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15・森の魔女と血族判定(終)

 「ぶっとい釘刺しだねえ……」



 どういうわけかまたしてもエンジュ小公爵が森の薬屋に来店している。

 ユーシャは相変わらず胡散臭い笑顔で茶を出してもてなし、イルニアはもうカウンターの奥から出てこず作業しているが、気にもせずにしゃべり出す。


 「()()()に呼ばれて嫌味言われちゃったよ」


 イルニアは口元を僅かに歪めた。


 「あの子は()()()()()には向かないよ。あの人だってそれは判っているさ」

 「ええ、じゃあ、私は無駄な嫌味を食らったことになるの?」

 「八つ当たりだね」


 それはないよと溜息をつく。

 大袈裟なその仕草に、同じテーブルについたユーシャが苦笑する。

 毛糸とかぎ針の入った籠が二つ置かれ、その一つをリィンハルトの前へ押し出す。


 「はい、どうぞ」

 「ああ、うん」

 「青の毛糸は今季分はこれで最後ですので、お求めの襟巻を作りましょう」

 「うん」


 森の薬屋特製の毛糸は、紺を帯びた鮮やかな青だった。

 深い海の色にも似ている。


 「まず長さを決めます。適当で構いませんよ。ボタンで調節できますから。で、その長さに合わせて鎖を編みます」

 「うん」


 ユーシャに言われるまま長さを決め、かぎ針を手に取って見よう見まねで鎖を編む。


 「単純に編んでいってもいいですが、模様編みも入れてみましょう」


 ユーシャは案外教え上手だった。

 最初は四苦八苦していたリィンハルトも手が慣れてくると集中し始め、暫くは三者無言の時間が続いた。


 従来のマフラーとは違って、長さも短い為、あっという間に編み上がる。


 端の始末の仕方を教え、ユーシャは棚から箱を持ってきた。

 蓋を開けると、中身は様々なボタンだった。


 「わあ、色々あるね」

 「気に入った物を三つお選び下さい。三つ違っていても面白いと思いますよ」


 言われてリィンハルトは丸く艶々した物、中央に色石を埋め込んだ物、星の形を彫りこんだ物を選んだ。


 「いいですね。ボタンは付け替えも簡単ですから、もっと気に入った物が見つかればそれに換えられても良いですよ」


 にこにこしながら、出来上がった襟巻の端に三か所ボタンを置いて場所を決め、端始末用の針に毛糸を通した。


 「糸で留めてもいいですけど、毛糸の方が簡単ですしね」


 ちょいちょいとボタンの穴に針を通して縫い付けて見せる。

 それを見て、リィンハルトも同じようにやってみた。針も糸も太いせいか、恐らくは通常の縫い物より十歳の手には簡単だった。


 「できた」


 年相応に嬉しそうな顔をしてリィンハルトは襟巻を持ち上げて眺めると、首に巻いて端をボタンで留めた。

 ユーシャが手鏡を持ってきて、映してやるとその前で出来栄えを確認する。


 「いいね。ボタンで調節するとゆるくしたり首元を詰めたり出来るし」

 「気に入っていただけたのなら良かったです」


 リィンハルトはユーシャに向き直ると目を輝かせて両手を取った。


 「ねえユーシャ、良かったら公爵家へ来ない?」

 「は?」


 流石のユーシャも突然の申し出にぽかんと口を開ける。


 「君の薬師としての腕は一人前だって聞いたよ。その上編み物だって上手だし、ねえ、うちで働かない?」


 ぎゅっと手を握られて、ユーシャは苦笑を浮かべた。


 「私はここが好きなんです。師匠に出て行けと言われない限り出ていきたくはありません」

 「勿論出て行けとは言わないよ」


 カウンターの向こうからイルニアがすかさず声をかけた。


 「ええ……、協力してよ」


 リィンハルトが声を上げるがイルニアは肩をすくめた。


 「八つ当たりされたからって、私に仕返しするのはおよし。小公爵様」


 口をとがらせ、リィンハルトはユーシャから手を離した。


 「本心なんだけど」

 「そうだとしてもね。ユーシャを人目に曝せば何が起こるか判らない程馬鹿でもないだろう」


 言われてリィンハルトはちらりと銀髪の美少年を見る。

 確かに、どこかの貴族家の子息かと思われるような容貌であるにもかかわらず、身分は平民だ。自分の傍に置いたとしても、人目に、特に貴族に触れる機会は増える。色々な魔の手が伸びる可能性があった。


 「貴族でも人の心が残っているなら、小鳥は森でそっとしておいておくれ」


 言われて頬を膨らませた。


 「人の心はあるつもりだよ」

 「ならなおのことだね」

 「むう……」


 未練のこもった目でユーシャを見る。


 「側近が欲しいなら、別を当たった方がいい。相談するのにふさわしい人間が周囲にいくらでもいるだろう」

 「いないよ。叔父上は人が好すぎて、実務で役に立つ人間を選定するなら当てになるけど……」

 「おやおや。あれでも長年公爵家子息をやっている人間だよ。君が思っているほどお人好しというわけでもないよ」

 「え、そうかなあ……」


 「そもそもあの人は国王陛下やユプシロン卿の学友だそうだよ。今回コインだって貸してもらった。信用してなきゃあの陛下がそんなもの貸してくれるわけがないだろう」


 言われて、いささか叔父を侮りすぎていたかとリィンハルトは考え直した。


 「とはいえ、腹黒い友達が欲しいなら、それは陛下か()()()にでも相談おし。何事も向き不向きはある」

 「腹黒専門かあ……」


 思わずといった調子でリィンハルトは呟いた。


 「でもなあ……あのお二人の推薦って逆に怖いんだよね」


 変な紐が付いているようなものだ、と溜息をつく。


 「私のお勧めの相談相手はユプシロン卿だね」

 「え……」


 意外そうな顔をするリィンハルトにイルニアは笑う。


 「彼自身は腹黒いとは言い難いが、あれは国王陛下の側近だよ?状況はよく見ているし、あと、口が堅い」

 「ああ、なるほど……」


 自身は謀には向いていないが、向いている人物には幾らでも心当たりがあるだろう。そして、十歳の少年に妙な人間をあてがうような人物でもない。相性など含めてよく吟味してくれるだろう。


 「それでも、陛下の関係者を避けたいというなら、そうだね。北の辺境伯もお勧めだ」


 意外な人物の名を上げられて、少年は目を見開いた。


 「ここへ出入りするのに、挨拶くらいはしているんだろう?」


 公爵家嫡男がしょっちゅう領を出入りするのに一度も挨拶しないというわけにはいくまい。

 その上、森の薬屋へまで出入りしているのだ。


 「そりゃしてるけど……」


 北の辺境伯は、嫡男の教育に失敗した人として名が知れ渡ってしまった。

 とはいえ、それは王家にしても同じことではある。そういう意味では、王太子とともに貴族家の子息が何人も処分されたわけで、辺境伯だけをあげつらうのもおかしな話だが、王都の事件は多人数であり、個が埋没してしまったきらいがある。一方辺境伯家の息子は、一人で放蕩の限りを尽くした。その上王都の貴族家子息たちとは決定的に違う、残虐性があった。

 好んで魔獣狩りを行うのは、十代の頃からの習いで、次期辺境伯にふさわしいとそれまで周囲も称賛していた。何しろ一人で十人分の魔獣を狩ってくるのだ。十代の頃はまだ攻撃性も残虐性もそこで発散されていたのだろう。力では祖父や父親に叶わない事もあった。

 だが、魔獣が氾濫した際、祖父と父親が同時に毒を受けて床に伏し、命も風前の灯となった。


 跡継ぎのタガは簡単に外れた。

 

 北の辺境領はその後、嵐のような暴虐にさらされた。

 たった一年足らずの間に領都と辺境都市は特に荒れに荒れた。

 当主代理一行が滞在すると知らせがあれば、繁華街から人気が消えた。魔獣狩りの為にしょっちゅう出入りする辺境都市からは次々と人が去って行った。

 辺境都市とは言え、珍しい魔物の素材等の取引が活発で、代々辺境伯が開いてきた耕作地もあり、領の中でも領都に次いで賑わいのある都市であったにもかかわらず、一行は狼藉の限りをつくし、一時はゴーストタウンかと見まがう有様だった。


 領全体の経済活動に及ぼした影響は計り知れず、それを回復させるために現在辺境伯は四苦八苦している。


 息子は、辺境伯領を滅ぼすつもりだったのかとひそかに囁かれてさえいる。


 そんな辺境伯に推薦される人物が、果たして側近として優れているのかどうか。


 リィンハルトはそう言いたげだった。


 「辺境伯自身はまともな人だっただろう?」


 問われて、確かに、鍛え上げられた武人でありながら物腰は優雅で、貴族家当主にふさわしい人物と思われた。


 「どんな人間でも失敗することはある。子育てになると特にだ」


 王太子だってそうだろう、と言われて、納得するしかない。

 母親は、あのエルダ・グレイシャであるにもかかわらず。


 「辺境伯の息子は母親に溺愛されて育ったそうだ」


 母親は古い伯爵家の娘で、ずっと王都で育った箱入り娘だった。

 王都でもてはやされるような嫋やかな男が結婚相手でなかった事が不満であり、息子が自分に似て生まれた事に歓喜した。

 そして「王都貴族家風に育てる」と言い張る母親によってそれなりの教育は施されたはずだったが、剣術や槍術に熱心になり、やがては母親が止めるのも聞かずに魔獣狩りへ繰り出すようになった。


 「誰にとっても不幸だったのは、息子が正しく辺境伯家の武の才能を受け継いでいたことだね」


 息子は母の望みとは裏腹に武の才能を開花させ、毎度血まみれで戻ってくるようになった。

 だが、母親は息子がそうなっても愛した。

 何故なら息子の外見だけは嫋やかで美しかったからだ。自分に似て。


 最終的には、母親は息子の手によって殺害された。

 祖父と父親が毒に倒れて間もなくの事だった。

 魔獣の前に放り出されたそうだ。

 「ずっと邪魔でうっとうしかった」と後に息子は語ったらしい。


 「武の才能があったからこそ、辺境伯は何も言わずに黙っていたんでしょう?」


 息子の異常性に気づきもせず。


 「いや、何度も矯正しようとしたらしいよ。夫人に邪魔されながら」

 「ああ……」


 なんとなく、色々な事が想像できたリィンハルトだった。


 「辺境伯に遅れて、前辺境伯も回復したよ。彼に相談してみるのもいいかもしれないね」


 そろそろ体力も戻った事だろう、とイルニアは言った。


 そういえば、この薬師は、辺境伯家へ解毒剤を届けたのだった、とリィンハルトは思い出した。

 以来、公にはされていないが、魔女イルニアは辺境伯家から絶大な信頼を寄せられている。


 「あなたって不思議だよねえ……」


 リィンハルトは呟いた。


 「一体何処から来た誰なのか、誰も知らない。気が付いたらここで魔法の結界に守られて薬屋をしていた」


 そらんじるように天井へ目をやる。


 「王家へ紹介したのは辺境伯家だと聞いたけれど、辺境伯家は一体誰から紹介を受けたのか皆目わからない。辺境伯家は昔馴染みの薬師だと言うけれど、そんな人物がいたことを家内の人間は誰も知らない」


 ぱっと視線をイルニアへ戻す。


 「辺境伯閣下に聞けば、なれ初め教えてもらえるかな」


 イルニアは表情も変えず肩をすくめた。


 「どうだろうね」


 「んん~、あなたは教えてくれる気ないんだよね?」


 イルニアは乳鉢から手を離した。

 先ほどから魔力を少しずつ流しながら乳棒を動かしていたのだが、調整が終わったらしい。


 「私はずっとこの森に住んでいる。どこで生まれたのかは知らないが、気が付けば師匠とこの森にいた。師匠がどこの誰かは聞いたことが無い。この森には代々魔女が住むと辺境伯家には伝わっているそうだ」


 「どれくらい昔から?」


 「さあ、聞いたことが無いね」


 「自分のルーツに興味ないの?それとも敢えて聞かないようにしてたの?」


 「両方だね」


 「ええ、そうなの?自分の親が誰かとかは興味ないんだ」


 「単に捨てられたか、それでなければ碌でもない話が埋もれているだろうから、掘りたくないんだよ」


 「ふうん……」


 ちらりとテーブルの上を片付けている少年に目をやる。

 この少年が北山の麓で行き倒れていたという話は聞いている。傷だらけだったとも。

 確かに、掘り返すと碌な事にはならなさそうだ。


 「代々魔女って事だけど、男性でも構わないの?」


 「構わないさ。技術が身に着けば」


 そういうものなのか、とリィンハルトは曖昧に頷いた。



 イルニアは材料を混ぜ合わせた容器の中へ、ほの青く光る水を注いでいた。見るからに魔力をたっぷりと含んでいる水だった。


 「それってこの前の魔法薬?」


 「に使った北山の泉の水だよ。もう残り少ないからね。これで最後だ」


 「へえ。その水ってあの薬以外にも使えるの?」


 「人の来ない場所で周囲から集められ、同じ泉の中で青睡蓮の中へ取り込まれて枯れて水へ戻りまた取り込まれて、と循環しながら純化されていった魔力水だ。人間が魔力を注いで作り上げる水よりも、はるかに触媒としての効率がいい。あの魔法薬だって一滴で済んだのはこの水の御蔭だ」


 「へえ。そうなんだね。なんか、うっすら青く光って綺麗だね」


 リィンハルトはじっと注がれる水に見入った。




 魔の森に入って、突然消えてしまった主人である小公爵を待ち受けていた護衛たちの前へ茂みをかき分けて魔女が現れた。

 それまで気配さえなかったが故に警戒度が一気に跳ね上がり、跳び退って腰の剣へ手を伸ばす護衛たちだったが、魔女の後ろから、銀髪の少年に手を引かれて出てきた主人に気が付いて手を下した。


 「魔法薬を調合していたんですが、魔力と薬の臭いに少し酔われたらしくて」


 銀髪の少年は繊細な美貌で微笑を浮かべて、そっと彼らの主人を彼らの手へ委ねた。持っていた紙袋もついでに彼らの一人に渡した。中身は襟巻である。

 主人、リィンハルトは少し青い顔をして、眠そうな目で護衛たちを見た。


 「森を抜ける頃には酔いも醒めると思うから、連れて帰ってやっておくれ」


 魔女に言われて、護衛の一人が主人の身体を抱き上げた。まだ十歳だから出来る事ではある。

 リィンハルトはぼんやりとした眼差しで振り返った。


 「世話になったね」


 眠そうに言ってついに目を閉じた。


 「用心してお帰り」


 そう言って、魔女と弟子は並んで立ち、見送る体勢になった。


 ずっと気を揉んで待っていた護衛たちは、これ幸いとそそくさとその場を後にした。




 「名残惜しいかい?」


 見送る弟子に、一行がだいぶ離れてから魔女が尋ねた。

 弟子は小さくなる訪問者たちの姿から視線を外して魔女を見上げた。


 「いえ。何故です?」

 「同じ年頃の子と接する機会もないだろう?」


 弟子は魔女の意図を悟って苦笑する。


 「上級貴族のご子息では、境遇が違いすぎて友人には向きませんよ。お互いに」

 「そうかい?側近には見込まれていたじゃないか」


 弟子はあはは、と声を出して笑った。


 「八つ当たりだとおっしゃったじゃありませんか」

 「本気だったと思うがね」

 「側近と友人は違いますし、やはりお断りするしかありませんよ」

 「そうかい?君の能力をここへとどめ置くのもどうかと思うんだがね」


 ユーシャは優秀な子供だった。わけありらしくはあるが、僻地へ閉じ込めておいて良いとも思えない。


 「私は何者かになる気はないんです。ここで師匠に調薬を習って、穏やかに過ごしたいんです」


 だが、少年は仄暗い目をして魔女を見上げる。

 どこにも行きたくないと訴えていた。


 「ま、君にも事情があるんだろう。私があれこれ言う事でもないがね」


 魔女はそれ以上は言わず、踵を返す。

 弟子も後に続いた。





 リィンハルトは魔女の言葉通り森を出た所で酔いが醒め、途端にむくれた。


 「酔わされたの絶対わざとだ」と主張するが、小屋へ至るためのコインの半身は回収されており、もう戻っても入れない。


 ぷりぷりしながら滞在先の辺境伯家別邸へ戻った。

「森の魔女と血族判定」終わり、です。

後からタイトルをつけるスタイル。


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