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 エイデンはエンジュ公爵家に暫く滞在する事になった。

 ヒルダはほっとした顔で甥を任せて辞そうとしたが、ルドーは彼女にも声をかけた。どう見ても行く宛てなどなさそうな元貴族の女性を放っておくことが出来なかったのだろう。お人好しらしい所を見せた。

 だが、もう一人ヒルダを呼び止めた人物がいた。

 魔女イルニアだった。


 「君、ハイネン家で魔法教育は受けたのかい?」

 唐突に尋ねられ、戸惑うように「いえ」と首を振った。

 庶子として疎まれていたが故に、必要最低限の教育しか受けていない。いずれ益のある家へ嫁に出す事を考えて一度神殿で検査を受けさせられ、魔力があることだけ確認してそれきりだ、と。

 ふむ、とイルニアはヒルダの魔力紋をじっくり眺める。

 「君ね、結構な能力があるよ。もっと幼い頃から鍛えていればよかったが、今からでも遅くはない。今後をどうする予定なのかは知らないが、修行してみるのもいいんじゃないか」

 「え……」

 意外な事を聞かされたとでも言いたげな顔をする。

 「私の母はハイネン家の下働きだったと聞いているのですが……」

 「うん、まあ、そうかもしれないけどね」

 ヒルダの魔力紋を興味深げに解析しながらイルニアは微笑む。

 「君の母親も、わけありのようだよ。何か聞いていないかい?」

 「いえ、私が幼いころに母は亡くなっておりますし、祖父母などの実家の事についても聞いたことがございませんので」

 天涯孤独だと思っていた、と。

 魔力紋の一部が薔薇色を帯びた。

 イルニアはすいと指を動かし、その文字列を王の前へ持って行く。

 「これ、見覚えあるだろう?」

 国王にそう訊ねる。

 青い瞳が瞬いて、うんざりしたように溜息をついた。

 国王の魔力紋の中からも薔薇色の文字列を探しだし、二つを重ねると、短いがぴったりと重なった。

 「この子は、前王の娘、ではないな、この短さだと孫か?」

 「そんなところだろうねえ」

 この分であれば、恐らく同じような子供は他にもいると考えていいだろう。

 「まったく……」

 ここにも、兄ではないが血縁の不祥事の尻拭いに奔走する、せざるを得ない男がいる。

 「魅了の因子もあるようだが、発現はしていないようだ」

 びくりとヒルダは身を震わせたがイルニアは気にするなと笑ってやる。

 「王家の人間は少なくない数持っている因子だ。通常であれば、多少人から好感をもたれる、程度の物だよ。この前の娘のように強烈なのは滅多にない。資質と性格と環境と、色々揃わないとああはならないんだよ」

 「……そう、ですか」

 「あの子のようになりたいと思っても、それはそれで難しいよ」

 「いえ、別段そうなりたいわけでもありませんし、魅了の能力が欲しいわけでもないんですが」

 考え込むようにヒルダは俯く。

 「ただ、修道院へ入りたいと思っていたのですが、それでは嫌がられるでしょうね」

 多額の寄付金を治められる家の娘であれば、特別室へ入って殆ど外に出ない、という事もできるのだろうが。

 「言わなきゃいいだけの話じゃないかい?」

 「知ってしまった以上、そういうわけにもいきませんでしょう」

 真面目だねえ、とイルニアは笑った。

 「保護して魔法学校へ入れてやるのがいいと思うがね」

 国王に言うと王も頷いて見せた。

 「ついでにハイネン家の籍からはきちんと抜けてもらおう。その子はどうなっているんだ?」

 三歳児を見やる。

 「判りません。エンジュ公爵がどのようにせよとおっしゃったかを私は知りませんので」

 「その辺はこちらで手続きしよう。で、君は魔法学校へ行く、でいいのかい?」

 王に再度問われ、ヒルダは甥として接してきたエイデンを見る。

 エイデンは健気に顔を上げて、頷いて見せる。

 「あの、出来ればエイデンに、たまに会ってもよろしいでしょうか」

 「問題が無ければ」

 「では、是非にもお受けいたしたいと思います」

 ヒルダは膝を折って一礼した。


 



 「あれは甥の為に引き受けた、という所か?」



 帰りの馬車の中、何故か国王に同乗させられたイルニアは尋ねられて溜息をついた。

 「そうなんじゃないか」

 「投げやりだな。正直どう思う?」

 もう一つ溜息をついた。

 「多分そうだろう。だが第二のアデライル・アウスタインになる可能性もあるだろう」

 王もまた溜息をつく。


 アデライル・アウスタイン。


 一連の事件の中心人物。

 魅了を持って王侯貴族の男達をたぶらかし、王さえ失脚させた希代の悪女。

 そして、国王の血を引いた悲劇の娘……


 「ヒルダの魔力紋はどうだったんだ?」

 「発現しているのは土と水。魔力のある虐待されていた子には珍しくないね。飲み水が賄え、狭くとも土地があれば何か作物が育てられる。実を言えば、アデライルもその二つが魅了より前に発現していた形跡がある」


 王は顔をしかめた。

 

 「ヒルダの虐待があったのか?ハイネン家で?」

 「どうだろうね。衣食住だけは整えられていたのだとしたら、単に個人の才能なのかもしれない」

 「才能?」

 「促されたわけではなく、また必要もないのに複数の属性の魔法が発現したのだと考えれば、庶民の中にこそ稀に現れる「賢者」なのでは?」


 魔法に特色のある貴族家、例えば水魔法のエンジュ公爵家等であれば、子供に発現を誘導する蓄積されたノウハウがある。

 そうでない家であっても、子供が魔力持ちと判れば、専門家を招いて魔法教育を施す。専門家はやはり発現を促す手段を持っている。

 誰かに促される事もなく発現する子供もたまにいるが、制御の仕方が判らず事故を起こす事もあり、神殿が主体となって「まずは三歳までに検査」「魔力が平均以上あれば暴走抑制の守り石」ということになっている。


 だが、それは貴族家かある程度裕福な家に限られた話である。

 何をするにも寄付が必要な神殿の事、貧しい家は子供に魔力検査など受けさせない。

 そして、一般的な庶民の子供に魔力が平均以上宿る事もほぼない為、現状その体制で殆ど問題は起こらない。


 が、稀にいるのだ。

 全くの庶民から突然平均をはるかに上回る魔力を持ち、また強大な魔法を発現する者が。


 そういった者は賢者と呼ばれ、過去は王家に保護され、研究職に就くことが多い。

 賢者が開発した魔法道具や術の数々が国を大きく発展させる事もあり、大事にされる。


 囲われる事を嫌がって出奔する者もいるが。


 そして、強大な魔導士であるが故、そうなると誰も見つけることが出来ない。


 

 「いや待て、ということは、アデライルも賢者になりえた可能性があったということか?」



 「隣国で育てられたのが徒となったねえ……」

 隣国は新興国であり、蓄積された魔法に関する知識が一度散逸している。

 特に王家や有力貴族家に蓄積されていたそれらが失われたのは痛かっただろう。研究所を作り、魔導士の数もそれなりにいるが、どうしても発展具合は他国に劣る。

 そしてその分、人の手に寄る技術は大きく発展している。

 「隣国は「魅了」を甘く見ていたのだろう。暫く諜報に利用していたようだから。確かにきちんと制御されていれば素晴らしく役には立つのだし」

 とはいえ、「きちんと制御」が難しいのが魅了である。

 特にアデライルのそれは王家の血を引いた御蔭で魔力も膨大、効力もやがて強大に。

 あっという間に制御不能になり、易々と出奔を許してしまった。

 「ま、お隣には殆ど害はなかったようだし、養った分以上の見返りはあったんじゃないか」

 「その分の害が全部こちらへ来てしまったがな」

 国王は憮然とした顔で言った。

 一番迷惑を被り、今も被り続けているのがこの王だ。

 文句の一つも言いたくなるのだろうが、元をただせば己の血縁が発端の事件である。普段は穏やかに笑みを浮かべて過ごしているが、大っぴらに文句も言えずにストレスを溜めているのだろう。

 「アデライルの魅了は無分別にふりまかれたように見えて、実は本人にある程度制御されていたのではないかと言う研究者がいる」

 「あり得ない事ではないでしょうね」

 さして驚いたふうでもなくイルニアは答えた。

 「判っていたのか?」

 ちらりとイルニアは王の瞳を見やる。

 「あの頃の状況を聞いたり報告書を読んだ限り、アデライルに大袈裟に侍っていたのは王太子と側近、国王と何人かの大臣と取り巻き。他にも数人関係者がいたらしいが、結局元王妃殿下のご実家の病院へ収容されたのは当初予想された人数より少なかったようだし、「疑いあり」で収容された人間も殆どが影響無しとされたと聞いた。つまり、「狙って」魅了を発揮できた可能性が大きい、というわけだ」

 被害者は拍子抜けする程少なかった。

 「あの規模の魅了事件にしては珍しい事だよ。まあ復讐心が制御を可能にしていただけなのかもしれないが」

 こちらの国で神殿に見いだされ、魔法研究所で養育されていれば、今頃は素晴らしい魔導士が一人活躍していた事だろう。

 「人材って国の宝だよ。大事にしないと」

 イルニアはにやにや笑いながら言う。

 「判っている。だから君も大事にしているじゃないか」

 「私は国民じゃないし、陛下との関係は純粋な取引だよ」

 「王宮に住む気にはならないか?」

 それまで黙っていた騎士がぎょっといたような顔で王を見た。

 「やなこった」

 イルニアの答えに、更に顔を青くする。

 横に置物のように座っていた弟子がぷっと噴き出した。



 「君でもいいんだよ、ユーシャ」


 傍で大人しく会話を聞いていた弟子へ王は声をかける。

 ユーシャは困惑して師匠を伺い見た。

 「冗談に決まっているだろう」

 師匠はぽんぽんと弟子の背中を叩いてやる。

 「いたいけな子供に妙な事を言うのはやめてほしい」

 そして王へ抗議する。

 「冗談ではないよ。彼は君から多くを学び、薬師としてはもう一人前だと聞いている」

 子供かどうかは問題ではないと言いたげだった。

 「いえ、私はまだまだ学びが足りません」

 少年が首を振った。

 顎の線で揃えられた銀の髪がさらさらと鳴った。

 首筋は細く、頼りなげだ。

 眉が寄せられ、色の薄い瞳の縁がうっすらと滲んでいる。

 「もっと師に学びたいです。どうか師といさせてください」

 両手を組み合わせ、懇願するように王を見る。王はむっとした顔をした。

 「何がいたいけな子供だ、自分の武器をしっかり把握して利用しているじゃないか」

 憮然として言う。

 「何のことですか。私の偽りない気持ちを申し上げています」

 ユーシャは更に言い募った。

 今度はイルニアが噴き出して、軽く弟子の頭に手をやって髪の毛をかき乱した。

 ユーシャは口をつぐんだ。

 「間違いなくこの子の正直な気持ちだよ。それくらいは判るだろう」

 イルニアは王へ言った。王も黙った。

 「それにこの子を宮廷へ入れると、余計な誤解を生みそうだ。勘弁しておくれ」

 さらさらの銀色の髪、灰色の瞳、真っ白な肌、整った容貌。

 下手な下級貴族よりも貴族的な外見は、余計な憶測を生むだろう。

 今であれば、アデライルを想起する者も多かろう。

 更に言えばその銀の髪。

 瞳まで色の薄いその特徴は、ある貴族家によく現れる色に似てもいる。

 王も僅かながら疑っている。

 イルニアもユーシャも否定しているが、それこそ血族判定を行ったわけでもない。


 「面倒は御免です」


 弟子がぽつりと言った。

見に来て頂いてありがとうございます。

いいね、評価、ブックマークありがとうございます。


本日てっきり月曜と思い込み、19:30からのいきもの番組を見そびれました。今の時期は特番とか野球で潰れがちかしら。

まだかろうじて八月だったのですよね。

朝のうちは「おや今日は涼しいか?」と思いましたが、結局相変わらずあっついです。

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