僕のトンデモかわいい妹は、難攻不落の子爵令嬢
お読み頂きありがとうございます。
子爵家におトイレができるまでのエピソードがあり、糞尿が出てきます。
苦手な方、飲食しながらの方はくれぐれもご注意ください。
クスリ、と笑って頂けたら嬉しいです
☆彡
フェルナンデ子爵家嫡男・エブラハムは、おぉと小さな声を上げた。
子爵邸のエントランスホールに現れたのは、肩より長めの栗色のウェーブヘアを、レースのリボンでポニーテールにまとめ、淡いオレンジ色のデイドレスに身を包んだ、我が妹、セターレ15歳。
あまりの可愛らしさに思わず感嘆してしまった。
貴族令嬢に多い、クールビューティーなナイスボディとは違い、丸顔の愛くるしい顔立ち。
体つきは細身だが、実はふくらはぎにはしっかりした筋肉がついている。領地内を動き回っているせいだろう。
大人しく佇むその姿は可憐な妖精のようである。
大人しくしていれば、である。
「お兄様、お待たせいたしました」
にっこりと微笑む妹は、実に愛くるしい。
「では、行こうか。今日は振れば伸びる定規とか、破裂音がけたたましい紙でっぽうは持って行くんじゃないよ」
兄の冗談に、セターレはまさか、と笑って首を横に振った。
「それよりもお兄様、金刺繍の施された濃紺のジレ、とてもお似合いですわ」
エブラハムがエスコートの手を差し出すと、セターレは兄を最高、しびれる、ステキ、センスある、卒倒しそうなどと褒めちぎりながら、ちょこんと指先を添えた。
ふたりはこれから、エブラハムの婚約者邸のお茶会に出かけるのだ。
そう。セターレより5歳年上の20歳のエブラハムに待望の婚約者ができたのである。
幼少時代から、セターレは領地の産業改革を巻き起こし、主に領地内を発展させ、子爵家にしては驚愕の財を築いてきた。
結果、嫡男のエブラハムへの縁談話も引く手数多だったのだが、妹のセターレによって、ことごとく潰されていた。
「あの子爵令嬢?ダメですわ。気が強いだけでなく、ケバ女で浪費家ですから」
「あちらの伯爵令嬢?こっそりと愛人囲っているバイ菌女ですわよ」
「あー、かの伯爵令嬢の母君は、子離れできていないから、結婚したらついて来ますわよ」
「あちらの男爵令嬢なんて詐欺女です!胸を詰めていますわ!小胸さんなら、わたくしのように潔く詰めモノなんかすべきではありません!」
などなど届いては消え、届いては消えた縁談。
両親と共に妹のブラコンぶりに頭を抱えていたところ、ついにその日はやって来た。
貴族の子女が通う王立高等学園で、王太子殿下に不埒な誘いを受けたセターレだったが、女傑よろしく一刀両断。その様子を王太子殿下の婚約者のご友人たちが見ていたのである。
その内のひとりが、宰相令息の婚約者である侯爵令嬢で、生徒たちの陰からコッソリ覗いていたようだ。
あの後、侯爵令嬢が宰相令息に婚約解消を申し立て、一時騒然となった。結局は破談となったが。
その上なんと、その侯爵令嬢自ら、当子爵家への嫁入りを熱望してきたのだ。
目をランランと輝かせて。
「今をときめくフェルナンデ子爵家に嫁入りできるなんて僥倖ですわ!
それにセターレさんの義姉になれるなんて・・・!」
侯爵家のありがたい申し出とはいえ、子爵家ではその縁談話を手放しで喜べなかった。
王国のイケメン中のイケメン、トップオブザトップの王太子殿下や、その取り巻きたちと比べると、家格は全く釣り合ってないし、華やかさにも欠ける。伝統と血統を重んじる侯爵家のご令嬢など畏れ多いエブラハムと両親だった。
だが、セターレだけはふんが!と鼻を鳴らして
「格差貴族社会上等!!ようやくお兄様の真価を見出した本物のご令嬢が現れたわ!お父様、お母様、お兄様、お覚悟を決めなさいませ!」
と仁王立ちをするのであった・・・
・・・それにしても、とエブラハムは馬車の中で、ふんふんふーん、と鼻歌を歌う妹の横顔を盗み見る。
これから侯爵家のお茶会に向かうと言うのに、緊張する様子がまるでない。
大体にして、この妹は変わっていた。
妖精の衣を着た、奇人変人異星人だと思う。
そう・・・それはセターレが2歳半になるかならないかの事・・・
☆彡
「ふんぎゃーーーーー!!!」
屋敷中に響き渡る悲鳴。
何事かと、家族、使用人が泣き声のする部屋へ向かえば、寝巻き姿のセターレがオムツを床に脱ぎ捨て、号泣していた。
「あたちの、もものおちり、くちゃったー!」
風邪を引き、お腹を下していた幼女の尻が、真っ赤になってかぶれていた。
どうやら、真っ赤になったお尻が痛痒くて、自慢の桃のような美尻が腐ってしまったと勘違いしたようである。
「おむちゅ!ちないでちゅ!!」
もうオムツはしないと、怒りながらぎゃんぎゃん泣きわめくセターレ。
「では携帯便器を運ばせましょ」
母の子爵夫人が使用人に呼びかけると、彼女たちは数人がかりで、穴の空いた椅子に座って排泄をして、使用後、使用人が椅子の下に取り付けられた引き出しを取り出し、汚物を捨てる型の木製便座を運び込んでくる。
初めて見る、引き出しつき便座に、セターレはくりくりした茶色の瞳をさらにまん丸に見開いて
「こりが、ハナちゅみ!ダメでちゅ!!」
洗浄してもなんとなく染みついたアンモニア臭に、顔をしかめ、鼻をつまみながら大絶叫する。
これがハナつみ?・・・鼻つみ?・・・
あ、花摘みのことか・・・
・・・ああ、妹よ。それはハナ違いだよ。
「これいぢょう、ちとたまに、ちものせわ!ダメでちゅ!ながいき、できないでちゅ!!」
この先も、使用人に排泄処理をしてもらっているようでは、長生きできないなどと、根拠のないことを叫んでいる。
セターレ、お兄様はもう7年以上もソレで排泄の世話をしてもらっているんだけど?
ところが、である。
セターレは風邪なんてなんのその、ネグリジェ・ノーオムツの姿で庭へ飛び出すと、北側にトテトテと走って行き、男性使用人たちに、ここ掘れ、今すぐ掘れと命じた。
有無を言わさず、傾斜のついた6つの穴を掘らせると、穴の底と地面周りに銅板やレンガを敷き詰めさせた。それから6箇所の穴の上に陶器で作らせた便座を設置させ、個別にレンガの壁で囲わせた。屋根も作らせた。屋敷から屋根つき廊下まで渡らせた。
数ヶ月後、それはそれは見事なお便所が完成した。
「こりから、ちちゃくけのみんな、ここで、ちっことうん、ち、つるのでちゅ」
なんと今後は子爵家に関わる全員がここで用を足せと命じる。
6つのうちのひとつは子爵と息子の紳士用。ひとつは夫人と娘の淑女用。ひとつは使用人男子用、そして使用人女子用、残りのふたつは男性客人用と女性客人用だそうだ。
それからなぜか、エブラハムに絵を描かせた。
野糞をしている絵と、立ちションをしている絵である。
なんだってそんな下品な絵を・・・と、しぶしぶながらエブラハムが描きあげると、あろうことかセターレは小さい手で、筆を奪い取ったと思ったら、絵の上にでかでかとバッテンを書いた。
「たちちょん、とびちって、おとうぢ、たいへんでちゅ。ダメでちゅ」
殿方が立ってすると、レンガ壁にお小水がはねて、使用人の掃除が大変なんだそうだ。もちろん禁止。
それからトイレができたのだから、庭での用足しも絶対禁止となった。
家族、使用人一同、唖然呆然、そののち、狂喜乱舞。
歌えや踊れや食えや飲めやの大騒ぎとなった。
きゃっほーい!くっさい仕事から解放されるぅぅぅ
こんなことなら、もっと早く外させれば良かったぁ
・・・なんか、色々とぶっちゃけすぎていないか?
それに当邸のローズガーデンの完成披露会の時より、はしゃいでいるような・・・
「・・・使用人に描いてもらえば良かったのに」
と、エブラハムが自身の下手くそな絵にブツクサ文句を言うと、セターレはキョトンとした顔をする。
「なまなまちいの、ダメでちゅ」
生々しいリアルな絵よりも、子どもが描くポップな絵の方が良いらしい。
そうして妹は丁寧にガラスケースに納めて、トイレの換気用の窓辺に置かせるのであった。
また、排泄された糞尿は銅板の傾斜をすべり落ち、ひとつの大きな穴へ溜まっていく。
セターレに言わせると、コレがのちに良い肥料に化けるらしい。
トイレが完成するまでの期間、セターレ自身は庭の隅っこで用を足していたそうだ。
すると小をしたところのタンポポは枯れて、大をしたところのタンポポはぐんぐん育ったことを発見したそうな。糞は運を呼ぶのだと力説していた。本当だろうか。
「うんちはこううん、よぶのでちゅ!!」
・・・現在、子爵領全戸にトイレがあり、領地の各所には公衆トイレもある。
外での用足し、おまる利用が当然、の王国において、セターレが子爵家主導で、領民に徹底させたその習慣と建物は、便所という概念のなかった王国中の貴族屋敷や平民家屋に爆発的に広がった。
加えて人糞は立派な肥料の一種として利用されている。
我が屋敷に初めてトイレができてから10数年、試行錯誤の末、改良に改良を重ねて、よその追随を許さない進化を遂げている。
でもなぜかエブラハムの例の『野糞・立ちション、ダメ絶対』の絵だけは、版画となって定期的に刷られて、交換されるのだった・・・
ついでに言うと、あの時、セターレはオムツかぶれ緩和の軟膏も作らせていた。
その軟膏はシモの痒み全般に効果効能があるとされ、ロングセラーとなり、子爵領の一大産業となっている。
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「ようこそ我が侯爵邸へいらっしゃいました」
エブラハムの婚約者、マリアン嬢がたおやかな笑顔で兄妹を歓迎した。
貴族令嬢の見本のような美しい金髪巻き髪に緑の瞳。陶器のような白い肌、豊かな胸元にほっそりとした腰。
エブラハムは頬を赤らめそっと目をそらした。
自慢のガーデンが見渡せる侯爵邸のサンルームのテーブルに、紅茶と焼き菓子が用意される。
「エビ様、わたくし早く結婚したいのですわ」
マリアンが可愛らしく両手を組みながらうっとりと言う。
「学園を卒業したら、すぐ結婚式を挙げましょう」
エブラハムは優しく微笑む。セターレに似た栗色の癖っ毛がそよ風と共にふわりとなびく。
元婚約者の宰相令息のような金髪青い目の、顔だけ男とは全く違う種類の好青年。
マリアンは胸をきゅんきゅんさせながら、愛おしそうに兄妹を交互に見つめ、ため息をついた。
「卒業まであと1年・・・長いですわ・・・」
15歳から18歳までの貴族子女が通う王立高等学園。
マリアンは17歳。卒業まであと1年もある。
でも義務教育ではないので、どうとでもなるのだが、子爵家側は挙式までに、少なくとも1年の準備期間は欲しいと嘆願していた。
「結婚の準備をしていれば、あっという間ですわ」
上品な仕草で紅茶を飲みながら、セターレは言った。
「でもわたくし、早くエビ様たちと暮らしたいのですの」
「兄を溺愛しているのですね」
セターレがにっこりと尋ねると、マリアンはこくこく頷く。
「王太子殿下たちを華麗に成敗したセターレ様の勇気あるお姿を拝見して、どうしても子爵家を訪ねて、直接感謝を申し上げたかったのですの。お約束もない突撃訪問でしたのに、エビ様は優しく受け入れて下さって・・・あの時、わたくしは人生で初めて恋に落ちましたのよ。まるで雷に打たれたようでしたわ。こう、ビリビリッと・・・」
成敗って・・・と、セターレが不服そうに口を尖らせている。
そんなセターレをよそに、マリアンは胸を押さえて、エブラハムを潤んだ目でじっと見た。
「それに子爵家のお花摘み処の美しさと言ったら・・・」
「「えっ」」
フェルナンデ兄妹が声を揃えた。
「嫁入りしたら、毎日あのお花摘み処へ行けるだなんて!夢のようですわ!」
エブラハムとセターレは思わず顔を見合わせる。
「まぁ、確かに・・・侯爵邸に勝るところと言ったら、あのトイレしかないか・・・」
エブラハムが唸ると、セターレは満面の笑みを浮かべ
「あらまあ!最高の幸運が訪れましたわ!」
などと満足気に頷いた。
「あ!そうだわ!」
マリアンが思い出したように声を上げる。
「わたくしの従兄弟たちがエビ様とセターレ様とお話ししたいと申しておりますのよ。こちらへ呼んでもよろしいかしら?」
エブラハムとセターレが快く了承すれば、マリアンは侍女に従兄弟たちを呼んでくるよう、お茶セットの追加と共に指示していた。
ゆっくりとした足取りで3人の従兄弟たちが歩いてくるのを見ながら、セターレはエブラハムだけに聞こえる声量でブツブツ言っている。
「バイ菌、バイ菌、チェリー」
「チェリー?」
エブラハムがよくよく見ると、3人のうちのひとりは、まだ10歳くらいの少年だ。
「うふふ。楽しくビジネスのお話ができそうですわ」
「まぁ、良かったですわ」
セターレの言葉に、マリアンは嬉しそうに微笑んだが、エブラハムは顔を引きつらせた。
セターレ用語で『バイ菌』は二股以上している不届き者・チャラチャラしていて軽薄そう、という意味だし、『楽しいビジネス話』とは、結婚相手対象外という意味である。
ちなみに軽い口づけまでの関係でも、同時進行だと二股に含まれるそうだ。
エブラハムにやっと婚約者ができたばかり。
妹の恋のご縁はまだまだなさそうであった。
誤字脱字報告、ありがとうございます!
当面の間、感想フォームは閉じさせて頂きます。
m(_ _)m




