表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【SS】10分以内で読める、読切短編

苦いコーヒー

作者: 弓屋 晶都

子供の頃『コーヒー』というのは大人が飲む物、というイメージだった。

大人になれば、いつか自分もコーヒーが飲めるようになる。そう思っていた。


けれど、二十歳を超えても、苦いものは苦いままだった。


ただ、いつからか、ほんのり芳ばしい、その香りが好きになった。

だから、コーヒー味のチョコだとか、飴だとか、そういった物なら好んで口にした。


砂糖と牛乳をたっっっぷり入れたコーヒー牛乳なら美味しく飲めていたが、それでも小さなパック一つ分も飲めば、胃が痛んだ。

おそらく、自分には向いていないのだろう。


若い頃は「子どもだ」などと揶揄われもしたが、四十歳にもなればそんな事を言うやつもいなくなった。


それでも俺は、コーヒーが、飲めるようになりたかった。

君は、コーヒーが大好きだったから。


二人で喫茶店に入れば、俺はジュースで、君は決まってコーヒーだった。

店員は大抵何も聞かずに、君にジュースを、俺の前にコーヒーを置いていった。


俺の前に置かれたコーヒーからは、ふわふわと湯気が立ち上り、良い香りが漂っていた。

こんな風に暑い夏の最中なら、こっくりと蕩ける色の中に、氷がたくさん積み上がっていて、ストローでちょっかいをかければカラカラと涼やかな音を立てるのだろう。


……そう、ちょうどこんな風に。


俺は、卓上の二つのコーヒーのうち、片方を手に取りストローをくるりと回してみた。

うん、やっぱり、間違いない。これはコーヒーだ。

アイスコーヒー以外の何者でもない。


「なんで、コーヒーが二つでジュースが二つ……?」

尋ねれば、君は子ども達が食べやすいように昼食を取り分けながら、向かいで苦笑する。

「うーん、聞き間違えられちゃったかな?」

休日の、大型ショッピングモールのフードコートは大変混雑していた。

「こういうこともあるよ」と君は笑うが、俺は喉が渇いていた。

「レシートある? 交換してもらってくるよ」

俺が席を立とうとすると、君は無邪気に言う。

「コーヒー飲んでみたら? 美味しいよ」

飲んだことがないわけではない。

これだってきっと、たっぷりシロップを入れれば飲めるのだろうが、その後胃が痛むのが分かっているのに、無理をするほどの状況ではないだろう。

俺が、むっとした顔をしてしまったのか、君はパタパタと手を振って前言撤回する。

「ごめんごめん、新しいの買っておいでよ。これは私が飲むからさ」

アイスコーヒーはプラスチックのケースに入って、蓋がついていて、これなら確かに、帰りに車で飲んでも良いだろう。

忙しい昼時の店では、交換を頼むより、新しく買う方が早く済むかも知れない。

「二つも飲んだら、胃が痛くならないか?」

俺の心配に、君はケラケラと笑って「大丈夫よー」と答えた。


そうか。大丈夫なのか。

俺は、それをきっと、三分の一も飲めば胃が痛くなるというのに。

君はそれを、二杯飲んでも平気なんだな……。


苦い思いを噛み潰しつつ、俺は席を立つ。

その背に、ちょっとだけ焦った君の声がかかる。

「早くした方がいいよ、ちーが暴れるから」

言われて、俺は三秒ほど悩んでから、ジュースを諦めて水を汲みに行った。

上の子は待てるだろうが、下の子はイヤイヤ期真っ最中で、食事が完了次第フードコートからは離れた方がいい。


水を汲んで戻れば、上の子が「おとーさん、僕のジュース分けてあげようか?」と声をかけてくれた。

「いや、良いよ、それはお前が……」

顔を上げれば、そこには、平気な顔でコーヒーを飲む息子がいた。

「!?」


「ええと……、あなたが席を立ってすぐ、この子が『コーヒーって美味しいの?』って聞くから、ちょっと飲んでみる? って……」

何だか申し訳なさそうに言う君の、その『申し訳なさ』は何に対してなのか。

「……苦くないのか?」

俺の問いに、息子は笑って答えた。

「うん、コーヒーって美味しいね!」


そうか。……苦い思いをしてるのは、俺だけか。


ごくごくとコーヒーを飲む息子と、俺の手に回ってきた飲みかけのジュース。


おそらく息子は、君に似て胃が痛くなることもないんだろう。

俺はそう思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ