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アネモネと太陽  作者: 社員
7/8

流言

ジャムール王国宮中にて


 ソルが反乱を起こしたと聞いて、シュタインは宮中の大広間に、部屋いっぱいの軍勢を招集した。

 彼としては、ソルが反乱を起こすことはある程度想定できてはいたが、子犬のような眼差しをむけてきていた弟が刃向かってくることが信じられないという感情もあった。


「ソルめ。私に歯向かうと言うのか。カイン! バルク! サーム!」

 シュタインが声を張り上げると、軍中から三人が出てきて、彼の元に跪いた。


「国王陛下。本当にソルが反乱を起こしたのでしょうか。私には信じられませぬ」

 カインが震え声で言うと、シュタインはそれには答えず彼に優しく問いかけた。

「カイン。君はソルと仲がいい。それでも私に忠誠を誓うか?」

「当然でございます! 私の家は没落貴族で、漁業をしなければならないほど落ちぶれていました。そんな私を見出し将軍の位を授けてくださった前国王には、感謝しても仕切れません」

「君は才能があるから、それを父上も感じ取ったのであろう。その恩を忘れず、逆賊を討伐するのだ」

「ははっ!」

 深々と頭を下げるカインを見やり、シュタインは三人に向け勅令を下した。


「伝令によると、ソルは王都近くのシュバイツ砦を落とすために三万の兵を率いて向かっていると言う。カイン、バルク、サーム! お前達はそれぞれ五万の兵を率いてソルを迎え撃つのだ!」

「承知致しました。直ちに向かいます」


 三人がその場を後にすると、シュタインの懐刀である宦官、ギーネが問いかけた。

「陛下。カインに任せて大丈夫なのですか? あの男、どうも信用なりませぬ」

「問題ない。そのために発破をかけたのだ。それに、奴の小さな弟と妹は私の手中にある。家族思いのカインが裏切る可能性はゼロだ」

「流石は陛下。私関心致しました」

 媚び諂うように言うギーネに、シュタインは大声をあげて笑った。


「ようやくソルを討伐できるぞ! 私も枕を高くして寝られるな! ハハハハハ!」

           ・

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           ・

           ・

シュバイツ砦近く、ソル軍陣地にて


 ソルは三万の兵を引き連れて向かうが、既に国王軍によって砦は厳重に守られていた。

「むむ。流石に王都近くとなっては守りは硬いな。犠牲を最小限にして勝利できる良い策はないものか」


「殿下。失礼ながら」

 挙手をして軍中から出てきたのは、風采の上がらない小太りの男であった。

 彼を見て、ソルは首を傾げて尋ねた。

「見ない顔だが、其方、名は何と申す」

「兵士長を務めます、ローメックと申す者です。私めに良い策がございます」

「申してみよ」

 ローメックは砦を指差すと、ぼそぼそと発言した。


「私めの情報網によれば、敵軍の中には殿下と親しいカイン殿がいるそうです」

「何! カインがいるのか」

 驚きを隠せないソルに、ローメックは更に続ける。

「殿下は心を痛めるかも知れませぬが、カイン殿が敵軍に居づらくなるように流言を撒けばよいのです。そうすれば敵兵は動揺し、軍の統率は崩れて守りを崩せるでしょう」

「陛下! その男の言うことを信じるなかれ!」


 ローメックの意見に対抗して出てきたのは、若き将軍であるアルファである。彼はローメックを指さし、侮辱するように言った。

「この戦は聖戦でございます! この男の戦法は卑怯そのもの! 戦として相応しくありません!」

「お言葉ですが。敵の守りは硬く、並大抵の方法では破れませぬ。卑怯などと言っている場合ではありませぬ」

「兵士長如きが、私に意見するか! 無礼者!」

 意見が対立する中、ソルはその間に入って仲裁する。


「止めよ二人とも。セムリット、お主はどう考える」

「どんなに強大な軍でも、どこかに綻びが起きれば自然と崩壊していくものです。ローメックの策、非常に理に叶ったものと言えるでしょう」

 セムリットは言うと、誰にも聞こえないようにソルに耳打ちした。

「あのローメックという男、兵士長にするには惜しい逸材です。私に代わり、軍師に出世させれば才能を大いに発揮するでしょう」

「うむ。考えておく」

 ソルは煮え切らない返事をすると、ローメックとに向けて言った。

「セムリットも言うとおり、今回はローメックの意見を採用する。すまんなアルファ」

「……いえ、殿下がそう仰るなら」

 アルファは悔しそうに歯軋りをすると、すごすごと引き下がった。

 ソルはローメックに視線を移し、彼に問う。


「ローメック。今回の策の段取りを教えてくれないか」

「はっ。まずは密偵を用いて、カイン殿が殿下に寝返る算段を立てていると流言をばら撒きます。

 カイン殿が殿下と仲が良いのは周知のことなので、誰もが彼のことを疑うでしょう。

 その後に殿下とやり取りをしていた風の手紙を持たせた伝令を捕らえさせて、カイン殿の裏切りを確実なものに信じ込ませます。

 そうすればカイン殿は処刑されるか、こちらへと寝返るでしょう。どちらにせよ、敵軍の指揮は下がるはずです。そこを突いて攻め込む手筈を整えましょう」

「分かった。カインには悪いが、シュタインにつくのなら仕方がない。アネモネ!」

「はっ」


 隣に侍るアネモネに対し、ソルは砦を指差して告げた。


「お前は数名の密偵を率いて、カインがこちらに寝返る算段を立てていると噂をばら撒くのだ」

「承知致しました。早速向かいます」

「大丈夫だと信じているが、絶対に生きて帰ってくるのだ。約束だからな」

 ソルの言葉に、アネモネは柔らかな笑みを見せて言った。


「はい! 必ず戻って参ります」 

       ・

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       ・

 砦内にて


 カインが廊下を歩いていると、どこからかひそひそと噂話が耳に入ってくる。


「カイン将軍。何かソル殿下に寝返る算段立ててるみたいだぜ」

「ソル殿下と仲良いもんな。むしろ、何でこっちについているかが疑問だぜ」

「何でも、家族を人質に取られているらしいな。でも友情を優先した結果、寝返る方向に至ったとか何とか」

「それヤバいだろ。早く処刑しちゃえよ」


 一連を聞いていたカインは、思わず顔色が青ざめて行くのを感じた。

「ソル……。お前がやったのか? 俺は確かに国王陛下についたが、それを恨んでいるのか? いや」

 彼は首を横に振って、頬を思い切り叩いた。

「今は身の潔白を証明せねば! サーム殿とバルク殿にお会いしよう」


砦の一室にて

カインが扉を開くと、既にサームとバルクが座って対談していたところであった。


「カイン。今正にお前の話をしていたところだ」

 カインの来訪と共に、サームは彼に冷たい視線を向けた。


「砦内に流れている私の噂について、でしょうか」

「ああその通りだ。実際どうなんだ? ソルに寝返る算段はついているのか? え?」

「そんな! 私は無実です! 寝返る算段などございません!」

「カイン殿」

 脅すような口調で尋ねてくるサームとは裏腹に、バルクは物腰柔らかな様子で言った。


「あなたは忠誠心の高いお方です。国王陛下に家族を人質に取られているとはいえ、裏切る可能性は低いと考えております」

「バルク殿……」

「ですが」

 安心したカインを追い落とすかの如く、バルクは語気を強めて説明する。


「例え真実であろうとそうでなかろうと、噂は既に根底にまで広がってしまっています。大方このような策を考えつくのはセムリット辺りでしょうか。私としては、貴方を討伐軍に向かわせた陛下の失態だと考えております。まあ、ここでこう言っても仕方のないことですが」

「バルク! 長ったるい説明はよせ!」

 痺れを切らしたサームは、バルクの説明を中断し、カインを指差して言った。


「カイン。このままお前を生かしておけば、軍の指揮に影響が出る。いや、もう既に影響は出ているはずだ。こうなった以上、裏切り者と認識されているお前を処刑して指揮を再び上げるしかない」

「そんな……。私が死んだら、家族はどうすれば良いのですか? 幼い弟と妹が私の帰りを待っているのです。どうか、どうか考え直して頂けないでしょうか」

 涙を流して命乞いをするカインに、サームは罰の悪そうな表情を浮かべて言った。


「分かった。お前の家族は、俺が責任を持って面倒を見る。それで許してくれ」

「サーム殿……。ご慈悲感謝致します」

「ちっ。残酷すぎるぜ」

 サームは吐き捨てるように言うと、そっぽを向いてしまう。続けてバルクが代弁するかのように告げた。


「カイン殿。あなたのこれまでの功績を鑑みて、3日猶予を与えます。家族に手紙を書くなり、神に祈りを捧げるなりしてください」

「バルク殿。ありがとうございます。もう醜い命乞いは致しませぬ。私を捕らえてください」

「者ども! カインを地下牢に幽閉しておけ」


 サームが告げると、兵士たちが一斉に出てきて、瞬く間にカインに手錠をつけて連行して行った。

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