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元イラストレーターと不良少女

「————という訳で、ここの答えは……」

 新しく一週間が始まる月曜日。多くの人が憂鬱な気分になっている朝から、「数学」なんていう誰も望んでいない授業に俺はあくびをついた。

————窓の外を見ながら「退屈だな」なんて思って。そのまま教室の中、隣の席に目を向ける。

 存在するだけで退屈しない、隣のヤンキーさんはまだいない。アイツが登校してくるのは大体昼休みが終わるころ。つまり、まだ出勤時間じゃないという訳だ。

「————はぁ……」

 それが少し残念で、俺————三千喜(みちき) 創哉(そうや)はため息をつく。

 別に、太知と仲がいいとか好きという訳ではない。ただ、太知は美少女なのだ。

 ヤンキーならヤンキーらしく強面でいればいいのに、あろうことか美少女なのだ。そこに居るだけで華になるし、見るだけで目の保養になる。

 見開いている訳でもないのに大きい両目。すっと通っている鼻筋。透き通った肌。触るとプルプルしそうな、艶やかな唇————などなど。太知が美少女である理由を挙げ出したらキリがない。

 そんな、人生の勝ち組が決まったような容姿を持っているからか、太知の男子生徒人気はもの凄く高い。詳しくはしらないけど、週一くらいで告白されている時期もあった。

 ただ残念なことに、それらをすべて無に帰すほど、太知の性格は粗暴だ。

教室のドアは蹴るわ、机の上に足をのせるわ、口より先に手が出るわ。とにかく太知の行動は荒々しくて、雑で、乱暴でしかない。それがヤンキーと言われる所以でもあるのだが。

太知に告白した者たちは、わずかな違いはあっても皆一様にボコされていた。

それ以来、「太知に告白しよう」なんていう考えなしの愚か者は消えていった。————少し考えれば結果は分かるだろうに。

当然、俺はそんな愚か者じゃない。

そもそも、ヤンキーと呼ばれている時点で内面に難があるのは確定事項。そんな奴と付き合ったとして、絶対に楽しくなんかないだろう。俺は別に「外見より中身が~……」なんて、聞こえのいいお世辞を言うつもりはないが、内面は人間にとって非常に大事な要素なのだ。

いかに外見が美少女であろうとも、中身がオッサンじゃ幻滅するだろう。友達として見る分にはそれで構わないけど、少なくとも恋愛対象にならないことは間違いない。


そう思っている俺がなぜ、太知がいないことを残念に思ったのか。それは俺が、太知のことを「被写体」として見ているからだろう。

口調や行動はヤンキーそのものな太知だが、黙ってじっとしていれば美少女だ。おまけに、現実でやるなんて頭が悪いとしか思えない派手な髪色をしている。

言い換えれば、太知には「華がある」のだ。そんな「花がある人物」を描くと「絵」になる。

どういうことか分からない、と思うのであれば集合写真を見て欲しい。似たような髪色をした集団の中に、「銀髪に水色のメッシュ」髪をした人が居たらどうなるか。

間違いなく、その人が主人公になるだろう。つまりそういうこと。

絵描きからすると、「絵」になる人を描くのは楽しいのだ。「清楚系」なんて呼ばれる黒髪の地味な子を描くよりは、銀髪だろうが金髪だろうが派手な子を描いた方が楽しい。


————と、こんなに俺が「絵」に関して口うるさいのは、俺が「絵描き」だったからだ。

 かつて……とは言っても中学生の時だから、そこまで昔じゃないけれど。俺はれっきとした「イラストレーター」だった。

まぁ……お察しの通り、今は絵なんて描いてないし、描きたくても描けないのだけど。

 それでも、想像する分には楽しい。太知をイラストにして描いたらきっと、メチャクチャ可愛いキャラになるだろう。

「————あ、やべ」

 そんなことを考えていたら、いつの間にか黒板にびっしりと板書されていたものを先生が消し始めた。

それに慌てて、既に手遅れかも知れないが書き写そうと、シャーペンを手に持った時。


 スタァァン————————‼


 授業中の教室にデカい音が響き、クラス中が教室後方のドアを一斉に見る。

 そこには、片足を上げたままの太知が立っていた。おそらく————というか、毎度のことながら、教室のドアを蹴り開けたのだろう。

 遅刻、しかも授業中。そしてさらにドアを蹴り開ける。そんな派手な登校をかました太知に、クラス中の視線が集まった。

 しかし太知は、そんな無数の視線に怯むことも無く俺の隣の席まで歩いてくる。

 ————いつものことか。

 誰しもがそう思ったことだろう。先生は黒板を再び消し始め、クラスメイト達は前に向き直り、俺も書き写しを再開するべく前を向いた。

 

しかし、太知はなぜか自分の席に座ろうとしない。それどころか、何かを言いたそうに俺のことをジッと見つめている。

 

太知が今まで、俺をジッと見つめてくることなんてあったか————? いや、無い。

————なんか、よく分かんないけど怖い。

「お……おはよう、太知。あれだな、今日は随分と早い出勤だな————!」

 俺は太知に黙って見つめられるのに恐怖を感じて、とりあえず挨拶した。

————太知のことを初めて怖いと思ったかも知れない。「黙っていれば美少女」だなんてさっきは思っていたが、とんだ間違いだ。————大間違いだ‼ 太知は黙っていてもヤンキーでしかない! お願いだから、なんか喋れよ!

そんな事を胸中で叫んでいた時、太知がやっと口を開いた。


「おい、三千喜。————用があるからついてこい」

「は————————っ?」

 用があるからついてこい————? 俺は何をやらかしたんだ————⁉

 いや、ちょっと待て。何もやらかした記憶はない。心当たりがなさすぎる。そもそも、コイツが俺に話しかけてくること自体滅多にない。その逆も同じく。

「用がある————ってなんだよ。俺、お前になんかしたか……?」

「いや、そうじゃねー……っていいや、説明すんのもめんどくせー。————行くぞ」

「————は⁉ ちょ、おま————‼」

 俺は太知に突然腕を掴まれ、力任せに引っ張られた。そして、情けないことにそのまま引きずられてしまう。全力で抵抗しているのに、太知はまるで意に介していないらしい。

 抵抗も空しく、ずるずると引っ張られていく。ヤンキーとはいえ、女子に力で負けるのは結構心に来るものがあるな。

「————おい、太知! 今は授業中だ! お前はもう勝手にすればいいが、三千喜を巻き込むんじゃない‼」

「————先生!」

 まさか、先生が太知を叱ってくれるとは思わなかった。

いつも太知の校則違反を見逃しているのに、今回は授業中だってこともあるだろうが、感動して思わず先生の方を見た。

 ————が。

「————あぁ……?」

「ひ————ッ‼」

 先生は太知にたった一睨みされただけで鋭い悲鳴を上げ、委縮してしまう。なんとも情けない。太知に引きずられている俺が言えたことじゃないが、情けない。

「んだよ————?」

「い、いや……何でも————好きにしなさい。私はもう、知らない……」

 ————おいアンタ! それでも教師か⁉

 思わずそう言いたくなることを、先生は平然と言ってのけた。いやまぁ、気持ちは分かるけども。太知に睨まれたら俺も怖いけども。

 それでも一応大人なんだし、そこは太知の暴走を止めて欲しかった。というか俺は、これからどこに連れていかれるのだろうか。

 

————そんな取り留めもないことを考えながら、俺は太知に引きずられ続けた。


         ◇


「お、おーい、屋上は立ち入り禁止だぞー……?」

 そんな俺の制止にも太知は聞く耳を持たず、躊躇いも無しに屋上のドアを開けた。手つきからしてやり慣れている。きっと、屋上侵入の常習犯だ。

「————いつまでそこに居んだよ。早くこっちにこい」

「い、いや……えー……と、ですねぇ……?」

「早くしろっつってんだろ。そんなにアタシが怖いか————?」

「それは————別に。それよりは、俺に一体何の用なのか知りたい」

 ————いや、めっちゃ怖いけどな。用件も告げずに屋上まで連れてこられたんだ。しかもヤンキーに。そんな状況、普通はカツアゲとかそんなものをイメージするだろう。でも、それを言ってしまったら、マジで殺されそうな気がして言えなかった。

————まぁそれともう一つ、太知は一応階段の前で引きずるのを止めてくれた。どうやら、それくらいの良心は太知の中にもまだ残っているらしい。

「それは……誰にも聞かれたくねぇんだ。だから、屋上で話す」

 太知はそう言うと、見上げる俺から顔を逸らして表情を隠した。まるで照れ隠しのように。

 ヤンキーらしからぬ太知の素振り。————いや、ヤンキーでも照れ隠し程度、するのかもしれないが。少なくとも、俺の「ヤンキーイメージ」では、ヤンキーは照れ隠しをしない。

「そっすか————」

 そんな太知の仕草に、俺は完全に毒気を抜かれて階段を上る。「誰にも聞かれたくない」ということは、少なくとも俺に危害を加えようってんじゃない。————そう感じて。

 ちなみに、俺は今まで校則を破ったことはない。つまり、今回が初めての校則違反という訳で、かなり背徳感がある。

が、意外にも一度立ち入ってしまえば、屋上の見晴らしのよさに背徳感は空の彼方へと消えていった。

「————それで、授業を途中で抜け出すほどの用って何なんだよ」

 屋上の中ほどまで進み、校舎へと続くドアが閉まるのを確認してから太知に聞く。

「————わ、分かった。今から言うけど、絶対笑うんじゃねぇぞ……!」

「————お、おう……笑わない。約束する」

 そう返したものの、何故か顔を赤らめる太知に俺は、疑問を感じずにはいられなかった。

ヤンキーだろうと何だろうと人なのだから、誰にも聞かれたくない話の一つや二つはあるだろう。だがしかし、俺と太知は席が隣というだけの関係。そんな俺に話せることを他の誰にも聞かれたくないというのは、少々無理があるんじゃなかろうか。

というか、今の俺が立たされている状況をどこかで見たことがある気がする。

学校の屋上、気持ちのいいくらいに晴れ渡った空、誰もいない場所で、顔を赤くして何やら照れている美少女————。

……はっ! まさか⁉ 俺は今、告白をされようとしているのでは⁉

そう考えて、その考えを即座に否定する。なにしろ相手はあの太知だ。今まで告白された相手を全て雑に振るくらいに、色恋沙汰にまるで関心が無さそうな、あの太知だ。

そんな太知が実は、俺のことが好きで他の人を振っていた? ……いやいや、そんなラブコメ展開がリアルで起こるわけじゃあるまいし。ありえないって。


————そうは思っても、この状況は完全にラブコメの「それ」だ。何もかもが一致している。

どうやら俺は、自分でも気づかぬうちに太知の心を鷲摑みにしていたらしい。……あぁ、俺はなんて罪深い男なのだろうかっ!

と、ついさっき教室で、太知に告白して無惨にも散っていった奴らを馬鹿にしていたことも忘れて、俺はこれから太知に告白される気満々だった。

そんな俺の頭の中身を知りようもない太知は、意を決したように大きく息を吐いて、吸う。

 そして————、


「アタシをVチューバーにして欲しいんだ————‼」

「————————は?」


 完全に予想外。いきなり後ろから頭を殴られたような衝撃に見舞われた。いわゆるノーマーク、ノーガード。そんな感じだ。

「いや————え……は?」

 あまりに突拍子のない用件に虚を突かれ、頭が混乱する。太知が言ったことが理解できず、頭に疑問符しか出てこない。


 ————ぶいちゅーばー……? 何を言ってんだ、こいつは。


 そんな感じに。いや、もちろん「Vチューバー」という存在自体は知っているけど。

 Vチューバーってアレだろ? ゲーム実況の配信とか、リスナーとの会話を配信でしてる、可愛いイラストが動くやつだろ? 

 中の人が動くとイラストも動くっていうアレだよな? それは知ってるけど、なんでお前はいきなりそれになりたいと思ったんだ? 

 そして、なんでそれを俺に言う? 自分一人で勝手にやればよくないか? 俺の許可要らないよね?

 

そんな疑問————もとい、ツッコミどころで俺の頭は満たされた。

「アタシはどうしてもVチューバーになりたいんだ! どうしても!」

「そ、それは分かったよ。でも、それなら一人で目指せばいいだろ? 俺に言う必要なんてないぞ」

 ぶっちゃけ、Vチューバーなんて他の人の協力云々よりは、自分一人で達成を目指すものだろう。まぁ、イラストレーターと似たようなもんだ。

 結局のところ一人で頑張るしかない。面白い喋り方とか、そういうのを。

 自分で研究して、自分のモノにする————それの繰り返し。いわば個人競技だ。

「違う、どうしてもお前じゃなきゃダメなんだ————! 頼む! お前の力を貸してくれ!」

 ————はて? 俺に力なんてあったか? 

 そうやってとぼけたかったが、残念ながら気付いてしまった。太知は、おそらく俺に「Vチューバーのイラストを描いてくれ」と言っているのだろう。

 たしかに、Vチューバーになるのであればイラストは必須。生命線だ。だから「アタシをVチューバーにしてくれ」なんて、他力本願のような言い方になったのだろう。

————個人競技なのに。

「————そういうことなら俺は力になれない。悪いけど。……ってことで、俺は教室に戻らせてもらう————」

「————おい! 待てよ! まだ話は終わってねぇぞ!」

「痛————痛い痛い痛い! シャツの襟をつかむな! 首が絞まるだろ! あと、話はもうお終いだ! どうせ「Vチューバーのイラストを描いてくれ」とか言う気だろ!」

「なんで分かったんだ……⁉ いや、分かってんならいい。アタシの為に描いてくれ!」

「だから、それをさっき断ってんだよ! イラストは描きません! お前が何を言っても絶対描きません‼」

「————ふざけんな! お前、イラスト書けるんだろ⁉ なんで描いてくれねぇんだよ! 頼んだだろうが!」

「頼まれたからって何でも出来るわけないだろ! 俺は「青い猫型ロボット」かっての‼」

「————は? 青い猫型ロボット……? なに言ってんだ? お前」

「え————、知らんの? お前」

 俺がそう返すと、太知はポカンと口を開けたまま「知らねぇ」と言った。このジョークが通用しないとか嘘だろ? お前は今まで何を見てきたんだよ。

「と、とにかく! 三千喜にはアタシがVチューバーになる為にイラストを描いてほしいんだ! 拒否権はない!」

「それこそふざけんな。拒否らせろよ。————お前がどこで、「俺がイラストレーターをやってた」ことを知ったのかは知らないけど、今はもうイラストを描いてないんだ」

 太知が何を言おうと、これだけは譲れない。というか、本当にイラストが描けないんだ。だから、いくら頼まれても引き受けられない。引き受けようがない。

「————どうしても、描いてくれねぇんだな?」

「あぁ……悪いとは思ってるよ。本当に。その代わり、お前の夢は応援するからさ。————なんでVチューバーになりたいかは知らんけど」

「そうか…………」

 そう言って、太知は肩を落として俯いた。長く綺麗な銀髪が太知の顔を隠して、何を考えているか表情からは読み取れない。

 だけど、落胆しているのは間違いないだろう。そりゃそうだ。太知からしてみれば、俺の一言で自分の計画が狂ってしまったんだから。俯いて、ため息の一つくらい吐きたくもなる。

 

————ただ、俺の前でそれを態度に出すのは止めて欲しい。罪悪感で居た堪れなくなってくるから。

「————よし」

「ん————?」

 そう思っていたのに、太知はまた、俺の予想に反して吹っ切れたように一息ついた。

「放課後、もう一度頼みに来るから。絶対先に帰んなよ」

「は、いや————さっきの話聞いてたか? 放課後だろうが何だろうが、俺は引き受けないから————」

「いいな? 絶対、先に、帰んなよ————?」

 一言ずつ、釘を刺すように言う太知の迫力に、俺は頷くことしか出来なかった。こういう所を見ると、本当に太知はヤンキーなのだと、あらためて思い知らされる。

「あ、あぁ……分かったよ。放課後、太知のことを待ってればいいんだろ?」

 これ以上何を言っても聞いてくれなさそうな太知に、俺は渋々そう返した。

 ————すると太知はまた、俺の想像を優に超えた反応をする。

「————うん! 約束だかんな!」

 心底嬉しそうに、年相応の少女らしい柔和な微笑みを浮かべて太知は言った。その笑顔に、俺の心臓はどきりと跳ねる。

 たかが口約束————しかも、俺はテキトーな言い訳をつけて帰ろうとしていたのに。

 そんな笑顔で、とても嬉しそうにそう言われたら帰れないじゃないか。

「————約束……な」

 気持ちのいい快晴の下。爽やかな天気にも負けないくらい、嬉しそうな表情をする太知の顔がまともに見れない。俺の顔は今きっと、茹でだこにも負けないくらい、真っ赤に染まっていることだろう。

 ————だって、顔を背けないと「約束」の一言すらまともに言えないのだから。


「……じゃあ、アタシは先に授業戻ってるわ!」

 顔を背けて固まる俺に、太知は何も感じなかったのか、満足げに屋上を後にした。

 そうして一人取り残された屋上で、俺はポツリと呟いた。

「————ズルいだろ。今のは……」

 今まで太知のことは、「美少女」だと思っても可愛いとは思わなかった。なにしろ、見た目は良くても可愛さが皆無な性格をしているんだ。可愛さなんて欠片もない、美少女ヤンキーとしか思っていなかったのに。


 たった一瞬、たった一言で————不覚にも、俺は太知のことを「可愛い」と思ってしまった。


   ◇


「なー創哉。一緒に帰ろうぜ?」

「……あー、わり。今日は先に帰ってて」

 帰り道が同じクラスメイト————安西直人に、いつものように「一緒に帰ろう」と声を掛けられた。だけど、俺には太知という先客がいる。ということで、いつもの日課を断った。

 途端、直人は血相を変えて俺に詰め寄ってくる。

「なんで断んだよ⁉ ————もしかしてあれか⁉ 朝の「授業中呼び出し事件」が関係してんのか⁉」

「あー、まぁ。そんなとこだな」

「お前いったい、何をしでかしたんよ! この学校で太知に関わっちゃいけないのは、もはや常識だぞ⁉ お前、一年の時も太知とクラス一緒だったのに、何やってんだよ!」

 学校が終ると、教室は一気に賑やかになる。部活に行く奴、友達とカラオケに行こうとするやつ、雑談するやつ————。

そんな感じで、普段であればいろんな会話が聞こえてくる放課後の教室も、今日は少しだけ違った。

「————三千喜君、大丈夫? カツアゲとかされてない?」

 一年の時はおろか、二年で同じクラスになっても、まともに話したことのない女子からも心配される。それほど、朝の出来事はクラスメイトにとって危険だったのだろう。 

 ————俺にとっても、異常事態であることに変わりはないけど。

「大丈夫だって。ほんとに、何もなかったから」

 いつの間にか、俺の周囲には人だまりが出来ていた。そのほとんどが、太知についての噂話をあーだこーだと俺に言って聞かせてくる。

 曰く、夜の街でホストらしき男と歩いていたとか。他校の生徒にちょっかいをかけては、財布の中身をまきあげているとか。

 俺が「何もなかった」と言ったにも関わらず、噂話の勢いは衰えることが無い。

例の如く、太知が先生に呼び出されて教室に居ないからいいものの、本人が聞いたら間違いなく皆殺しにされそうな勢いだ。

とはいえ、クラスメイト達は太知が居ないから、「チャンス」とばかりに話しているのだろうけど。

「まぁ、とにかくだ。太知には近づかない方が良いぞ、創哉。アイツは獅子————いや、オオカミか? とにかく超攻撃的生物なんだ。人間じゃない。命を失ってから後悔しても遅いんだぞ」

「いや、人間ではあるだろ……一応。攻撃的なのは分かるけどさ。————てか、お前確か太知に告ってなかったっけ?」

「その通りだよ————そしてそこで学んだんだ! アイツは美少女でも人間じゃないってな! お前も、彼女が居ないからって太知に近づくのは止めといた方が良いぜ!」

 やたらと清々しい表情でそう言う直人に、俺は心底呆れた。人間じゃないとか言っておきながら告白したのかよ、と思わずにはいられない。

 だが、そんな俺を余所に直人は、いかに太知が人間じゃないかを熱弁している。と、流石に言い過ぎだと思ったのか、俺らを囲んでいたクラスメイト達が離れた。

「————てなわけで、やっぱり太知は人間じゃねぇんだ! 殺戮兵器の方がしっくりくる!」

「誰が、人間じゃないって————?」

 熱弁していた直人の背後から突然、ドスの聞いた低い声が聞こえてくる。

「す、すみませんでした————ッ‼ 謝りますんで、どうか命だけは————ッ‼」

 姿を見なくても太知のだと分かる声に、直人はすぐさま振り向いて土下座した。その間、僅か一秒の十分の一。恐ろしいくらいに速く完璧な土下座に、俺は少し感嘆した。

「————チッ、早くどけ。邪魔だ」

 だが、そんな直人の土下座にも太知は動じることなく、一言「邪魔だ」と告げる。それを聞いた直人はすぐさま反応して、その場から動こうとした。

「よ、よかった……俺、このまま殺されるのかと……」

「————! バカお前! そこで頭上げたら————ッ‼」

 そんな事を言いながら、直人は土下座の体勢から頭を上げようとする。————それを見た瞬間、俺は咄嗟に直人を止めようとした。


 さっきまで俺は、自分の席の椅子に座って直人と話していた。直人はそんな俺の隣————ちょうど太知の席の位置に立っていた。

 そんな直人のすぐ後ろに太知は立っていて、直人は後ろに振り返ってその場で土下座した。————そんな直人が、頭を上げるとどうなるか。


「……あ、白————」

 

 直人の頭に持ち上げられて、太知のスカートの前側が一瞬捲れ上がった。

 

だけど幸い、直人の頭がいい感じに障壁となって、俺の目に「それ」が映ることはなかった。————だというのに、直人の放った一言で俺の脳裏には想像されてしまう。白の「それ」を身につけた、太知の生足が————。

 かなりはっきりと、鮮明にイメージできるその妄想に、俺が生唾を呑み込んだ時。


 再び命の危機を察した直人が、床にめり込みそうな勢いで土下座をした。

「ご、ごめんなさい! 悪気はないんです! ただ、言われた通りに移動しようとしただけで————ぐふっ⁉」

 直人の渾身の言い訳も空しく、太知は直人の脇腹あたりを蹴り、退けた。自業自得だとは思うが、憐れだ。あまりにも。

「お前も見たのか————? 三千喜……」

 と、友人の無残な姿に同情していた俺の胸座が太知に掴まれた。直人を脅した時以上にドスの聞いた、もはや殺意すら感じられる太知の声に、俺は即座に首を横に振った。

 そんな俺の反応を見た太知は、ほっと一息つく。

「————ならいい。行くぞ」

 さっきよりだいぶ柔らかくなった言い方でそう言われる。その後太知は、俺を引っ張って教室のドアへと歩き出すべく、髪をなびかせ振り返った。

 

————その、太知が教室のドアへと振り返る瞬間。俺は、太知の銀髪から覗く耳が、真っ赤に染まっていることを見逃さなかった。

 耳が赤く染まっている……ということは、「恥ずかしかった」ということだろうか。いや、考えてみれば、太知はよく知らんヤツに下着を見られたわけで。恥ずかしいと思うことは何もおかしなことじゃない。当然のことだ。


 ————だけど、どうしても引っかかる。男子による、「言えばヤらせてくれそうな子」ランキングの堂々たる一位の太知が、羞恥心を見せたことに。

だいたい、さっきクラスメイト達が言っていた太知の噂話が本当なら、クラスの男子に下着を見られたくらい、なんとも思わないと思っていたのだけど。

「————太知って、意外と純情なんだな」

 どうやらそれは誤解だったらしい。そう思って、やや急ぎ気味に俺を引っ張りながら、教室のドアへと向かう太知に言った。


 その後、俺が太知に背負い投げられたのは言うまでもないだろう。


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