵がかかり、扉は開かない、とは王へ申し入れた条件だった。王はそれを受け入れた為、居留守を使おうとも問題は無い。


 「でも、騎士殿、扉の前でずっと待ってますよ?」


 小さなのぞき窓から外の様子がうかがえるのだ。外からは覗けないようになっている。

 それを聞いて、うんざりしながら、のろのろと食事を口へ運んだ。



***



 「は?」



 イルニアは間抜けな声で騎士の顔を見返した。



 「だから、北の山へは私が採取へ行こう」

 騎士の名はゲオルギア・ユプシロンという。

 普段は国王の傍近くに仕えている筈の男である。

 剣や体術において、騎士団では並ぶ者がないとも聞く。


 「青睡蓮は滅多に花をつけない。もし仮に北山の泉へ辿り着けたとしても、徒労に終わると思うが」

 唐突な申し出にイルニアは意図が読めない。

 ゲオルギアも無表情だ。

 「それでも行ってみなければ判らないだろう。諦めるにしてもやるだけのことはやってからとルドー殿はおっしゃっている」

 ルドーとは昼に尋ねてきた男だ。諦めて帰ったと思っていたが、街まではこの男と一緒に来ていたのだろうか。

 話し合って、少しでも可能性を求めたいと思い直したのか。

 香草茶で疲労を軽減してやったのが徒となったのか。

 「あの男は、ユプシロン卿のご友人ででもあるのか?」

 頭の痛い思いを押さえて問う。

 「学友ではあった」

 微妙な答えだ。

 「国王陛下の?」

 「……我らは陛下と同年代故、共に過ごすことが多かったのだ」

 ということはそれなりに親しかったのだろう。

 国王が符牒を渡したのもそれ故か、と改めて理解はした。

 「ま、友情を大事になさりたいと言う事であれば、私からは何も申し上げることは無い」

 ため息交じりのイルニアの言。

 「では、採取してくれば薬は作ってくれるのだな」

 騎士の確認にうんざりしながら頷く。

 「まあいいだろう。ついでに葉と泉の水も採取してきてくれ。別途依頼料は払う」

 「……承知した」

 何か言いたげな騎士の顔にイルニアは首をかしげた。


 「あれは薬があるだけでは目的に足りなかったと記憶しているが」

 さらなる申し出に、イルニアは大きく溜息をついた。

 「必要な手は貸そう」

 「かたじけない」

 騎士は頭を下げた。



***



 「師匠、アカネドクの花ですよ」



 珍しい弟子のいくらかはしゃいだ声にイルニアは視線を向けた。

 うっすらと雪の積もった道の端に、小さな赤い花が顔を見せていた。

 弟子はすぐさま雪ごとさっくり土をすくって麻袋へ入れ、素早く空間魔法付与つきの鞄へ入れた。

 「群生してます」

 雪の割れ目から赤い花が幾つも見えている。

 「もうちょっと採ってもよさそうだな」

 イルニアは手をかざして魔法で切り取るようにさっくりと幾つか花を弟子と同じように雪ごと土ごと掬い取って同じく鞄へ放り込んだ。

 「在庫が少なくなってましたし、よかったですね」

 弟子は普段の無表情を崩し気味で楽しげだった。

 ここまでの道中、森にはない薬草を幾つも採取できたからだろう。



 イルニアと弟子ユーシャは、何故か騎士の青睡蓮採取に同行していた。



 何故か、というしかない。

 王から直接依頼されたのだ。

 ()()()()条件でもって。

 実質命令だった。

 イルニアの機嫌は急降下し、国王の「報酬はなんでも一つ望みの物を」という言葉に「道中考えるので撤回は無しで」と魔法契約の紋を命令書に素早く描いた。

 正式には魔導文書へ両者の署名を持って締結する魔法契約ではあるが、イルニアが描いたのは簡易の術式。罰則などはないが一方的に反故にされたとあれば魔力の残滓を魔法紙に写す事によって立派な証拠が残る。それを持って正式な場で訴える事が可能だった。実際には簡易とは言え、高度な魔法を会得した者にしか使用できない術であり、また紋を結ぶにもあれこれと制約がある。素早くやってのけるイルニアの能力は言わずもがな高い。


 使いの者は勝手に結ばれたそれの意味を充分に理解していたが故に慌て、不敬だと怒りをあらわにしたが、イルニアは森の住人である。辺境領に出入りはしていても、森は隣国との緩衝地帯。正確にはどこの国にも属しておらず、つまりは国民でなく、であれば、王に命令されるいわれも本来はないのだ。

 鼻で笑うイルニアに更に激昂する使いだったが、騎士がそれを宥めた。

 「この女性は、王家にとって恩人であり、その恩は返す方法もないのだ。どのような振る舞いも自由であるとの国王の言である」と。

 そのくせ断れない要請をしてくるのはどういうことだとイルニアは騎士を睨んだ。



 出発時、当たり前のように弟子を同道させるイルニアを騎士は物言いたげに見たがイルニアは何も言わず。

 騎士には足手まといになると思われたが、どうして華奢な見かけによらず弟子は健脚で。

 果たしていつまで持つかと、道々跳ねるように楽しげに薬草を見つけて回る少年を見ていたが、とうとう一日勢いが衰えることはなかった。

 不満があるとすれば、採取の為にしょっちゅう止まる事だけで。

 師弟ともども野営の準備も手馴れたもので、テントを張って、手早く火を起こして食事の準備をし、障壁の魔法道具を地面に刺して、夜の見張りも必要ないと、早々に二人してテントに入って眠ってしまった。

 取り残された騎士は呆然とするしかなかった。




 先の王家の血族判定事件の際、騎士は関連してはいるが別件で宮廷を離れていた。

 直前にあった連鎖式に起こった上級貴族の婚約破棄騒動の余波を食らって西の辺境にいたのだ。

 理不尽に王都を追われた貴族令嬢の一人と顔合わせをする為に。


 事件の結果として、先王が退位し、新たに王位につく事になったのは、王位とは結構な距離があった筈の前王甥が当主を務める公爵家の三男であり、騎士の長年の友人でもあった。

 王都へ戻り、友人に呼ばれて王宮へ上がった。王位についたばかりの友人の傍にひっそりと控えていたのがイルニアだった。


 血族判定の薬を調合した薬師だと紹介された。


 友人がどこでどうやってそんな薬を作る人物を見つけてきたのか見当もつかない。

 本人は、薬師院に発表された論文に目を通したことがあるという事だったが、とても信じられなかった。

 薬師の発表する得体のしれない薬は毎年膨大で、専門家でもなければその中から有用なものを見つけ出すのは至難の業とも言われている。

 気まぐれで論文集を目にしたとして、その中から今回の件に役立ちそうなそれを見つけ出す確率はどれ程か。


 胡散臭い、とまずは思った。


 しかし、実際彼女の薬は効力を発揮したという。

 魔力も同時に用いて対象者の魔力紋を分析する方法だそうだ。

 魔法薬を服用し、目に見える形で対象者親子の魔力紋を浮かび上がらせ、解析し、双方を比較する。

 半分は一致する筈で、何組もの親子を何通りも試して同定してから、王家のそれも行ったと聞いた。


 そうして一連の騒動の中心にいた平民の少女は、確かに王家の血を引いている事が明らかとなった。


 王の権威を損ない、時の王、少女の実父に王位を退かせるに充分な証拠となったのだった。

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