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アネモネと太陽  作者: 社員
5/8

カイン

ジャムール王国、市場にて


 新鮮な魚を買いに来る群衆に紛れ、アネモネは視線を泳がせながら目当ての魚を探していた。

 珍味、キャジキ。滅多に市場に出回らないが、とてつもなく美味で頬がとろけるほどだとの噂である。


「殿下はキャジキが大好きだから、私が手に入れて喜ばせてあげたいな」

「ふうん。君はソルにキャジキを買ってあげたいのか」

 どこからか柔らかい男の声。

 アネモネが背後を振り返ると、見知らぬ金髪の青年がしれっと立っていた。昼間から酒を飲んでいるのか、どことなく顔が赤みが勝っている。


「何者ですかあなた。切り刻みますよ」

「怖いこと言うなあ。俺はカイン。名前くらいは聞いたことあるかもな」

 青年が名乗ると、アネモネは思い出したかのように手を叩いた。


「確か、女ったらしで大酒飲みの将軍様ですね。殿下から話は聞いていますよ」

「本人目の前にして言うか? 俺泣いちゃうよ?」

 涙目になりながらも、カインは胸を張って言った。


「ちなみに、ソルとは幼馴染で大親友! 小さい頃はよく喧嘩もしたけど、今ではいい思い出さ」

「誰もそんなこと聞いてないです。そろそろ行ってもいいですか?」

「待ってよ! 俺キャジキが釣れる場所知ってるんだ! 良かったら一緒に行かない?」

 カインの言葉に、アネモネは目をキラキラとさせながら彼の元に駆け寄った。


「ほんとですか! 嘘だったら許しませんよ」

「嘘じゃないさ。これは俺しか知らない場所だから、他言無用だけどな」

「分かりました。それなら仕方ないです」

 アネモネはそう言って、警戒の色を緩めないままカインの後ろに付いて行った。


 釣り場に到着して数時間後

 釣り糸を垂らすも一向に釣れる気配がしない現状に、アネモネは苛立ち始めていた。


「あの?」

「何だい?」

「私を騙しましたね。一向に釣れないじゃないですか」

「そんなことないよ。釣りというのは忍耐。魚が糸にかかるまで待ち続けるものなのさ」

 平然と言うカインに、アネモネはため息をついて言った。


「まあ、ここまで付いてきた私が悪いです。気が向くまで付き合いますよ」

「そっか。まあ気長に待とうや」

 そう言って、カインは晴れ渡る空を見上げた。


「闘技場の花が、こんなにも感情豊かになるとはね。ソルは本当に凄いな」

「その通り。殿下は凄いお方で、まるで太陽のようなお方です。てか、何で私のこと知っているんですか」

「アネモネ。あまり自覚ないかもだけど、君は結構有名だからね。『闘技場の花』の名は伊達じゃないよ」


 カインは言うと、アネモネの額を人差し指で小突いた。


「君、ソルのこと好きなんだろ」

「……」

 林檎のように真っ赤になって黙り込むアネモネに、カインはくくくと笑った。


「分かり易っ」

「殿下は強くて格好良くて優しくて、好きにならない方がおかしいんですよ!」

「確かに。おまけに王族! 街を通るだけで女達の黄色い歓声が上がる始末さ。羨ましいなあしくしく」

 わざとらしく泣くカインに、アネモネは意地悪く言った。


「泣かせた女は星の数と言われるカイン将軍が何を言われるのですか」

「ソルめ。何か吹き込んだな」

 カインは深いため息をつくと、小さく言った。


「でも、ソルは誰よりも孤独なんだ」

「殿下がですか?」

「ああ。あいつは孤独さ。誰もあいつの才能には追いつけないし、嫉妬故の陰口だって何度耳にしたか分からない。しかも、王族だから接する時に気を遣う。あいつはそんなこと、求めちゃいないってのにな」

「……」


 確かに、時折ソルがどことなく寂しそうな表情をすることがあるとアネモネは感じていた。

 誰も自分に追いつけない。それがどんなに孤独であろうか。アネモネは知りもしなかった。

「カイン将軍」

 アネモネはカインに向けて言った。


「殿下のこと好きなんですか?」

「ばっ! 俺はあいつの親友としてだな!」

 必死に取り繕うカインに、アネモネはくすくすと笑った。

 すると、彼女の竿が急にかくんと下に下がる。


「これは来てるぞ! アネモネ! 思いっきり引っ張れ!」

「は、はいっ!」


 アネモネが勢いよく引き上げると、2mほどあるキャジキが大きく舞い上がった。

 地面でじたばたするキャジキを、カインが慣れた手付きで仕留め、血抜きをする。

「アネモネ。ソルを呼んでくる+三人分の皿を持ってきてくれないか? 三人でキャジキの刺身を食べよう」

「分かりました。しかし、お見事な手捌きですね」

「将軍になる前は漁師だったからな。さ! モタモタしてると鮮度がおっちまうぞ」

「そうですね! すぐお呼びします」

 そう言って、アネモネは光の速さでソルを呼びへと掛けて行った。


「カイン。アネモネにちょっかいを出してないだろうな」

 来るや否や、ソルは刺身を摘みながら言った。

「そんなことはないよ。アネモネは皆のアイドル。俺なんかが手を出せる相手じゃありません」

「出会い頭に私にナンパしましたよね?」

「ばっ! 何言ってんだ!」

 カインが叫んだ直後、ソルが彼の皿に持ってある刺身を摘み食いする。


「私のアネモネにちょっかいを出す奴はこうだ!」

「あ! 何やってんだこいつ! 俺が捌いたのに!」

「下々の者は王族に刺身を差し出す義務があるのだ」

「そんな義務あってたまるか! お前のもよこせっ!」

「ふふふっ」

 まるで子供のようにはしゃぐ二人を見て、アネモネはくすくすと笑った。

 そして、この時間が永遠に続けば良いと心の底から願うのであった。



 カインが自分の家に戻ると、年端もいかないであろう弟と妹が、待ってたとばかりに飛びついてきた。


「にーちゃんお帰り! 今日はどんな女引っ掛けてたの?」

「おいおい。お兄ちゃんを何だと思ってるんだ。今日は可愛くて健気な女の子さ」

 弟の頭をくしゃくしゃと撫でて、カインは妹の方を見て話し始めた。


「でも、そいつの目には親友のことしか映っていない。俺は闘技場の時からずっと、あの子のことを見ていたのにな」

「珍しいね。お兄ちゃんが女の子を落とせないなんて」

「そういうこともあるさ。さ、今日はキャジキの煮付けを作る予定だったが、急遽変更でシチューを作るぞ!」


 腕まくりをするカインに、弟と妹は顔をキラキラと輝かせる。


「やったシチューだ! わーい」

「今度ソルとアネモネにも食わせてやるか。さて、俺の魂をかけたシチューを作るぜ! 待ってろよ二人とも!」


 そう言って、カインはシチュー作りのために、籠いっぱいの野菜を包丁で切り始めるのだった。

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