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不良少女《VTuber》計画、始動!

「————という訳でまとめると。企業Vチューバーっていうのは、プロデューサーみたいな人がついてるVチューバーってこと!」

「……なるほどな。つまり、ゲーマーとプロゲーマーの違いと似たようなものって感じか」

「そうそうそう! プロゲーマーとめっちゃ似てる!」

 企業Vチューバーがどんなものか説明し終えた柊木に、俺は素直に感心した。説明に無駄がなくて、結構わかりやすかったのだ。

 どうやら柊木は、ただの喧しいやつではないらしい。企業Vチューバーのオーディションを受けただけのことはある。

「————ダメだ。アタシにはさっぱり分かんねぇ……」

「えー⁉ 姉御、今の説明でも分かんないんですか⁉ それは流石にウチも困ります!」

 ————だけどまぁ、分かりやすかった柊木の説明を受けてもなお、理解できないのが一人いるわけだが。

「んー……どこが分からなかったんですか? 姉御。そこを重点的に教えてあげます!」

「いや……どこがっていうか————全部?」

「全、部……」

 その太知の言葉がよほどショックだったのか、柊木は魂が抜けたように意気消沈した。

 というか、薄々ながら、太知にはVチューバーなんて無理なんじゃないかと思えてならない。圧倒的にバカすぎる。

「……いいか太知。企業Vチューバーってのは要するに、お前がVチューバーになる為のサポートをしてくれるところみたいなものってことだ」

「……なるほど?」

「————お前もVチューバーの動画見てたら聞いたことくらいあるだろ。「ピクシィ所属、三期生の————」っていうやつ。その「ピクシィ」がつくのが企業Vチューバーってことだよ」

「あー! それか! 分かったわ!」

 分かったことが嬉しいのか、手をポンと叩き納得する太知。多分、太知の中では「企業Vチューバーは、自分の名前に企業の名前がつく」程度の認識だろう。

 残念ながらそれは、分かっているようで何も分かっていないというやつだ。

 ————それを柊木も察したのだろう。

「姉御……。企業Vチューバーになると、Vチューバーに必須のモデルとかにかかるお金を出してくれたりするんです」

 頭を抱えて、さっきまでやたらとテンションが高かったのが、だいぶ落ち着いた声でそう言っている。

「え! めっちゃいい所じゃん! 企業Vチューバーになろう!」

「————ただ、誰に描いてもらうかはあんまり選べないですけどね……」

「あ、そうなのか? じゃあやっぱやめだな」

 誰に描いてもらうかを選べない————それを聞いた瞬間、企業Vチューバーになることを選択肢から除外した太知に、柊木同様、俺もため息をついた。

「————大人しく企業Vチューバーになっとけよ……太知」

「なんでだよ。企業Vチューバーになったら、三千喜に絵を描いてもらえないかもしれないんだろ?」

 柊木に教えて貰った今、俺が現役の頃は依頼のほとんどが「企業Vチューバー」によるものだったと分かったが————。おそらく、企業が選ぶイラストレーターの中に、今はもう活動してない俺が入るとは思えない。

「……まぁ、そうなるな」

「————じゃあ嫌だ。誰に描いてもらうか自由に選べるんなら、そっちにするけど」

 太知が俺に拘る理由を聞いた以上、「俺じゃなくて他のイラストレーターでもいいだろ?」とは言えない。

 しかし、太知は「Vチューバーになるということ」を、かなり甘く考えすぎている。

「お前さ……モデルを一体描いてもらうのにいくら必要か————分かってんの?」

「あー、金の話なら問題ないぞ! アタシだってバカじゃないからな! バイト掛け持ちして貯金してある!」

「へぇ————幾らぐらい?」

 太知の雰囲気からして、先のことを考えて行動できるタイプじゃないと思っていただけに、貯金しているのは少し予想外だった。

「ふふふ……! 聞いて驚け! 二十万だ‼」

「え、凄いじゃないですか姉御‼ ていうか、姉御がバイトできることじたい驚きです!」

「……茜ってさ、アタシのことをバカにしてるよな?」

「いえ? そんなことありませんよー」

 太知の言った金額に柊木が凄いと口にするが、俺も内心ではそう思っている。

 時間も仕事内容も限られている高校生でありながら、二十万も貯めたのは普通にすごい。————のだが。

「二十万か……」

 Vチューバーになるのだとしたら、多分圧倒的に足りないだろう。

「————どうした? 三千喜。もしかして足りないとか?」

「あぁ……まぁ。足りてない」

「まー、アタシもそんな気はしてたから気にすんな! で、どれくらい?」

 笑顔でそう言う太知に、俺は金額を告げたくなくなった。だけど、言うしかない。

「…………二十万」

「————へ?」

「最低でもあと……二十五万は必要だと思う」

「「えぇぇぇっ————⁉」」

 俺が躊躇いながらそう告げると、太知と柊木は全く同じ驚きの声を上げた。そしてすぐに、太知は金額の大きさからか青ざめてしまう。

 そんな太知に代わって、柊木が俺に質問した。

「え、二十五万て……内訳どーなってんの⁉」

「いや……全部、モデルだけにかかる金額だ。モデル一体描いてもらうのに、最低で五十万、高ければ百万なんて余裕で越える……」

「嘘でしょ⁉ Vチューバーになるならパソコンとかも必要なのに⁉ モデルだけで五十万⁉」

「……そうなんだよ」

「五十……万……」 

 そんな俺の発言がトドメとなってしまったのか、太知は消え入りそうな声でそう言い、消えるように後ろへと倒れた。

「あ、ああ姉御! しっかりしてください! あ、そうだ! パソコンとかマイクはウチが買ったやつあげますから! ね⁉ だから起きてください!」

「だって……五十万とか……無理じゃん————」

「姉御―! ————ちょ、三千喜君! なんかもっと安くなんないの⁉」

「————ごめん。こればっかりは……無理だ」

「そんな————! いや……ちょっと待って⁉ ウチ前に、通販サイトでVチューバーのモデルが四万円くらいで売られてるの見たけど⁉」

「————本当か⁉」

 柊木の「四万円」という言葉に反応した太知が、弾かれたように飛び起きる。

「あぁ————それなら俺も知ってるよ。だけど……やめておいた方が良いと思う」

「なんでよ‼ まさか三千喜君、姉御からぼったくろーとしてんじゃないでしょうね⁉」

 Vチューバーのモデルを作るには、華麗なイラストを描けるだけじゃ作れない。

「Vチューバーのモデルを作るのに五十万かかるのは、それ相応の理由があるんだ」

「理由って……どんな理由なんだよ————」

 はしゃぐ柊木に向けて「ぼったくりじゃない」と言ったつもりが、なぜか太知が反応する。

「普通のイラストとVチューバーのモデルとじゃ、かかる手間の多さが全く違うんだ。その理由が……分かるか?」

「いや、さっぱり分からねーわ」

「————三面図が必要とか?」

「なかなかいい線ついてるな、柊木。————だけど、違う」

 たしかにモデルを作るときは、立体的に見えるように「三面図」を必ず描く。

 だけど、これは普通のイラストでも場合によっては描くし、Vチューバーのモデルを作る時だけではない。

 モデルを作る時とイラストを描く時の大きな違いは他にある。

「————正解は「パーツ分け」することだ」

「「パーツ分け……?」」

 俺が答えを言うと、案の定、太知と柊木の二人は素っ頓狂な声を上げた。

「あー、簡単に説明すると……言葉じゃ無理だ」

 言葉で説明するのを早々に諦め、俺は机の引き出しから白紙の紙を引っ張り出した。

 そしてちゃぶ台に戻り、襤褸切れのような紙に線を描いていく————。

「例えば、Vチューバーのモデルにリボンがあったとする。頭の装飾品として」

 二人に見えるよう、ちゃぶ台の真ん中に広げた紙に、蝶結びをされたリボンを簡単に描く。たったそれだけで太知は感嘆の声を上げた。

「それで……このリボンを描こうと思った場合、大体五つのパーツに分けられるんだ。両端のわっかの部分と、真ん中の部分と————こんな感じで」

 紙に書いたリボンを、今度はパーツごとに描いていく。右の輪、左の輪、中央の部分、右の足、左の足————と。

 ただ、それを描いて見せても二人はピンとこないらしい。俺の描いたリボンを見ては唸っている。

「あ、あのさ————? なんでこんな細かくパーツ分けする必要があるんだ……?」

「そりゃ当然、動かさないといけないからだよ」

 太知の率直な疑問にそう答えて、紙の余白に今度は人の頭部を描いていく。

「当たり前だけど、普通に描かれたイラストは動かない。それを無理矢理動かすとなると、イラストが途切れるんだよ。————こんな風に」

 そうやって口で説明しながら、絵を動かして実際に見せる。何も知らない太知でも分かるように。

「頭を動かすたびに、頭と首が分かれてしまいます————なんて嫌だろ? そうならないように、「見えない部分」も描かないといけないわけで。その為にパーツ分けしないといけないんだよ」

 そしてさらに、雑な人間の全身の絵を描いて、「もちろん、それを全てのパーツでやらなきゃいけない」と付け加えた。

「おまけに、このパーツ一つ一つに「動き」を設定しなきゃいけないんだ。それはイラストレーターの仕事じゃないから、詳しくは知らないけど。メチャクチャめんどくさいって話はよく聞く」

「Vチューバーの絵って、こんなに複雑なのか……」

 俺が書き終えた紙を見て、太知がそう呟いた。

「————そう、複雑でめんどくさい。体を描くだけでそこまで手間がかかるんだ。なのに、派手な衣装やアクセサリーなんかをつけようとしたら、さらに手間がかかる」

「え————じゃあ……海賊帽子をかぶってるVチューバーとか、巫女服を着てるVチューバーがいるけど、その人たちって……」

「まぁ、百万以上かかってるのは確定だろうな……」

 柊木の呟きにそう返しながら、俺はスマホで通販サイトを開いた。

「Vチューバーのモデルを作る上で、「パーツ分け」と「動き」は手を抜けないんだ。それを「安くしたいから」って、手を抜くと……こういうことになる」

 そう言いながら、通販サイトで売られている「四万円のVチューバーモデル」で検索をかけた。

 そして出てきた検索結果の一番上をタップし、動きのサンプル動画を二人に見せる。

「————これは……なんというか……」

「……もはやバケモノだな」

 俺のスマホに流れる動画を見た二人は、苦虫をかみつぶしたような顔と共にそう言う。

 誰か分からない人の名誉の為に言っておくが、決してイラストとしての出来が悪いわけじゃない。————ただ、動きとパーツ分けをサボると、Vチューバーのモデルとして使うにはお粗末すぎるものになってしまう————というだけだ。

「イラストで二十五万、モーションデザインで二十五万。それを合わせて、最低でも五十万は必要なんだよ————」

「……だな」

 そう言った太知の声は、ひどく沈んでいた。

「ま、まぁ————これを全部払ってくれるってんだから、企業Vチューバーになった方がいいって! 俺だっていつ描けるようになるか分かんねーし、さ?」

 奈落の底まで落ちて行ってしまったような重苦しい空気を、何とか明るい雰囲気にまで持っていこうと、空元気に声を出してみる。

 ————が、太知は俯いて黙り込んだままだった。そんな太知に、なんて声を掛けたらいいか分からない。


 別に、太知がVチューバーになれなかったからと言って、俺に何かあるわけじゃない。そもそも、今日の今日まで、まともに話したことすらなかった相手だ。

 放っておけばいいだろ。もともと関わりなんてなかったんだし。というか俺は、なんで家を貸して話を聞いてるんだよ。そんなことする必要ないだろ。朝、授業中に呼び出されて「アタシをVチューバーにしてくれ」なんて頼んできただけのやつに。


 ————それ……だけのやつに。


「……モデルの方は、俺が何とかしてみるよ」

 ……なのに、俺は気付けばそう言っていた。

「……ぇ?」

 か細い声と共に顔を上げた太知の表情には、戸惑いの中にほんの少し明るさが見えた。

 その表情を見て、俺は自分が下した決断が「間違ってなかった」のだと知る。

「————い、いま「なんとかする」って言った⁉ ほんとになんとか出来んの⁉」

「多分な。……本当にどうにか出来るかは、やってみないことには何とも言えない。……あ、ちなみに。俺が足りない分を出すとかじゃないから、あんま期待すんなよ?」

 太知は俺に「イラストを描いて欲しい」が為だけに、企業Vチューバーになることを選ばなかったんだ。

 企業Vチューバーとして活動すれば、個人で活動するより人気は遥かに付くだろう。その上、Vチューバーとして活動していくサポートまでしてくれる。

 もちろんそれだけ、企業Vチューバーになるには厳しいオーディションを通過しなければならないけども。

 そんな好条件を捨ててまで、太知は「俺の絵がいい」と言ってくれるのなら。

 ————その期待には少しだけ応えたいと思った。

「……まぁ、俺としては本気で何とかしてみるつもりだから。————だから、太知はVチューバーになることに集中しろよ」

「————ありがとう、三千喜……!」

 少しだけカッコつけながら、太知にそう言ってグッドサインを送った。


 それを見た太知は、ヤンキーとは思えない優しい表情で微笑み返してきたのだった。


 ◇


 ————そうして、俺が「太知の為にイラストを描く」と固く決意した後で。

「……って、もう七時なりかけてんじゃん⁉ ウチらどんだけ喋ってたの⁉」

 スマホの画面で現在時刻を確認した柊木が悲鳴を上げた。

「もうそんな時間になってたのか。体感じゃそんなに時間経ってないと思ってた」

「————そうか? アタシ的には結構長く感じてたけどな……」

「いやいや、姉御! ウチがここに来てからまだ二時間も経ってないですよ! 短いですって!」

 そそくさと帰りの支度を始める柊木と太知の会話を、部屋の片づけをしながら聞いていた。

「二時間も話せば十分だろ。三千喜もそう思うよな?」

「まぁ……たしかに。結構疲れたし、二時間近く話すのはむしろ長い気がする」

「嘘でしょ⁉ ウチは全然喋り足りないんですけど⁉」

「最後以外、ほとんど茜しか喋ってなかったけど。それで喋り足りないとか、どうなってんだよ……」

 やれやれ————と、呆れ混じりに首を振りながら言う太知に、俺は激しく同意した。二時間も喋って「喋り足りない」なんて、どんだけ自己主張が激しいのか。

 呼吸するのと同じレベルで何も考えずに話してた————と思えるほど、終始ベラベラ喋っていたというのに。

「別にこれくらい普通ですよ? ていうか、Vチューバーになるならこれくらい余裕で喋れないと……」

 そこまで話して、柊木は突然声を出すのを止めた。そんな柊木に、俺と太知は「何事か」と視線を向ける。

 そんな俺たちの視線を向けられた柊木は、立ったまま少し呆然とし————、

「……姉御って、画面に向かって一時間以上喋れますか……?」


 ————まるで「気付きたくなかったことに気付いてしまった」と言うような、恐る恐る太知に聞く柊木に。


 俺も全てを察して、本当の問題はこれから先にあるのだと絶望した。

 どうやらVチューバーのモデル問題は、たいして大きな問題じゃなかったらしい、と。


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