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君、やる気ありますか?

 そんなことがあった次の日の放課後。学校から帰ってきた俺は、自分の家に着くなりため息をついた。

「何考えてんだ、俺……」

 ついさっき、一時間くらい前の自分の行動が信じられない。そう思いながら、「鍵が開いてる」と分かっている玄関のドアを開ける。

「お、三千喜! お帰りー」

 …………。

 玄関を開けた後、忠犬よろしく玄関に迎えに来た太知がそんなことを言う。そんな太知に、俺は何とも言えず沈黙を返した。

「……? 意外と遅かったな、帰ってくるの」

「せっかくウチもめっちゃ急いでこっちに来たのに。姉御がいなかったら、だいぶ長い時間待たされてたんですけどー?」

「…………」

 続いて柊木も、洋室から玄関に向けて顔を出す。その手に、大きなポテチの袋を抱えて。なんならそのポテチを食べながら、待たされたことへの文句を言ってくる。

「…………はぁ」

 そんな二人のことを交互に見て、俺はため息をつきながら洋室へと入る。

「え————なんでため息つかれんの⁉ ウチら待たされた側なのに!」

 ————柊木の言い分はごもっともだ。事実、俺は二人を待たせている訳だし、世の男子であれば「待たせてごめん」と普通に言うのだろう。

 遅れた理由だって半分は俺が原因だ。数学の授業のノート提出が出来てなくて、先生に呼び出された。そんな俺のことを太知は待ってくれようとしたけど、ニ十分近くも待たせるわけにはいかず、家の鍵を渡した————。

 そんなことがあって今の状況になっているのだから、謝るべきなのだろうけども、

「————ここ、俺の家なんだけど?」

 どうしても、そう思わずにはいられない。君らまだ、俺の家に来るの二回目だよな? と。

 何回も来ている間柄なら別に構わないけども、こいつらちょっとくつろぎ過ぎじゃないだろうか。

 ちゃぶ台を勝手に出して、その上に持ってきたお菓子をぶちまけるように広げ、なんなら二人のバックは俺のベットの上に置かれている。

 別に堅苦しく過ごせとは言わないけど、これはさすがに悠々自適過ぎる。もうすこし、他人の家だということを考えて、慎ましく過ごして欲しいのだが————、

「————それは知ってるけど?」

「……? 三千喜ん家じゃなかったら誰の家になるんだよ」

 どうやら二人にとって、今この状況は当たり前の光景らしい。舐めとんのか。

「————お前らなぁ! 好き勝手くつろぎ過ぎだろ‼ 今すぐに部屋をかたせ!」

 そんな俺の怒号に二人は体を跳ねさせ、おずおずと部屋を片付けだした。


 ◇


「さて、それで……今日は何をやるんだっけ?」

 気を取り直して、昨日と同じようにちゃぶ台を三人で囲んだ。

 だが、さっきのことを未だに引きずっているのか、二人からの反応はない。

「……おーい、聞こえてんだろー? 何するんだよ?」

「はぁぁぁ……三千喜君さー、細かすぎない?」

 ————と、やっと柊木が口を開いたかと思えば、なぜか非難された。

「別に細かくないわ。てか、あの部屋の状況で何かするのは無理だろ」

 ちゃぶ台の上にお菓子を広げ、乗りきらず床に落ちてるやつも何個かあった。その上、そのちゃぶ台の上でパソコンを立ち上げていたのだ。

 当然、パソコンのキーボードにはお菓子が乗って、まともに操作できる状況じゃなかった。無理やりパソコンを使おうものなら、キーボードに乗っているお菓子をどけて……ちゃぶ台の上も既に溢れていたから、床にバラバラと落とすしかないだろう。

 これから何をやるのかは知らないが、片づけておくことに越したことはないはずだ。

「分かってないなー。いい? 三千喜君。女子っていうのは、めんどくさがりな生き物なの。なにかやる度に後片付けとか、めんどくさくてしたくないわけ!」

「————だから?」

「だから、あの時の模範解答は「全部終わってから片づける」ってこと!」

「……アホか? それはただ、片づけを先延ばしにしてるだけだろ」

 ぶっちゃけ、そっちの方が遥かにめんどくさいと思うのだが。

「————ていうか、「女子はめんどくさがりな生き物」って何だよ。めんどくさがりなのはお前だけだろうが」

 普通にめんどくさがりじゃない女子だって、世の中にはいるだろう。むしろ、柊木のような「めんどくさがり」の方が珍しいはずだ。

「えー? もしかして三千喜君、女子に幻想抱いちゃってるタイプ? やめた方がいいよ? そういうのモテないから」

「残念、俺は女子に幻想を抱いてるわけじゃない。むしろ「どうせそんなもん」って諦観してるタイプだ。ちなみに、ヤンキーは女子って言わないからな?」

「————は?」

 モテないから————という言葉に多少ダメージを受けたが、それを悟られないように強がって返してやった。だが、何故かその言葉に柊木より先に太知が反応した。

「ヤンキーは女子じゃない……って?」

「そりゃそうだろー? キレたらすぐ暴力に訴えるし、男子より普通に力強かったりするし。あとなにより、ガサツすぎる。そんなの女子じゃな……」

 そこまでベラベラと一気に喋った俺だが、自分に黒い影が差して我に返った。

 そして、恐る恐る顔を上げると————、

 殺意で目を赤く光らせた太知が、不敵な笑みを浮かべながら俺を見下していた。

「ヤンキーは女子じゃないのか。へぇ?」

「————あ、あのー……太知さん? 目が……目がめっちゃ怖いんですが」

「てことはアタシも女子じゃないってことだよな? ん?」

 太知はそう言いながら、俺の胸座を掴んで押し倒してくる。当然、俺は逃げようとしたのだが、太知は「逃がさない」と言わんばかりに俺の腹へ馬乗りした。

 そしてそのまま、今度は胸座を引っ張り、鼻先が触れそうなほど顔を近づけてくる。

 やっぱ美少女は、間近で見ても美少女なんだな————ではなくて。

「————ちょ、おい! 顔近いって! シャレにならんから離れろよ!」

 なんかもう、色々とマズい状況に俺は悲鳴を上げた。

 太知が座っている場所も、座られている俺の体勢も。時と場所を間違えれば、完全にアウトになりかねない。……とはいえ、今でも十分アウトなのだが。

「なんだよ、アタシは女子じゃないんだろ? だったら何も問題ないはずだよなぁ?」

 どうやら「ヤンキーは女子じゃない」と言ったのを相当根に持っているらしい。太知は俺に馬乗りしている体勢から動く気は無さそうで、俺のことをジッと睨ん……見つめている。

「————だから! そういう所だって! 軽々しく密着してくんな! 少しは恥じらいを持て!」

「はぁ⁉ ふざけんなよ! 三千喜が「女子じゃない」とか言わなければ、アタシだってこんな事してねーわ‼」

「だったら早くどいてくれ! もう色々と……限界なんだよ!」

「じゃあ謝れよ! 「さっきはごめんなさい」って! 「女子じゃないとか言ってすみませんでした」って! 謝らない限りどかないからな⁉」

「この……ッ!」

 なんてめんどくさい女なんだよコイツ! たかが一言で根に持ち過ぎだろ! というか、そろそろ本当にマズい。

 俺の俺が頭を起こす前に、どうにか太知をどかさなければ————!

 さっきから、顔は近いわ甘い匂いはするわで俺の理性は限界状態だ。視線を逸らそうにも、ちょっと下げれば太知の大きな胸が視界に入ってくる。しかも、普段から制服を着崩しているせいで、谷間に流れる雫まで見えてしまうオマケつき……。

 こんな状態においても、辛うじて理性を保っている俺の精神力を褒めて欲しい。

「うっそぉ⁉ 姉御ってば、意外に積極的じゃないですか!」

「んなこと言ってる場合か! くそ————!」

 体を動かそうとしても、太知の怪力で動きを封じられてまともに身動きできない。

 だが、首だけなら一応動かせる。このまま太知の谷間を見ていたら、間違いなく俺の俺がその気になってしまう。それだけは絶対に避けたい。

 というわけで、俺は首を動かして顔を横に逸らしたのだが————。

「あ、やべ……ッ⁉」

 顔を横に逸らして、淫らな太知の谷間から解放されたはずなのに、すぐさま煩悩が視界に入ってくる。————そう、柊木の脚だ。

 ちゃぶ台の下で、これまた淫らに組まれた脚が俺の視界に入ってくる。テンパり過ぎて、顔を逸らす方向を盛大に間違えた。

 それに慌てて、反対方向へと顔を逸らしたのだが……どうやら既に遅かったらしい。

 太知の谷間と柊木の脚にダブルアタックをかまされたら、俺の俺がその気になるには十分だった。

 ————とはいえ仕方ない。だって二人とも美少女だし。むしろよく耐えた方だと思う。

 これ以上、理性で耐え続けるのは無理だと体が物申している。だがしかし、それをこの二人に知られるわけにはいかない。

 もう既に紳士を名乗るには手遅れだが……いや、男子高校生なんて紳士の「し」の字もない低俗な生きものだが。同年代の女の子相手には、表面上だけでも紳士でありたいものなのだ。

 というかぶっちゃけ、もうヤンキーは女子じゃないとかどうでもいい。今はとにかく、俺の痴態を二人に知られないようにするのみ。

 そう考えて、まだお怒りのご様子の太知に俺はあっさりと謝罪した。

「……ゴメンナサイ。俺が間違ってました。だから早くどいてください」

「それだけ————?」

「……もう二度とあんなことは言いません。反省してます。だから早くどいてください」

 これ以上、太知の谷間を見ないように顔を背けながら謝ったので、許してくれるとは思わなかったのだが。太知は大きく息を吐くと、胸座を掴んでいた手を離し、目に灯っていた赤い殺意を静めてくれた。

「……全く。これに懲りたら二度と言うなよ————————」

 そう言いながら太知が腰を上げたことで、俺の体から重さが消える。これで、俺の痴態がバレることはないと、俺も一安心して上体を起こそうとした時————。

「————————へ?」

「あ————————‼」

 大きくなった俺の俺が、あろうことか太知の股に当たってしまった。

 そして当然というべきか、太知は自分の体に当たった異物を確認しようと俺の体へ視線を落とす。

 ————やめろ、見るな。……見るんじゃない。見ないでくれよぉぉ!

「ぁ…………ぅ……」

 しかし、俺の心の絶叫も空しく太知は見てしまった。そしてすべてを理解してしまったらしい。小さな声でわずかに喘ぎ、ギギギ————と音がしそうなくらいぎこちなく顔を上げる。

 そうして顔を上げた太知は、茹でだこにも負けないくらい顔を真っ赤にして、碧色の瞳は混沌が渦巻いていた。多分、今の太知の感情はぐっちゃぐちゃだろう。

「えーと……すみません————」

 そんな太知に居た堪れなくなって、決して俺が悪い訳じゃないけど何となく謝った。

 しかし、俺が謝ったことがかえって追い打ちになってしまったのか、水が一気に蒸発するような勢いで「ボシュゥ」と太知から空気が抜ける。

 そしてそのまま、生きる屍のように力なく立ち上がり、自分が元座っていた場所へと太知は戻った。しかし、それでもまだ恥ずかしさが抜けないのか、唇を尖らせ俯いている。

 そんな太知に俺は「当分、そっとしておいてあげよう」なんて思たのだが。

「あー、コホン。「そういうこと」をするなら、二人だけの時にしてくれますかー?」

「ば————ッ⁉」

 ずっと静観していた柊木が、ここぞというタイミングで太知の傷をモロに抉った。


 太知は自分の顔を手で覆い、そのまま力なくちゃぶ台へと項垂れた。

 ゴンッ————という、結構痛そうな音を響かせながら。


 そんな太知に、俺の中の嗜虐心がくすぐられたのは、言うまでもない。


 ◇


「————さて、それじゃ本題に行きますかー」

 しばらく柊木が太知のことを苛め倒し、それに飽きたらしい柊木が、自分の鞄からマイクを取り出した。

 そして、そのマイクをおもむろに太知の前に置き、柊木は俺の近くに腰を下ろした。

 どことなく、二対一の面接のような座り方の構図になっている。

「————ん、え?」

 ————と、いきなりマイクを自分の前に置かれ、これから面接でも始めるのかという空気に太知が困惑した。

 そんな太知に、組んだ手に顎を乗せた柊木が応える。

「姉御には今から、Vチューバーになってもらいます!」

「……はい?」

「あー、えっと。今からウチと三千喜君が視聴者として姉御に質問するんで、その質問にVチューバーとして答えてください! ってことです」

「————なんだ、そういうことか。いきなり「Vチューバーになれ」って言われてびっくりした」

 自分の説明を補足した柊木の言葉に、太知が胸を撫で下ろして安堵する。そんな太知と同様、俺もやっと話の流れが理解できた。

 要するに、今から「太知がVチューバーとしてやっていけるかどうか」、その適正を見るという訳か。

「————いや、待てよ。なんで俺まで質問する側なんだよ」

「んー? あ、もしかして三千喜君もVチューバーになりたい感じ?」

「違うわ! ————そうじゃなくて、俺はVチューバーに必要な心構えとかさっぱり知らないって話」

「————うん? でしょうね?」

「……だから、俺は何を質問したらいいのか分からないってこと」

「別に、好きな質問してもらえればいいんだけど……?」

 俺が危惧していることを理解できていないのか、柊木は小首をかしげる。

「いや————いやいやいや! え、これから太知のVチューバー適性を見るんだよな? それなのに関係ない質問したって意味無いだろ」

 てっきり、企業Vチューバーのオーディションを受けたことがある柊木が、その経験を生かしてこれから面接みたいなものを始めるとばかり思っていたのだが。

 どうやらそれは違ったようで、イマイチ柊木のやろうとしていることが理解できない。

「Vチューバーの適正って、そんな大げさな! これからやるのは、姉御が視聴者と楽しくお喋りできるかどうかやってみるだけだよ!」

 そう言いながらゲラゲラと声を上げて笑う柊木に、俺と太知は呆気にとられた。

「ちょ、待って————! お腹捩れる! Vチューバーの適正って……! 二人とも、Vチューバーをなんだと思ってんの⁉」

「それは……動画配信者としか……」

「————右に同じく」

 柊木の問いかけに答えた太知に同意して、俺も自分の考えを伝えた。

 というか、Vチューバーをなんだと思ってるか? と聞かれても、「動画配信者」としか答えられないと思うのだが。

 しかし、そんな俺たちの回答は柊木の満足いくものではなかったらしく、柊木は立ち上がってVチューバーについて力説を始めた。

「いいですか姉御! そして三千喜君! Vチューバーっていうのはね、ただの動画配信者じゃないの!」

「お、おう……」

「Vチューバーにおいて最も必要なのは、「キャラ付け」と「トーク力」! この二つがないVチューバーなんて、Vチューバーって言わないから!」

「————そういうものなのか……?」

「そういうものなんです姉御! どうせ姉御のことだから、Vチューバーの動画を見ても「可愛い人だなー」程度にしか思ってないんでしょうけど! あれは全部キャラ付けですから! 現実の人間で「~~ね」っていう語尾が「にぇ!」になっちゃう人とかいて堪るかってんです!」

「い、いや……もしかしたらいるかもしれないじゃんか————」

「居ませんから! ねぇ三千喜君⁉」

「あ、あぁ……。まぁ、多分。————居ないと思う」

 鼻息荒く力説する柊木に途端に話を振られ、俺は戸惑いながら頷いた。

 ここまで強く「いるわけない」と言われてしまったら、本当はいると思ってたなんて、口が裂けても言えない。

 いや、待てよ? ということはつまり、俺が「可愛いなー」と思ってたVチューバーも、実際はキャラ付けされていただけに過ぎないということか?

 ————そんな話は聞きたくなかった。いやまぁ、Vチューバーのモデルはモノクロにしか見えてないんだけども。

「————って待てよ。それなら尚のこと、俺が質問する意味無いだろ?」

「いや、むしろ質問してくんないと。ぶっちゃけ、キャラ付けなんて後からどーにでもなるもんだし?」

「おい…………」

「正直な話、ウチみたいに知識を持った人以外の、一般人に質問して欲しかっただけだからー。許してちょ!」

「おま……そういうことは先に言えよ————」

「ごめんごめん。————ま、という訳だからさっそくどーぞ!」

「————いきなりだな⁉」

「まーまー。こういうのは勢いが大事だから! ね?」

 柊木に催促されて、俺は慌てて質問を考える。Vチューバーにする質問……か。

 今の今まで、Vチューバーどころか動画にコメントすらしたことがない俺には荷が重い。どんなことを質問したらいいのか、見当すらつかないというのが本音だ。

「ねぇまだー? 姉御に聞いてみたいこと言うだけだよ? そんな考えるようなことないでしょー?」

「……いま、質問考えてんだから静かにしてくれって」

「あ、ちなみにつまんない質問は無しね?」

「は————————⁉」

「ほらほら、早くー。姉御が待ちくたびれちゃうでしょー」

 柊木にそう言われて太知の方を見ると、期待で胸を膨らませてソワソワしている姿が目に入った。マイクを興味深げにつついては俺を見て、またマイクを弄り————ということを繰り返している。その様子はまさに、猫じゃらしで無邪気にはしゃぐ猫そのものだ。

「ねこ…………」

 隣にいる柊木にすら聞こえない程の小声で呟き、俺ははたと気付いた。

 そういえば昨日、猫耳をつけたVチューバーの動画を見ていたじゃないか、と。

 動画の内容は、コメント返しの見どころを切り抜いた、十五分くらいのものだった。

 その中でパッと思い出せる、印象的だったコメントは……、

「スリーサイズ……」

「え、なになに? 聞こえなかったからもう一回言って?」

 口に出すつもりはなかったのに、思わず口に出ていたようで恐る恐る二人に目をやる。

 てっきり、スリーサイズなんていうふざけた質問に、聞こえなかったフリをされているだけかと思ったが、どうやら本当に聞こえなかったらしい。

 キョトンとした顔で太知が俺のことを見ている。

「あー……えっと————」

 無遠慮に女子にスリーサイズを聞くほど、俺の性格は終わってるわけじゃない。というか、怒られるに決まってる。

 そう思って、代わりの質問を考えていた時————、

「どうした三千喜? 遠慮なく、何でも聞いてくれていいぞ?」

「何でも————って……」

 流石にこれはアカンでしょ。そう言おうとして太知の方を見て……主張の強いたわわな胸が目に入る。ついさっきのことがあって、太知はシャツの第一ボタンまでしっかりと閉めているが、そのせいで逆に大きさが強調されている気がする。

 ————ついさっきまで自分の目と鼻の先にあった、二つの艶やかな禁断の果実はいったいどれくらいの大きさなのだろう。

 知りたい。とても知りたい。

 自分は持ってないものだからか、余計に気になって仕方がない。

 とはいえ、流石にそんな質問をするのは……いや待てよ。昨日見ていたVチューバーは、スリーサイズを教えてくださいっていう質問に普通に答えてたじゃないか!

 ということは、Vチューバーにおいてスリーサイズを聞かれるのは当たり前……? ならば、Vチューバーを目指してる太知に質問しても問題はない……⁉

 ————そうだ、当たり前なのだ。よって何も問題ではない。勝った。

 そんな風に、脳内裁判で無事に無罪を勝ち取った俺は、太知に堂々と質問した。

「————じゃあ、スリーサイズを教えてください」

「ぶ————ッ‼」

「は————⁉⁉⁉⁉⁉⁉‼」

 俺の質問に思い思いの反応を見せる二人。柊木は口に含んだ俺の用意したお茶を吹き出し、太知は一瞬で顔を真っ赤に染め上げた。

 そう思ったのも束の間、太知は立ち上がり、「ダンッ!」とちゃぶ台の上に足を勢いよく乗せ、怒りを露わにした。

「ちょ! おい! 怒んなよ‼ 何でも質問していいって言ったのはお前だろ⁉」

「————それとこれとは話が別だろうが! 実際にそんな質問すんのかよ!」

 いがみ合う俺と太知の横で、相当面白かったのか床を叩きながら笑い声を上げる柊木。

 いったい何がおかしいというのだろうか。

「……す、するわ! てか、昨日見てたVチューバーは答えてたぞ! Vチューバーになりたいなら、それくらい腹を立てずに答えろよ!」

「嘘つくなよ! スリーサイズを聞かれて素直に答える奴とか……いるわけないだろ! なぁ茜!」

「あ、姉御……。残念ながら、います」

「————へ?」

 笑いを堪えながらもしっかりと「居る」と返した柊木に、太知は素っ頓狂な声を上げた。

「ぶふ————ッ‼ す、スリーサイズを答える人は風津に居ますよ、姉御。ていうか、むしろそっちの方が多いくらいです」

「う、うそ……だよな————?」

「いえ、マジです」

 そう言われた太知が、困惑しているのか泣きそうなのか、なんとも言えない表情で俺の方を見た。

「ほ、ほら! 俺の言ってることは正しかっただろ? いるんだって! そういうVチューバー」

「……そう、なんだな————」

「てわけで、答えは?」

「答えるわけないだろ⁉」

 納得した太知に再度、答えを催促してみたが食い気味に拒否された。

 流石にダメか。ワンチャン、答えてくれることを期待したのだけども。

「今の流れ的に、そこは答えるのが普通だろ……」

「ふん、誰が何を言っても答えないからな! ————ていうか、なんでそれしか聞いてこないんだよ!」

 おっと、それは確かに盲点だった。視聴者のような質問をすることに頭がいっぱいで、そのことをすっかり忘れていた。たしかに、「質問は一回まで」なんて一言も言われてないじゃないか。

 そう思いつつ、太知の顔を意味も無く眺める。その端正な顔は、さっきの質問に恥ずかしくなったのか赤く染まっている。————とんでもない破壊力だ。

 太知の照れ顔に、俺の理性はことごとく崩壊して次の質問を考え始める。できれば、太知がもっと恥ずかしがるような質問がいい……なんてことを思いながら。

 スリーサイズと同じくらい照れそうな質問となると、下着の色とかだろうか?

 いやでも、既に太知の下着の色を俺は知っているんだよな。いやいや、下着の色なんてその日によって変わるだろ。……いや、もしかしたら何の恥じらいもなく「白」だと言われるかもしれない。前回見られたからって。

 ————それこそ一番無いか、太知はバカっぽいし。そんな機転が利くとは思えない。


 ならば次の質問は下着の色にしよう! と、壊れてしまった俺の脳みそが決めた質問を口に出そうとした時、柊木に制止された。

「————あとはウチが質問するからいいよ」

「え……どういうおつもりで?」

 柊木も馬鹿みたいに笑っていたし、そういう話が嫌いな人間ではないだろう。なのに俺の質問を止めるとはどういうつもりなのだろう。

 少し考えた後、俺は思い当たった理由を口にした。

「あー……、自分の姉御がバカにされるのは嫌だ的な?」

 きっとそうなのだろう。多分、ヤンキー漫画にありがちな、「あいつを笑っていいのは俺だけだ」という感じの思考を柊木は持っているのだ。

 と思ったのだが、柊木はまた笑い声を上げて俺の考えを訂正した。

「違う違う! ただ単純に、これ以上三千喜君が質問してたら先に進まなそうだったからってだけ。それに、ウチは姉御の子分とかじゃないし。三千喜君が姉御を笑ってもなんとも思わないよ」

 そんな風に、さりげなく言われた最後の言葉を俺は聞き返した。

「————子分じゃない? え、じゃあ太知とお前の関係って何だよ?」

「んー……仲のいい友達、かな?」

 若干自信が無さそうにそう言った柊木に、確認の意を込めた視線を太知に送る。その視線に気づいた太知は、特に否定をすることなく黙って頷いた。

「……なら、なんで太知を「姉御」って呼んでんだよ?」

「それはもちろん、カッコいいからに決まってんじゃん!」

 ————まぁ確かに、太知の容姿は「カッコいい系」か「可愛い系」かと聞かれれば、間違いなくカッコいい系になるだろう。

 攻撃的な性格のせいでヤンキーと思われることに、特に何の違和感も抱かない程クールビューティーな出で立ちだ。「姉御」という呼び名は正直、太知には似合っている気がしなくもない。

 だからと言って、人前で実際に「姉御」と呼ぶのは如何なものかと思うが。

「————てゆーか、三千喜君って命知らずなんだね?」

「……はい?」

 不意に柊木からそう聞かれて、俺は素っ頓狂な返事をしてしまった。

「さっきもそうだけど、姉御にあんなことしたら普通は「殺されるー!」って思いそうじゃん?」

「あ、茜⁉ お前アタシのことをなんだと思ってんだよ⁉」

「……確かに。実際、俺の友達は思いっきり蹴られてたしな」

「みみみ、三千喜まで⁉ というかあれは仕方ないだろ⁉」

 俺と柊木に何やら喚いている太知を無視してそう返すと、柊木は満足そうに頷いた。

「でしょでしょ? なのに三千喜君はそんなのお構いなしでいるからさー? なんか理由があるのかなって思ってね?」

 ……………………。

 つまり、柊木が俺に聞いているのは、「どうしてあなたはウチの姉御にセクハラまがいのことをしているんですか? 怖くないんですか?」ということか。

 え、なんだろう。なんでいきなりそんなこと聞かれるんだろう。

 もしかしてこの後、「責任取れや」とか言われて小指を落とされるんだろうか。そんなの嫌なんだが。

「————ひょっとして、姉御のことが好きだったりする?」

「あかね————————ッ⁉」

 俺が黙考していると、何を感じ取ったのか柊木がそんなことを言ってきた。

 別に、「好き」ということを伝えるのが恥ずかしくて黙り込んでいたわけではないのだが。とりあえず、いきなり小指を詰める展開になることは無さそうだ。

 しっかし……俺が太知にセクハラまがいのことをする理由、か。

 特に理由なんてものは無いんだけども。単純に「気になったから」くらいしかない。

 強いて言えば、「そういう話をすると、小学生みたいに照れて真っ赤になる太知が面白いから」だけど————それを言ったら殺されそうな気がする。

「特に理由なんてないけどな? 別に」

 結局、なんて答えるべきかは分からず素直にそう答えた。

「ふーん? てっきり好きなのかと思ってたんだけど」

「いや、特には。というか、好きな子相手にそんなことしねーよ普通」

「ま、そうだよねー。てことで姉御、今度はウチから質問しますよー?」

「……あぁ。————うん」

 さっきまでテンション高く喚いていたのに、急に落ち着いた様子で柊木の呼びかけに答える太知が、俺はなぜか気になった。


 ◇


「————残念ながら……姉御のトーク力は「絶望的」です」

「……余命宣告かって」

 一通り太知に質問をし終えたらしい柊木が、医者の真似をするようにそう言って肩を落とした。

「分かってたけど————! 薄々そんな気がしてましたけど————! 流石にひどすぎますよ姉御!」

「そ、そんなに酷いのか? アタシのトーク力って……」

「「酷い!」」

 すっとぼけたような危機感のない太知の発言に、俺と柊木の声が重なった。

「もう酷すぎますって! 目も当てられないです! このままじゃ、Vチューバーになれるわけないってレベルですよ⁉」

「というかもはやトーク力云々じゃなくて、コミュニケーション能力が壊滅的な気がするんだが……」

「えぇ……? ちょっと大げさすぎるんじゃないか?」

 そんな俺たちの物言いに太知は困惑しているが、少しも誇張表現なんかじゃない。太知のコミュニケーション能力は、聞いてるこっちが困惑するぐらい「壊滅的」だ。

 どれくらい終わっているのかというと、トーク力について何も知らない俺が「これはマズい」と思えるレベルで終わっている。


 というのも、さっきの柊木の質問に、太知はほとんど一言程度でしか答えていなかったのだ。

 趣味を聞かれても、やりたいことを聞かれても、何を聞かれようとも一言で返す太知に俺は聞きながら「これはダメなやつだな……」と確信した。

 挙句の果てには、柊木の「ぬいぐるみの好きなところはなんですか?」という質問に、首をかしげながら「全部?」と答える始末。

 会話が秒で終わっていくのだ。会話のキャッチボールがまともに出来ていない。

 そんな様子を見せられれば、太知が喋れないやつなのは嫌でも分かってしまう。

「というか、なんで自覚無いんだよ。それが一番ヤバいだろ」

「い、いや! アタシだって「上手く喋れなかったな」って思わなかったわけじゃないからな? ていうかアレだ、茜の質問の仕方が悪いんだよ!」

「えぇ⁉ 姉御、ウチのせいにするんですか⁉」

「だ、だって今普通に会話出来てるんだから! トーク力がない訳ないだろ⁉」

「————! たしかに……今は普通に会話出来てますね……。ということは、ホントにウチのせい————?」

 苦し紛れに言った太知の言い訳に、柊木は何故か納得していた。いやまぁ、確かに太知は俺達と話す分には普通に会話できる。だから、会話することが出来ないわけではないのだろう。

 ————ただ、太知が話せるのは「俺達だけ」なのだ。

「じゃあ……お前が学校でいつも喋ってないのは演技だってことか?」

「————ッ! そ、それは……」

 俺が太知にそう聞くと、予想通り太知は言葉を濁した。

「でもそうだよな。俺達とは普通に会話出来るもんな。誰も話しかけてくんなって言わんばかりに人のことを睨むのも、全部演技なんだよな?」

「い、いや……」

 俺が学校での太知の様子を指摘すると、太知は身を屈めてみるみる小さくなっていく。

「————はっきり認めろ。お前は人と話せないんだ」

「ち、ちが————! 緊張してるだけだ! 話そうと思えば話せる!」

 もはや「話せません」と態度で認めているような太知だったが、なぜかそこだけはハッキリと否定した。

「————なんで緊張するんです? 話せるなら普通に話せばいいのに」

「だってその……知らない奴に何を話したらいいのか分かんなくてさ————」

「嘘つけぇ! お前この間、クラスメイトに挨拶されてたのガン無視してたじゃねーか! 何話していいか分からなくても挨拶ぐらい返せるだろ⁉」

「は————⁉ 三千喜こそ嘘つくなよ! アタシ挨拶返し忘れたことなんてないからな⁉」

「じゃあなんて返したのか言ってみろ‼ 当然言えるよな⁉」

「ち、小さい声だったけどちゃんと「ぉ ㇵ ょ ぅ」って言ったんだよ! まさかお前、聞いてなかったのか⁉」

「それで聞こえるわけないだろ……」

 太知は口をすぼめて、耳を澄まして辛うじて聞こえる声で挨拶を返したらしい。当然、喧騒に包まれている教室でそれが聞こえるわけがない。

「お前な、相手に聞こえてなかったらそれは言ってないのと同じなんだよ。人見知りじゃあるまいし、もっとちゃんと腹から声出せって」

 ————と、俺がそう言うと太知はなぜか体をビクッと震わせた。

「……お前、もしかして人見知りなん————?」

「————そ、そうだよ! なんか悪いか⁉」

 何故か照れながら逆上してくる太知に、俺は困惑しかなかった。

「お前……そんなんで視聴者とまともに話せんの?」

 俺がそう言うと、太知は「言われたくない」と言わんばかりに顔を逸らす。

「ま、まぁ……人見知りは十分「キャラ」になりますから! き、気にすることないですよ姉御!」

 そんな太知に柊木がさりげなくフォローを入れるが、俺は絶対に無理だと思った。


 この、人見知りでありながらすぐに手が出る、ヤンキーがVチューバーになることは。


 ◇


「どうすんの……? マジで」

「ウチもちょっと想定外……てゆーか、姉御がこんなに話せないとは思ってなかったよ」

「その————ごめん……」

 Vチューバーになりたいという割に、人見知り過ぎて他人とまともに話せないとは。太知自身が「ぬいぐるみの話をしたい!」と言っていただけに、かなり想定外だった。

「もう、ホントに……ちょっとどうしたらいいか分かんないレベル」

「……でしょうね」

 そんな現状に悲鳴を上げる柊木に、内心深く同意しながらそう言った。

 ぬいぐるみの話がしたいと言っている人間が、他の会話どころかぬいぐるみの話すらまともに出来ないと誰が予想できるだろう。

「でも————姉御はどうしてもVチューバーになりたいんですよね……?」

「うん……。どうしてもなりたい」

 そして、Vチューバーになりたいという気持ちだけは人一倍強いのだから困る。「無理ですね」と言っても太知は諦めてくれないのだ。

 その気持ちは汲んであげたいのだが、意気込みだけではどうしようもない。

「もうさ……これは諦めるしかねーよ————」

「そこをなんとか————! お願いだから!」

 太知は顔の前で手を合わせながらそう言ってくる。しかし、そう言われても無理なものは無理でしかない。

 というか俺はイラストレーター……それも「元」だっただけであって。Vチューバーになりたいけど喋れない女の子を、Vチューバーにすることなんて出来ない。

 そして、Vチューバーに詳しい柊木がお手上げなのだから、俺に出来ることなんていよいよ何も無いだろう。

 もう少し太知が喋れたのであれば、少しはやりようもあったかもしれないけど……。

「あー……こうなったらさ、太知が喋れるように特訓するしかないんじゃね?」

「特訓……って、どうすれば喋れるようになるんだよ?」

「さぁ……? 俺に聞かれても分からんわ」

 単純な思い付きで出てきた解決策は、秒で撃沈した。俺は別に、人と話すことが苦手ってわけじゃないから、どうすれば話せるかなんて意識したことも無かった。

 そんな俺が解決策を考えても、ロクなものが出てこない————そう思っていたのだが。

「それだぁ———————‼」

「うぉゎ⁉ き、急にどうしたんだよ……?」

 俺と太知の会話を聞いていた柊木が、突然大声を張り上げた。

「姉御が喋れるように特訓する————! それだよ! ナイス三千喜君‼」

「お、おう……っていや、喋れるように特訓するって具体的に何をするんだよ?」

 結局そこだろう。話せるように特訓して、簡単に話せるようになるのであれば苦労なんてしない。きっと、その道の専門家でもない限り無理だ。

「それはウチの出番でしょ! ウチもちょっと前までは全然喋れなかったし!」

「————え、喋れなかった……? 柊木が⁉」

「そだよー? ま、喋れなかったのは半年くらい前の話だけど」

「へ、へぇー……」

 柊木の唐突なカミングアウトに、俺は度肝を抜かれた。

 初めて会った時から喋り倒してきた柊木が、無口だった? 正直、にわかには信じられない。というかイメージすらできない。

 昨日今日と、会話が落ち着いたと思ったらすぐさま喋り出して、また新しく話題を提供しまくっていた柊木が……? むしろ喋り過ぎで、少し鬱陶しいなとすら思った柊木が?

「————マジで?」

「うん、おおマジ。だから、ウチがやったことやれば姉御も喋れるようになると思うんだよねー!」

 なにかを探しているのか、自分の鞄を漁りだす柊木。

 そんな柊木ではなく、太知の方に視線を向けてそう聞いた。

 だが、太知が話すより先に柊木から返事が返ってくる。————というより、太知に言われたくなくて柊木が先に答えたように感じた。

 おまけに太知も、俺が聞いた瞬間言いにくそうに眉を顰めた気がする。


 そんな二人の態度に悟った。柊木の過去について聞こうとすることは、地雷行為なのだと。

 まぁいずれにしろ、相手が隠したいものを無理矢理聞く気にもならないけど。

「……てことは、既に喋れるようになった実績がある訳か」

「んー、ま……そういうことかな! だから多分、上手くいくと思うよ?」

 別に疑っている訳ではないのだけど、「安心して」と柊木は付け加えた。

 そして柊木は、鞄の中からよく見た形のゲーム機を取り出し、ちゃぶ台の上に置く。

「テレビ借りてもいい?」

「————あー、どうぞ」

 ……なるほど。ゲーム実況という訳か。

「コレでよし……! てことで姉御、さっそく特訓始めましょう!」

 そう言いながら、柊木はゲーム機から青と赤のコントローラを取り外し、「据え置きモード」にしてゲームを起動する。

 そして、コントローラ―を二つ組み合わせて、新たに出来上がったコントローラーを太知に渡した。


 ————全く関係ないけど、俺は我が家のテレビが無事に付いたことに少し感動する。なにしろ、色が見えなくなった一年前くらいから全くつけていなかったもんで。

 主電源すら抜いていたから、問題無く起動するかどうか不安だった。

「特訓するのはいいけど……なんでゲームなんだよ?」

「姉御にこれから、ゲーム実況をしてもらうからですけど?」

「あぁ、そういうこと。ゲーム実況か……って無理だ! やれって言われてもいきなり出来るわけないだろ⁉」

「大丈夫ですよー。ウチらだって、いきなり出来るようになるとは思ってませんし」

「じゃ、じゃあなんで……」

「楽しくゲームしながら、何を話せばいいのか、話し方のコツを掴んでもらうためのゲーム実況ですね!」

 まさかゲーム実況にそんな効果があったとは。初耳なんですが。普段何気なく見てたゲーム実況だけど、意外と奥深いんだなぁ……。

「な、なるほど……。つまりアタシは、ゲームしながらそのゲームについて話せばいいんだな?」

「そういうことです! じゃあまず————何のゲームにしますか?」

「そうだな……これにするわ」

 柊木がソフトの入ったケースを広げ、それを覗き込む太知。

 大量に入ったソフトの中から太知が選んだのは、某人気格闘ゲームだった。


 ◇


「……なぁ、柊木」

「なーにー、三千喜君」

 今まさに、相手のストックを一つ奪った太知のプレイングを見ながら、俺は柊木に話しかけた。

「今やってるの、ゲーム実況であってるよな……?」

「一応、そのはずだけどね————?」

 そう言いながら、俺と柊木はテレビから視線を外し、ゲームに集中する太知へと目を向ける。

「なんか、おかしくね……? ゲーム実況って言っておきながら、実況が全くされてない気がすんだけど?」

「奇遇だねー……。ウチもそう思ってたとこ」

 遠回しに太知に向かって言っているのだが、太知は俺らの声が耳に入っていないのか、こっちを見向きもしない。……恐るべき集中力だ。

 そんな太知に呆れて、俺と柊木は再びテレビへと視線を戻す。

 ————と、ちょうどそこで「ゲームセット」の文字と共に、太知の操作しているキャラが相手の最後のストックを吹っ飛ばした。

「————よぉしっ! 五連勝!」

「————————じゃねぇよ‼」

 そして、五連勝というちょっとすごい戦績を喜ぶ太知に、俺は盛大にツッコんだ。

「わ————⁉ な、なんだよ三千喜! いきなり肩掴むなって! びっくりするだろ⁉」

「あ、それはごめん————じゃなくて! お前、何普通にゲームを楽しんでんだよ⁉ お前がやんなきゃいけないのはゲーム「実況」だろ⁉ 実況どこ行った!」

 俺は太知の華奢な肩を掴み、そのまま太知を前後に揺さぶりながらそう言った。

「し、仕方ないだろ……。わ、忘れてたんだかららら————」

「忘れるなよ‼ ていうか忘れないだろ普通‼ あと、なんで何気にゲーム上手いんだよ!」

「さ、最後のはなんか違くないかあああ————?」

 ————そう。太知は意外にも、ゲームがかなり上手かった。

 この格闘ゲームにはオンライン対戦があり、一定数以上のレートを獲得すると「VIPマッチ」なるものに参戦できるようになる。

 そのVIPマッチ————通称「VIP」は、このゲームのオンライン対戦上位者の集まりで、普通の対戦とはレベルが違う。要するに猛者の集まりという訳だ。

 太知はそんなバケモノ集団の中で、ギリギリの接戦という訳でもなく普通に五連勝を達成してしまったのだ。

 俺が止めて無ければ軽く十連勝はしてたかもしれない————ではなく。

 VIPマッチに入る前も、入ってからも。太知は一言も喋らなかった。

 正確には対戦相手に煽られたり、しょうもない凡ミスをかました時に「あぁ⁉」だとか、「フっざけんなよ!」だとか、雄叫びが上がっていたけども。

 それら雄叫び以外はマジで一言も発していない。ただただ上手いプレイを、俺たちに見せていただけだ。

「ま、待って————待ってくれ! たしかに実況しなきゃいけないことは忘れてたけどさ! 格ゲーを実況するなんて難しいんだよ! 速すぎて何も喋れないんだ!」

 しかし太知は、俺の腕を掴んで無理矢理引き剥がしながら、実況できなかった言い訳を述べてきた。その言い分に俺は少し納得する。

 たしかに太知の言うことは理解できる。展開が目まぐるしく動く格ゲーを、おそらく実況を一度もやったことがない初心者がやるには無理がある。正直な話、喋れる喋れない関係なく、ハードルが高いことは間違いない。

 のだが……。

「それを選んだのはお前だろうが……」

「————ぅ。だって……」

 自分で選んだゲームだろと俺が指摘すれば、太知は気まずそうに目を逸らす。

 そんな、少しいじけたような太知の仕草が可愛くて、「自己責任だ」と責めるにも責めきれない。

 そうしてどうしようもなくなって、俺は深くため息をついた。

「そしたら……他のゲームでやるしかないか———」

「そ、そうだな————そうしよう! そしたら次のゲームは……」

「————おい待て、誰がお前に選ばせるって言った」

「え、なんでだよ……。アタシが実況するんだから、好きなゲーム選ばせてくれてもいいじゃんか!」

「そうやってお前が選んだのが「格ゲー」だろうが! また同じこと繰り返す気か⁉」

「ぅぐ……」

 全く、本当にこのお馬鹿さんは手間がかかる。一瞬でも隙を見せようものなら、瞬く間に面倒事を持ってきて事態をややこしくさせる。

 そんな行動に「諦めろ」と言っても諦めない。それどころか、行動力だけはピカ一だ。

 まぁ、そのやる気が全て空回りしている結果が今のこの状況なのだが。

「ったく……。次にやるゲームは俺が決めるからな。それで文句ないだろ?」

「————へいへい、分かりましたよーだ」

 まだ若干不服そうな太知にそう言い、次のゲームはなにがいいかと考える。

 だがしかし、俺にはそもそもゲームの知識がそんなにない。何なら、どんなゲームが実況に向いているのかも知らない。

 ……マズい。このままじゃ太知の二の舞になってしまうじゃないか。

「どれにするべきなんだ……?」

 結局、いくら考えようと八方塞がりで、立ち往生した俺の思考は助けを求めてしまう。

「————んー、実況のしやすさで言うならホラーゲームとかがいいんじゃない?」

 そんな俺に、柊木が神とも思える助言をしてくれる。実にありがたし。

 しかし————ホラゲーか。Vチューバーの動画だけじゃなく、配信とかでよく見るジャンルではあるが、実際のところどうなのだろう?

 素人的には、恐怖で実況どころではなくなりそうな気がするが……。とはいえ格ゲーよりは実況向きではあるか。

 自分のペースで進められるし、目まぐるしく展開が動くわけでもない。何なら、ストーリーの考察を話題にすることも出来そうだ。

「————たしかにいいな。よし、ホラゲーにしよう」

 そして俺は大量のソフトの中から「赤鬼」という、いかにも赤鬼が出てくるのだろうというゲームを取って、本体に入れた。

「おし。太知ー、準備できたらいつでも始めていいぞ」

「……いやだ」

「————は?」

 ……今なんて? 

「————ホラゲーは嫌だ! やりたくない!」

「何でだよ⁉ さっきの格ゲーよりはだいぶ実況しやすいはずだから!」

「ち、違う! そうじゃない!」

「————はぁ⁉ じゃあいったい何なんだよ⁉」

 まさかこの期に及んで、太知が「やりたくない」と駄々をこねるとは思いもせず、聞く。

 すると太知は、目にうっすらと涙を浮かべて……。

「だって……お化けとか怖いんだもん……」

 いやいや……いやいやいや。お前ヤンキーだろ。

 なに小動物みたいな、可愛い女の子が言うようなことと同じ事言ってんだよ。

 というか、心なしか口調まで変わってないか……? 


 ————涙を浮かべ、口を尖らせ人差し指の先を合わせる太知に、俺はそう思わずにはいられなかった。

 のだが————。

「……うるせぇ、やれ」

「お、おお鬼かお前————⁉」

 その数分後、我が家には太知の悲鳴が響き渡った。


 ◇


 いい匂いがする。

 花の香りなのか石鹸の香りなのか、詳しくは分からないけどいい香りが鼻をくすぐる。

 そんないい匂いを香らせる存在は、なぜか胡座をかいた俺の脚の上に座っていた。


 ————つまり、俺の腹と太知の背中がくっついている状況。いい香りがするのも、太知の綺麗な銀髪から漂うものだ。

 そんな状況に、改めて俺は「太知は女の子なんだな」と実感する。

 自他ともに認めるヤンキーである太知だが、とても華奢な体つきだ。多少身を縮めてはいるのだろうけど、それでも俺の座高に収まってしまうくらいの体格。

 今、抱きしめようと思えば、太知をバックハグをすることも簡単に出来る状況で————、


 俺は自分でも不思議なほど冷静に、太知の手の上に重ねて持ったコントローラーを操作していた。

「な、なぁ……今鬼居ないよな————? 大丈夫だよな……?」

「居ないぞ。————ってか、ちゃんと見てプレイしろよ。目を閉じんな」

「む、無理だ! 怖くて見れない!」

「————言うほど怖いか? この鬼」

「……怖い‼」

 ちっとも怖くないのだが。

 やたら顔がデカく、白目がほとんどない顔の半分ほどを占める目を除けば、割とどっかにいそうなオッサンの顔をした鬼。それがこのゲームの言う「鬼」らしい。

 最初こそその特徴的な見た目に驚きはしたが、三回目でもはや慣れた。

 まぁ、俺の目には鬼がどんな「色」をしているかは見えてないのだけど。というかゲーム画面が白黒でしか見えていない。だから、ひょっとしたら————もの凄いおぞましい色をしているという可能性は否定できないけども。

 正直、それを加味しても怖くはない。せいぜいキモい程度だ。

「はぁっ……はぁっ……もうヤダ! 今すぐやめないか⁉」

「それじゃあ特訓にならないだろ……」

「そうですよー、姉御。せめてストーリークリアくらいはしてくれないと」

「うぅ…………」

 ホラゲーが無理な太知に対して容赦のない俺達の言葉に、俺の懐に座る太知は恨めしそうに小さく呻く。

「ていうか、二人は何で平気なんだよ! おかしいだろ⁉」

「だってウチはもう既にプレイしてますもん。二回目なら流石に慣れますって」

「じゃ、じゃあ三千喜は⁉」

 何を思ったのか、太知は真後ろにいる俺の方へと振り向き、上目遣いで聞いてくる。

「————まぁ、俺も別に……」

 あいまいな答えで濁したものの、俺はホラーが得意という訳じゃない。特に「びっくり系」に関しては叫ぶ自身すらあるほど。むしろ苦手な部類であるかもしれない。

 今やってるゲームも、本音を言えばちょっとキツイ。ランダムエンカウントする鬼には毎度驚かされて、俺の心は穏やかじゃない。

 ————だが、そんな俺だが今日は妙に落ち着いている。

 理由はまぁ、俺にゲーミングチェアへ座るがごとく、体を密着させて座っている太知のせいなのだが。

 今の俺は、自分でも何がなんだか分からない程、脳みそが混乱しているのだ。

 正直言って、俺も太知と同じでホラゲーは怖い。急に出てくる鬼にビビっているのも事実だ。

 だがしかし、それにビビるよりも早く太知が俺の腕を掴んで悲鳴を上げるものだから、その途端に「怖い」という感情が冷めてしまうのだ。

「————とにかく、もうだいぶ進んでんだから。このストーリくらいはクリアしちゃおうぜ」

「くぅ……わ、分かった————」

 渋々頷く太知だったが、その手がコントローラーを操作することは無く————、


 結局、太知の体に手をまわしてコントローラーを持っていた俺が、続きをプレイすることになった。



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