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少年は叔父に聞いた魔女の薬屋に興味があったから替わってもらったと言った。
イルニアにもう一度会って話がしたかっただけで他意はないと。
それを信じたわけではないが、十歳にして既に抜け目のなさそうな「貴族」そのものである少年を追い詰めた所で益は無いと思い、イルニアは深追いはしなかった。
少年は満足そうに笑い、イルニアは無表情。頃合いを見て出てきた弟子は来客用の笑みで茶を取り替えた。
ユーシャも貴族的な外見にふさわしく、「胡散臭い笑み」を浮かべる事が出来る。
公爵令息とにっこり微笑みあう姿を見て、イルニアは無表情を保ちながら末恐ろしさを感じて若干背中をひんやりとさせたのだった。
***
ヒルダは現在、魔法研究所にいる。
発現属性が複数な人間は珍しく、研究に協力する代わりに魔法学校を受験するのに必要な魔法学の基礎を教わっているらしい。
出迎えてくれたのは、世話役のオルダリアンと名乗る若い魔導士だった。
「あなたが森の魔女イルニア殿ですか」
どこか嬉しそうにオルダリアンは言った。
「血族判定の魔法については研究所でも話題になっていたし、今でも話題なんです。後で詳しくお話をお伺いできませんか?」
「いいけど、別に秘術でもないし、魔法薬ともども情報は開示しているはずだよ」
判定後、王に依頼されて、薬師院へ提出した魔法薬の論文含めた術の詳細を魔法研究所へ開示した。別段秘密にする必要も感じなかった。
「ええ。ですが、まず魔法薬の材料も揃わないですし、よしんば揃っても調薬が我々に出来るかどうか判りませんし、判定魔法に至っては、緻密な魔力操作とそれなりの魔力量を要求されますし、誰が行使できるかと言えば、今のところ研究所では誰も出来ないのですよ」
魔導士は薬の調合などはあまり行わない。例え魔法薬であっても、それは薬師の範疇という考えの者が多いらしい。
魔法と魔法薬の組み合わせは、魔女ならではの術だと言われはしたが、現在、魔法研究所の魔導士たちは調薬の修行を始める者が続出しているらしい。
「皆、魔法の事にばかり注目しすぎていたと反省しているのですよ。別の分野と合せればそれまで予想もしなかった発展もあり得るのだと気が付いたのです」
熱弁をふるうオルダリアンにイルニアは苦笑する。
魔法馬鹿は嫌いではない。
「時間があれば少しくらいは構わないよ」
オルダリアンはぱあっと顔を輝かせた。
「ありがとうございます。ヒルダはこちらですよ」
出来る限りの早足で進みはじめたが、所作は優雅だった。恐らくいずれかの貴族家の子息なのだろう。
応接室へ通されると、既にヒルダは室内で待っていた。
「この前はお世話になりました」
ヒルダは上品に頭を下げた。
「この間ぶりだね」
イルニアも応えて、二人は向かい合って腰を下ろした。
オルダリアンは部屋の隅の椅子へ腰を下ろした。
「私が来た理由だが、聞いているかい?」
「いえ。でも、ハイネン家における私の行動に関する事だとは予想がついています」
「うん。まあそうなんだけどね」
イルニアはじっとヒルダを見る。
ヒルダは黒い瞳で見つめ返す。
「この前、君の魔力紋を見た時は言わなかったけれど」
イルニアの手の平から、小さな魔力紋が浮かび上がった。
その一部が青く光っている。
どうやらこの魔女は一度見た魔力紋を再現できるらしい。
「君、相当魔力制御を鍛えているだろう?」
「え……」
ヒルダは戸惑うような顔をした。
「無意識か……」
その顔を見て、そう判断した。
「魔力紋ってね、変化するんだよ」
それを聞いてヒルダは意外そうな顔をした。それでは、血族判定には使えないではないかと。
「勿論、因子の数が増えたり減ったりするわけじゃない。だが、体を鍛えると筋肉がつくように、因子もね、訓練しただけ補強されるんだ。枝葉が伸びると言えばいいか。顕著だったのはアデライル・アウスタインの魔法紋だ。母親が平民とは思えない程複雑になっていたし、全体が茨のように棘だらけだった」
「棘……」
「内面や心情が反映されるのだろうかねと話したこともあるが、まあ、今は君の事だ」
手の平を差し出す。
小さな魔力紋の一部は相変わらず青く光っている。
「貴族家の血筋特有の因子の多さもあるけれど、文字列が何重にも絡んでいるだろう?」
言われて見入ると、確かに、幾つもの文字列が装飾的に蔓のように絡んでいた。
「まだあまり詳細を研究してはいないんだけれど、この伸びている蔓の細かい髭部分がね、これが沢山伸びて均等に絡んでいるのは、魔力制御を鍛えている人間に多く見られる特色なんだよ。穏形っていうのは、気配察知や気配遮断、時には空間魔法も駆使して行われるから……。これらを無意識に編み上げたのだとしたら、君は余程天才か努力家なのだろうかね」
ヒルダはじっと己の魔法紋を見つめ、溜息をついた。
「虐待が恐ろしかっただけです」
ぽつりと呟く。
イルニアは視線を向ける。
「ハイネン伯爵家へ引き取られる前、私は孤児院にいましたが、そこでも生存競争は激しかった。暴力も普通にありました。私はひ弱な子だったのでなんとか目立たずやり過ごせるように気配を消すことを覚えました。それが始まりだったのかもしれません」
伯爵家の下働きだった母親は、ある日突然主人から乱暴を受けた。
そうして身ごもったのが自分だとその時には知っていた。
物心つく前から母親がそう言って聞かせたからだ。
望まぬ妊娠だったと。
恐らくは母もその母親からそうされてきたのだろうと今なら思う。
母親は腹が目立つようになる前に、伯爵家を辞し、救貧院へかけこんだ。
似たような事情を抱えた女が来る事はままあるのだろう。
救貧院は母親が無事出産するまで面倒を見た。
体力が戻り、赤子の授乳頻度が落ち着くまで救貧院で過ごし、貧民街の狭い一室を借り受け、母親はそこで赤子と過ごし始めた。
幸い読み書きが出来た為、針仕事以外の仕事も受ける事は出来たが、赤子を抱えていては少ない仕事でも選ばざるを得ず、家は常に貧しかった。
母親は「私も、私の母と同じ目に遭った。この世界では下層の女がつけるどうにかまともな職は限られていてそのうちの一つが貴族家の下働きだが、器量が良いと途端に踏みつけにされる」と言っていた。
ため息交じりに娘の顔を見ながら「あなたも私や母と同じ事になるかもしれない」とやりきれない口調で呟いた。
それでも「無いよりはあった方がいい知識」として三歳を過ぎるとぼちぼち読み書きを教えてくれた。それが終わると簡単な計算も。
母がそれをどこで身に着けたのかは聞いていない。
ともあれ、そうやって貧しいながらも平穏に暮らしていたが、ある冬大寒波が押し寄せてきた。
常に栄養失調気味でもあった母は風邪をひき、それは瞬く間に肺炎になった。
「私よりはまともな人生であるよう祈っているわ」
母は、最期に苦しい息の下からそう言い残した。
その冬、孤児院へ引き取られた子供は多かった。
そんな中で読み書きや計算が出来る子供はやはり少なく、孤児院の常に人手の足りない事務方の手伝いを頼まれるようになった。
ヒルダは自分でも自分が利発な子供だと判っていた。
大人の受けがいい事も。
故に子供にはやっかまれることも。
何度か力の強い子供に理不尽な暴力を振るわれ、ヒルダは部屋の中で自分が「空気になればいい」と願った。
目立たぬよう息を殺して、常に部屋の隅にいるようにしていると、やがて、絡まれなくなった。
それどころか「あれ、あいつどこだ」と探されながら目の前を通り過ぎて行かれた事も。
その時、自分の能力に気が付いた。
その後は、昼間は孤児院の事務雑用を引き受けつつ常に隅に潜み、夜は皆が寝静まってからそっと寝台へ入った。
存在感を薄くするのにも段階がつけられるようになった。
「ああ、そこにいるな」程度に思わせ、それ以上に意識が向かないようぎりぎりの線を会得した。
食事などの場合は、認識されていないと困るからだ。
「そうこうしているうちに、どういうわけかハイネン伯爵家から使いが来ました」
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相変わらずあっちいですね。
ネットニュースに編み物の話題が上ってきますが、なんつか、まだいい、って感じです。
編み物が趣味だった頃もあって、その時は夏にはコットン糸であれこれ作っていたりもしたんですが。
入院を挟んで興味がぱたりとなくなってしまいました。
習い事もやめてしまったし、五年くらいぼーっとして過ごしている感じです。老い先短いのに……




