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アネモネと太陽  作者: 社員
8/8

綻び

カインが牢獄に閉じ込められて、もうすぐ3日が経とうとしていた。

彼の端正な顔にはくまができ、煌びやかな金髪からは光沢がなくなり、絹のような肌は荒れ無精髭が生えていた。


どうしてこうなった。


カインは夜も眠らず、ずっとそればかりを考えていた。

俺は家族を養うため、親友に敵対してまで国に忠誠を誓った。

その結果がこれか。

ふざけている。もうどうとでもなれ。

こんな王国など、早急に滅んでしまえ。


「カイン様」


 牢獄の扉が開かれ、お粥を持った兵士が入ってきた。

 兜で顔はほとんど見えないが、若々しい声からするとカインと同じか、少し若いかくらいの出立ちであろう。

 この兵士には3日世話になっているが、罪人とは思えないほどに真摯な対応を受けていたので、カインはそれを疑問に感じていた。


「夕餉の時間です」

「いらない。俺はもう今日で死ぬ。飯など食べている気分ではない」

 絶望に蝕まれたカインの言葉に対し、兵士は腰を下ろして彼と向き合った。


「実は私、カイン様と生まれが同郷でして」

「……バルカンの生まれか?」

「はい。カイン様は私、いや我が故郷の若者全員の憧れです。ソル殿下にも負けない将軍として、数多くの戦績を立てている英雄です」

「よせよ。俺はソルなんかとは比べ物にならない、ただの女たらしさ」


 卑屈になるカインの前で、兵士はいきなり自分の着ている鎧をいきなり脱ぎ始めた。


「何してるんだよ。俺にそんな趣味はないぞ」

「カイン様。私の鎧を着て、脱獄してください。幸い、この兜は顔をほとんど隠しているため、そう簡単にバレることはないでしょう」

「そんなことしたらお前が」

「カイン様。あなたはこんなところで死んで良い人間ではありません。歴史に名を残すほどのお方だと私は思っております。さあ、時間がないので早く支度を」

 そう言って、兵士はカインの足首を縛っている縄を剣で両断した。


「さあ早く」

「馬鹿野郎が。俺は優しくなんかねえから、このままお前の言う通り脱獄しちまうぞ。それでいいのかよ」

「お構いなく。この命、カイン様のために捧げられるなら本望です」


躊躇いなく言う兵士に対し、カインは舌打ちをする。


「そういうのいらないんだよ。考え直せって」

「どちらにせよ、あなた様の足の縄を切った時点で死罪は確定でしょう。私の命を無駄にしないでください」

「くそっ!」


 カインは強く歯を食いしばり、悔しさのあまり床を拳で叩きつけた。


「お前、名前は何て言うんだ」

「ニッキと申します」

「ニッキ。この恩は死んでも忘れない」


 カインは鎧を装着すると、お粥を腹に入れて兜をつける。

 そして、牢屋から出ると最後に深くニッキに一礼をした。



「カインが脱獄した!?」


 サームがそれを耳にしたのは、カインが脱獄してから数時間後のことだった。

 バルクは表情を曇らせながら、兵士に詳細を尋ねる。


「警備はどうなっていたのですか?」

「それが……。門番の1人がカインと手引きしておりまして」

「カインの野郎! 家族を保護してやる約束はなしだ! バルク! すぐ兄上に連絡しろ! あいつの家族を処刑させてやれ!」


 怒り狂うサームとは対照的に、バルクは冷静に目の前の問題に対処しようとする。


「脱獄した以上、カイン殿の中で家族は守るべき存在ではなくなったのでしょう。それよりも彼が脱獄したことで兵士の指揮が更に下がることの方が問題です」

「だったらどうしろって言うんだよ! この状況からどうやって立て直すんだ」 


バルクは数秒沈黙すると、自身の首元を右手で軽く叩いた。


「脱獄を手引きした門番。それを斬首して、カイン殿の首として晒し首にするのです」

「そいつとカインが似てるって言うのかよ」

「それは知りませんが、顔の皮膚を剥がして晒せば判別はつきません。裏切り者に対する処罰と言えば、皆納得するでしょう」


バルクの答えに、サームは思わず口元を手で抑えた。

「……よく思いつくなそんなこと。まあいい。その方法で対処するしかないな。早速実行に移せ」

「はっ」


 その後、ニッキは即座に斬首された。

 彼の首はバルクの命により、顔の皮膚を剥がされ誰だか判別できない状態で兵舎に晒された。


「なあ、カイン殿の首ってあれか? 何か布で覆われてるけど」

「俺もよく見てないけど、顔の皮膚を剥がされてるらしいぜ。裏切り者に対する罰ってことでな」

「うわあ。見せしめのためかも知らないけど、サーム様もひでぇことするなあ」

「しっ。そんなこと言ったらお前も同じ目に合うぞ」

「そうだな」


 そして、首は2日晒された後、砦の外へと投げ捨てられた。

 その後、何者かによって埋葬されたという。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


カインが捕らえられ、後に脱獄したことを耳にしたソルは、ほっと一息をついた。


「そうか。カインは生きているのか。良かった」

「良くなどなりませぬ。殿下」


 セムリットが言うと、ソルは眉に皺を寄せて不満げな表情をする。


「なぜそのようなことを申すのだ」

「今回の件、カインは誰が情報を流したと思うでしょうか」

「……私か?」


セムリットはこくりと頷く。


「その通り。カインは殿下に対して、どのような感情を抱くでしょうか」

「当然、恨むだろうな」

「そうでしょう。カインは敵に回したら間違いなく恐ろしい男です。情を捨て、始末しておくのが最善の策でしょうな」

「それは、あまりにも残酷ではないか。」


「殿下! セムリット殿」


 突如、兵士が2人の間に割って入るように言った。


「カイン殿が殿下に面会を願っております」

「何! カインが」


 ソルは数秒考えた後、首を縦に振った。

 セムリットはそれを見て、兵士に耳打ちした。


「2人きりで話させてやれ」

「承知致しました。カイン殿をお呼び致します」

 兵士はその場から去り、しばらくすると、カインを引き連れてやって来た。

 

「殿下。私とアネモネはこれで下がります」

「ああ。分かった」


 カインと2人きりになると、ソルは変わり果てた姿の親友に驚きつつも、再会を喜んだ。


「カイン! 生きていると知った時は嬉しかったぞ!」

「そうかよ」


吐き捨てるように言うカインに、ソルは多少動揺しつつも抱擁をした。

そんな親友を、カインは強く突き放して言った。


「寄るなよ。暑苦しい」

「カイン……」


予想はしていたが、ここまで強い拒絶を受けるとはソルは思ってもいなかった。


「……脱獄したんだろう。シュタインに家族を人質に取られていると聞いたが」

「家族は捨てた。俺がどう頑張っても、どうせシュタインの手の中にあるんだ。だったら最初からないものだと思っていた方がいい」

「……」


 見た目だけではなく、家族に対する思いまで変わってしまった親友の姿に、ソルは言葉を出すことができなかった。

 カインは小さくため息をつくと、ソルの目を射抜いて言った。


「俺が来たのはそんなことを言いに来た訳じゃない」

「だったら何のために」

「分からないのかよ」


 カインは唇を血が出るほど噛み締め、叫んだ。


「お前があんなことをしなければ、こんなことにはならなかった! ニッキが俺の身代わりになって死ぬことなんてなかった! ソル! お前があんな、あんな作戦取らなければ!」

「カイン。敵に回ったのはお前の方だろう」

「ああ! 身勝手な言い分だと思ってるよ! でも仕方がないだろう! 家族がいたんだ! 家族を人質に取られていたし、それ以前に俺はセロー様に恩があった! 騎士として、国を裏切って反逆者につくなんてできるはずないんだよ!」

「……言いたいことはそれだけか」


 ソルは呟くと、冷徹な目で親友を見やった。


「お前はまるで子供だな。敵に回ったのは自分の意思だというのに、自分に対してひどいことをしたとわざわざ来て詰ってくる。そんな女々しい奴だとは思わなかったぞ」

「何だよ。女々しいのはお前もだろ! どうせ国王陛下に逆らったのだってセムリットに言われたからだろ! 戦は馬鹿みたいに強い癖に、セムリットがいなきゃ何も決められない! 敵を女子供までなりふり構わず殺す癖に、ごめん本当は殺したくないんだって泣き言言ってるじゃないかよ!」

「この無礼者が!」


 突如、カインの視界がぐらっと空を向いた。

 自分がセムリットに殴り飛ばされてたのに気がついたのは、数秒経ってからであった。


「殿下! お怪我はございませんか!」


 駆け寄ってくるアネモネに、ソルは力無く笑いながら言った。


「大丈夫。私は大丈夫だ」

「大丈夫な訳ないでしょう! 大丈夫だったら、何で殿下は泣いているんですか!」

「え?」


 気がつくとソルの目からは、大粒の涙が流れていた。

 アネモネはハンカチでそれを拭い、地面に仰向けで倒れているカインに敵意を向けて睨みつける。


「アネモネ。そんな怖い顔するなよ……。ほら、俺とソルは仲こそ良けれど意見が合わない時だってあるし、喧嘩だってするさ。お前だって分かっているだろう?」

「……カイン。二度と殿下の前に顔を見せるな」


 セムリットはカインの胸倉を思い切り掴み、そのまま放り投げた。


「アネモネ、こいつを陣の外に摘み出せ」

「承知しました」


 アネモネはカインの手首を掴むと、そのまま陣の外まで引っ張って行った。


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