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 よく手入れされた木立を抜けると、日当たりのよい庭園が現れた。

 この宮の名称「白薔薇宮」の名の通り、白薔薇を中心に白い花が年中どこかしらで満開になるように調整されていると聞く。


 間を縫うように作られた小道の先には、東屋があり、黒衣の元王妃が座して待っている。


 ゆっくりと歩み寄るのは、これもまた黒いローブをまとった魔女。

 後ろに続く弟子の髪色だけがこの離宮にふさわしく銀にきらきらと輝いていた。


 待ち受ける元王妃はその輝きに目を細めた。

 「お久しぶりね、イルニア殿」

 「本当にね」

 恐らく現在、国内で一番力を持っているのはこの元王妃だが、イルニアは恐れる様子もなく前に立つ。

 「お座りになって。お弟子さんも」

 「いや、弟子は気づまりだろうから、挨拶だけで」

 「あら、では別に席を用意させるわ」

 元王妃が軽く手を振ると控えていたらしき侍女が音もなく動いた。

 「こちらユーシャ。教え始めて一年になる」

 イルニアが弟子を紹介すると、弟子はすっと頭を下げて一礼した。

 「ユーシャと申します。イルニア様に魔法と調薬の指導を受けております」

 美貌も相まって優雅な立ち居振る舞いだった。

 「ほほ、下手な貴族の子供よりもお行儀が良いこと。あなたのお仕込みなのよね?」

 元王妃がイルニアを意味ありげに見るが、イルニアは頷くだけだ。

 「元々ユーシャは物静かで粗野な所がなかった。私はそれなりに教えただけだ」

 「そうなのねえ……」

 実家が諜報専門であるだけでなく、この元王妃自身も生まれた時からそれなりの教育を受けていたと噂されている。

 前王の素行の悪さに婚約者候補の娘達の中からどうにかそれを御せる人物として選ばれたのもそれ故だと。

 実際、この元王妃はよく手綱を握っていたとは言われている。


 「エルダ・グレイシャよ。後ろに長々と姓が続くけれど、近いうちなくなる予定よ」


 にっこり笑って自己紹介した。

 確かに、前国王を「病気療養」させて臨時で政務を新国王とともに担ってはいるが、新国王が妃を迎えれば即座に隠居すると公言している。

 その妃がなかなか見つからないのだが。

 「エルダ王太后様は現国王陛下の大いなるお力添えになっていらっしゃると伺っております。前国王陛下の事なども含め、ご心労続きでいらっしゃいましょう。本日はわざわざ師だけでなくわたくしにまで御心遣い賜りましてありがとう存じます」

 ユーシャはそう挨拶を返した。

 エルダ王太后は苦笑を零した。

 「完璧すぎるわよ。少しは隙を見せた方が可愛げがあってよ?」

 ユーシャは答えず表情も変えずもう一度頭を下げた。

 完璧故に取りつく島もない。溜息をつきつつイルニアを見る。

 「弟子は可愛げを発揮する必要があればそうする」

 イルニアは冷ややかに答えた。

 ぱちりと瞬きする。

 「あら、そうなの。教育は完璧ね」

 イルニアは鼻で笑って、断りもせず自ら椅子を引いてエルダの前に座った。

 無礼な振る舞いではあるが、使用人たちは気にした様子もなくそっと茶をさしだし、弟子は木陰のベンチに作った席へと誘導されていった。


 「急に呼び立てて悪かったわね。貴方を連れて帰ったと聞いていてもたってもいられなかったの」


 弟子も使用人たちも充分距離をとった所で親しげに微笑む。

 「王太后殿下が会いたがっていると強引に馬車へ乗せられたんだ」

 憮然としてイルニアが言う。

 「悪かったわ。あなたと会う機会なんてそうそう作れないんだもの。あなた呼んでも来てくれないし」

 「何度も言うが宮殿も王侯貴族も嫌いなんだ。まして常に命の心配をしていなきゃならなくなった。心が休まらないんだよ」

 先の事件によって不利益を被った貴族たちから八つ当たりのように恨まれている。

 現国王も王太后も同じことだが、身分差と警護の厚さの関係から、より攻撃しやすいと見られたイルニアの方に被害が集中している。

 「大分、不穏分子は潰したつもりなのだけれど……」

 困ったものねえ、とエルダは暢気に扇を顎に当てた。

 「あなた当分隠居は無理だね」

 皮肉めいた様子もなく言われ、ふう、とエルダは溜息をついた。

 飄々とした笑みを浮かべてはいるが、どこか疲れても見える。

 「土産に香草茶を置いて帰るよ」

 エルダの緑の瞳がゆるりと笑んだ。

 「有難いわ」

 「ついでに()()見せて」

 そう言われ、エルダは胸元から細い鎖と碧の緑柱石のネックレスを外した。

 手渡され、イルニアは石をじっと見つめ、両掌で包み込んだ。

 「意外と魔力が保持されている」

 「()が頑張ってくれているのよ」

 実家からの手勢が増員されているのだろう。

 石へ魔力を充填し終わり、エルダへ返される。エルダはそれをつけ、ブレスレット、指輪と順番に渡していく。

 「ブレスレットの石が一部変色している。何度か毒を食らったか?」

 「敵もさるもので、劇薬ではなく、徐々に効くような毒物に変えてきたのよ」

 確かにそれでは毒見にも判断が付かない。

 「これを渡しておいたかいがあったということか」

 「そうね。本当に」

 「どういった毒だったかは判明しているのか?」

 「ええ。分析は実家に任せたわ」

 「ならよかった」

 「あなたの香草茶には解毒の作用もあるんですってね」

 ちらりとイルニアは視線を上げたが、指輪の石に視線を戻した。

 「ま、茶だからね。作用と言っても微々たるものだよ。毒素の排出を促し、内臓の働きを整える。「体に良い」程度の物だ」

 「今回の毒みたいに、徐々に蓄積されていくタイプには有効なんですって」

 「そりゃまあ……。とはいえ、ちゃんと処方された解毒剤は服用するんだよ」

 「ええ、勿論」

 にこにこしながらエルダは答えた。

 五十はとっくに越え、そろそろ六十に届こうかと言う年齢だが、若々しく少女のような笑みだった。

 赤味を帯びたこげ茶の髪は金髪ばかりの王家の中では浮いていたが、碧の瞳の美しさが称えられていた。

 その前にいる黒い魔術師ローブのイルニアは同じくこげ茶の髪に瞳までこげ茶だったが、向かい合っていると親戚程度の血のつながりがあるのではないかと思わせられる。

 実際そう噂する者が少数ながらいる。

 もっともイルニアの存在を知る者に限られるが。

 「所で、エンジュの家へ行って来たのよね?あらましは聞いたけれど、ハイネンの家の母子はどうだったの?」

 気を取り直したように指輪を嵌めなおした手でティーカップを持ち上げながら尋ねる。

 向かいでイルニアも茶に手を付けた。

 「報告の通りとしか言いようがない。子供はエンジュの血も王家の血も混ざってはいるが、判るのはそこまでだ血族判定魔法はそこにいない親が誰か調べる魔法ではないからね」

 「でもあなた、エンジュ公爵の子の可能性は薄いと判断したけれど、アデライルの子であるかどうかは言及していないわよね」

 言われてイルニアは渋い顔をした。

 「そりゃ判断できないからね」

 「でもあなた、アデライルの血族判定の時、あの娘の魔力紋見たじゃない」

 「確かにね」

 思い出したようにイルニアは遠くへ視線をやった。

 拘束されながら昂然と顔を上げ、蔑むように見下ろした先には、同じく拘束された国王が狂気を帯びた目で己よりもはるかに年下の娘を睨みあげていた。

 イルニアはうんざりしながら二人の背後に回って指から血を採取したのだった。

 アデライルの魔力紋は母親が平民と聞いていたにも関わらず複雑怪奇だった。亡くなった母親の魔力紋も見てみたいと思わせる程。

 「あの娘の魔力紋は全体に茨が巻き付いているようなとげとげしさだった。内面が反映されるのだろうかね」

 あの場にはエルダもいた。

 浮かび上がる魔力紋をじっと見ていた。

 「茨……そうだったわね」

 解析されて取り出された文字列さえ棘を帯びていた。

 「少なくとも子供の魔力紋に棘は無かったよ」

 「それが、復讐心が無い証拠になるとでも?」

 「いや……」

 ティーカップをソーサーへ戻して、イルニアは暫く黙り込んだ。

 エルダもじっと待っていた。

 「相手は三歳児だ」

 「それがあなたの判断ね」

 「国王陛下の判断だよ」

 エルダは肩をすくめた。

 「陛下はまだ甘いのよ」

 「……そうだな」

 「それが悪いというわけでもないのだけれどね」

 そう言って浮かべた微笑には疲労が滲んで見えたが、イルニアは言及しなかった。

 エルダは実の息子である王太子を切り捨てた女だ。

 平然として見えたが、その心の奥底は誰にもわからない。



 何故か前国王は盛んだった割になかなか男子に恵まれず、子自体も少なく、側妃たちの下にも二人王女が産まれたのみだった。

 アデライルも女子、今回発覚したヒルダの母も女子。

 正妃もなかなか妊娠せず、漸く生まれたのがたった一人の王子だった。

 幼いころから、手をかけ暇をかけ丁寧に育て、教育したと聞いているが、十歳を迎える前から既に父親に似た享楽的な性格の片鱗を現していたという。

 どうにか軌道修正しようと周囲は心を砕いたらしいが、一つも実を結ばなかった。

 早くに気の合う婚約者をあてがえば少しはマシになるかと試したが、十歳そこそこで無理やり不埒な行為に及ぼうとして婚約は白紙になった。

 この調子では婚約を結んだ家に迷惑をかけると暫く婚約者選定は見送られた。

 二十歳を迎えるにあたって、用心深く選んだのがイシュトリア公爵家の令嬢だった。

 その時令嬢は十四歳。

 王太子と同年代は以前婚約が白紙となった顛末をよく知っている為、早々に嫁ぐなり行き先を決めるなりして王太子を避けていた。そのくらい年が離れている年代にしか適当な相手がいなかった。

 新たな婚約者と同年代の娘達とて、王太子はあまり喜ばしい婚約相手ではなかった。

 イシュトリア公爵家が婚約を受け入れたのは、令嬢が前妻の子であり、出来が良すぎると現妻に煙たがられていた為であった。

 ひどい話ではあったが、人身御供に差し出されたようなものだった。

 王妃は新たな婚約者を可愛がり、自ら教育し、いずれは己の代わりに息子を制御できるよう仕込もうとした。

 娘も従順にそれを受け入れた。

 他に道がなかったからだろう。

 可哀想に思いながらも、エルダは漸く安心もしていた。

 次代もどうにかなるだろうと。


 だが、結果はこうだ。


 外せぬ外交で王都を離れていた数日のうちに。

 そして戻れば戻ったで、勝手に「王命」を発令した王子に対して当の王が何も言わない。

 それどころか、王太子たちが連れ込んだ得体のしれない少女に欲のこもった眼差しを向ける始末。


 少女の「魅了」に後手に回らされ、将来を託すつもりで仕込んでいた令嬢を見殺しにする事になった。



 「王家の血はね、多情の血とでも言うべきか……」

 視線が宙を彷徨う。

 「前国王陛下だけでなく、その前の代も色々と酷かったのは周知の事実でしょう?いえ、前国王が酷過ぎただけで、代々後宮の賑わいの途切れない王室だったのよね。近隣諸国でも有名なくらい」

 どの王も側妃を複数持ち、その上妾妃も持つのが当たり前だった。

 王家は代々色好みとして諸国から揶揄され、しかし、そこにつけこまれもし、逆につけこみもした。

 下手な戦を行う代わりに娶り娶られ、国土を荒らさない代わりに後宮が荒れる事もしばしばあった。

 国力が落ちなかったのは、正妃もしくは側妃の一部に国王をうまく制御できる人材がいたからと言われている。


 「私の感覚も麻痺している部分はあると思うわ。そもそも時代錯誤なのよね」


 後宮などというものは、他国ではとっくに廃止されている。

 「息子はあの女に狂う前から、素行は最悪だった。本来であればさっさと見切りをつけておくべきだったのよ」

 そうすれば結果はまだましだっただろうと。

 少なくとも、優秀な令嬢たちを本来あるべき表舞台から遠ざける羽目にはならなかっただろう。

 現国王の隣には亡くなった公爵令嬢がいたかもしれない。

 「多情の系譜を断ち切る必要があるのは判っていたのに、なるべく穏やかな方法をと模索していたのよ。そんな生易しいやり方じゃどうにもならないのはどこかで判っていたのにね」



 「現国王陛下は、多情の血筋からは離れた存在でしょう?」

 前の王の弟の息子の三男。

 王弟は、側室腹だった事もあり、無駄な争いを避けるために早々に王位継承権を放棄し、臣籍降下し、十代の内に結婚した。

 妻は騎士団長の娘で、自らも腰に剣を佩いて戦う女性だった。夫婦仲はよく、王都の滞在は最小限で、主に領地で過ごしていたと聞く。領地は夫婦に目配りされてよく栄えたと。王都で爛れた生活を送る兄とは大違いに健康的に生きて現在も壮健。息子に早々に代を譲り、夫婦で悠々自適に魔獣を狩って生活していると言う。

 更に王甥も十代で辺境伯家の娘と結婚して、こちらもあまり王都には出てこず、仲睦まじく暮らしているという。

 親子揃って、剛毅な腕の立つ娘を選んだ。

 少なくとも、色好みの王たちが選んできた女とは全くタイプが違う。


 「全く血のつながりがない人間を選ぶわけにはいかなかったけれど、()()からは出来るだけ遠い人間で、知力、体力の整った人を選んだわ」


 現王は十六から二年中央騎士団に所属。入団試験の成績はユプシロンと並んでトップだったと聞く。その後領地へ戻り、領地騎士団へ入団。母も現役なそこで魔獣討伐にいそしむ傍ら、家族で領地経営に携わる。

 友人は騎士団でも同期、手練れで有名なユプシロン卿。幼年学校で一緒だったエンジュ公爵家三男は経営専科の学校へ進んで優秀な成績を収め、代替わりしたばかりの兄を補助するという名目で領地へ戻り、殆ど兄の代わりに領地経営を担っていた。ちなみに次男は新興貴族で商売上手な子爵家へ婿に入って周囲を驚かせた。


 「周囲が用意せずとも、側近にふさわしい友人が既にいもする。まったく……」


 エルダだとて、息子の為を思い、選りすぐった人間たちを友人兼側近候補として与えもしたのだ。

 だが、誰もかれもが、息子の毒気に当てられたかのように堕ちて行った。


 エルダは深々と溜息をついた。


 「あの子たちも、私が下手に選んだりしなければ、あんな風にならなかったのかしら……」


 国の将来のためにと手をかけ目をかけた人間が次々と脱落していった。


 「私の人生何だったのかしらねえ……」


 木陰のベンチで本を読みながら師匠を待っている少年を見やる。

 少年の銀の髪がきらきらと木漏れ日を弾き、少年は少し眩しげに上を見上げて座る場所を変えた。

 すると羽の紅い小鳥が今まで座っていた場所へ降り立ち、少年をじっと見上げた。

 少年は微笑みながら、テーブルの上の菓子の皿に残っていた菓子屑を小鳥の前に置く。

 小鳥は警戒もせずそれをついばんだ。

 和やかな光景だった。


 己の息子にも、あんな時代があったように思うのに。



 「一人でどうにかできる問題ではなかったということだろうよ」



 イルニアの言葉にふ、と力が抜ける。

 常に辛辣な口調の中に珍しく優しさが含まれていたからだろうか。


 「貴方が一人で責任を感じる必要もない。本来責任をとるべきなのは王であり、貴方に責任があると言うなら、同じく政に関わった人間全てに同じだけの責任があり、もっとつきつめれば貴族全体の責任でもある」


 支配階級なのだから。

 王の見張り番としての務めはあるはずだ。


 「深刻ぶっているが、ブリュネシュタイン公爵家の前夫人と仲が良く、しょっちゅう交流していただろう?以前から密かにあの家の子息たちに目を付けていたんじゃないのかい」


 エルダは目を瞠った。

 ブリュネシュタイン公爵家とは現国王の生家である。確かに前公爵夫人とは少女時代からの友人で、大概は夫人を宮廷に招く形にはなったが、時折公爵家を訪れもしていた。

 だがそれをどうしてこの魔女は知っているのか。


 「三男坊はあなた好みと思っていたよ」


 エルダは苦笑した。


 「貴族の内部事情に詳しいのね」


 「そうだね」


 イルニアはするりと答えた。


 「何故と尋ねても?」


 「詳しい知人がいたんだ」


 過去形で答えた。


 「それは、私の知っている人かしら」


 こげ茶の瞳が、碧の瞳を見る。


 「そうかどうかを、私は知らない」


 瞳に感情は無く、冷ややかだった。

見に来てくださってありがとうございます。

いいね、評価、ブックマークありがとうございます。


九月になって若干気温も下がったかとは思うのですが、多少マシになったというだけで相変わらず暑いですね。

妙に身体が熱い気がして体温を測ったら微熱がありました。

頭が痛いし、怠いし、もしや熱中症か!と慌てて水分を採り、少し落ち着いてからシャワー浴びました。

ぬるま湯、と思って調整していたのに、どんなに湯の量を絞っても熱いので、水だけにしたら、水そのものがぬるま湯でした。

ずっと出しっぱなしにしてもぬるま湯のまんま。

信じられん。

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