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 「完全な毒というわけではないが、毒きのことしておいた方がいいね」


 イルニアはテーブルの上にガラス容器に入れたきのこを置いた。


 あの後、森の奥地へ入ると、湿った場所でかなりの数見かけた。


 一時的な増殖で、来年も同じだけ現れるかどうかは判らないが。


 「人が食ってどれくらい影響があるかね」


 向かいに座る辺境伯がガラス容器を持ち上げて問う。


 「一つ二つ食った程度ではさほどの影響はないと思うよ。腹を壊す程度だろう。そっちの方が問題か」


 弱った人間は少し腹を壊す程度でも体力を奪われる。ましてこれから冬だ。


 「そもそも食感も悪く、味も悪い。見た目も不気味だしわざわざこれを取って食おうと思う人間はいないとは思うが、まあ念の為だ」


 「判った」


 食感や味に言及すると言う事は、この女は実際食ってみたのだろうかと、辺境伯は問うてみたかったが、やめておいた。


 「魔力が多分に含まれているので、報告したように、主に食おうとするのは魔獣だね」


 森の奥へ入った際、目の前で魔獣が吸い寄せられるようにこのきのこに近づいて群生ごと大口を開けて抉るように齧り取り、貪り食う様を見た。


 肉を引き裂き食らう牙と爪を持ちながら、無心にきのこを食う様はどこか異様だった。


 「私も弟子も、森の奥でしか見かけなかったけれど、胞子は飛んでいると思うんだよね。魔獣が好んで寄って行きもするわけだし、魔獣の体について運ばれ、今後は森のどこで発生しても不思議ではないと思う。知らない間に夏から森の浅瀬でも発生していたかもしれない」


 「なるほど……」


 「実際、影響は魔力を持っている魔獣より、浅瀬の獣の方が顕著かもしれない。弟子が言うにはやたらと浅瀬の獣が増えているそうだ」


 「ああ、報告は受けている」


 「「媚薬効果」と言えば飛びつく馬鹿もいるかもしれないが、人間に効くかどうかは量による上、効く前に別の影響が出る可能性の方が高い」


 「別の……?ああ、腹を壊すとかの話か?」


 「量によっては酩酊、酷くすれば錯乱」


 それもまた体質による、と。


 辺境伯はそれを聞いて顔をしかめた。


 「判った。ではこれは人には毒であるため食わないようにと周知させよう」


 「よろしく」


 テーブルの上のきのこはサンプルとして進呈するよとイルニアは立ち上がろうとすると、辺境伯はそれを止めた。


 他に何か用事でもあるのかと座りなおしたイルニアへ頷いて見せる。


 「ユーシャの事だが」


 眉を寄せる。


 「領の学校へ入らせる気はないか?」


 イルニアは苦笑する。


 「私も同年代と交流する必要があるんじゃないかと思って勧めてみたんだが、それだけの為に学校へ入るのは時間の無駄だと言われてしまった」


 領の同年代の集まる学校に入った所で、学べることは何もない。卒業程度の学力は充分にあるのだ。


 「卒業の実績が今後何かで必要だと言うなら、飛び級試験を受けると言うのだよ」


 「ああ……」


 辺境伯も頷いた。


 「例え王立学園を勧めても結局はそうなるだろうなあ……」


 「あの子は森を離れたがらないから、王立学園は嫌がるだろう」


 「まあ、ではこの話はこれでおしまいだ」


 そう言って辺境伯は話を引っ込めた。


 察するに国王か王太后辺りに何か言われたのだろう。辺境伯としても領の学校卒程度の経歴はあってもいいと思ったのかもしれない。


 「ついでにイシュトリア公爵家を縁戚まで含めて調査してみたが、ユーシャに該当するような子供が行方不明になっているという話は見当たらなかった」


 イシュトリア公爵家。


 前王太子の婚約者であり、婚約破棄後はここ北の辺境伯ジネフェル家へ無理やり送り付けられ、当主代理に嬲り殺された少女の実家である。


 公爵家の特色は銀髪で、全体に色素が薄い事。


 令嬢も見事な銀髪をしていた。


 そして、瞳まで灰色で銀髪なユーシャは、全身が公爵家の特徴を揃えていると言っても過言ではなかった。


 その上優雅で礼儀正しい振舞いを見せ、心の底を見せない貴族的な微笑を浮かべるのだ。方々に公爵家との関係を疑われていたに違いない。


 本人が記憶をなくしていること、そして、令嬢への扱いの情のなさでイシュトリア公爵家自体も評判を落としている為、皆今まで言及はしていなかったが、何かの事情があるのだろうと勘ぐる者は多かった。


 「てっきりあちらの関係者かと思っていたのだがな」


 実に意外だった、と辺境伯は言った。


 「あの子は北山の麓で見つけたんだよ。家から捨てられるにせよ、家出するにせよ、イシュトリア公爵領から遠いそんな所を選ぶ理由があるとも思えないよ」


 イシュトリア公爵領は北の辺境領から見て王都の向こう側である。


 そしてこの地は王都からでさえ遥かに遠い。更に、魔の森を抜けて北山の麓となれば、辿り着く事も難しいだろう。


 「ではどういった出身なのだろうな……」


 辺境伯は呟く。


 他国の貴族家出身であるならば、ますますそんな所を選ぶ理由がない。一番近い北の隣国でさえ、北山を越えなければならないのだ。


 「言葉になまりが無いから、国内出身、という事になってはいるよ」


 とはいえ、なまりがなさすぎるのがまた人を戸惑わせた。


 教科書に書かれたような共通語を話すので、またしても出身地がかすんでしまうのだ。


 「まあ、今度来る時は是非弟子も連れてきてくれ。母が気に入っているようなのだ」


 話はおしまい、というように別の話題へ移る。


 「本人に対して出自を詮索するようなことを言うつもりはないから」


 イルニアはちらりと辺境伯を見上げた。


 魔女の表情は「当たり前だ」と言っていて、辺境伯は苦笑するしかなかった。

見に来てくださってありがとうございます。

いいね、評価、ブックマークありがとうございます。


今日は雨と雷の日でした。

季節が移ろっていくのを感じます。

そして、気圧のせいか、頭が重く、今めっちゃ眠いです。急に来る眠気……

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